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支部便り/田上支部
田上支部だより 田上支部(高12回卒) 丸山 敬 前略 同窓生の皆様如何お過ごしですか、お変わりありませんか。 さて、当田上支部の総会が去る十一月九日に、地元、湯田上温泉「わか竹」で開催されましたので、報告させていただきます。 当日の総会は、例年の通り丸山支部長の挨拶の後、来賓の同窓会副会長横山様からご挨拶をいただきました。ご多忙中のところご臨席を賜り誠に有難うございました。ここに改めて厚くお礼申し上げます。 また、ご臨席を頂けなかった母校校長の勝山宏子様からは、ご祝辞文をいただきました。ここで厚くお礼申し上げます。 その後、昨年度の総会に要した経費の会計・監査報告を行い、了承されました。総会終了後、恒例の講演を道の駅たがみの馬場大輔駅長から「道の駅を通じた地域づくり」と題し、道の駅が街づくりに果たす役割等について、お話していただきました。 その後、懇親会に移り、一時を過ごした後、出席者全員で、横山副会長のご発声で校歌を声高らかに斉唱しました。最後に、小野澤会員の音頭で万歳三唱を行い、来年の再会を約し散会しました。以上でありますが、令和七年度の総会に多くの同窓生が参集してくれることを祈願し、最後になりますが、皆様のご発展とご健勝をお祈りいたします。 ---------------------------------------------- 令和五年度支部総会の報告 田上支部(高19回卒) 佐藤 芳英 同窓生の皆様如何お過ごしですか、お変りありませんか。 さて、当田上支部の総会は、コロナ禍で二~四年度は、開催することが出来ませんでしたが、去る十月二一日に、五年度の総会を地元、湯田上温泉「わか竹」で開催しましたので、次のとおり報告させていただきます。 当日の総会は、丸山支部長の挨拶の後、来賓の同窓会副会長野嵜様からご挨拶をいただきました。ご多忙中のところご臨席いただき誠に有難うございました。ここに改めて厚くお礼申し上げます。 その後、元年度等の総会に要した経費の会計・監査報告を行い、了承されました。 総会終了後、恒例の講演は、新潟厚生連長岡中央綜合病院の名誉院長であり、三条高等学校同窓会長岡支部長の富所隆様から「これからの加茂病院について」と題して、病院と医療の在り方、健康管理等について、お話していただきました。 その後、懇親会に移り、一時を過ごした後、出席者全員で、校歌と第三応援歌を声高らかに斉唱し、来年の再会を約して散会となりました。 以上でありますが、令和六年度の総会に多くの同窓生が参集してくれることをお願いし、最後になりますが、皆様のご発展とご健勝をお祈りいたします。 ---------------------------------------------- 創立120周年記念式典に参列して 支部長(高12回卒) 丸山 敬 母校の120周年記念おめでとうございます。式典が進み校歌斉唱で「風空?を翻し 説は愚人を驚かす」を唱いながら高校時代を思い出していました。私が入学したのは昭和32年4月、木造校舎から鉄筋コンクリート校舎へ建替えの最中でした。狭い敷地のため旧木造校舎の間に新校舎を建てるため、窓のすぐ目の前に工事用の足場があり、授業に集中できる状態ではありませんでした。新校舎ができるのは嬉しいことでしたが、木造の節がぽっこり飛び出た階段は歴史の重みが感じられる重厚感がありました。駅裏に移転した第三世代の新校舎、機能的で空調設備や広いグランドが完備した教育環境に学ぶ生徒達は恵まれています。私達の時代は、教室に50数名がすし詰め状態で、3年間クラス替えなし、担任も持ち上がりでした。これには長短はありますがクラスの絆は強固であると感じました。 式典が終わり、休憩の後記念講演がありました。演題は「脱皮型進化変態」のすすめと題して、加茂市出身の早川与規氏のお話でした。内容は、時代の変化が指数関数的に変化し、我々も長寿化し生き方が劇的に変化したこと。かつては人生の前段は教育を受け中段で就職して仕事に就き、後段は引退・余生を送るパターンでしたが、これからは教育~仕事~学び直し~仕事~を繰り返すことになり古い常識から抜け出さざるを得ません。 AIの急速な進化により多くの仕事や就職環境が変化します。 私は人生の終盤にさしかかっていますが、目前の生徒たちは、この変化に適切に対応していかねばなりません。無くなる仕事がある反面新たに生まれる仕事もあるでしょう。まさに古い常識から脱皮し新たな挑戦と起業が求められます。後輩の生徒諸君が志をもって意欲的に学び、世のため他人のために働き国の柱とそびえてくれること願ってやみません。 ---------------------------------------------- 三高時代の部活動 ~ ハーモニーに魅せられて ~ 支部長(高12回卒) 丸山 敬 化学部を主活動に、音楽部、あゆみ会にも顔を出していました。それが縁で、卒業後地元三高OBが中心となって男声コーラス「コール・フリューゲル」が発足し、練習会場は北新保の旧山田屋本店のホール、ピーク時は16~17名のメンバーが集い、ピアノ伴奏者はおらずアカペラの曲を中心に練習していました。男声4部のハーモニーの素晴らしさに魅せられて通い、練習日は毎金曜日、時間は19 時30分から21時30分の2時間、ボイストレーニングや発声練習からパート別の練習と密度の濃い練習でした。 後輩の音楽部の発表会には、賛助出演やジョイント組んで合同練習を行い、音楽部が絆を結んでくれました。これが伝統の継承に繋がったと思っています。 定演会場は北三条駅近くの武徳殿でした。木造平屋建てのとても音楽活動には不向きな会場でしたが、当時は三條中央公民館もなく唯一の会場でした。 その後、女声コーラスとジョイントを組み歌う曲も混声合唱組曲と大幅に広がり、活動も活発化、現在の「三條フェスティバル」合唱団へと繋がりました。この合唱団も先日創立30周年記念演奏会が盛大に開催されました。 50年に及ぶ音楽人生を振り返ると、加茂文化会館での第九演奏会が脳裏に浮かびます。手元に、2 0 0 6 年12月24日(日)午後4時開演のプログラムがあります。(写真1) 指揮堀俊輔と東京交響楽団、ソリストはバリトン三浦克次、合唱第九加茂市民合唱団でした。(写真2) 臨時編成の合唱団でしたがドイツ語の指導には八百枝正樹、全体ピアノ練習森田雅代と三高OBが名を連ねていました。もちろん私もバリトンとして参加していました。当日はクリスマスイブ、アンコール曲は「きよしこのよる(聖夜)」の4部合唱で、思い出に残る演奏会でした。終わって胸に熱いものがこみ上げてくるものを感じました。 80年に及ぶ人生のモットーは2種類の趣味を持つこと。独りでできるものと他人と一緒にやるものです。気分転換と人生を豊かにしてくれ、貴重な財産となりました。 新型コロナ蔓延で支部活動もままなりせんが、「明けない夜はない」と信じ前向きに取り組みましょう。 ---------------------------------------------- 田上支部設立の経緯と思い出 支部長(高12回卒) 丸山 敬 我らが母校三条高校はめでたく創立120周年を迎えられます。この節目に当たり、改めて田上支部設立の経緯について、本会報に残しておくことは意味あることと思い投稿させていただきました。 田上町には以前から「護摩堂和同会」という旧制三条中学校・三条高校卒業生で組織された会があり、同窓生相互の親睦を図っておりました。 例年、お盆過ぎの日曜日に開催し旧交を温めながら担任や行事、木造校舎や学校生活の思い出に花を咲かせていました。参加者は20名弱でしたが、三中・三高生にとって共通の学び舎は世代を超えて結びつけてくれていました。懐かしい四日町校舎でした。 しかし、参加者の高齢化とともに活動は平成18年の総会を最後に休眠状態になってしまいました。 このような中、多くの卒業生が在住しておりながら、同窓会の支部が無いのはさびしい。ぜひ支部を設立してほしいとの声が多く寄せられ、こうした機運の高まりを受けて、これまでの「護摩堂和同会」を発展的に解消し、新たに「三高同窓会田上支部」の設立を目指しました。平成24年10月20日、設立総会の開催、本部への申請の手続きを経て正式に独立した支部の仲間入りを果たすことが出来ました。 思い起こせば、私は昭和32年入学、当時は木造校舎で、窓は上下式、階段は角がなくなり節の部分が出っ張り磨かれたように輝き、歴史を感じさせられる古い校舎でありました。 入学式での驚きは、クラス名が1組、2組ではなく、甲組、乙組、丙、丁、戊、己組でした。ちなみに私は丙組の男子クラスでした。 3年間クラス替えはなく担任も3年間の持ち上がりでした。それだけにクラスの絆は強固でした。 入学してまもなく校舎改築が始まり、敷地の狭さから棟の間に新校舎が建設され、窓が建築の足場でふさがれた劣悪な環境の中での高校生活がスタートしました。楽しみは様々な行事や昼休みのバスケットボール遊びでした。全クラスがマイボールを持っていて、早弁した者が体育館の場所取りに駆けつけ、時間いっぱいバスケットボールに興じ午後の授業はスリーピングタイムでもありました。恒例の運動会での仮装パレード、校内マラソン大会、文化祭など文武両道でおおらかな学校生活が思い出されます。 新型感染症で支部総会の開催もままなりませんが、母校が創立120周年を期に大きく飛躍・発展し、同窓の皆様と再び歓談・親睦を深める機会が訪れることを願い支部報告に替えさせていただきます。 ---------------------------------------------- 令和元年度支部総会の報告 幹事(高19回卒) 佐藤 芳英 前略 同窓会の皆様如何お過ごしですか。お変わりありませんか。 さて、当田上支部の総会が去る十一月九日に、地元、湯田上温泉「わか竹」で開催されましたので、次のとおり報告させていただきます。 当日の総会は、丸山支部長の挨拶の後、来賓の同窓会副会長横山様と母校校長中田様のお二人からご挨拶をいただきました。ご多忙中のところご臨席いただき誠に有難うございました。ここに改めて厚くお礼申し上げます。 その後、昨年度の総会に要した経費の会計・監査報告を行い、了承されました。総会終了後、恒例の講演は、当支部の中山之隆会員から「佐藤秀三郎と雪中マラソン」と題して、田上町出身で母校の大先輩(大正十年卒)であり、ベルリンオリンピック(マラソンで、孫基禎が一位となった大会)のマラソン監督佐藤秀三郎が、東京高等師範学校在学中(大正十二年三月)に東京から新潟までの四八〇キロ(長野経由)を七日間掛けて走破した雪中マラソンのこと、箱根駅伝、極東大会に出場して活躍したこと等を話していただきました。 その後、懇親会に移り、一時を過ごした後、出席者全員で、横山副会長の指導を受けて校歌と第三応援歌を声高らかに斉唱しました。 最後に、出席者で一番若い関川会員の音頭で万歳三唱を行い、来年の再会を約し散会しました。 以上でありますが、令和二年度の総会に多くの同窓生が参集してくれることをお願いし、最後になりますが、皆様のご発展とご健勝をお祈りし、筆をおくこととします。 早々 ---------------------------------------------- 平成三十年度支部総会の報告 幹事(高19回卒) 佐藤 芳英 前略 同窓生の皆様如何お過ごしですか、お変わりありませんか。 さて、当田上支部の三十年度の総会が去る十二月十五日に、地元、湯田上温泉「わか竹」で開催されましたので、次のとおり報告させていただきます。 当日の総会は、丸山支部長の挨拶の後、来賓の同窓会副会長野嵜様と母校校長中田様のお二人からご挨拶をいただきました。ご多忙中のところご臨席いただき誠に有難うございました。ここに改めて厚くお礼申し上げます。 その後、昨年度の総会に要した経費の会計・監査報告を行い、了承されました。また、任期が来た役員の改選を行い、現役員の留任と新たに一名を選出して、新たな体制が決まりました。 総会終了後、恒例の講演は、湯田上温泉組合理事長である塚野支部会員(わか竹社長)から「今後の湯田上温泉のあり方」と題して、田上町の観光客の状況等について、話をしていただきました。 その後、懇親会に移り、一時を過ごした後、出席者全員で校歌と応援歌を声高らかに斉唱し、来年の再会を約し散会しました。 以上ではありますが、三十一年度の総会に多くの同窓生が参集してくれることを期待し、皆様からのご支援をお願い申し上げます。 最後に皆様のご発展とご健勝をお祈りし、筆をおくこととします。 早々 ---------------------------------------------- 「平成29年度支部総会の報告」 幹事(高19回卒) 佐藤 芳英 前略 同窓生の皆様如何お過ごしですか、お変わりありませんか。 当田上支部が平成24年に設立されてから無事満5年を迎えることができました。これも偏に皆様からのご支援があったからこそと思います。厚くお礼申し上げます。 さて、当田上支部は、29年度の総会を去る12月15日に、地元、湯田上温泉「わか竹」で開催しました。 当日の総会は、丸山支部長の挨拶で始まり、続いて来賓の同窓会会長山井様と母校校長上杉様のお二人からご挨拶をいただきました。また、副会長横山様と三条支部長野等様がご出席してくださいました。ご来賓方々には、年末でご多忙中のところご臨席いただき誠に有難うございました。ここに改めて厚くお礼申し上げます。 その後、昨年度の総会に要した経費の会計・監査報告を行い、了承されました。 以上で総会が閉じられ、続いて、田上町教育長でもあります丸山支部長から「遠望するまなざし(国を輿は教育にあり)」と題して、講演をしていただきました。 その後、懇親会に移り、一時を過ごした後、出席者全員で校歌と応援歌を声高らかに斉唱し、来年の再会を約し散会しました。 右の通り簡単ではありますが、29年度総会の報告とさせていただくとともに、今後も同窓生の皆様からのご支援をお願い申し上げます。 最後に皆様のご発展とご健勝をお祈して、筆をおくこととします。 早々 ---------------------------------------------- 「平成28年度支部総会の報告」 幹事(高19回卒) 佐藤 芳英 前略 同窓生の皆様いかがお過ごしですか。お変わりありませんか。 さて、当田上支部の28年度総会が、暮れも押し迫った12月16日に、地元、湯田上温泉「わか竹」 で開催されました。 当日の総会は、丸山支部長からの挨拶があり、続いて来賓の同窓会副会長横山様と母校校長上杉様のお2人からご挨拶をいただきました。年末でご多忙中のところご臨席いただき、誠に有難うございました。ここに厚くお礼申し上げます。 その後、昨年度の総会等に要した経費の会計・監査報告を行い、出席者からご理解をいただき、了承されました。また、任期が来た役員の改選を行いました。幹事1名が交代した他は、現役員の留任と決ました。以上で総会が閉じられました。 次に、講演会が予定されておりましたが、講師から体調不良で出席できない旨連絡があり、残念ながら中止となりました。 その後、懇親会に移り、一時を過ごした後、若き女性会員等の指揮のもとで校歌と応援歌を声高らかに斉唱しま七た。最後に、横山副会長様から田上支部への「エール」をいただき、来年の再会を約して、散会となりました。 上記の通り簡単ではありますが、28年度支部稔会の報告とさせていただき、今後も同窓生の皆様からのご支援をお願い申し上げます。 最後に皆様方のご発展とご健勝をお祈りいたします。 ---------------------------------------------- 「平成27年度支部総会の報告」 幹事(高19回卒) 佐藤 芳英 平成27年12月5日土曜日、地元湯田上温泉「わか竹」において平成27年度の田上支部総会を開催しました。 当日は、来賓として同窓会副会長 斉藤正様、母校教頭 石川由利子様のご臨席をいただきました。年末でご多忙のところ誠に有難うございました。ここに厚くお礼申し上げます。 総会は、最初に丸山支部長からの挨拶があり、次に来賓の二人からご挨拶をいただきました。その後、昨年の総会に要した経費の会計・監査報告を行い、出席者の皆さんからご理解をいただき、了承されました。以上で滞りなく無事総会を終了することができました。 この後の講演では、青海神社について」と題して、加茂市の青海神社宮司であり、同窓会加茂支部長である古川洸様から神社にまつわる事柄について、お話ししていただきました。 また、懇談会では、出席者同士で杯をかわしながら学生時代の話しや近情の話題で花を咲かせ、有意義な一時を過ごすことができました。また、出席者全員で校歌と応援歌を声高らかに斉唱し、来年の再会を約して、散会となりました。 右の通り簡単ではありますが、27年度総会の報告とさせていただくとともに、今後も同窓生の皆様らのご支援をお願い申し上げます。 ---------------------------------------------- 「平成26年度支部総会の報告」 幹事(高19回卒) 佐 藤 芳 英 前略 同窓生の皆様如何お過ごしですか、お変りありませんか。 当田上支部が設立されてから無事満二年を迎えることができました 。これも皆様のご支援があったからこそと思います。厚くお礼申し上げます。 さて、当田上支部は、26年度の総会を去る平成26年12月6日に、地元 、湯田上温泉「わか竹」で開催しました。 当日の総会は、丸山支部長の挨拶で始まり、続いて来賓の同窓会副 会長若槻様と母校教頭山本様のお二人からご挨拶をいただきました。また、野崎三条支部長様が、ご出席してくださいました。年末でご多忙中のところ蔵に有難うございました。ここに厚くお礼申し上げます。 その後、昨年度の総会に要した経費の会計・監査報告を行い、了承されました。また、任期が来た役員の改選を行いましたが、留任と 決まりました。最後のその他の件で総会の開催時期について、事務担当から提案がありましたが、今後、役員で検討して行くこととな りました。 以上で総会が閉じられて、続いて、田上町の文化財「椿寿荘(豪農 の館)」館長村田稔棟から「椿寿荘から見えてくる歴史アラカルト 」と題して、講演をしていただきました。 その後、懇親会に移り、一時を過ごした後、出席者全員で校歌と応援歌を声高らかに斉唱しました。 右の通り簡単ではありますが、26年度総会の報告とさせていただくとともに、今後も同窓生の皆様からのご支援をお願い申し上げます。 最後に皆様のご発展とご健勝をお祈りし、筆をおくこととします。 ---------------------------------------------- 「平成25年度支部総会の報告」 平成25年度田上支部総会を開催 幹事(高19回卒) 佐 藤 芳 英 田上にも支部をとの声で、昨年の10月10日に支部の設立総会を開催してから1年が過ぎた平成25年11月30日に、当田上支部は、地元、湯田上温泉「わか竹」にて、25年度の総会を開催しました。 当日は、来賓として同窓会長波遽様、母校教頭佐藤様のご臨席をいただきました。ここに改めて厚くお礼申し上げます。 総会は、最初に丸山支部長の挨拶があり、次に来賓の二人からご挨拶をいただきました。その後、設立総会に要した経費の会計・監査報告を行い、出席者の皆さんからご理解をいただき、滞りなく無事に終了しました。 この後「護摩堂山の植物」と題して、母校でも教鞭を執られたことがある田上町在住の高橋務様から地元、護摩堂山に自生するツツジ等の植物や自然について、講演をしていただきました。 また、懇親会では、出席者同士で杯をかわしながら高校時代の話や近情の話題で花を咲かせ、有意義な一時を過ごしました。この間に、渡邊同窓会長にご発声をお願いし、出席者全員で校歌と応援歌を声高らかに斉唱しました。 最後に、万歳を三唱して中締めとなり、その後、来年の総会での再会等を期して散会となりました。 今回の出席者は、来賓等を含めて25人でしたが、今後の総会では25年度と同様、講演等の催しを行なう方向で考えていますので、同窓生(支部会員) の大勢の方からご出席をいただきたいと思います。ぜひ総会に一度ご出席ください。そして、一緒に校歌を歌いましょう。 ---------------------------------------------- 「平成24年度支部総会の報告」 『田上支部の設立について』 高19回卒 佐藤 芳英 前略 同窓生の皆様方におかれましては、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。 皆様方に田上支部設立の経緯を知っていただきたく、初めて便りをいたします。 最近の「同窓生名簿」によりますと田上町には、約540名の卒業生が存在とのことであります。しかし、同窓会支部と言われるものは残念ながらありませんでした。同窓会支部ではありませんが、「護摩堂和同会」と言う親睦会がありました。先輩から聞いたところでは、この会は、羽生田駅(町には、他に田上駅がありますが、当時はありませんでした。)から旧制の県立三条中学校へ通学する者達の会で、名称は、町にある「護摩堂山」に因んで付けたそうです。その後、町在住者、出身者を以って同窓生の親睦を図ってきましたが、会員の減少等により平成18年の総会後、休止状態となりました。(この時の幹事は、佐藤芳英が務めました。) このような中で、平成24年に入ってから同窓生の間で、多くの卒業生がいるのに同窓会の支部が無いのはおかしい。支部を設立すべしとの声が上がりました。 少し省きますが、この声を聞き、7月10日に、泉田卓(高第4回卒)、丸山敬(高第12回卒)、高野泰雄(高第18回卒)、皆川忠志(高第20回卒)、塚野裕喜(高第32回卒)、藤田哲也(高第44回卒)、佐藤芳英(高第19回卒)、の7名を発起人とし、打合せ会を開きました。その結果、「護摩堂和同会」を発展的に解消し、支部設立を目標にして、10月20日に設立総会を開催する旨、決定をしました。 設立総会は、渡邊同窓会長、平澤学校長の臨席をいただき、多数の同窓生が集い、盛大に行われました。また、母校の創立110周年の年に支部を設立できたことは、私達にとっては、感慨もひとしおであります。 最後になりましたが、皆様方のご発展とご健勝をお祈りしますとともに、歩み始めた田上支部にご尽力くださるようお願いしまして、筆をおくこととします。 早々 平成25年2月吉日 追伸 取り留めの無いことを綴りましたこと、また、乱筆をお許しください。 --------------------------------------------
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支部便り/東海支部
東海支部だより 東海支部長(高17回卒)若狹 修三 東海支部はコロナ禍の影響で、令和二年から三年間支部総会を開催できずにいましたが、支部会員の皆さんの尽力により、令和五年度、六年度と二年連続で開催することができました。令和六年度については、十月五日に同窓会本部から野嵜副会長にも出席いただき、総勢十一名の参加により、総会・懇親会を実施することができました。コロナ禍前の参加人数の二十数名前後を目標にしていましたが、前年同様の人数となり、回復途上といった状況です。未加入者の発掘や働きかけ・周知・勧誘をどのように展開して参加者を増やしていくかが相変わらずの課題です。 今回は、会場を従来のホテルから宴席の可能な小料理店へと変更して実施しましたが、総会後の懇親会は少人数ながら大いに盛り上がり、和気あいあいの会となりました。 今回の懇親会では、恒例の各自の近況報告・校歌の合唱に続き、泌尿器科の現役の医師である岡村先生(四十八年卒)に講話をお願いしました。内容は、我々の年代になると避けて通れないに排泄の悩みついて、過活動膀胱・前立腺肥大・前立腺がん等の診療のポイントと治療の実例を資料に添ってお話し頂きました。また、新型コロナワクチンの最近の動向についても、質問が出る等、質疑も活発に行われたため、時間が足りず、次回(令和七年度)の総会で引き続き講話をお願いすることとしました。 東海支部の活動につきましては、今年度は何とか乗り切ることができましたが、コロナ禍の影響で三年間活動が停滞し、その間に支部役員十一名のうち、四名が病気・仕事多忙・家庭の事情等の理由で欠員となっており、残りのメンバーで何とか運営しています。 この様な状況ですが、東海地方の三条高校同窓生の唯一の情報交換や懇親を深める場である東海支部をメンバー全員で盛り立てていきたいと思います。 --------------------------------------------- 東海支部だより 東海支部幹事(高14回卒)大橋 亘 全国の支部と同様コロナウイルスにより3年間東海支部総会を開催することが叶いませんでした。令和5年11月になんとか開催にこぎつけ皆さんの元気な笑顔に再会することが出来ました。出席者はコロナ前の半数ほどに成りましたが、久し振りの校歌・応援歌は今までにない音量でありました。出席者の気持がよく表れていました。現在もウィズコロナという事でマスク着用も当人任せという事になっていますが、コロナウイルスで習慣や社会のなり様も大きく変化した部分もあり、加えてCO2による気候変動がもたらし始めた温度上昇により今後いままで考えられなかった他のウイルスや菌また動物・植物の侵入があると言われています。これらの事を考えると今まだコロナウイルスが変化しつつ続いているとはいえ今回の経験・体験を総括し将来に確り備えてもらいたいものです。 令和6年は一日の能登大震災、二日に羽田空港の航空機事故と誰もが想像したくもないとんでもない災害で年が明けました。年始から能登・富山・新潟の被害状況が毎日のようにテレビに映し出されています。能登北部の家屋の倒壊や火災そして社会インフラの大きな被害を毎日の報道を通して見聞きしていると一時も早く回復し復興をしてくれることを願うばかりです。私は大きな地震が有ると、今から60年前新潟地震が有り災害状況を写真に収める為、夜行列車で新潟を目指した事、またその折には新潟大学の学生寮に泊めて頂いた事、おかげで貴重な写真を多く撮ることが出来、学園に帰って[地震とは]という写真展を開き討論をしたことを思い出します。 60年前の新潟地震からM7以上の大地震は北海道から九州にかけて13回も発生しており多くの死者と大きな被害をもたらしています。 これらの震災が有るたびにもう少し早く現地への対応・対策が取れないものかと思う人は少くないのではないでしょうか。今後30年の間に東海・東南海地震という大変な被害をもたらす大地震が大きな確率で起こると言われています。この事を考えると今までの多くの地震災害から得られた教訓(ハード面とソフト面を含めた)を総括して確りした対応・対策がとれるよう国・自治体・民間が力を発揮して準備をして置いてもらいたいと思います。R6年度も支部総会がまた開催され皆さんと多くの情報交換と校歌を大声で歌えることを楽しみにしています。 --------------------------------------------- 東海支部だより 東海支部長(高17回卒)若狹 修三 東海支部は令和四年度もコロナの影響で支部総会を開催できず、三年連続で会員同士の懇親や情報交換ができませんでした。令和五年度も第9波の流行が危惧されており、現状では先が見通せません。また、懸案となっている支部役員の若返りも先送りとなっており、支部活動の停滞に苦慮しているところです 私事になりますが、郷里を離れて五十年以上経過し、それ以来雪との付き合いとは無縁の生活を続けています。つい最近全国ニュースで、郷里の国道8号線が大雪のため、多くの車が立ち往生して、物流の混乱等で一般生活にも影響が及んだとのことが伝えられていました。雪国の生活の大変さを改めて感じ入った次第です。 大雪の経験といえば、在校生当時、私にとって印象の強いできごとがありました。それは昭和三十八年のいわゆる三八豪雪での体験です。当日は普段通り登校したものの、朝からの激しい雪で、授業は午前中で打ち切り、急遽全員帰宅となりました。私は弥彦線の北三条駅と自宅のある越後線の地蔵堂駅との間の列車通学をしていました。早めの下校で、いつもより早く帰宅できるものと思っていました。ところが、北三条駅から乗った列車が発車して間もなく、燕駅の手前で降雪のため立ち往生して、動けなくなってしまいました。保線区の人による懸命な除雪の結果、どうにか燕駅まで辿り着くことができましたが、既に日も暮れて、運転打ち切りとなり帰宅不能となりました。幸い、燕駅から通っていた同級生と一緒に乗り合わせていて、彼の自宅で二日間もお世話になりました。その間、雪がやまず身動きがとれませんでした。自宅への電話もなかなか繋がらず親の方にも心配をかける結果となりました。 その間、交通機関もマヒ状態で休校が続くなか、三日目になって、雪も小降りとなったので、徒歩で自宅を目指しました。独断での単独行です。道中の田んぼ道は大雪のため、普段とは一変した景色の中、風も強く、吹雪にさらされながらの強行軍でしたが、数時間かけてなんとか帰宅できました。今思えば、ホワイトアウトに近い状況下、よく遭難もしないで帰れたものだと思います。 現在、私は後期高齢者の仲間入りをして2年目になりますが、三高時代のことは断片的ではありますが時々思い出して懐かしんでいます。現状のコロナが終息し、会員同士がフェイス・ツー・フェイスで思い出や近況を語り合える時が一日も早く来ることを願っています。 --------------------------------------------- 東海支部だより 幹事(高14回卒) 大橋 亘 令和四年東海地方もコロナで明けました。 明るい新しい年になる事を皆が願っているのですが今年も収まる様子がありません。 東海支部は令和二・三年とコロナ下で二年間支部総会を開催する事が叶いませんでした。今年はどうなるのか先を見通すことが出来ません。 支部役員会も開くことが出来ずにいます。会員とは文書連絡のみの一方通行です。支部総会が開催できない事によって、同窓会本部役員と学校関係者から得られる郷里の新しい情報や、また支部会員どうしの現状や情報交換もでき無く成ってしまいます。皆さんと校歌・応援歌を歌う事もできません。コロナのこの様な状況の下、母校での授業や部活動はどの様に行われているのか、また先生方の授業の進め方等大変なご苦労だと思います。又生徒さんも大切な青春の一ページが狭められ気の毒な事です。 今年は母校の百二十周年記念です。今までに卒業された優れた歴史学者・教育者・医療関係・芸能・スポーツ・政財界等の人達が過去に現在にとご活躍されている事を見聞きすると本当に頼もしく思いますし、今後も多くの後輩もまた素晴らしい活躍をされる事と思います。これからの後輩や若者が活躍する為には世界が平和で自由が一番ですが、残念なことに今地球上にはあまりにも多くの問題が山積しています。大国の思惑で小国を侵略するとんでもない状況が現実として起こったり、温暖化が進み気候変動が各地域で大きく成ったり、世界的に経済や考え方の違いによる人権問題やいろんな差別や格差が多く生まれています。これらの問題は今まで考へも及ばなかった事を生じています。これらは地球規模で解決しなければならない問題ですが一人一人が他人事でなく確り考へて行動しなければならない事でもあると思います。この様な話も同窓会で集まれば色んな話の中で出て来る話だと思うのですが・・・ 先ずは支部総会が開催出来て皆さんの元気な顔や声を聞きたいものです。 --------------------------------------------- 東海支部だより 幹事(高14回卒) 大橋 亘 昨年の一年間は新型コロナウイルスにより世界中の人々にとって大変困難でありましたが、この状況はまだまだ長引くようです。東海支部にとっての昨年は年一度の支部総会を開催することが叶いませんでした。また初代支部長として大変ご苦労をお掛けした倉藤金助様(昭34年卒)が十二月にお亡くなりになられました。会員一同大変残念で悲しい思いをいたしました。十一月には先輩支部としていろいろご指導を頂きました関西支部事務局長の岡田忠吾様が亡くなられたという知らせも入って来ました。お亡くなりになられたお二人に誌面をお借りして会員一同心より感謝と哀悼の意を表したいと思います。 今年の支部総会開催も難しいと思われます。開催することで郷里と母校、そして会員同士の新しい情報が得られなくなることは誠に残念なことです。母校でも大切な行事がなかなか実施できないとの事で在校生の得られるはずであった楽しみや、重要な情報も失われることが有るとすれば大変残念な事だと思います。 現況の下では支部役員会を開くことも出来ず活動が停止状態にある中で支部の「良寛研究会」も終盤近くまで進んでいながら開くことが出来ていませんが、この時期を利用して研究会々長の鈴木深(昭45年卒)さんが“良寛を訪ねて”という冊子を発表されました。 多くの書物を読まれ、いろんな角度から良寛を見た著書になっており、これから良寛を知ろうと思われる方には大変参考になる冊子だと思います。良寛さんは詩・俳句・漢詩・墨書は沢山残されていますが自分の近辺を書いた物が殆ど無いので良寛研究者は残された資料から想像して書くより方法が無いようです。 来年は東海支部総会が開催され会員の皆さんでお互いの元気を確認し、今迄通りの支部活動を取り戻したいと願っています。 また来年は母校創立百二十周年の節目の年になります。その節には有志と母校を訪ねたいと思っています。 --------------------------------------------- 東海支部だより 幹事(高14回卒) 大橋 亘 昨年は日本に限らず多くの国で気象変動による大きな被害がありました。 国連で16歳の少女グレタ・トウンベルさんが国を代表する大人たちを前にして「お金のことや、経済発展が何時までも続くというおとぎ話ばかり…。これからの私たち子供に大きな負の遺産を残すことばかりしている。 危機を危機として今すぐ手を打たなければ未来が無い。」といった言葉に多くの人が同意したのではないでしょうか。 さて昨年6月には第八回支部総会を開催し若狭氏(昭40年卒)が引き続き支部長に選任されました。また遠路より野嵜同窓会副会長・佐野明義教頭・岡田関西副支部長がご出席下さり、母校や郷里の新しい情報や関西支部の現状の報告をお話くださいました。 総会後場所を変えた二次会には多くの方が出て下さり総会では話せなかった多くの話に大変盛り上がり新しい発見や色んな方々との繋がり等の発見がありました。 故郷を遠く離れて暮らす中で同窓会繋がりだけでも多くの中身のある(無いことも)話が弾み、生活の潤いや明日への活力になっていることを思えば一年に一度ですが、支部総会を開く意義はあるように思います。 昨年9月に初めての親睦会を熱田神宮のボランティアの説明による見学会という事で行いました。幾つかの発見や知識を得ることができ楽しいものとなりました。 また今年も2回目の実施を考えています。 昨年11月には名古屋の徳川美術館で【良寛さんの書展】が開催され、三条高校27代校長の小嶋正芳先生(全国良寛会副会長)がその講演会の講師として来られ良寛さんの一生と父以南との関わり等々を分かり易く講演して下さいました。講演を聞きに来た支部の仲間と少ない時間でしたが、小嶋先生とお話することが出来ました。 良寛の書は説明書きが無ければ全く読むことが出来ませんでした。 徳川美術館には国宝の源氏物語絵巻や徳川家の由緒ある物が多く展示されています。 こちら方面にお出掛けの際には是非お立ち寄りください。 --------------------------------------------- 東海支部だより 幹事(高14回卒) 大橋 亘 平成最後の年始を迎へる東海地方は良いお天気に恵まれました。平成の年号も今年の同窓会誌源泉が手元に来る頃には新しい年号に変っているのでしょう。 例年通り昨年六月に名古屋の名鉄ニューグランドホテルにて第七回東海支部総会を開催いたしました。遠路を同窓会本部より野嵜同窓会副会長と小嶋英範様、佐野明義教頭、関西支部より諏訪支部長、岡田事務局長の御出席をいただきました。午前の支部総会の議事に先だって、支部創立からの難しい時期に支部長として大役を果たされた倉藤前支部長に同窓会本部より感謝状が贈られました。引き続いて議事の29年の実務報告、会計報告等の承認を得て午後の懇親会に入りました。 懇親会では野嵜副会長より同窓会の報告と三条の今について、佐野教頭からは母校の現状とご自身の三高生であった時のお話があり、諏訪関西支部長から支部の現状と支部が持つ問題について丁寧なお話しがありました。 また出席者全員が三高時代や郷里での思い出話や現状報告をして和やかで有意義な情報交換としての時間と場を持つことが出来ました。 当支部の良寛研究会鈴木会長より会の進捗状況と内容の報告があり、また今年度で研究会の一区切りとしたい旨の話がありました。良寛自身の事を書いた文献が殆んど無いために鈴木氏も会の資料作りにご苦労されています。 27代校長の小島正芳先生もご自身で良寛についての本を出版されており、そこからも参考資料として取り上げて議論した事も有りました。 二次会は同ホテルの別室で行いましたが賑やかで内容の濃い大変楽しい会でした。 --------------------------------------------- 「平成29年度支部総会」 幹事(高14回卒) 大橋 亘 北国の平成30年の始まりは大降雪に見舞われ大変なご苦労をされたことと思います。当時テレビでは毎日の様に雪害の映像が映し出されていました。三条で列車の身動きできない状態や福井県内の国道で車が数日間雪に閉じ込められている映像等は過去の豪雪の記憶を思い出させるものでした。今年最初の支部委員会(1月)では母校から線路伝いに歩いて我が家まで帰った話、屋根の雪下ろしの想い出話など雪の大変さを語り合ったものです。 冬季に限らず地球温暖化による大きな気象変動は現実のものとして注意と対策が必要になっています。また東海地区は東海・東南海・南海地震の影響を受ける真ん中に位置しており減災の対策も講じなければなりません。 さて第6回東海支部総会(平成29年6月)は遠路三条より上杉校長・同窓会を代表して小鴨英範様・関西支部の吉原支部長・岡田事務長のご出席を頂きました。支部総会は28年度の業務報告・会計報告二部規約改正等、そして新役員の選出を出席者のご協力のもと滞りなく終えました。役員選出で新しい支部長には若狭修三(昭40年卒)さんが選任され、新しく支部委員(10人)になられた皆さんと協力し活力ある支部に発展させていく決意を語られました。また東海支部発足時より5年間にわたり支部長として大変ご苦労をされ支部としての形を作って下さいました、初代支部長の倉藤金助さんには顧問として残って頂くことになりました。 総会の後、懇親会に入り上杉校長より母校の現状報告や話題等お話頂き、母校が昔と比べて大きく変わったことに、一部昔の卒業生には感慨深いものがありました。吉原関西支部長からは関西支部の報告がありました。東海支部と関西支部は毎年お互いの支部総会に代表者を送り意見交換を行って来ており、今後とも支部発展のため協力をして行きたいと考えています。 支部の良寛研究会も鈴木深さんの資料の下で深い内容で楽しく進めています。 --------------------------------------------- 「平成28年度支部総会」 東海支部幹事 大橋 亘 平成29年の三が日東海地方は好天に恵まれましたが、その後の気象は一変し、全国的な異常気象状況の中に入ってしまったようです。新潟地方の豪雪の知らせが毎日のようにテレビで流されていました。今年第1回目の東海支部委員会は大雪警報の中での開催でした。外の雪を気にし乍らも、これからの支部の在り方や郷里の話、良寛さんの話も出来て良い一年の滑り出しとなりました。昨年6月の支部総会は竹井副会長、上杉校長、寺尾事務局、関西支部より吉原支部長、岡田事務長の皆様の出席を頂き楽しい有意義な会になりました。皆さん積極的に情報交換をされて新しい発見も有ったようです。名古屋大学の飛田教授(昭55卒)より「大震災と備へについて」との題で講話をして頂きました。沢山お話頂きましたが、来る地震を避ける事は出来ないのであるからそれに対する備えをする〝減災″に力を入れて必要な事に確り備えをしておく事が大切ですと話されました。ここ数年の間に起きた幾つもの大地震で、特に東日本大震災では十分その恐ろしさを経験したはずなのに年月が経つとその記憶も少しずつ薄らいで行くことが大変恐ろしく心配です。 昨年の社会人講話に南海支部より工学部門で赤塚輝元 (昭44卒) さんが講師で母校へ行って下さいました。大好評でありました。 昨年11月の関西支部総会に出席をさせて頂きましたが、出席者が、特に若い層の出席者が無いことに役員は頭を痛めておられました。東海支部においても毎回委員会でこの件が話題になりますが、なかなか妙案が出てきません。若い層の中に話を聞きますと、この様な会はある程度歳を取ってから参加するものと考えている方が多いようです。出席者には色んな経験を積んだ方、異業種の方、色んな考えの方々が居られるので、本当は若い層の方には参考に成る事が沢山有ると思われるので、ぜひ出席をして頂きたいと思っています。 支部活動の一つである「良寛研究会」も2年目に入っていますが、鈴木深(昭45卒)さんの御指導の下大変楽しく順調に進んでいます。ただ内容が難しくこれからが大変になりそうです。 「源泉」が皆さんの手に届くころ、東海支部総会が開催されているはずです。 --------------------------------------------- 「平成27年度支部総会」 東海支部幹事 大橋 亘 昨年(H27)6月には山井同窓会長・上杉校長・関西支部より岡田事務局長をお迎えして第4回東海支部絵会を開催いたしました。 愛知・岐阜・三重県より同窓生が出席してくだきり大変内容のあるにぎやかで楽しい情報交換の場になりました。また昨年は7月に行われた社会人講話には、名古屋大学の飛田潤教授(昭55年率)に工学部門で講演に行って頂くことができました。今年についても適切な方に講師を引き受けて頂きたいと考えています。同窓生支部の皆様のなかから提案され進めて来た「良寛会」も二年目に入り、内容も鈴木潔(昭45年率)会長の計画に従って楽しく進行しています。会の内容も結構深いところを行っているのではと思っています。関西支部には京都の禅宗の大寺である大徳寺に同窓の泉田宗健老師が居られますので、いずれ機会がありましたら「良寛」について、また「禅」についてお話をお聞かせ頂ければと考えています。また二代前の小島正芳校長は良寛と良寛の書について大変造詣の深い研究者でいらっしゃるということも承知しています。 今年は5月下旬に三重県の伊勢志摩の賢島においてサミット(G7)が行われることになっており、愛知・三重はこの間は少し騒がしくなりそうです。 東海地区は地理的に日本の中央に位置しているため、道路網・鉄道網が大変充実しており、観光にはこの上なく便利な処になっています。岐阜には白川郷の世界遺産をはじめ長良川の鵜飼い、三重県には伊勢神宮や芭蕉庵、愛知には名古屋城、徳川園等々の観光地が「工業」では自動車産業をはじめ飛行機や電気製品産業などが代表として在ります。「もの造り」 においては日本を代表する陶磁器の産地、三重(伊賀焼・万古焼)愛知(瀬戸・常滑焼等)があります。また美濃和紙・小原和紙など多くの観光や見学場所があります。是非東海地方に来られて楽しんで頂きたいと思います。この記事が皆様のお目に届くころには、第5回東海支部総会が開かれている時期だと思います。 --------------------------------------------- 平成26年度支部総会 『第3回三条高校同窓会東海支部』 東海支部幹事 大橋 亘 今年6月をもって平成24年の東海支部発足から三年がたちます。その間同窓会本部や関西支部、また同窓生のご協力をいただきながら何とか支部として滑り出したという状況です。当初支部委員会ではこの支部をどの様な形になれば支部役員の皆さんに喜んで頂けるのか、また多くの会員が参加できるのか、母校をどのように付き合っていけるのか、これらの事で悩んできました。ここ一年程はあまり肩に力を入れずに自然体で行こう、そして少しずつ会員の希望や期待されていることを汲み入れて行ければ良いのでは、という事で進めています。昨年会員の中から新潟について何か勉強をしようという声が上がり、いろいろ話題がのぼりましたが、誰もが知っているようで、その実よく解っていない 「良寛」について学んでみようという事になり、鈴木深(昭45卒) さんを会長として毎回8人前後の会員が集まり和やかな中に意見対立があったり、話が大きくそれたりして会は進んでいます。ただ良寛さんの和歌・漢詩・はたまた「書」にいたっては全くお手上げ状態です。会員の中には良寛さんの最後の住処となった木村家(能登や) の方、また良寛さんの最期を看たであろう桑原家出身の方、五合庵のすぐ下にある本覚院を実家とされる方が居られます。長岡市の良寛の里和島の近くに倉藤支部長の別邸がありますので今年はそこで良寛会を開こうという話もあります。 今年、母校で毎年7月に行われている社会人講話に名古屋大学の飛田潤(昭55卒)教授に東海支部としては初めての講師として行って頂くことになりました。ご存知のように名古屋大学は6名のノーベル賞受賞者を出しています。飛田教授は建築工学がご専門で大学で教鞭をとり、また愛知県と名古屋市の地震(東海・東南海・南海)対策と地震被害予測委員会の委員等をしておられ大変範囲の広い先生です。大へん有意義な講話をぜひ聴きに来ていただければと思います。 --------------------------------------------- 平成25年度支部総会 『第2回三条高校同窓会東海支部』 幹事(昭37卒) 大橋 亘 一昨年(H24)第1回東海支部総会からあっという間の第二回支部総会がH25年6月にJR名古屋駅からすぐの処にある名鉄ニューグランドホテル七階で開催されました。遠路三条より平澤校長、渡邊同窓会長、京都より森田関西支部長をはじめ三名の方々が御出席下さいました。おかげさまで第2回支部総会には新たに人名の会員の出席を得ることが出来ました。倉藤支部長の挨拶に始まり、総会、懇親会と進み、そのなかで平澤校長、渡邊同窓会長、森田関西支部長よりご挨拶を頂き、三条高校の現況や新しい多くの情報をお話頂きました。司会は第一回と同様、大野 (S48卒) さん、小酒井 (S54卒) さんの名司会の元に会は進められました。今後もこのお二方にお願いをして楽しい総会にして行きたいというのが現役員の一致した意見であります。前回の 「支部だより」 に記したことですが、今後どの様な支部にしていけば良いのか、その内容について委員会を開くたびに役員一同が頭を悩ませています。この様な模索の中で支部に「歴史を学ぶ」という会が発足しました。会長は鈴木深 (S45卒) さんです。初回は越後の生んだ僧「良寛さん」について学ぶことに決まり、現在資料を集めています。きっと内容も大きく膨らんで楽しい勉強会になると思われます。出来れば現地を尋ねたりという事も考えています。 今日、H25年そしてH26年空も海も今迄になく異常な様相を呈しています。大地震の予想もされ、それに対する備えも重要になっています。また未来に繋がる国内の情勢も、ここ数十年とは大きく異なる内容で進んでいるようで、大きな変動期にいることが毎日のニュースで感じられます。 この記事が皆様の日に触れるころ(六月)東海支部第3回総会が開催されていることと思います。色々な情報をぜひ東海支部へお送り下さい。 --------------------------------------------- 平成24年度支部総会 『東海支部の発足総会』 幹事(昭37卒) 大橋 亘 全国の同窓生の皆さん初めまして。昨年平成24年6月16日に発足いたしました東海支部でございます。発足総会(東海支部第1回総会)には平澤校長先生、同窓会本部より渡邊会長、中條前会長、本部役員の方々、森田関西支部長、岡田事務局長の皆様が遠路お祝いに来てくださいました。記念すべき第1回総会は大野(関)女史(昭48卒)の司会で進行し、東海地区(愛知・岐阜・三重)よりご出席いただきました同窓生20名の期待と熱気の中、東海支部設立準備委員会の当日までの経過報告の後、高地氏(昭40卒)が議長に選出され、議長の下で支部規約の承認及び役員選出、そして今後1年の活動計画等について会員の賛同を得ることが出来ました。 総会終了後、小酒井(星野)女史(昭54卒)の司会で懇親会に入り、出席者全員胸に名札(卒業年度記載)を付けていただき、準備委員会で用意した参加者全員の名刺を全員で交換しあった後、少し懐かしさと状況を知った中で出席者の自己紹介と現況報告を、そして平澤校長先生より母校の現状のお話、来賓の方々より祝辞を賜り懇親会を進めていきました。非常に和気藹々と和やかに進んで行きました。宴たけなわの中、渡邊会長の指揮で校歌(5番まで)、第三応援歌(SANJO WILL SHINE)を十数年、いや数十年振りかで全員が腹の底から声張り上げて歌うことが出来ました。歌い終わった全員の顔が本当に晴れやかで大変印象的でした。出席された方たちからは懇親会終了後も話し尽くせなかったようで、続きは次回の楽しみにと帰途に着かれました。東海支部は第一歩を踏み出したばかりで、今後どのような内容で具体的に活動していくのかは倉藤支部長(昭34卒の素晴らしい見識と指導力の持主)の下で役員が一致協力をして進めていかなければ成りません。今後の各支部皆様のご指導とご協力のお願いと、発足総会のご報告を致しまして東海支部よりの第一報とします。 ---------------------------------------------
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支部便り/下田支部
三高同窓会下田支部だより(7年度源泉より) 下田支部長(高20回卒) 名古屋 利夫 令和6年6月22日(土)に鹿峠地区の「割烹・甚七」にて下田支部総会を開催させていただきました。昨年に引き続き交流会での総会を開催できましたので良かったです。参加者は15名でしたが、来賓として「新潟支部長の山田茂孝さん」をお迎えし、ご挨拶いただきました。また、滝沢三条市長が会員として参加されましたのでご挨拶をお願いしました。女性の参加者が少なかったので、ジェンダー平等が世間の常識となりつつある昨今、下田支部が遅れをとることがないように次の総会には参加の増を検討したいところです。参加された皆さんは、1年ぶり、久方ぶりということで楽しく交流されました。記念写真の笑顔が全てです。課題である支部役員の若返りを進めているところですが、徐々に新しい方に参加していただくよう、引き続き世代を超えて交流をしていきたいと思います。 今年度は支部機関紙「嵐渓」も25号を発行し、会員の皆様の近況報告などをお伝えしています。 ---------------------------------- 三高同窓会下田支部だより(6年度源泉より) 下田支部長(高20回卒) 名古屋 利夫 三条高校同窓会下田支部、令和5年度の活動報告をいたします。 新型コロナウイルスの影響でこの3年間開催できなかった支部総会を4年ぶりに開催しました。下田の奥座敷「嵐渓荘」で参加者19名での開催となりました。今回の総会では、三条高校の先生方のご出席はかなわず、来賓として三条支部長の野嵜喜一郎さんからご挨拶を頂きました。また滝沢市長が会員として参加されましたのでご挨拶をお願いいたしました。4年ぶりに同窓の仲間との交流で楽しいひと時を過ごすことができました。記念写真を嵐渓荘の玄関前の木立の中で撮影し、参加者の素顔が自然の中でにこやかに映し出されました。 この間の課題でありました役員の改選で事務局長を石月豊さん(平成9卒)にバトンタッチする事ができました。西堀事務局長には長い間ご苦労頂き感謝申し上げます。徐々に役員も新顔に参加してもらうことで若返りを図っていきたいと思っています。今回、久方ぶりに女性の評議員が2名となり、これからの活躍に期待をするところです。 今年度は支部機関紙「嵐渓」も24号を発行いたしました。昨年4月に赴任された勝山宏子校長のご挨拶を寄稿いただき編集いたしました。支部の会員からも思い出の原稿を寄せて頂き、改めて同窓会の年代幅の広さに感動させられました。 ---------------------------------- 三高同窓会下田支部だより(5年度源泉より) 下田支部長(高20回卒) 名古屋 利夫 コロナ禍で3年が経過しましたが、コロナは日本でも色々な問題や課題を浮き彫リにしました。 感染による差別や格差社会、人権侵害など、感染を恐れるあまり根拠のない風評被害が飛び交う等、弱い人へのしわ寄せが拡がる状況になりました。3年間のマスク生活が私たちに何を示唆しているのでしょうか。7万2千人の死者を出しているコロナを完全に封じ込めるのは困難なことと思います。そんな中でも政府は感染症の2号から5号に扱いを変更するとしていますが、科学的な根拠に乏しいと感じます。アフターコロナの日本はどこへ向かうのか、ウイズコロナの道につながるのか?不安とともにコロナに負けたくない思いが交錯して、複雑な気分の中にいるのは私だけでしょうか。 さて、下田支部も、この間は所謂通常の総会はやれておりません。役員会で議案を確認し、評議員会での審議をいただき、総会の代替えとしてきました。会員の皆さんと集い顔を合わせて近況を語り合うこともできず残念な思いでおりました。そういう状況の中で、令和5年度は何としても、これまでの総会の形に戻して開催したいと考えております。3年ぶりに会員のみなさんの顔と顔を合わせてワイワイと交流できるようにしたいと願っています。また、支部の役員体制の若返りを進めて行きたいと思い、役員会で検討しているところです。 昨年は、三条高等学校創立120周年記念事業が行われ、小生も式典に参加をさせていただきました。その中で、後輩の生徒たちの受付や会場案内など、丁寧に対応してくれている姿をみて、嬉しくて頼もしく感じました。また、式典での生徒代表の挨拶も素晴らしい内容で、演壇での態度も立派なものでした。母校の120周年のあゆみをつなぎ、誇り高く前進し続けるよう共に歩いて行きたいものです。 ---------------------------------- 三高同窓会下田支部だより(3年度源泉より) 副支部長(高49回卒) 石月 豊 三条高校での思い出 令和三年度より、副支部長の任につきました。何分にも力不足で諸先輩方の足元にも及ばない私ですが、ご指導のほどよろしくお願い致します。 支部総会も二年連続で中止となり、令和四年度もどうなるかわからない状況となっております。年に一度先輩方と顔を合わせ、色々なお話を聞ける貴重な機会でしたので、また皆様方と笑顔でお会いできることを楽しみにしておりますので、開催された暁には多くの方々のご参加をお待ちしております。 三条高校での思い出はサッカー部で過ごした日々が色濃く残っております。特にフィジカルトレーニングとして、昭栄大橋の袂からダッシュで駆け上がる練習は今でもたまに夢に出てくるくらい印象深いです。消雪設備が素晴らしく、野外でサッカーができない冬の時期でも走ることができ、その素晴らしい設備を当時は恨んでもいました。現在ではサッカーをする機会もなくなり、テレビでのサッカー観戦が主になっておりますが、昭栄大橋を通る度に高校時代のことを思い出します。 ---------------------------------- 三高同窓会下田支部だより(3年度源泉より) 支部長 名古屋 利夫 大橋昭五先輩の「漢詩と短歌」の作品集の発刊に寄せて 大橋さんは下田支部では最古参の会員として、これまで当支部の「牽引車」となって私たちの指導的な立場で活動されてきました。 実に小生が生まれた昭和24年に彼は三条高校を卒業されており、正に私にとっては今年齢90歳となられた大橋さんは親と言っても過言ではない位の大先輩なのです。 その彼が70歳代半ばから漢詩作りを始められ、この度、その集大成として作品集を発刊されたことをお祝い申し上げたいと思います。 私はこれまで「漢詩」というものを見たことはあってもじっくりと読んだのは今回が初めてでした。 そんな素人の私が読んで思ったのは、大橋さんがこれまでの経験や暮らしの中でどんな事を感じてこられたのか、どんな事に興味をお持ちであったのかを本文を読む中で見て取れるような気がしました。 人は色々な経験をし、体験をし、色々な物を見聞きして自分の人生を形作っていくのだろうと、そして、その色々な事物、出会った人や出来事が、またその人となりに大きく影響を与えていくのだろうと思いました。 そんなことをこの作品集は思い起こさせてくれました。私にとっては非常に興味深い出会いでした。やはり新しく何かに触れるということは、気付かなかった自分との出会いにもなるのだろうと思いました。 作品集の中で私のお気に入りの漢詩は本文P15の「諸橋轍次博士の墓に謁す」の詩です。 諸橋先生の「行くに径に由らず」の一節が入っています。人生は小道を通らずに大道を行く。 常に正道によって行動すること、と解説がされています。私もそんな生き方が出来ればと思います。 大橋先輩には今後もお元気で我々のご指導のほどよろしくお願いいたします。 ---------------------------------- 三高同窓会下田支部だより(2年度源泉より) 副支部長 川沼 正憲 令和になって初めての三高同窓会下田支部総会は、令和元年六月二十二日、荻堀「山水」にて開催されました。野水同窓会長をはじめ来賓の方々も含めて二十五人の参加でした。 どこの支部でも言われていることかと思いますが、参加者がいつもの顔ぶれになっていたり、若手の参加が少なかったりしている傾向があります。令和の時代になって、人や物、情報の流れに変化があるなか、同窓会の形も変えていかなければならないと四十代なりに考えています。それは単に、無くしてしまえばいいのではなく、どんな同窓会になるとよいのか一緒に考えていきたいと。 例えば、同級会という単位で集うこともありです。私事ですが、年末に三条某焼肉店に三高同級会のごとく二十人ほど集まって飲んで食べてワイワイと。同年齢です。仕事上の悩みも似たものがあったり、健康状態に差があって愕然としたり、そして時には淡い青春時代の話に花が咲き、まずもって時間があっという間に楽しい!笑顔いっぱいです。同窓会もそんな時間を過ごせる会になるのでは。 実は下田支部の懇親会でも、三高と下田を共通項とした話題が中心になって、若手にとっては生まれる前からの三高と下田の歴史に思い馳せる時間になるのです。先輩方は、後輩達の活躍に目を細めて喜んでくれています。年代の違う支部総会は、地域で活躍する三高生の情報交換になっているのです。面倒な側面だけでなく、こんなメリットがたくさんあるということを地道に広げていくことが大事だと感じています。 わが子が今年度卒業を迎え、同じ同窓生になります。学生時代に参加はできなくとも、就職のあと社会人として肩を並べ、そのわが子と一緒に集い、「国の柱とそびえばや」と歌える下田支部になっていくよう微力ながら努めていきます。 ---------------------------------- 平成30年度下田支部総会開催(31年度源泉より) 下田支部長 名古屋 利夫 昨年の6月23日( 土) に鹿峠地内の「甚七」を会場にして支部総会を開催致しました。 総会参加者は24人でした。例年若い人の参加が少ない事が大きなテーマになっていましたが、今回は若い人が同年代の友人を誘っての参加もあり、若い人の参加が構成比率で33%となりました。 お陰で若いメンバーとの交流も出来、活気のある総会となりました。 また、今回は本部より御配慮いただきました「下田支部旗」の御披露目の場ともなり、大いに盛りあがりました。 今後も、徐々に若い世代の人が参加してくれて、その仲間を連れて参加していただくスタイルができていけばと期待しています。 来賓として、本部の高木資料委員長、母校の石和田教頭先生、三条支部の野崎支部長、東京より中野潔さん( 高岡出身)をお迎えし初参加の会員もあり、思い出話が尽きない中で校歌を斉唱し散会となりました。 支部総会は、親しい人を一人でも増やす出合いの機会でもあります。さらに参加者が広がって楽しさが繋がっていくよう願っております。 ---------------------------------- 「バレーボールと三高時代」(30年度源泉より) 下田支部長 名古屋 利夫 土田正作前支部長よりバトンを受け、昨年の総会で支部長の任につきました。 何分にも力不足で前支部長の足元にも及ばない私ですが、ご指導のほど宜しくお願いいた します。 三条高校の思い出はバレー部の3年間、監督の大原先生(特攻さん)に理屈のバレーをご指導いただき、怖い先輩方に根性のバレーを叩き込まれて楽しく?過ごした日々です。入部のきっかけは中学時代からのバレー部の先輩の清水徹さんの誘いがあったからです。お陰様で高1年で全日本6人制大会に県代表で参加する事ができ、今でもいい経験をさせていただいたと思っております。お陰様で今、下田バレーボール協会の会長をさせていただき、年4回の大会を主催しています。ボランティアで協力してくれる若者たちのおかげで、今だにバレー人生を楽しんでいられます。バレーボールに感謝しています。 下田支部も御多分に漏れず組織的な課題を抱えております。総会に若い人や女性の参加が少ない状況が続いており、世代間の交流が今一つの感があります。年代各層が気軽に参加して親しく交流出来るような支部を目指していきたいと思います。母校の伝統を繋いでいく、新しい支部の活動スタイルを工夫したり、少しでも多くの会員の顔が見えてくるような形を模索しております。 これまで、連綿と続いてきた先輩方のご努力をしっかりと繋いでいく事が今の私たちに課せられた役目であろうと考えております。とにかく明るく楽しい支部活動を進めていきたい。楽しい場所には人が集まって来ることを信じて、下田支部の発展の道を探っていきたいと思います。ご指導のほど宜しくお願いいたします。 ---------------------------------- 「平成28年度下田支部活動報告」(29年度源泉より) 下田支部長(高14回卒) 土田 正作 昨年の6月25日 (土) に、荻堀地内の割烹旅館「山水」にて支部稔会を開催致しました。 総会出席者は27人を数え、近年にない大勢の皆様に参加して頂きました。 来賓として、本部から高木資料委員長、母校は石和田教頭先生、三条支部の野崎支部長、東京より中野潔さん (下田地区高岡出身)をお迎えしました。中野さんは日帰りでの参加です。故郷のアットホームな空気に触れて頂けたなら幸いです。また、この度は、初参加の方、数年ぶりの方々、若い方々の参加があり、幹事にとって大きな喜びです。総会後の懇親会では、テーブルを囲み、皆さん、終始楽しい雰囲気で痛飲、学生時代を思い出されるのか、話が尽きない様子でした。最後は、散会を惜しむかのように、校歌を斉唱して閉会となりました。 今年度(29年) の支部総会は、6月24日(土)嵐渓荘にて開催の予定です。多数のご参加をお待ちしております。 ---------------------------------- 「平成27年度下田支部活動報告」(28年度源泉より) 下田支部長(高14回卒) 土田 正作 昨年の9月19日(土)に、3回目の坐禅会を催した。今回は場所を変え、湯田上温泉地内にある禅堂東龍寺に参禅した。初秋の爽やかな気候の中、会員始め家族、友人の総勢19名の方々に参加いただいた。 東龍寺は、周囲に竹林や多くの樹木を配し、静寂さを湛えた荘厳な佇まいである。宗派は曹洞宗で、本山は永平寺と総持寺(横浜市鶴見区)である。山号を安國山と称する。(山号-寺院の名の上に付ける称号。昔は多くの寺院が山に在り、所在地を示すために付けられた。)開基は田上の千町歩地主・田巻七郎兵衛家。(開基-寺院開設に金銭、土地等寄進した人。) 住職は渡邊宣昭師。出身校は新潟高校・横浜国大(理工-数学科)。本山永平寺の布教部長という要職にある。日常は本山に在勤し、寺の諸行事に帰るという多忙な毎日を送っている。そのような中、月例坐禅会の開催(第2土曜日午後7時半から。誰でも参加できる)、寺報「龍声」の発行、加茂法話会主催などを通じて布教に努めている。 東龍寺の沿革 ・弘仁5年 (814)、真言宗の寺として開創。 ・正慶元年(1332)、臨済宗に改宗。 ・文安5年 (1448)、曹洞宗に改宗。 (前述の山号、開基は曹洞宗に改宗後のもの。) ・安永年間(1770年頃)に現本堂を再建。 ・現住職の宣昭師は23代目で、昭和59年に晋山(住職に就任)。 ・平成12年、「照光殿(1階大広間、2階坐禅堂)」が完工。落慶法要には曹洞宗の管長・宮崎奕保(えきほ)禅師が臨席。 坐禅開始にあたって、素足で2階の坐禅堂へ向かう。途中で坐蒲を持ち、入口左側から左足で人堂。初めに作法を分かり易く教えていただいてから、休憩を挟んで30分の坐禅を2回。その間、ご住職から『正法眼蔵』現成公案の巻の話を拝聴する。 坐禅が終わり、拝礼ののち右側右足から退堂。大広間に戻ると精進料理が用意されていた。食前にご住職から食事作法の教えを受ける。食事の後、ご住職を中心に懇談の輪が広がり、和やかな楽しい時を過ごさせていただいた。皆さん、日常の風俗を忘れ、少しは禅境に触れることが出来たのではなかろうか。 ---------------------------------- 「坐禅と精進料理の会」(26年度源泉より) 支部長(高第14回卒) 土田 正作 下田支部の行事として標記の行を開催しましたので、概要をお知らせいたします。 l 1.開催日平成35年9月7日(土) 参加者は家族を含めて12名で、渡辺同窓会長も参加された。 今年度も開催する。会報「嵐渓」に実施要綱を掲載し参加を呼びかける。 2.会場 五泉市 慈光寺 慈光寺は曹洞宗の名利、江戸末期まで越後四か道場の一つ。約150メートルの参道は、樹齢四・五百年の杉が鬱蒼として茂り、県の文化財に指定されている。 3.内容と参加費 住職の佐藤信雄老師の法話、座禅、精進料理の会食、般若心経の写経 参加費は四千円 4.坐禅 坐禅堂で住職の指導により、約50分間の坐禅を体験。初めての人が多かったが、座禅の基本を修得することが出来たようだ。 5.精進料理の献立 ① お粥 胡麻塩 ② 平ら 高野豆腐、南瓜、干し椎茸、人参、隠元 平ら(ひら)とは浅く平たい皿に盛った料理 ③ 膳皿 蓮根のつくね揚げ(蓮根・干し椎茸・人参) 舞茸と獅子唐の天ぷら、抹茶塩 ④ 坪 胡麻豆腐、敷味噌、生姜 坪とは深い蓋のある漆器に盛った料理 ⑤ 小皿 幸子和え(ほうれん草 かきのもと 黄菊) ⑥ 吸い物 庄内麩、冬瓜、三つ葉 ⑦ 香の物浅漬け(白菜 胡瓜 しその実) 茗荷の酢漬け ⑧ 果物 いちぢくの甘露煮 今年は9月7日(日)に開催。申し込みは土田支部長へ電請(0256-3885) 他支部の方もご遠慮なくご参加ください。 ---------------------------------- 「平成24年度支部総会」 支部長(高第14回卒) 土田 正作 昨年の支部総会に於いて、支部長の大役を仰せつかりました。宜しくお願いいたします。 サラリーマン人生の大半を関西以西で過ごし、平成16年、7.13水害の2週間前、6月末に37年ぶりに帰郷しました。 この水害では、引っ越し荷物もまだ片付いていない我が家は床下浸水で済みましたが、下流域で大勢の犠牲が出た大惨事を、終生忘れることができません。 大阪時代には、関西支部総会に数回出席させていただきました。三条から見れば遠くに感じられる大阪で、同窓の皆さんと交流が叶い、親近感と打ち解けた雰囲気によって、いっとき仕事を忘れて気持ちがリフレッシユできたことを思い出します。当時、遥々お越しの中條同窓会長、熊倉副会長からふるさとの様子を聞くのが楽しみでした。関西支部の皆さん、大変お世話になりました。 下田支部へは平成20年から参加し、ここ3年ほどは、支部会報「嵐渓」の編集の一員に加えてもらっています。会報は年1回の発行ですが、これからも、母校や支部の様子を発信して行きたいと思っています。 昨年6月23日(土)に開催された支部総会は、渡邊同窓会長並びに平澤学校長をお迎えし、総勢26名にて盛大かつ和やかに行われました。席上、石月前支部長から「総会出席者の増加を図るように」という宿題を引き継ぎました。現在、下田支部の同窓生は名簿上では420名余ですが、下田を離れている会員が多く、実際の在往者は250名ほどと推定されます。地区役員に協力を仰いで実体数を把握したいと考えています。支部総会には、大先輩から若い同窓生まで幅広い年代に気軽に集っていただき、楽しく交流できる同窓会となるよう取り組んで行く所存です。 今年の支部総会は6月23日(毎年、6月第4土曜日に開催)の予定です。多くの方々のご参加をお待ちしております。 ---------------------------------- 「平成23年度支部総会」 「この一年」 下田支部長 石月 孝志 今冬の下田郷は雪で埋まりそうだった。昨年も多かったが今年の方がはるかに多い。Uターンしてから16年目で最も多い。屋根の雪下ろしも2回実施。年には勝てず腰、ひじ、首とあちこち痛くて参った。克雪、利雪、エネルギー転換など一つでも多くの実用化を期待したい。 ある学者はすでに地球は氷河期に入っていると言うし、またある学者は温暖化による異常気象の勢だと言う。地震予知もそうだが確率が70%だ、いや30%と一体何か正しいのか良く分からん。いい加減に素人でも分かるように説明して欲しいものだ。 昨年の支部総会は例年通り6月の第4土曜日に、秘湯で有名な下田の奥座敷嵐渓荘でフルート演奏を堪能しながら聞かせていただいた。 演奏は幹事の計らいで、音大卒でフルート講師として活躍中の名古屋愉加さん。日本の歌のもみじから始まり四季の歌、荒城の月そして懐かしのアニメ曲、リングの狙い撃ちと元気一杯に演奏していただいた。 来賓の吉田保夫教頭先生より生徒達の現況、竹井満喜子副部長より燕の磨き屋マグカップのPR、刈屋哲理事の乾杯と何れもユニークな挨拶を戴いた。また、下田生まれの鈴木守男現三条支部長にも出席戴き高校時代の思い出を語ってもらった。 校歌斉唱では川越在住の宿泊女性の方が突然「母校の三条高校ですか!懐かしい」と部屋に顔を出され一同拍手で迎えると言うハプニングもあった。 実は総会開催一ケ月後の7月29日に下田部一体は集中豪雨に襲われ、上流の嵐渓荘ではつり橋は流される、床上浸水と大変な被害を蒙った。また中、下流では堤防が決壊し同窓生で被害を蒙られた方も多くいた。 11月19日、洪水被害から漸く復旧した「いい湯らてい」で有志が集まり親睦会を開催。今後も豪雪、大洪水、大地震等々の異変が予想される、が、「柏崎原発の人災事故だけは絶対防がねばならない」と。また、支部活性化の為に行ったアンケートのまとめについて意見交換した。その中で、今年の総会に下田支部会報「嵐渓十五号」を特集号として発行する。そしてささやかながらも記念のお祝をし、下田支部が一層発展する事に尽力する事を誓い合った。 ---------------------------------- 「平成22年度支部総会」 高第13回卒 事務局長 今 井 紘 一 下田支部では二年前から役員、会員一体となって会計収支の改善に取り組んできました。その内容を簡単に述べさせて戴くと共に、皆さんのご意見を戴ければと考えております。 尚、支部会報「嵐渓」14四号のPRもさせて頂きます。 一、支部会計の収支改善について 本部から交付される支部活動援助金を、支部会報「嵐渓」の印刷代、総会案内の郵送費などに充当していたが、毎年赤字で会員有志の寄付で凌いできた。 「嵐渓」の発行を隔年にという意見もあったが、平成二十一年度から、次のように、収入の増加と支出の削減を行い「嵐渓」を毎年発行する事とした。 (一)収入増加 A寄付金の募集 一口千円で何口でも良い実績は次の通り。 ・平成21年度 50名 ・平成22年度 45名 B「嵐渓」に広告を掲載 広告料は五千円で実績は次の通り。 ・平成21年度4社、22年度5社 (二)支出の削減 A名簿を整理し(転出者の削減など)、総会案内の無駄な発送先を減らす。 B同一の家族に複数の会員がいる場合、一枚の封筒でまとめて送付する。 C総会の出欠の回答を三年以上出さない会員には案内を送付しない。 D発送依頼を郵便局から、料金の安い宅配便に変更する。 二、会報「嵐渓」の第14号の発行 5月下旬に発行する。1月下旬の編集会議で決定した主な内容はつぎの通りである。 ①石月支部長「挨拶」②渡邊同窓会会長「大浦小学校工程の大銀杏移植の思い出」③小島校長先生「良寛と三条、私の好きな良寛の詩歌など」④インタビュー「下田出身の経営者二名」⑤日常生活でのアンケート4名⑥市外県外在住者2~3名に寄稿依頼「現況と三高及び下田の思い出」。 「嵐渓」をご覧になりたい方は、ファックスで「嵐渓」編集室長の土田正作までご連絡下さい。 (Fax 0256-46-3885) ---------------------------------- 「粟ケ岳遭難碑の経緯」(平成22年度源泉より ) 高第12回卒 支部長 石月 孝志 五月、下田郷から登る栗ケ岳は薬師堂付近のブナ林、稜線に出れば小又渓の展望、斜面には淡いピンクのイワウチワの群生が、更に登るとショウジョウバカマ、マンサクそしてギフ蝶もヒラリヒラリと、時には対崖にカモシカも!更に登ると雪渓が広がり、そして頂上には三百六十度の展望が開ける約四時間、変化に富んだ楽しめる山である。 薬師堂を過ぎ稜線に出てイワウチワも少なくなった辺り、左側は崖で右側が雑木、その一角にある小さな石碑が大先輩蝶名林隆二氏の遭難碑である。この碑は・・・昭和6年(1931)3月2日卒業式の翌日、`手塚校長、先生方五人で粟ケ岳スキー踏破に出発、途中から昨日卒業したばかりの蝶名林隆二氏が「是非お供させて下さい」と加わり、正午には頂上へ、昼食をとろうとや天候が急変急いで下山するが大風雪で道に迷い崖から落ちて遭難、案内格の蝶名林氏一人が亡くなった・・・手塚校長が、故人の死を悼み霊を慰めるべく小又渓を見渡せる場所に建てられたものである(一代目)。 その後、四十数年を経て遭難碑も傷みが酷くなり同窓会、下田山岳会の方々が山の厳しさを登山者に知って貰おうと昭和54年(1979年)10月、白御影の遭難碑に建てかえている(二代目)。 二、三年前、山歩きをされている大先輩から遺難破の基礎が傷み碑が傾いているので修理が必要との話が下田支部にもあり、支部で現地の状況、見積り、資料、前回建立に関係された団体の現況等々調査する。三役、役員とも話し合った結果、費用も大変、当時の団体クラブも今は実態がないそして遺族への配慮も考え、「静かに直そう」と云うことになる。現地冬場の気象条件は極めて厳しいと思われ、若槻石材㈱、高校同期乙組の山仲間のアドバイス及びご協力を得て亜鉛メッキLボで石碑をガードする方法をとり昨年5月3日に無事修理する。 手塚先生の遭難記によれば「最も若く、スキーも上手く、下田育ちで粟ケ岳の地理にも精通した案内格の蝶名称君ただ一人が命を落とした---5年間の蛍雪の功を積んで卒業証書を手にした喜び、長い寄宿舎生活から開放され自宅に帰ってぐっすり眠り、支度を整える問も無く素足で飛び出したものと察せられる」と。 人生には上り坂も下り坂もある。そしてマサカもある---山のみならず我々も人生への貴重な戒めと胸に留めておきたい。粟ケ岳は楽しめる山である。特に若い方にお勧めしたい。そして大先輩の遭離碑に手を合せて頂けたらと思っている。 なお、本部より資金援助のお話等気遣いを戴きましたこと、また修理にご協力下さった若槻石材㈱社長、乙組の山仲間本間修氏、古川利三氏他に対して厚くお礼申し上げる。 ---------------------------------- 「今年度のテーマ」(21年度源泉より) 高第12回卒 支部長 石 月 孝 志 昨年の七月より支部長を引き継ぎました石月です。私は平成八年(1996)に、家庭の事情で埼玉県よりUターンし実家に戻り古民家を再生―――第二の人生を送っております。 現在、下田支部の悩みは総会等への出席者が年々少なくなっている事です。特に若者、女性が顕著です―――原因?、対策!、魅力創りは!、等々の意見がある中で今年度の課題を会員名簿の整理と収支改善に集中しました。 まず、会員数ですが名簿上は四百余名になっています、が、総会案内の返信数会員及び役員からの情報では会員実数は半分位ではないかと推定されます。そこで、地区役員の方々にお骨折り頂いて転出入新卒他会員情報を集めて頂く事に致しました。まだ、集計途中ですが転出入者が増えている事、最近の卒業生は殆ど女性である事、身近に同窓生がいる事、等々、今後の下田支部運営に参考にすべきことが多く分かっています。 次に、収支改善ですが現在収入は本部からの援助金が殆どです。その為昨年は会報「嵐渓」発行に際して編集委員の方々に大変なご苦労をお掛けしました。この事を深く反省し、今年より本部方式に習って支部便りの中に会報「嵐渓」と振込み用紙(一口千円以上)を同封し、下田支部会員全員の皆様方に毎年運営資金のご協力をお願いすることを決めさせて頂きました。 地元同窓生の有志が「年に一回いっぱいのもう」と始まった下田支部も幾多の困難を乗り越え、今年で五十余年の歴史を刻みます。また、各地で好評の会報「嵐渓」も今年で十二号(年に一回発行)になります。 「いっぱい飲もう」自然で含蓄のあるこの言葉を宝にし、会員相互の絆を更に深め、次のステップへ進みたいと考えております。 ---------------------------------- 「三条高校同窓会下田支部新役員のご紹介」 石月 孝志 昨年七月の役員改選で支部長を引継ぎました石月です。副会長に小柳さんと渡辺さんも同時に選任されました。三者三様、互いに持ち昧を活かし、元気な下田支部を目標に努力したいと考えております。 前任者の佐藤支部長、高野、石澤両副会長におかれましては長年に渡り支部発展に尽力されましたことに深く敬意を表します。 早いもので引き継いでから十ケ月になります。本年度の支部活動状況を簡単に申しあげます。 先ず、よりスムーズに会を運営する為に、事務局長を小柳副会長におねがいし、また、必要に応じて文書、会計、編集などの担当を役員の方々にお願いしました。 収入面についてですが、現在本部からの援助五万円が殆どで、会報発行にも四苦八苦です。そこで、本部に倣いまして、支部便りの中に振込み用紙(一口千円以上)を同封し下田支部会員全員(名簿を整理した結果的三百名)の皆様方に運営資金のご協力をお願いすることを決めさせて戴きました。 次年度については事業テーマの見直しを予定しております。本部、各支部及び他の情報を収集し、元気づくりの一助にしたいと考えています。 年も総会は7月の第1土曜日です。下田支部も「いっぱい飲もう」から始まって今年で五十余年になります。下田郷には約30人に1人の割合で卒業生が在住、近年の卒業生の殆んどは女性です。是非、互いに誘い合って出席し、本部来賓との交流、下田地区在往者同士の思い出話等々に花を咲かせて戴きたいと思っております。 今年の冬、島潟地区の五十嵐川の広々とした浅瀬に白鳥が十数羽ユッタリと羽を休めていました。廻りの景観と白い固まりがうまく調和し、久々に「故郷」を感じました。昨年堤防用として土砂を大量に運び出した場所です。居心地のよい所が分かるんですね。 支部長 石月 孝志 職 歴 芝浦工大卒、大日本塗料(株)を平成14年退職、平成8年Uターンし実家を再生、平成13年に保ーむぎゃら里ー「瑞門」 開く 趣 昧 ハイキング、水彩画を少々 副支部長 小柳 幸男 職 歴 三条市役所に勤務、平成17年3月退職 趣 味 ウォーキング その他 飯田小学校後援会長 副支部長 渡辺 裕之 職 歴 平成十一年より下田郷にて漆工房を開設、漆の作品の制作を始め、現在に至る 趣 味 ドライブ その他 三条美術協会理事長 ---------------------------------- 「平成20年度下田支部総会」 「嵐渓荘で7月5日に開催」 年に一度、懐かしい同窓生に会うことのできる三高同窓会下田支部の総会は荒木校長・竹井同窓会副会長をお迎えして、盛大に開催されました。 おいしい料理と楽しいお酒。夢中になって話し続ける二十名の同窓生。 先輩、後輩一人一人さまざまな生き方で時を過ごしてきたでしょうが、宴たけなわの別れの前に、歌う校歌は同窓生を青春の輝きにタイムスリップさせました。 三高同窓会下田支部の五十全年の歴史を感じながら、初夏のひと時を「腹いっぱい、胸いっぱい」で過ごすことができました。 (渡辺裕之) ---------------------------------- 「平成19年度支部総会」 「三条高等学校同窓会下田支部総会に寄せて」 高46回卒 会計 佐藤 優 去る平成19年7月7日、三条高等学校同窓会下田支部総会が風雅亭「山水」に於いて、午後6時より鈴木毅同窓会副本部長はじめ31名の出席を戴き開催され、平成18年度事業報告・決算報告および平成19年度事業計画・予算案について承認されました。 下田支部では、三条高校同窓会下田支部会報「嵐渓」を年一回発行しており、今回で第十号の歴史を刻んでおります。予算の厳しい祈、嵐渓編集委員より経費節減に努めて頂き、多くの同窓生に情報発信できていることは、下田支部の誇りでもあります。総会終了後の懇親会では、友と酒を酌み交わし楽しい時間だけが流れ、声高らかに校歌を斉唱し懇親会を終えました。 年々、総会参加者が減り、若い世代の参加も少ないことから、世代を超えた同窓生が気軽に集えるような取り組みも、今後検討したいと考えております。次回は、写真に入りきらない程の参加者に期待して・・・ ---------------------------------- 「平成18年度支部総会」 「三条高等学校同窓会下田支部総会に寄せて」 高第1回卒 大橋昭五 平成元年の支部総会で、同窓会本部の「源泉」のように支部でも会報を発行してほしいという意見があり、翌10年に下田支部の会報「嵐渓」が創刊され、今年は代10号が6月1日付で発行されました。 編集業務には全くの素人が担当しているので、レィアウト・文章・写真などいずれも泥臭い感がしていることは承知していますが、発行することに意義ありと思っております。収支状況の逼迫のため、休刊を考えたこともありましたが、寄附や諸経費の節約により、今年は10号を発刊する運びとなりました。 サイズはA4版、頁数は8頁の年もありましたが、資金的に余裕がないため、最近は4頁で発行部数は約300部です。 次に、ご参考までに、1号から9号までの記事の中から一部を紹介します。 ・梨本前会長の発刊についての祝辞 ・中條現会長の母校の現況など ・三高校長の下田にまつわる随筆 ・旧制中学校時代の各種の写真 ・各界で活躍した下田出身の同窓生 ・下田在住同窓生の経営する事業所 ・会員の随筆や趣味 ・会員の日常生活に関するアンケート ・物故者への追悼文 ・下田・三高に関連ある図書の紹介 第5号では、中島欣也氏(昭和15年旧制三条中学卒、元新潟日報常務)の著書「明治の熱血教師伝・恒文社発行」を紹介しました。この本は旧制三条中学校で名校長の名声を博した坂牧善辰校長の伝記です。紹介と同時に購入の斡旋を行ったところ、約20名の申し込みがあり、著者の中島氏にも喜んで頂きました。 他の支部でも会報を発行されれば、交換させていただき、下田支部の支部活動や会報編集の参考にしたいと思います。他の支部でも発行されることを切望しております。
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支部便り/燕支部
燕支部便り(7年度源泉より) 燕支部総会代表幹事(高50回卒) 小山 健人 令和6年10月1日(火)に燕支部総会を燕三条ワシントンホテルにて開催させていただきました。当日は東京支部長、三条支部長、新潟支部長、吉田支部長、弥彦支部長からもお越しいただき、110名の皆様にご参加いただきました。 第一部の総会では令和5年度の活動報告後、当日の出席は叶いませんでしたが、野水同窓会長、勝山校長先生よりお預かりしたビデオメッセージを皆様に御覧頂きました。コロナ収束後、授業を始め行事も通常運営に戻り、生徒の皆さんが青春を謳歌しているとのこと、大変うれしく思うとともに、自身の在学中の記憶を思い出し、懐かしさを覚えました。また、少子高齢化やグローバル化などの外部環境の変化の中で、WWL事業の継続や理数科の新設といった大きな分岐点に立っている母校のいまをお伺いし、同窓生の一人として微力ながら協力したいと思った次第です。 第二部の懇親会では、東京支部長の佐々木剛様の乾杯の発声で始まり、ご参加された皆様が母校の仲間と和気あいあいと親睦を深められておりました。また、樋山支部長をはじめ支部役員の皆様から積極的に若い参加者にお声がけして頂き、世代を超えた交流も進み、様々な分野で活躍されている同窓生との人脈を広げる場としても、大変意義があったのではないかと考えております。 終盤、燕支部同窓会次年度幹事の紹介の後、池田弘様の力強いリードのもと応援歌を大合唱し、最後は三条支部長の野嵜喜一郎様の万歳三唱で盛況のうちにお開きとなりました。 最後に、ご参加いただいた皆様、樋山支部長をはじめ支部役員の皆様、チケット販売にご協力いただいた諸先輩の方々、また当日に駆けつけ手伝ってくれた同級生に、この場を借りましてあらためて感謝申し上げます。 ------------------------------------------------- 燕支部便り(6年度源泉より) 燕支部総会代表幹事(高49回卒) 原田 昌明 令和5年10月1日(日)に燕支部総会を萬会館にて開催させていただきました。 コロナ禍において3年開催ができず2019年以来、4年ぶりの開催となりました。 多数の来賓をお迎えし、90名近い皆様にご参加いただきました。 第一部の総会では令和4年度の活動報告後、役員改選に移り、長きに渡り同窓会燕支部を牽引してこられた高桑紀美江氏、青山哲也氏、久保田元雄氏にかわり、支部長に樋山証一氏(高28回生)、副支部長に関川大介氏(高33回生)と松川義明氏(高33回生)が選任されました。 その後、野水同窓会長よりごあいさつをいただき、勝山校長先生のお祝いメッセージを皆様にお伝えしました。 新型コロナウイルス感染症が落ち着き、学校にも日常が戻りつつあることに安堵いたしました。 第二部の講話では燕市長であり高31回生の鈴木力様より「コロナ禍の燕市、今後の燕市」というテーマで講話をいただきました。 現在の市政の状況やふるさと納税での目覚ましい成果、燕市への移住促進の施策が功を奏し、燕市への移住を考える人が増えていることなどを聞いて燕市の魅力を再度、認識するとともに燕市民として嬉しく思いました。 第三部の懇親会では、東京支部長の佐々木剛様の乾杯の発声で始まりました。 4年ぶりともあり、どのテーブルも声が弾み、笑顔が溢れているのを見てやはり同窓会ってよいものだなとしみじみ思いました。 途中、長年に渡り支部長を務められ、この日をもって退任される高桑支部長の労をねぎらい、樋山新支部長より花束贈呈があり、しっかりとバトンが引き継がれました。終盤、本校同窓会次年度幹事の挨拶、燕支部同窓会次年度幹事の紹介の後、佐野大輔さんの力強いリードのもと応援歌を大合唱し、盛況のうちに万歳三唱でお開きとなりました。 最後にご参加いただいた皆様、高桑支部長をはじめ支部役員の皆様、チケット販売にご協力いただいた諸先輩の方々、合同幹事のみなさん、また当日に駆けつ け手伝ってくれた同級生にこの場を借りてあらためて感謝申し上げます。 ------------------------------------------------- 燕支部便り(5年度源泉より) (高20回卒) 高桑 紀美江 燕支部では、母校創立百二十周年記念事業の成功に向けて、市内の同窓生がかかわる事業所等に寄付のお願いを行いました。五十人ほどの同窓生の名簿を作り、記念事業副実行委員長の支部長をはじめ五人の実行委員が手分けをして、分担を決めました。 コロナの影響もあり、無理にお願いできないかなと思いながらお伺いすると「母校のためなら」、また「親子でお世話になったから」と快く応じていただきました。そして、「あそこも同窓生だからお願いに行ってみたらどうですか」とアドバイスをいただいたりしました。おかげさまで二十社以上からご協力をいただくことができ、感謝しております。 残念ながら2022年度も総会を開催することができませんでしたが、同窓生のきずなを感じることができました。2023年度は支部総会を開催し、声高らかに校歌を歌うことができるようにと願っております ------------------------------------------------- 燕支部便り(4年度源泉より) (高20回卒) 高桑 紀美江 出口が見えないコロナ禍が続いています。燕支部では2020年度に引き続き2021年度も支部総会を開催できませんでした。本来なら日ごろ会うことが少ない同窓生が声を掛け合いながら、近況を話し合ったり情報交換をしたりしてとても賑やかな総会になるのですが、2年も開催できないのはとても寂しいものです。特に2020年度と2021年度の幹事が2年分の思いを込めた総会を開催するはずでしたのに・・・。燕支部では会務報告や会計報告を掲載した「支部だより」を、例年参加してくださる方々に郵送して総会に代えました。 2022年度は母校の創立120周年記念事業も開催されますので、コロナの感染状況が落ち着いてくれるよう願っています。そして燕支部も3年分の思いを込めた総会を開催できますように! ------------------------------------------------- 燕支部便り(3年度源泉より) (高20回卒) 高桑 紀美江 令和二年度は、新型コロナウイルスの世界的感染が広がり、同窓会本部をはじめ、ほとんどの支部では総会の中止を余儀なくされたことと思います。我が燕支部も例年十月一日に開催している総会を中止いたしました。 三月頃は実施する予定で準備を進めており、秋までには少し状態が良くなるのではないかという淡い期待がありました。しかし、市内で感染者があり、全国的な緊急事態宣言でほとんどの行事やイベントが中止または延期になってしまいました。 例年、燕支部の総会では議事は早めに終了し、コンサートなどを楽しんだ後に、百人前後の参加者がお酒を飲みながらワイワイガヤガヤ交流を深めるというスタイルです。まさに三密状態になります。参加者に万一の事があっては、同窓会全体に大きな影響を及ぼしてしまいます。いやいや参加者のご家族や勤務先の方々への影響も…。 七月、役員と年度幹事が相談して中止を決定し、関係先に文書でお知らせしました。総会での議案(収支決算書など)については「支部だより」に掲載し、承認を得るという形にしました。 本来であれば、総会でご挨拶をいただくはずだった野水同窓会長や内田校長先生からも原稿をお寄せいただき、九月に「支部だより」が完成しました。その表紙には令和元年度の支部総会で参加者一同で撮影した写真を掲載しました。「今年は皆さんにお会いできないんだなー」と少し寂しい気も致しましたが、仕方ありません。「支部だより」は、前年ご参加いただいた皆さんに郵送いたしました。 これからワクチンの接種も始まり、感染状況の改善が期待されますが、いくつかの変異ウイルスも報告されており、予断を許しません。しかし、令和三年度はぜひとも開催したいと準備を進めてまいります。 ------------------------------------------------- 『Sanjo will shine☆』(2年度源泉より) 代表幹事 (高45回卒) 関川 啓三 記念すべき令和元年度の『三条中学校・高等学校同窓会・燕支部総会』代表幹事を仰せつかり身に余る光栄でございました。 当日までの準備は思った以上に大変でしたがたくさんの方々に支えられ滞りなく燕支部会・同窓会の運営を遂行できました。終わってみれば先輩・同期・後輩共にたくさんのつながりができ今後の人生の大きな糧となりました。 特に燕三条地区の企業を牽引している先輩方は若輩者の私を温かく、相談にも乗っていただきました。どんなに心強かったかは言うまでもありません。深く感謝申し上げます。ありがとうございました。 皆様はご存じと思いますが燕支部同窓会・総会の開催日がなぜ曜日に関係なく10/1なのか、、、『毎年5/1本総会の半年後』という設定だそうです。最前列に座っていらっしゃった大先輩より拝聴いたしました。なるほどです!当日まで知りませんでした。半年に一回ぐらいは会いたいですものね。 総会は地域のリーディングカンパニー代表を務める野水同窓会長のご挨拶の後、中田校長先生より現在の三条高校の様子を伺いました。 パーティーのオープニングアクトはわれわれ45 回生の同期であり下田が生んだ歌姫オペラ歌手永桶康子さんの素晴らしい美声で同窓会に花を添えていただきました。ますますのご活躍を同窓生一同応援していきます!また燕市長・副市長にもご出席いただき世代を超えた先輩⇔若手の交流ができました。最後には恒例の池田団長による応援歌(振り付き)の大合唱で盛会のうちに幕を閉じました。来年は学帽と学ランを用意したいと思いますW。(次年度幹事の皆様、よろしくお願いします!) 閉会後も2次会・3次会と三々五々 燕の街へ向かっていきました。長い夜でした。 最後に三条中学・三条高等学校および皆様のご健勝とご発展をお祈りして令和の時代もSanjo will shine☆ ------------------------------------------------- 『支部総会の幹事を終えて』(31年度源泉より) 燕支部総会代表幹事 (高44回卒) 薄田 和輝 これまでの伝統にならい三条高校同窓会燕支部は2018年10月1日に開催いたしました。 山井同窓会会長はじめ役員の方々にも多数ご出席いただき、おかげさまで100名を超える支部総会となりました。総会は神田事務局長からの決算報告、丸田監事の監査報告を経て議案が無事承認されました。 その後、山井会長よりご挨拶をいただき、中田校長先生には三条高校や生徒たちの様子をご説明いただきました。 総会後、厳粛な雰囲気が残るなかフルート奏者で同窓生の本宮宏美さんが登場し、我が母校校歌が美しいフルートの音色により奏でられ第二部コンサートが始まりました。 本宮さんから素晴らしい演奏を3曲演奏いただき参加者全員が時間を忘れて聴き入っていました。 懇親会では次年度幹事の紹介、そして池田弘様より応援歌をご指導いただき、盛大な万歳三唱でパーティーも無事閉宴いたしました。 最後になりますが、開催にご協力いただきました事務局の皆様、同窓生の皆様、44回生の幹事一同に心より感謝申し上げます。 ------------------------------------------------- 『支部総会の幹事を終えて』(30年度源泉より) 支部総会代表幹事(高43回卒) 青柳 吉孝 毎年10月1日に開催される燕支部の平成29年度総会は日曜日の開催となりました。 「日曜日の夕方なら皆さんにも参加していただきやすいだろう」という楽観的な見方をしておりましたが、これまた毎年定期開催される「つばめ青空市」なども同日に行われるということで、準備期間中はどれくらい参加いただけるだろうかと参加人数の推移をチェックする日々を送っておりました。結果例年並みのご参加をいただけたのは、燕支部長・副支部長・事務局長の皆様の多大なご指導ご協力と、同窓の皆様の強い絆の賜物と感謝の念でいっぱいです。 当日は日曜日ということで少し早い開始時間を設定し午後6時から第1部総会が始まりました。諸先輩方が式次第に書いてある歌詞を全く見ずに声高らかに校歌斉唱されている様子に、私などは恥じ入ると同時に尊敬の念で見つめておりました。高桑支部長のご挨拶の後、神田事務局長からの算報告・遠藤監事の監査報告を経て議案も無事承認されました。同窓会本部の竹井副会長からご挨拶いただき、三条高校上杉校長から三条高校の現状をお聞かせいただきました。 第2部は、同窓生でいらっしゃいます矢代秀晴さんがリーダーを務めるバンド「矢代秀晴&Southhills」の皆さんのスペシャルライブで盛り上げるパーティーの始まりです。来賓の星野吉田支部長から声高らかに乾杯のご発声をいただき、懇親ムードも盛り上がってきたところでスペシャルライブの開始です。矢代さんたちの曲作りに協力されたという同窓の方のご紹介もあり、ここでも同窓の絆が生み適す力を大いに感じました。次年度幹事紹介では昨年の私同様緊張の面持ちでしたが、しっかりとした意気込みを述べていただきました。同窓の池田弘様より応援歌をご指導いただき、盛大な万歳三唱でパーティーも無事閉宴いたしました。 最後になりますが、開催にご協力いただいた事務局の皆様、同窓の皆様、ついてきてくれた幹事一同に感謝申し上げます。 ------------------------------------------------- 『支部総会の幹事を終えて』(29年度源泉より) 高第42回卒 支部総会代表幹事 小 杉 茂 樹 平成28年10月1日、前年のこの日に「しっかりやらせていただきます」と宣言してから1年、幹事として燕支部総会を開催させていただきました。 第一部の総会は、校歌斉唱から始まり、高桑支部長のあいさつの後、決算報告、監査報告の承認をいただきました。ご来賓の同窓会副会長鈴木守男棟からは同窓会の活動などについて、三条高校教頭石和田弘からは高校や生徒の近況などについてお話しいただき、総会を終了しました。 続いて、東京支部長橋本良崇様の乾杯の音頭で、第二部のパーティが始まりました。お酒が入るとすぐに、おおよその年代ごとに分けられたテーブルは、大きな声と大きな笑顔で賑やかになり、久しぶりの再会に喜び語らう者、しょっちゅう会う間柄なのに話がつきない者、さまざまある中、宴は続きました。途中、燕市吉田在住のPeaceさんの大道芸で盛り上がりましたが、最高潮に達したのは、やはり応援歌でした。今回も、池田弘様からご指導いただき、第1応援歌を熱唱。そして「Sanjshine」は、1節ごとに速くなるあのテンポに全点で絶唱しました。盛況を呈したまま万歳三唱により閉宴。満ち足りた笑顔で2次会に向かう諸先輩方を見送り、「しっかりやれたかな」と安堵するとともに、「やっぱり三高は最高だな」と心底感じたのでした。当日は土曜日ということもあり、参加者も少ないのではないかと危供していましたが、ふたを開けたら、来賓・役員を含め総勢92人からご出席いただきました。役員の皆様には色々ご迷惑をおかけし改めてお詫びするとともに、総会開催にご協力いただいたすべての曹さまに、この場を借りて感謝申し上げます。 最後に、この総会は、時期は異にすれども、同じ場所で学んだという繋がりをもって、先輩・後輩が隔たりなく交流できる場でありますが、近ごろ若い世代の参加が少なくなっている現状でもあります。この課題を次年度幹事に託しつつ、幹事の任を退くこととします。 ------------------------------------------------- 『支部総会の幹事を終えて』(28年度源泉より) 高第41回卒 支部総会代表幹事 古島 実 平成27年10月1日(木)、燕支部総会が燕市の萬会館にて行われ、同窓会会長山井太様、三条高校校長上杉肇様をはじめ、東京支部顧問、弥彦支部長、吉田副支部長様からもご出席いただきました。来賓・役員を含め総勢89名の方々からご参加いただきました。 第1部の総会では、高桑燕支部長のあいさつで始まり決算報告、監査報告、役員再任の議事が行われた後、来賓あいさつや紹介がありました。 第2部のパーティでは、東京支部顧問中山重臣様の乾杯のご発声の後、歓談で旧交を温め、場が和んだところで、同窓生の五十嵐信介様がリーダーを務める五十嵐信介カルテットによるジャズライブとなり、ジャズのスタンダード曲で会場は大いに盛り上がりました。 五十嵐様には幹事の関川さんのつてで、演奏を引き受けていただきました。幹事の私も演奏に参加しジャズライブを楽しみました。 ジャズライブの後は、応援歌を池田弘様からご指導いただき、幹事の簔口さんも三条ウィルシャインを担当させていただき、久保田燕支部副支部長の万歳三唱でパーイを締めくくりました。 思い返せば、1年前の稔会では、次年度幹事紹介の時に、私は1人で緊張してステージに立っていました。しかし、その後、4人の仲間から幹事を引き受けてもらい、諸先輩方の暖かい励ましの中で準備を進めることができました。何よりも、私たち幹事は25年ぶりに縁あって再会し、同窓会の準備をすることになり、準備そのものが楽しい同窓会となりました。 役員の皆様、チケットの販売や演奏を担当していただいた方々、総会開催にご協力いただいたすべての皆さまにこの場を借りてお礼申し上げます。至らなかったところは次年度の幹事を手伝い実現したいと思います。幹事は思いのほか楽しいです。終了後、楽しそうに、2次会へ急ぐ諸先輩方を見て、幹事をやってよかったと思いました。次年度の幹事の皆さん、幹事を楽しんでくださいね。 ------------------------------------------------- 『もてなしのよろこび』 高第40回卒 支部総会代表幹事 本間 聖規 平成26年10月1日(水)、燕支部総会が燕市の寓会館にて行われ、同窓会会長渡邊喜彦様、三条高校教頭山本久様をはじめ、東京支部長、弥彦支部長、吉田副支部長様からもお越しいただき、同窓生も合わせ総勢97名の方から参加いただきました。 第1部の総会では、高桑燕支部長のあいさつで始まり平成25年度決算報告、監査委員報告が行われた後、来賓あいさつ・紹介、さらに泉田県知事からのビデオメッセージによる祝辞と続き、第2部では乾杯のあと吉川ナオミさんによるジャズライブで会場は大いに盛り上がりました。また、渡邊同窓会会長から応援歌をご指指導いただき、あまり開きなれない 「敗戦歌」も会長指導のもと参加者全員で歌いました。食事や会話をしながら楽しんでいる参加者の姿を見て、幹事の役割を果たせた達成感と次回へつなげることができた安堵感を味わい、幹事一同で同窓会の成功を祝い乾杯しました。 同窓会開催に向け、私を含めて5名の幹事で準備をすすめ、当日はさらに2名から受付を手伝っていただきました。第2部の吉川ナオミさんのジャズライブについては、ご主人が三条高校出身というご縁で引き受けていただき、また、泉田県知事のビデオメッセージについては、幹事のうちの2名が知事と会合でご一緒した際に依頼し快諾いただきました。さらに、会員の皆さんからの要望を受け、吉川ナオミさんに了解をいただき乾杯時間を例年午後7時30分のところ7時に早め、ジャズを聞きながら歓談できるようにし、例年にない同窓会が開催できたと思います。 最後に幹事一人ひとりが「おもてなし」をテーマに自ら行動し、その役割を果たしてくれたことに感謝するとともに、支部長をはじめ事務局など役員の皆さん、そしてチケット販売・購入に協力いただいた方々、総会開催に携わってくれたすべての皆さんに感謝いたいたします。 ------------------------------------------------- 平成25年度支部総会 同窓会燕支部幹事 金子 慎二 平成25年10月1日(火)燕支部総会ならびに懇親会が燕車の萬会館にて開催されました。総勢106名という多数の参加者を得て、総会では平成24年度決算報告、平成25年度支部役員案が承認されました。平成25年度の支部役員は、永きに渡り同窓会燕支部を引っ張ってこられた竹井満喜子氏、丸田修氏、遠藤雄作氏にかわり、支部長に高桑紀美江氏(高20回生)、副支部長に青山哲也氏 (高26回生) と久保田元雄氏 (高28回生) が選任されました、ご来賓の同窓会会長渡辺喜彦様 (高15回生)、三条高校教頭奥田優様、ご両名からは、あたたかいご挨拶をいただきました。 総会後は本校の卒業生であられるソプラノ歌手の山崎内佳様 (高56回生) とピアニストの浅野加歩理様(高47回生)のリサイタルがありました。迫力と優しさに満ちた演奏は会場の皆様に大好評でアンコールの拍手がなかなか鳴り止みませんでした。 北海道支部事務局長の栗山正昭様より乾杯の御発声をいただき、懇親会が始まりました。平成24年秋に行われた三条高校創立110周年記念式典のビデオが流れる中、久しぶりに再会された同級生、先輩、後輩と楽しく杯を酌み交わし、燕支部同窓会次年度幹事、本部同窓会次年度幹事のフレッシュな挨拶をいただいた後、恒例の応援歌大合唱が行われました。渡邊同窓会会長が応援歌を指導して卜さるという楽しくありがたい場面もありました。懇親会の最後は25年度副文部長の青山哲也氏の万歳三唱唱で締めていただきました。 最後に、同窓会幹事として、非常に多くの方々のご協力を賜りましたこと、深く感謝申し上げますとともに、母校および同窓会本部の発展と会員の皆様のご健除をお祈り申し上げます。 ------------------------------------------------- 平成24年度支部総会 「メンバーが足りない」 高第38回卒 吉田 猛志 ロンドンオリンピックの興奮冷めやらぬ平成24年10月1日、燕市の萬会館において、燕支部総会が開催され、多数の来賓をお迎えし、100名近い皆様から参加をいただきました。 今回の総会のトピックとしては、東日本大震災で被災され、福島県から三条高校で勉強されている在校生4名へ昨年送った募金に対する感謝の手紙をスライドで投影し、竹井支部長から紹介していただきました。 またスペシャルライブとして、NHK第15回「熱血Iオヤジバトル」に見事決戦出場を果たした「矢代秀春&South Hills」の皆様から「カレーラーメンの歌」ほか心温まる楽曲を熱く演奏していただきました。 以下、今回の反省の弁を。長い間、総会の出席を敬遠していたものの、前回幹事から出席を促され、今回幹事を任されることは承知しておりました。当初幹事3名でのスタートでしたが、まわりの年代から比べれば1クラス増だった訳ですし、幹事代表候補は何人もいたので、当初は裏方に徹すればいいとたかをくくっておりました。しかし、幹事獲得にことごとく失敗。やむなく幹事代表を引き受ける事態に。チケット販売も不調。メンバーが足りず、当日の受付もままならない状況で、前回幹事や支部幹部の方々から手伝ってもらう始末。本当に関係者の皆様にご心配やご迷惑をおかけいたしました。一人で何役もこなし、総会を無事終えることができたときは、感慨もひとしおでした。今思うとスペシャルライブは熱いものでしたし、前回ほどとはいかないまでも、まあ何とか総会らしくはなったかなと思っています。若い年代の参加が少なく、呼びかけができなかったことは力不足で反省していますし、今後とも大きな課題の一つです。今回の経験を次世代に継承し、燕支部の益々の発展を期すべく微力ながら今後ともお役に立てればと考えております。最後に支部長はじめ幹部、事務局など関係者の皆様ありがとうございました。そして幹事を引き受けてくれた同期3名の諸君。本当にありがとう。また再会できることを楽しみにしています。 ------------------------------------------------- 平成23年度支部総会 「KIZUNA TSUBAME」 高第37回卒 鈴木 弘明 平成23年10月1日、燕支部総会が燕市の萬会館にて行われ、小島学校長をはじめ、渡邊同窓会長、近隣支部長からも多数お越しいただくとともに、同窓生120名を超える皆様にご参加いただきました。誠 にありがとうございます。 今年度幹事を担当する私たちは、昭和57年から昭和60年の三年間を三高で過ごしました。私たちはいわゆる丙午生まれで、他の学年よりも人数が少なく、高校入試の当日は試験会場で受験人数を数え、「よし、これは誰も落ちない!」なんて試験開始前に喜んだことを憶えています。 そんなゆるい環境の中で育ってきた私たちが幹事を務めた今年は、胸を痛める大きな出来事が二つありました。一つは、3月11日の東日本大震災。そして二つ目は7月末に起きた新潟∴稲島豪雨。未曾有の大震災や記録的豪雨により甚大な被害が出ました。しかしその一方で、人と人、地域と地域の繋がりを表す絆というものの大切さを再認識できる年でもありました。当日は、小島学校長より福島県から今回の震災にあわれた高校生4人が三条高校で勉強してると聞き、募金がその場で行われ多くの寄付金が集まりました。 また、第二部では、プロの音楽活動をされている卒業生お二方をお招きし、スペシャルライブが行われました。笠原厚浩さん(高第31回卒)によるギターと、本宮宏美さん(高第54回卒)によるフルートの二重奏で、オリジナル曲のほか『アメイジング・グレイス』や『上を向いて歩こう』を演奏していただきました。震災や豪雨で傷ついた私たちの心を優しく癒すとともに、復興への熟い想いがこみ上げ、思わず涙が出てしまいました。 このような年に同窓会に幹事として携わり、これまで以上に同窓生同士、絆を深めていきたいと強く感じました。そして、この絆こそが、燕、ひいては日本の発展に、繋がっていくものと思います。ということで、ほなまた来年! ------------------------------------------------- 平成22年度支部総会 『エコカップで乾杯』 高第三十六回卒 事務局 神 田 哲 也 燕支部では、平成22年10月1日(金)に支部総会を行いました。例年の如く、百四十名を越える方々の参加をいただき、盛大な総会でありました。 と、ここまでは、例年通りの事。 今回の総会では、ここ近年、燕市発にて評判を呼んでいる、エコカップ(環境によく、ビールもおいしくなるといわれる)を、校歌の1番の歌詞をプリントしオリジナルに製造して、当日限定百個を販売しました。 同窓会長はじめ、校長先生や、ご来賓の方々にも好評をいただき、即、完売となりました。今となっては、もっと作っておくべきだったと思う程であります。 さらに、その販売にて得た収益金を、竹井支部長の提案により、本校敷地内の[県民の森]の緑化整備に充ててもらおうと、先日、本校校長宛に寄贈をさせていただきました。 「三高オリジナルのエコカップで、ビールはうまいし、エコにも寄与するし、又そも販売収益が本校の整備にあてられる。とても気分良く、幹事を務められました。」とは、本企画を実行した年度幹事高36回卒の面々の言葉。 校歌のプリントされた、オリジナルエコカップが全ての支部に行き渡り、このカップで乾杯をする。そんな日も近いのかも・・・。 ------------------------------------------------- 平成21年度支部総会 高第35回卒 幹事 五十嵐 潤 一 これまで何度か燕支部総会には出席したことがあったため、幹事が順番にまわってくることは知っていた。自分に順番がまわってきたら・・・「できるのだろうか。」同級生とは疎遠になっていた。不安は増していった。そして、その「順番」がとうとうまわって来た。 幹事となる前年の同窓会に出席すると、同級生が一人出席していた。彼とは小学校から同じだ。一人でも増えれば可能性も広がる・・・。二人による準備が始まった。まずは、人を集めることだった。さらに一人協力してくれることになったが、それ以上困難だった。葉書で協力を呼びかけることに した。残念なことに「YES」の返事はなかったが、「NO」の中にも励ましの言葉を添えた返事があった。救われる思いがした。この場を借りて感謝します。結局、男三人だけで準備を進めることとなった。 「大勢の人に出席してもらいたい。出席が少ない若い人に多く呼びかけたい」「パーティーは盛り上がるものにしたい」と目標を立てた。やはり「今年はよくなかった。」と思われたくなかった。アトラクションは、燕市内外で活躍している「ウタヤ音楽堂」にお願いした。彼らは、オリジナル曲の演奏だけでなく、パフォーマンスも披露してくれるため、パーティーを盛り上げてくれるはず。 日時と会場とアトラクションが決まり、すぐにチケットを作成すればよかったのであるが、ここから少し進まなかった。チケット販売がお盆過ぎになってしまった。「遅い」との指摘を受けた。かなり焦ったが、「大勢出席してもらいたい」という思いが強くなった。新たな試みで燕市の広報誌にも広告を掲載した。さらに、自分より三学年まで若い人に葉書で案内した。チケットの売れ行きは昨年並みになった。 幹事の人数が少ないことは、やはり総会当日の進行に大きな問題だった。あと数名は必要だった。そこで前年度幹事の女性の人たちに受付をお願いすることにした。快く?引き受けていただいた。本当にありがたかった。これで何とかなりそう・・・。いろいろなことがあった中で当日を迎えることとなった。 当日は予想以上に出席者が多く、パーティーが始まると「テーブルに料理が足りない」と指摘を受けるほどであった。アトラクションも盛り上がり、盛況のうちにパーティーの終盤、恒例の次年度幹事紹介になった。前年の自分たちは二名だったが、なんと七名くらいいる。大勢いると盛り上がる。羨ましすぎる。パーティーも無事終了。翌日からしばらくは、数年前から抱いていた不安からの解放感、脱力感、満足感などでなんとも言えない気持ちに。 最後に、やはり今は感謝の気持ちが大きい。二人の同級生はもちろん、当日にはもう一人同級生が進行を手伝ってくれた。彼にも感謝。受付を引き受けていただいた前年度幹事の皆さん、支部長をはじめ事務局など役員の皆さん、そしてチケット販売に協力いただいた先輩方など、総会開催に携わってくれたすべての皆さんに感謝いたします。本当にありがとうございました。 ------------------------------------------------- 平成20年度支部総会 高第34回卒 支部総会代表幹事 山 崎 敦 子 今回幹事年度にあたって、初めて総会に参加することとなった。かなり年配の先輩、それも男性方の飲み会というイメージがあり、場違いのような印象を持っていた。 とは言え幹事としての仕事を任された。この年の人間は控えめな?人が多いようである。前年の総会への参加も若干一名。始動はかなり遅れ、ようやく夏に召集がかかり、男性一名女性二名が集まった。当日の手伝い数名を手配し、三名での準備が始まった。燕支部総会は毎年目玉のアトラクションがあり盛り上がるという。が、今年度は準備不足もあり、省かせていただいた。大きな事をすることも大切だが、大きな流れのひとつのつなぎ役としての責任を果たさせてもらおうと話し合った。 久しぶりの再会に最初は戸惑いつつも、同じ世代の子供を持つ親どうし、自然に昔話から子育てへの話に移り、集まる度、楽しく語らうことができた。お互いそれぞれ年を重ね、見た目は変わっても、一瞬で高校時代に戻れてしまうのが不思議で、嬉しかった。 こうして迎えた総会当日。アトラクションもないし…、と予想していた以上にたくさんの皆様にご出席いただき、あらためてこの会を楽しみにしておられる先輩方の熱い思いと、母校への誇りを胸に脈々とつながっている長い歴史に神妙な気持ちになった。 会の最後に歌った校歌は、今までで一番感動的なものとなり、胸にびんびん響いてきた。 年に一回、この場に集い、自分の歩んできた道を振り返り、そして友と酒をくみかわし語り合う大切な時間。 人との出会いに偶然はなく、『すべての出会いは絶妙のタイミングで一瞬たりとも遅くも早くもなく訪れている』のだそうだ。 いただいた再会をこれからの我々の人生に大いに生かしていきたいと思う。 最後に、お忙しい中ご協力いただいた竹井支部長様、前年度幹事の皆様、そして今年度幹事の皆様に心から感謝いたします。 ------------------------------------------------- 平成19年度支部総会 高第32回卒 支部総会代表幹事 松川 義明 慣れないながらも、音頭を取っての校歌斉唱、そしてエール。歌詞が目をついて出るのには不思議な感じもしましたが、それだけ身体に染みついていたということでしょうか。ともかく、大声を出し切った後の爽快感はなんとも表現のできないものとなりました。 思えば、たまたま出席していた前年の燕支部総会。気がついたときには次年度幹事紹介のための壇上に上がり、押し出されるままに挨拶まで・・・。結局、そのまま代表幹事をやらされるはめとなってしまいました。 それからというもの、昨年三月の引き継ぎを皮切りに幾度となく打ち合わせを重ねました。例年どおりにやれば良いとは言われながらも、「アトラクションはどうしようか、人は集まるんだろうか」。正直、最初は億劫で面倒で。しかし、一度昔なじみが顔を合わせると、いろいろなアイデアや意見が出て不安も解消。いつの間にか幹事会が一つの楽しみへと変わっていました。なにせ相談は三十分、後はただ飲んでいただけでしたから。元美少女たちとも交流が図れればなお良かったのですが、打ち合わせに女性は一人も参加してもらえませんでした。残念! さて、そんな思いの末の昨年十月一日。週初めの月曜日ということもあり、参加人数については内心気がかりでしたが、竹井支部長、諸先輩方のご協力、ご指導のお陰で、盛大の上にも暖かな同窓会燕支部総会を何とか開催させていただくことができました。 宴の後、会場を去られる皆さまから「アトラクションの津軽三味線は良かったよ」「ご苦労様。また来年も会いましょう」と声をかけられたときには、嬉しさもさることながら、どこかほっとしたというのが実感でした。 大変で、また楽しくもあった準備の六ケ月間。貴重な経験を与えていただいたこと、そしてなにより仲間たちに、今でも心から感謝をしています。ありがとう。それにつけても反省会での酒は、本当にうんめかった! ------------------------------------------------- 平成18年度支部総会 高第32回卒 支部総会代表幹事 玉橋勝博 昨年10月1日の同窓会燕支部総会の幹事年事務局をさせて頂きました。その折には、中條同窓会長さま、荒木学校長さまを始めとして沢山の支部の方々から御来賓として参加頂き誠に有難う御座いました。中でも新燕市誕生後初の総会という事もあり、新しく設立された吉田支部からも星野支部長さま他多くの方に御参加頂きました。本当に有難う御座いました。また事前の準備やチケットの販売に関しましては、竹井支部長様や多くの諸先輩方の御指導や御協力を頂戴数しました。改めて我が母校出身者の、この地域での影響力の大きさを感じると共に誇らしく思いました。そして私自身も恥じない行動を取らねばと改めて感じました。 さて昨年の3月の引継ぎ以来、数回に渡り幹事が集まった訳ですが、高校卒業後27年の歳月は人を変えるもので(見た目の事ですが・・・・)誰と言わず顔や頭、そしてお腹に余計な物が付いたり、また昔あったはずの物が無くなったりで、初めのうちは懐かしくもあり、少し恥ずかしくもありの会合でしたが回数を重ね、打ち解ける内に皆が高校時代に戻ったような会合となりました。 また丁度受験時期の子供を持つ人がいたりで、三条高校の新校舎の話題や現在の受験方法の話、中高一貫校の是非、そして来年度から始まる普通高校の全県一区の適用などの話題が出たりもしました。いずれにせよ、我が愛する母校・三条高校がいつまでも誇れる学校であって欲しいと願うと共に、出来る事ならば我が子が後輩になってくれる事を願うばかりです。 また今年も10月1日(月)に同窓会燕支部の総会があります。昨年の幹事全員で参加出来ればと思います。燕の皆さんはもちろんの事、他の支部の方々も御参加頂き盛大な会になればと思います。 今年の担当幹事の皆さん頑張ってください!
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支部便り/加茂支部
新聞部の思い出(7年度源泉より) 加茂支部長(高32回卒) 茂野 克司 私は高校時代一年生の途中から新聞部に入部した。その時の部員だった同年生と先輩達と今でもお付き合いがあるのは嬉しいものである。当時、新聞部は「みたか」という新聞を発行していた。編集会議が毎回あり、先輩達は讀賣新聞と毎日新聞と朝日新聞と新潟日報の違いを我々後輩に解説してくれた。 高校時代はとても凝縮された三年間だった。 その後の人生に間違いなく大きな影響を与えている。「人は何故生きるのか」という哲学的な悩みを抱えて過ごしたのもその頃だった。高校時代にその答えは見つからなかったがその時の悩みや苦しみが現在も生きていると感じている。青春と言うけれど当時は苦しみの中にいて青春を感じる事は無かったと思う。今はその当時の体験がただただ懐かしい。 現在、私は会社で鴨野新聞という新聞を年4回発行している。お客様に私達の近況を送る内容になっている。高校時代の部活動が社会人になって生きてくるとは思わなかった。 会社は桐たんすメーカーである。私は元々高校時代に家業である桐たんす屋を継ごうとは思っていなかった。映画を創りたかったのである。東京へ行き映画に関係する仕事をしていずれは自分の映画を創りたかった。しかし、高校卒業後、その夢は叶わず、数年後縁があり北海道の大学でデザインの勉強をする事になる。自分がやりたい事は映画だけでなく何か創造的な仕事だと思った。 その後、会社に入るのだが、桐たんす屋の仕事の中でもモダンデザインという考え方で新しい桐たんすを作れるという事を感じて今に至っている。一時期は海外見本市に毎年モダンな桐たんすを出品していた。 それも高校時代に新聞部に入っていて広い見識を得たからだ思う。新聞部の部員と顧問の大山先生に心より感謝したいと思う。 ありがとうございます。 -------------------------------------------- 加茂支部活動状況について(6年度源泉より) 加茂支部(高50回卒) 田中 雅史 加茂支部では本年度6月24日に加茂市産業センターにて加茂支部同窓会、7月28日に加茂市の割烹阿部にて加茂支部幹事会が開催されました。私ごとですが今年5月の三条での同窓会に初めて参加させていただき、その後に加茂支部の幹事を拝命させていただきました。 高校在学当時はバスケ部に所属し、引退するまで毎日部活に明け暮れる日々を過ごし、練習は厳しかったのですが練習後の充実感は得難いもので、先輩や同級生、後輩たちとの思い出は大切な宝物です。夏休みの四日町の旧校舎での合宿の際に、先輩より「冷たい味噌汁が出るからびっくりするぞ」と言われ、昼食でいただいた冷や汁が当時とても斬新で驚きました。 高校卒業後は東京の大学へ行き、アパレル企業とIT企業で勤務し、数年前に地元へ戻り現在は加茂市議会議員を務めさせていただいています。IT企業ではクライアントに対するインターネット通販のコンサルティングを行っていました。そこでの経験を活かして現在は市のDX推進やふるさと納税寄付額の拡大の提案をしています。 前年度の源泉において、新潟支部の山田茂太孝さんが加茂市のご出身であられて、加茂市の定光寺にApple創業者であるスティーブ・ジョブズ氏が1985年から一時期滞在されていたことについて触れられていました。市内でもそのことを知っている方が少なく、お恥ずかしながら私自身も2014年に帰省した際に同じく東京で仕事をしている同級生より聞き、翌日に飛んで定光寺へ伺いました。 大学時代に友人のパソコンを使わせてもらってから、PCやITに強い関心を持ち、現在DXやECに携わっているため、地元にジョブズ氏が滞在されていたことに大きな感動と、縁を感じています。 2025年には三条高校に理数科が設置されます。母校からもジョブズ氏のような世界を代表するIT事業家が創出されることに期待します、そのきっかけとして加茂にもぜひお越しください! -------------------------------------------- 創立百二十周年に際し(5年度源泉より) 加茂支部長(高17回卒) 古川 洸 創立百二十周年を迎え、記念式典、記念講演及び記念事業に当る募金活動の目標額に準ずる結果に至った事で全て良しと記念祝賀会で知り、加茂支部として安堵と喜びを感じています。特に募金活動は新型コロナウイルスによる感染症又ロシアに依るウクライナ侵攻で社会の停滞がある状況で、五月の同窓会総会後送られて来た募金趣意書等は机上に置いたまま、卒業生の善意に期待しておりましたが、八月末に野水同窓会長他二名の別会長が訪れ募金活動について現況を話され協力を求められ、支部の幹事二人と相談の上、卒業生への訪問依頼と通信により依頼の二本立で、教育設備の充実と生徒へ成長の先行投資を主体に御協力をお願いした結果、幾多の御好意を頂き、その成果を本部に送りました。 しかしながら加茂支部の卒業生の規模が三条地区に比して極めて小さく全体の状態が分からず、不安を抱いていました。十月二十二日充足した気持に至りました。 私は六十年前に行なわれた式典を記憶の隅に残っておりますが、記憶の一番は自然災害です。三八豪雪、猛吹雪の中、学校から自宅へ、積った雪の道を電線を跨ぎ通学しました。学校から自宅へ歩いたのはもう一つ新潟地震です。他に在校中は新潟国体、東京オリンピックがあり、選手と共にステージに上がり応援歌、拍手を指揮した事などこれらの事から次々と出てくる思い出は私の人生の起点になっている様思われます。三条高校時代です。 在校生として若い卒業生の皆さんが大きく前進するための礎として堅固なる源泉として三高の存在が維持される様、皆様と共に応援して行きたいと存じます。 今度の事業に参加させて頂き、今回運営、募金活動に力を入れて頂いた方々に有難く感謝します。 -------------------------------------------- 学生時代を想い出して(3年度源泉より) 加茂支部長(高43回卒) 浅野 一明 二月の初旬。久しぶりにまとまった雪の積もったある朝。 さて、神社のお手伝いをさせてもらうようになって何度目の冬だろう、などと考えながら、青海神社の広い境内と長い参道の雪かきに追われていました。 普段、神社の忙しい時にお手伝いに行っています。この日もご祈祷の予約などがあるのでと神社に行ってみれば、この大雪。 お客さんがいらっしゃる前にこの雪をなんとかしたいのですが、かいてもかいても、なにせ広いので一苦労です。 とりあえず歩く道を確保して、ご祈祷も無事に行われ、社務所で一息ついていると、若いご夫婦が、御朱印を求めにいらっしゃいました。 「この雪で、ここまで上がって来られるの大変でしたでしょう。」 奥様が笑って答えます。 「ええ、大変でした。」 「でも、とても美しくて素晴らしい景色でした。一面の雪に覆われた、参道の木や神社の建物に圧倒されました。」 私は、つい癖で、いやいやそんなことないですと言いかけましたが、私が謙遜するのもおかしな話だと思い直し、ふと外を見ると、確かにそこは別世界のように美しく荘厳な世界がありました。 小降りになって少し明るくなった曇り空の下、すっぽりと雪をかぶった木々の黒い幹と拝殿や神楽殿が静かに佇みます。水墨画のように、少し厳しくも美しい世界。 私にとって見慣れた風景でもあり、ましてや雪かきに追われていては気付きようもない美しさです。 「冬も美しいですが、春も夏も秋も、それぞれに美しいです。ぜひまたお越しください。」 そう言ってご夫婦をお見送りしました。 本当に美しいもの価値あるものは、一番身近なところにあるのかもしれませんね。 -------------------------------------------- 学生時代を想い出して(3年度源泉より) (高40回卒) 坂井 恵里 東京都立川市の総務省自治大学校で、令和二年十月末から令和三年一月半ばまでの約三カ月間、研修の機会をいただきました。 中三で受験生の息子がいましたので、長期にわたり家庭を空けることに、母の役割として迷うところもありました。 それでも、「子どもは親の背中を見て育つ!」毎日の生活の中で意識することなく、様々なことを吸収しているでしょう、立派な言葉をかけるよりも、頑張る姿、ありのままの姿を見せて、親子一緒に成長しようと思い、東京行きを決意しました。 本当のところは、不安よりも、学生時代に戻れるワクワク感でいっぱいでしたが。 自治大学校では、行政法・民法・地方税財政制度・地方自治制度・地方公務員制度を学ぶ基本法制研修と、事例演習や政策立案を学ぶ第2部課程がありました。効果測定があり、出題範囲が広く苦労しました。 寮の談話室に集まり、自分一人では難しい問題について勉強会を開いたり、研修生が自らまとめた学習資料を共有したり、お互いに励まし合いました。深夜の受験勉強を何度思い出したことか。 研修生が全国各地から集まっているので、同じテーマであっても自治体によって現状や課題が多様で、課題に対する考え方やアプローチの仕方など、多角的な視点での捉え方を学ぶことが出来、よい刺激を受けました。全力で研修に取り組み、この歳になって、新しい知識やスキルを学び、自分の意識改革ができるなんて夢のような時間でした。研修を終えて、精一杯やり遂げた達成感。 このような学びの機会を与えていただいたことに感謝し、研修を通じて出会えた多くの仲間に支えられ、今があることを心から実感しています。 人と人とのつながりは、今後の公務員生活の大きな財産となりました。 息子は春から高校生。勉強に文化活動に仲間づくりにと、青春を謳歌し始めました。嬉しく、誇らしく思います。背中を見てくれていたかどうかは、わかりませんけれど。 -------------------------------------------- 春爛漫の花の色(2年度源泉より) (高27回卒) 市川 一行 三条高校の校歌については、既に本誌上において多くの方々が書いておられる事かと思います。知っておられる方も多くいらっしゃるでしょうが少々お付き合いをお願いいたします。さて、校歌が旧制第一高等学校寮歌のメロディを使っているという事は周知のことであります。まて、旧制一高寮歌と言えば『嗚呼玉杯に花うけて』だから違うんじゃないのかと思っておりました。 しかし、これは、第十一回紀念祭西寮寮歌の『春爛漫の花の色』だったのですね。ユーチューブでも聞くことができました。 私、四十五年前にこの校歌でちょっとばかり驚いた事がありました。大学の新入生、クラスの飲み会で各自己紹介等があり、そこでこの春爛漫のメロディを校歌に使っている高校があったのです。 岩手県立一関第一高等学校で、明治三十一年(一八九八年)開校なので、一関一高の方が先かなとも思いますが、歴史のある学校です。この頃校歌のメロディに寮歌を使うという方法があったんだと思います。調べてみると岩手県立福岡高等学校も同じ曲を使っています。今のところ、三条高校も含めて三カ校が同じ曲を使っていると判明しました。もしかしたら、第二次世界大戦の敗戦で校歌を変えた所もあったのではないかと証拠はないのですが思ってもみます。 一関一高出身の同級生とは高校野球の甲子園で対戦するといいなあと笑いあったことがあります。どちらが勝ってもメロディが同じだから歌えると。 -------------------------------------------- 加茂支部だより(31年度源泉より) (高31回卒) 小林正則 加茂支部では昨年6月23日に、加茂市産業センターで支部総会が行われました。 これまで常に100名以上の出席がありましたが、高齢に伴い参加したくてもできない人も多くなり91名の出席でした。出席者は減ったものの、古川支部長をはじめとした幹事全員の頑張りで楽しい懇親会となりました。今回は田沢幹事の号令のもと有志の応援団も結成され、古川支部長の指揮で恒例の校歌斉唱を行い、最後は万歳三唱で締めました。 私は4年前まで新潟市で仕事をしていたため三高同窓会には出席していませんでしたが、加茂市に戻ったことをきっかけに支部総会に顔を出すようになりました。その後幹事を依頼され同窓会総会にも参加するようになりました。同窓会に参加するメリットとしては、旧交を温めることはもちろんですが、新たな出会いも期待できるところにあると思います。私事ですが、昨年の同窓会総会において書家である泉田佑子さんと同席になったことをきっかけに泉田先生の書道教室に通うことになりました。それまで自分が書道をやるなんて夢にも思わなかっただけに、この同窓会での出会いが現在の生活習慣を変える大きな転機になりました。今では暮らしの中で「書」に親しむひと時があることによって心の安らぎを得られています。 加茂支部総会では、昭和19年卒業の大先輩から平成15年卒業の若者までが世代の壁を超えて和気あいあいと交流しています。これまで同窓会に参加されたことのない方も是非一度顔を出されてみてはいかがでしょうか。 そこには新しい出会いが待っているかもしれません。最後になりますが、開催にあたり尽力いただいた古川支部長始め、斉藤・早田両事務局幹事と年度幹事一同に感謝申し上げます。 -------------------------------------------- 「支部総会、年度幹事として」(30年度源泉より) 太 田 正 純(47年卒) 加茂支部では毎年6月下旬に、加茂市産業センターにて総会を、開催しています。今年度は出席者107名と、常に100名以上の出席を得て、盛会裏に実施できました。 卒業後初めて三高同窓会に参加したのは、10年ほど前、長岡支部でした。職場が長岡市内で、同僚から誘われて、各支部の同窓会に参加可能であることを知りました。 二度目は、異動により自宅のある加茂支部。60歳退職後、年度幹事を3年間務めました。今年度、総会前日に急遽申し込んだ同年度のMさん (三条市) は、Tシャツ姿での参加。支部同窓会と年度同窓会を勘違いして、軽い気持ちで参加したと弁明していましたが、久しぶりに年度の仲間に会いたい気持ちの強さからの行動ですから、嬉しかったです。 開催にあたり古川洸支部長始め、斉藤・早田の両事務局幹事のリーダーシップには頭が下がりました。年3回の年度幹事会を実施し、総会の細部まで着々と準備を進めていただき、感謝しかありません。 6月上旬の年度幹事会では、司会や受付等の係分担の決定のほか、申し込み者の名札の年度別整理を行い、会費納入の有無の区別もしました。 総会当日の私は受付係。事前に年度別・食卓別に名札と要項を組ませておき、来場者に、素早く正確に、それらを渡すことを心がけるとともに、未納会費の集金をしていました。事務局幹事が、食卓単位に座席を決めていたのですが、ある年度受付係が直前に確認せず、食卓を変更したため、コップ・皿の数が不足することがあったことは反省点の一つと思います。 しばらく同窓会に参加していない方は、案内があったらご参加ください。総会後の二次会の同年会があれば、また楽しい時間となることでしょう。-------------------------------------------- 加茂支部だより(29年度源泉より) 中 山 祥 也 加茂支部では昨年6月17日に、加茂市産業センターで支部総会が行われ、全部で112人集まりました。 古川洸支部長をはじめとした実行委員のがんばりで、盛況のうちに支部総会を行うことができました。 この日は午後6時半に開会。古川支部長、横山同窓会副会長、上杉学校長挨拶のあと会計と監査報告、次期幹事の発表があり、そののち楽しい懇親会が行われました。それから午後8時半まで同窓生の懇談が行われました。 最後は皆と肩を組みあい一丸となって、古川支部長の指揮のもと校歌を歌いました。万歳三唱で終了。の卒業生仲間が不在か若干名であっても、年齢の違う卒業生同士でもじわじわと交流を楽しめるところです。1年に1度でも何回か交流していくと、じわじわとしたともいえない楽しさを味わうことができます。同窓会という「場の力」なのでしょうか。 昭和19年卒業の大先輩から、平成10年代卒業の若者まで集まり、ほんわかとしたじわじわした交流を味わうことができます。このじわじわした楽しさをなかなか周りの人に伝えられないのがつらいところですが、今後も毎年楽しい支部会が開催できるようにがんばりたいと思います。今まで来たことのない人も今後はぜひいらして下さい。 加茂支部プログアドレス http://kamoshibu-sanjohigh.seesaa.net -------------------------------------------- 加茂支部だより(28年度源泉より) 平成9年卒 阿部 大輔 学生時代、そして料理の修業時代を過ごした京都から加茂に帰って2年程経ったある日、父親の友人(素敵な大先輩であられる)から「三条高校加茂支部同窓会」のチケットを頂いたのが『風空嚢を翻し♪』と、高校時代まともに唄った記憶のない校歌を年に一度熱唱する(同窓会に参加する)ようになるキッカケでした。これが支部同窓会に出席する楽しみであり、自分は「三高生」 であったと良い意味でのプライドを意識付けさせてくれる素敵な先輩後輩が集まっている事が、加茂支部の自慢であります。肩書き、権威にとらわれず、青春を過ごしたあの三年間に戻り、世代を越えなく時間を共有できる加茂支部同窓会が大好きです。そして、この様な時間が各支部毎に存在している事を想像するだけで嬉しくなってきます。 私が高校生の頃、現在の高校生の様に携帯電話を持っていませんでしたので、卒業して離ればなれになった友人と直接連絡をとる事は難しかったのですが、フェイスブック等のSNSによって連絡先を知らなかった旧友と、再びメッセージのやりとりや近況を伝えあう機会ができた事、本当にありがたいと思っております。しかしながら、やはり直接顔を合わせ会話する事に勝るものはないとも、同時に実感しております。 今年の正月には、我々'97年卒業生の同期会が行われました。卒業後2回日の開催となり各クラスの担任の先生方も出席されたそうです。私は残念ながら仕事でませんでしたが、その3年前に行われた学年同期会で久し振りに会う旧友との時間は、かけがえのない素晴らしい思い出となり、日々の仕事への活力となっています。やはり、同期の活躍程、刺激になるものはありません。そして、直接顔を合わす事の大切さをも痛感した時間でもありました。 さあ皆様、各支部で開催されている同窓会に足を運んでみましょう!8年前、チケットをくれた大先輩に感謝を込めて。 -------------------------------------------- 平成25年度支部総会 支部長(高17回卒) 古川 洸 小正月に届いていたこの原稿依頼を〆切間際まで忘れており、一週間前に慌てて斉藤幹事に本年度の同窓会総会の写真を依頼した処、総会後の懇親会頭の校歌斉唱の場面でした。皆さんは出席者の顔触れをチェックし参加君数を数え、総会の規模を推定されると思います。来賓の学校長、同窓会々長は所用のため代理で奥田教頭、竹内副会長の各位から創立110周年事業の御祝と三高の現況についてお話を頂きました。そしてそのメインテーブルに長老の皆さんが位置しております。 此の度の招席者は116名。例年作名を越え、120名前後の会員が集います。現在の三高の在学生の内女子学生がが50%を超えるとの事、数年後当支部がより一層華やぐ事を期待したいと存じます。そして各テ」ブルは整然としています。今迄は打ち上げの万歳三唱前に最終前の盛り上げに校歌・応援歌を歌い、支同窓会の意気を高めていました。ところが今回私には二つの役があり、一に開宴の挨拶、二に校歌の指揮とあり、東京から遥々おいでの人先輩鶴巻さんの乾杯後の長い酒宴、そして校歌斉唱の指揮を執る事になっていました。私の役目として注ぐ注がれるが続き、その後五番迄ある校歌を正調にやれるかは疑問。 そこで一、二を合せて頂く様、登壇し開宴の挨拶の析申し上げ、実行致しました。当分この形にお願いしたいと存じます「 そして遠方からの参加のS46年卒の坪谷さんから万歳三唱を行なって頂き、無事幕を閉じる事が出来ました。斉藤幹事がこの変化を強調のため届けて頂いた写真と思い、叉多数の幹事さんが参加者を募って頂いた事、参加して頂いた皆様に感謝し、次年度の参加、協力をお願い申し上げる次第です。 -------------------------------------------- 平成24年度支部総会 「新任の事」 支部長(高17回卒) 古川 洸 昨年の6月上旬、社務所の玄関に二人の姿が現われ「こんにちは」と言って入って 来ました。一人は斎藤氏一人は早田氏で顔見知りで何んの疑いも無く「どうぞ」と思う所だったのですが、二人一共となると別。「何かな」と思った瞬間、次に大森支部長がその後ろに立っておいででした。これは何かあるなと思いながら入っていただきました。話が出にくい一時が過ぎ、常任幹事の早田斎藤両氏から幹事会の決定により次期支部長を引受けて欲しいとの事でした。心の準備の無い私は仕事を理由に婉曲的に断わるよう話を向けましたが、やがて大森さんが「先輩の言う事を聞いて」と云う言葉をいただき、詳細を聞かずお引受けする事になりました。その後の支部同窓会総会において次期をお受けした挨拶をし、承認していただきました。総会は進み懇親会では110名を越える人達が何時も如く和やかな雰囲気の中、酒も進んでいましたが一人落着かない私でした。最終に校歌斉唱となり、指揮のため登壇したのは渡邊同窓会長でした。全員肩を組み声高らかに歌い上げましたが、会長の正調の指揮を見、驚きと共に懐しく三高時代が思い浮んで来ました。私も支部で宴の終に校歌、応援の指揮を長い間取っていました。しかしこの間母校では弱体化の進展、廃止の噂を聞いておりましたので残念に思っておりましたが、 渡漫会長が従前に復した旨を聞き、又直接その姿を見、伝統の維持、継続された事を確認し、嬉しく思いました。母校で過ごした日々を思い出し会員と共に今を楽しむ同窓会の意義を見つけ出した思いで一杯になりました。まさに「温故知新」を具現した喜びを感じさせていただきました。その後創立110周年の祝典の最終に渡邊同窓会長その音頭での校歌斉唱の盛上がり一片でも加茂に持ち込み、支部のより一層の盛上がりがあるよう、皆様のご協力を賜わり、新任の事を送ろうと心に思う次第です。 -------------------------------------------- 平成23年度支部総会 「三条高校の思い出」 高第32回卒 茂野 克司 高校と言えば青春時代だろうが、実際は、苦しく険しい道を練り歩くという三年間だった。私は、一年の最初、念願のバスケットボール部に入部したが、合宿であえなくリタイヤした。 その後、新聞部に入部した。その時の友達、先輩と今も付き合う事になろうとは、考えもしなかった。一期一会が、生涯の友になった訳である。 その一人が、最近結婚した。奥さんは、若くて美人でうらやましい限りである。人生は、どこでどうなるか判らない。 今日、読売新聞札幌支社勤務の新聞部の先輩から電話があり、朝日新聞に私が掲載された旨のFAXを頂いた。有り難いと感じた。縁は、どこでつながるか判らない。高校時代の縁が、いつ何時復活するか、わからない。 オランダにいる三高の友達から今年も年賀状が来た。彼も、フェイスブックしているだろうか? 高校時代は、とても大変な時期だった。毎日が、とにかくつらかった。勉強が、余りできず、遊びもせずに生徒会にのめり込んでいた。当時の倫理社会、藤井先生から多くを学んだ。良い先生だった。 私は、人生の多くを高校時代に学んだ。病んで失敗した事もあるが、人生に哲学を得た貴重な時期でもあった。 そんな高校時代を思い出してくれるのが、加茂支部の同窓会である。みんな成績が良かったのだろうが、社会に出て、酔ってしまえば、そんな事はもう関係ない。 私は、現在、桐たんすのメーカーを経営している。海外へも桐たんすを送り、商売している。これからでも遅くない。皆さん、桐たんす買って下さい。三高時代は、私にとって、人生の原点と言える。多くの先輩と友達に感謝したい。ありかたいと思う。 -------------------------------------------- 平成22年度支部総会 「七夕の会」 高第25回卒 早 田 秀 夫 三条高校同窓会加茂支部は、毎年6月の第三金曜日(特に、7月7日という訳ではない!)に、「総会」と「懇親を深める会」を開催している。 この会は、例年、現三条高校同窓会長様、並びに現三条高校校長様をご来賓としてお迎えし、これまで加茂市の発展に尽力されてこられた大先輩の方々。小池清彦加茂市長様をはじめ、現在の加茂市の政治・経済・文化の中核を担って活躍されている方々。そして、これから加茂市のよりよい未来を切り開いていくであろう若手の方々など、錚々たる顔ぶれが一堂に会しての集まりである。まさに一年に一回、「七夕の会」である。今年(平成22年度)は、130名の参加者があり、盛大な会となった。 私は、転勤があるため、十五年ぶりに加茂市に戻ってきた。その間は、なかなかこの会には出席できなかったが、これからはまた、都合がつく限り出席したいと考えている。 さて、久しぶりに出席してみて思ったことは、十五年前まで勤めていた市内中学校で教え子たちが立派に成長し、三高同窓会の仲間となって参加していることである。 当時の思い出話に花を咲かせながら、教え子たちの成長ぶりを誇らしく思う(決して私が関わったからではなく、当人たちの資質と努力のたまものである。)楽しみが増えたと実感している。 「どっけし」の思い 高第4回卒 大 森 康 正(平成22年度源泉より) 昭和25年の夏休み、生物部員の有志が弥彦の西側の浜辺で一週間、生物の採集や観察を楽しみながら過ごしたことがあった。当時3年生の伊藤三郎部長が計画したもので、前半の三泊四日組と後半の三泊四日組に分かれ、日中でメンバー・チェンジするものだったが、私だけ前後を通して一週間楽しませてもらった。 弥彦の海側の林間に蚊屋を吊り、むしろの上に毛布にくるまって、星空を眺めながら夜を過ごす。日々キャンプ場所を変えて、最後の日、野積の浜に移った。 現在の野積は広い砂浜が海へと大きく張り出しているが、当時は砂浜など全く無く、大小ゴツゴツの岩石が海へと続き、海中の岩場には牡蠣が沢山ついていた。金槌や釘抜きで殻を割って生牡蠣を食べた。生牡蠣は大変おいしく、みな沢山食べた。 その後が大変。たちまち腹痛と下痢。四人全員夜を通して大変だった。 早朝、野積の駐在所に全員ころげ込んで、助けを求めた。駐在さんは 「富山の薬しかないな。どの薬が効くか、効く薬、皆で探して飲みな・・・・・・」 と、薬の箱ごと出してくれたが、どの薬が効くのかわからない。 たまたま、"どっけし(毒消し)"を思いついて、駐在さんに尋ねると、"どっけし"ならある、と分けてくれ、みなそれを飲んだ。 "どっけし"の効果抜群。腹具合は間もなく治まり、キャンプをたたんで、バスと汽車を乗り継ぎ、家に帰れた。 果たして、"どっけし"が効いたものか。悪いものをみな出してあげてしまったからか? 高校時代の強烈な想い出の一つ。当時の伊藤三郎部長、今は故人となられている。 -------------------------------------------- 平成21年度支部総会 高第20回卒 幹事 斎藤 正 昨年の加茂支部総会は、6月19日加茂市産業センターにおいて例年通り開催されました。加茂市の職場に勤務している関係で、二十年程前に長渾吉男大先輩からお誘いをいただき総会に出席することとなりましたが、本音を言えば、総会の後の懇親会で飲み、かつ世代を超えてお話をうかがうことが楽しみでした。ところが三年前の総会直前に、一年上の川崎先輩から突然の電話。出席の確認かと思っていたところに、来年度から幹事をやれとの仰せで、否応なく承諾させられました。(幹事をやってわかったことですが、その時点ではすでに総会資料の次期役員欄に私の名前が入っていたはず)加茂支部は、幹事がチケットを販売・配付する仕組みになっており、仕事の繁忙期と時期が重なることから、私が担当した年代の方々には案内が遅くなり二年にわたりご迷惑をおかけしました。総会が毎年6月の第3金曜日に決まっていればこそ、文句も言わず日程を空けて待っていて下さった方々に感謝です。ところで、加茂支部総会参加者の特徴は、中学時代の大先輩方から最近卒業をした若いメンバーまでの百名を超える同窓生が参加していることです。昨年の総会にも若いお嬢さんが二名当日直接参加してくれました。後日、その話を平成15年3月卒業の娘にしたところ、「たぶん、同年の二人だと思うよ。」とのこと。五十歳以上離れた人同士が、同じ三高時代の想いで時間と空間を共有していることは、同窓会総会なればこそと思います。これがもっと多くの同窓生に広がればと思い、まだ参加者名簿に記載されていなかった同年の高野君、浅野君に声をかけてみたところ、快く参加してくれました。幹事としてはこれが限界ですが、まだまだ、加茂・田上在住在勤で参加したことがない方も多くいらっしゃるのではないかと思います。昨年の二人のお嬢さんのように直接会場へお出でいただいて大歓迎です。ともあれ、今年の加茂支部総会は6月18日です。より多くの方から参加していただければと感じた幹事の二年間でした。 もっともこの問、大森支部長・斉藤幹事長にはご迷惑をおかけしっぱなしでした。この場を借りてお礼申し上げます。 -------------------------------------------- 平成20年度支部総会 高第18回卒 五十嵐 正 俊 このたび「源泉」の加茂支部だよりの原稿依頼を受け、四十三年ぶりに三高の宿題を仕上げねばと筆を取りました。この四十三年が短く感じられ、漢文の安室先生の授業での『一寸の光陰軽んずべからず』が還暦を過ぎた現在骨身に染みています。 当支部は例年6月に支部総会を開催しておりますが、幹事の仕事はチケット(会券)売りが大仕事です。マンネリ化した総会に、いかにして会員各位から足を運んでもらうかが悩みのたねで、勢い強制的にチケットの押し売りとなりがちです。しかし、それを笑って引き受けてくれる同期の連中には感謝の気持ちで、「助かるなー」といった次第です。 それもこれも、当地区の同年生は少ないのに、還暦前にすでに当地区だけで二名も他界していたりと、チケットが売れる見込みが立たず幹事を辞めたいと心底思っていたからなのです。 そんな折、支部の話とは離れますが、昨年夏に、私達昭和41年卒業の3年11組の有志十数名が、旧下田村「嵐渓荘」に集合し、本当に表現出来ないほどの感動を得ました。 それというのも、見附市の同級生小宮君が、私の店に顔を出して、それも杖をついて「おいっ同級会をセッテングしてくれ。みんなと会いたい。俺は病気をしてこんな体だ。いつどうなるかわからん。」と言うのです。そこで、急きょ私が発起人となり当支部の永井松二郎君が手伝ってくれ、知っている限りの人に連絡を取るということに。そしてなんとか十数名の顔が、当クラスのマドンナであった旧姓大野さん、現「嵐渓荘」のおかみさんの所に揃いました。仕事上の付き合いで中村君、淡路君、大学時代迷惑をかけて笑って許してくれた安達君、その他クラスの仲のいい連中が集まっての思い出深いクラス会となった次第です。 そんな中で淡路君がクラスの名簿作成に骨をおってくれました。それを基にして次回は盛大なクラス会を催すべく、そろそろ準備しなくてはと思っております。 これも加茂支部に毎回参加して校歌を歌うことによって三高を忘れなかったおかげだと思っています。「青春カムバック!」 今年の支部総会の開催は六月二十六日(金)です。大勢のご参加をお待ちしております。 -------------------------------------------- 平成19年度支部総会 高第20回卒 早田 芳男 かつて、三高同窓会加茂支部は、旧制の三中に語呂を合わせて、毎年三月の中旬に開催されていた。 それに先んじて、会員メンバー宛に往復ハガキで出欠を取っていた。しかし、会員名簿が増えるに連れて通信費が年々膨大になり、ある年からチケット販売に切り替える事になった。 すると、3月中旬開催の総会に不都合だという声が多くの幹事から上がった。その理由とは、二つ。 一つは、幹事がチケットを販売・配布する時期が、1月末頃から2月に掛かるため雪の中、凍えながら回らなければならない事。いま一つは、三月が転勤、引越しなどで、メンバーの出席が多く見込めない事。 それを契機に支部総会は、概ね現在の六月中・下旬に開催されることになっている。 では、何故6月中・下旬なのか、ここからは筆者の独断と偏見による推測であるが、第一に、支部長の日程(当たり前だ!)第二には、加茂だからの理由。それは、4月に雪椿祭、5月21日は加茂祭、6月15日には、上条祭と、いわば祭の加茂のメーン行事があるからだ。それに尚、二つの祭の主催神社の宮司さんが、お二人とも同窓生で欠かさず出席して頂けると支部会員が認識している。 はてさて、このようにして開催される支部総会であるが、会費はずっと以前から3500円と値上げせずに続いている。それには、引き受けてくれる大阪屋さんの並々ならぬご努力とご協力に寄る所が大である。心から感謝申しあげたい。 勿論、総会当日の出席率を見極める幹事の勘も大いにある。 同窓会が、先輩後輩との交流・同期の親睦がメーンであり、酒・肴は触媒に過ぎないのだが、ここ半年の物価、とりわけ食品の値上げを考えると、一考を要する。 とまれ、今年の加茂支部総会は6月27日(金)に開催されます。 -------------------------------------------- 平成18年度支部総会 高第20回卒 斉藤正 県立高校全日制普通科の「全県一学区」への動きが急だ。 昭和40年春、学区改変があり、加茂からの三高入学が自由となった。前年まではいわゆる「越境入学」であり、従って様々な理由や形を整えることで入学に至る苦労があったと聞く。(同時に、三条実業高校も三条商業高校と三条工業高校とに分離独立した年でもあった。) それ故に私達(昭和40年4月入学)からは三高への挑戦はやり易くなったようだ。 『昭和40年度生徒名簿』には、3年(11学級)665名、2年(11学級)606名、1年(12学級)635名とある。 その中で、加茂からの生徒は、3年生36名、2年生33名、1年生86名とあり、学区改変による入学者の急増の姿が明らかだ。 さてそこで、支部総会の出席計数の変遷を、昭和40年前後で区分けをし、10年前・20年前と比較して表してみた。 総じて若い世代の参加者が少ない。卒業人数は格段に多くなっているはずなのだが、それに比して参加人数が仲びていない。 どうも、三高への進学が自由・簡単に出来なかった世代ほど母校への思いが深く、誇りも高く持ち得ているが故に、会への愛着があり積極的な参加を見ることが出来るのではないか。先輩達の話を伺うにつれ、考えさせられるところだ。 前回の支部総会は、18年6月23日に開催された。 そこには毎年変わらぬ世代を超えた交流があり、嬉々とした談笑溢れる時間が流れる。 参加してみれば楽しい支部総会。今年は6月22日(金)に開催。 互いの参加が互いの元気の素。お誘い合わせてご来場を。 泉田知事も出席予定とのこと。 昭和61年 平成8年 平成18年 支部総会出席者数 157 148 122 内訳 昭和39年前入学 111 97 60 昭和40年後入学 46 51 62
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支部便り/新潟支部
未来へつなぐ七夕総会 (7年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 昨年1月の能登半島地震により被害に遭われた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。この地震の影響は新潟市にも及び、特に液状化現象により住宅やインフラが深刻な被害を受けました。発生から1年以上が経過しても、復興の途上にある地域も多くあります。そうした中でも、住民同士の支え合いや復興への努力が続けられており、改めて結束の大切さを実感しています。この結束の力は、私たち同窓生の絆にもつながっています。 同窓会は、世代を超えた強い絆で結ばれたコミュニティーです。互いに支え合い、励まし合いながら、母校の歴史と伝統を次世代へつないでいくことが、私たちにできる貢献だと考えています。昨年7月は、新潟支部総会を開催できませんでした。その後、多くの同窓生から「また出席したい」「次回の開催を楽しみにしている」といった声が寄せられ、改めて支部総会の意義を実感しました。今年こそは、支部総会をしっかりと開催し、皆様と再会できることを楽しみにしています。 また、新潟県にとって大きなニュースとして、佐渡金山が世界文化遺産に登録されました。長年の努力が実を結び、今後の観光促進や地域活性化に大きく貢献することが期待されています。さらに、佐渡への新たなアクセス手段として、令和5年度の総会で講話を行った長谷川社長(高38回卒)が設立したトキエアが、成田空港と佐渡空港を結ぶ路線を来年度末までに就航させる計画を発表しました。 トキエアは、札幌・仙台・名古屋に加え、3月には神戸線の就航も予定しており、新潟と全国を結ぶネットワークを着実に広げています。佐渡金山の世界遺産登録による観光需要の高まりとあわせて、佐渡と東京を結ぶ定期便の開設は、さらなる地域活性化につながることが期待されます。今年の七夕総会は、7月7日に開催予定で、会場はアクセスの良い『新潟東映ホテル』(写真)で、皆様のご参加をお待ちしております。久しぶりに母校の近況を知り、三高時代の思い出を語り合い、校歌や応援歌を声高らかに歌いましょう。 ------------------------------------------------------- 4年ぶり開催の七夕総会 (6年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 まず、今年元旦の能登半島地震により被害に遭われた方々へ心よりお見舞い申し上げます。昨年5月には、新型コロナ感染症が5類に移行されたことを受けて新潟支部『七夕』総会も4年振りに開催することができましたが、中には、コロナ感染して急遽欠席となった方もいました。 令和5年度新潟支部総会恒例の記念講演は、最近、TVや新聞などでも話題になっていたトキエア株式会社長谷川政樹社長(写真・高38回卒・加茂市出身)に「トキエアの役割」と題してお話しいただきました。総会開催の時点で初就航が8月に迫っていて非常にお忙しいところ講演を引き受けて下さり、大変感謝しております。その後、初就航のスケジュールは延期を繰り返しましたが、1月31日に晴れて北海道札幌丘珠空港へ第1便が飛び立ったのは皆様の記憶に新しいと思います。今後は、新潟~中部国際空港・神戸空港・仙台空港への路線開設を視野に入れています。また、その次には東京と佐渡空港への就航も計画しており、同島と本州の新たなアクセス手段を構築する見込みで、佐渡の世界遺産登録との相乗効果が期待されるところです。 新型コロナ感染症が5類に移行したとはいえ、まだまだ巷で感染者が減らない中でも参加して頂いた方々は、最近、暗い話題が多い中で、新潟に地域航空ができるという久々の明るい希望のある話を聞けて良かったという感想を多くの方が述べて帰られました。 同窓会からは、野水会長や東京支部須佐副支部長(高37回卒)からもご出席いただきました。ChatGPTで作成した新潟支部長の開会挨拶は、少し驚きはあったものの、最後に校歌を歌って令和6年の再開を約して会を閉めました。 令和6年七夕総会は、7月7日(日)で会場は、新しく生まれ変わっている新潟駅へのアクセスが非常に良い「新潟東映ホテル」です。久し振りに校歌や応援歌を思いっ切り歌いたいなあと思われる同窓生は、どなたでも参加できますのでお越し下さい。なお詳細は、同窓会事務局にお問い合わせください。 ------------------------------------------------------- 加茂市のスティーブ・ジョブズ (5年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 私は、加茂に生まれて、育ち、10数年前に帰って来て今は加茂市内に住んでいますが、新潟市が勤務先という事もあり「三高同窓会新潟支部長…」を仰せ付かっております。 昨年も、コロナ禍で支部同窓会が開けませんでしたので加茂市について寄稿します。 加茂市には、曹洞宗耕泰寺と言うお寺があります。毎年10月頃には定斎米供養という行事があって多くの檀家さんが寺に集まります。 昨年の住職の話は、『芸術新潮10月号に、アップル創業者スティーブ・ジョブズ氏が特集されて、彼が、耕泰寺に来たという内容で、全国から庭を見せてくれと言う問い合わせが多い。』というもので、実際にお寺の庭を観に来た人もいたと言います。スティーブ・ジョブズ氏は、1986年夏に耕泰寺の庭を眺めに2回来て、住職は、食事など勧めたのですがいらないと言いって1日中庭を見つめていたのだそうです。 尤も住職も言っていましたが、耕泰寺の庭は凝ったところの無い普通の庭で、私も子供の頃から知っていますが何も特別な庭ではないなあと思っていました。(笑) ジョブズ氏は、1974年にアップル社を創業し、経営上の問題で1985年にアップル社を追放されたそうです。その時、彼が若い頃から師事していた禅の先生であった乙川弘文老師の里帰りに同行して、加茂市に滞在していたのだそうです。この時に耕泰寺を一人で訪れたようでした。 乙川老師は、1938年加茂市曹洞宗定光寺の生まれで、1967年にはアメリカに渡って禅を教えるミッションに就いていました。そんな中で、ジョブズ氏との出会いがあって様々に影響を与えていたことが窺えます。 ただ、あのジョブズ氏が、加茂市を訪れていたという事を知る加茂の人は少ないです。(笑)是非、ジョブズ氏も眺めた耕泰寺の庭を眺めに加茂に来ては如何でしょうか? ------------------------------------------------------- 泉田老師の『空っぽ』になること (3年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 昨年も、コロナの影響で、新潟支部は令和3年度七夕総会を開催することが出来ませんでした。この原稿を執筆している時点(3月初旬)では、今年の支部同窓会開催については、何も決まっていません。日頃、思っている事を支部だよりとして寄稿します。 毎朝、自宅に届けられる『三條新聞』を読んでいます。県央地域で起こっている事をつぶさに知ることが出来ます。各市町村議会でどんなどんな議論をしているのか、時に各市町村の首長さん達に直接インタビューをした内容も記事になります。そして行政ばかりか、各地域の産業やイベントも載せてくれます。 何度か、私の会社が指定管理者をしている県央地域にある施設のイベントで私が主催者代表の挨拶をした時に、記者さんがいらして新聞に載せて頂いた事もあります。 さて、今年1月1日の『三條新聞』第1部を御覧になりましたか?三高OBで田上町出身の泉田玉堂老師へのインタビュー記事が昨年に引続き掲載されていました。老師は、有名な一休さんや沢庵和尚等が住持だった大徳寺530世住持に平成24年就任されました。 近年、多発する自然災害や収まらないコロナ禍、不安定な経済と世界情勢等、将来が見通せない不確実な世の中になったと感じていたところ、泉田老師の記事を読んで、床の間の老師の書『器宇』は、器は器。宇は宇宙の宇。器は空っぽで、全部宇宙を飲み込んでいく壮大な言葉。老師は「常に空っぽでないと、なんでも飲み込むことが出来ない。私も空っぽになるようにしている。そう思うと何もかもが楽しいんですよ。」と話された老師の様に空っぽであるから、自由な精神になれる自分となることで解決されるのかなあと思いました。 偉大な三高OB泉田老師の記事には、三高に流れる「自由の精神」にも通じるところがあるのかと、自分勝手に妄想しながら読みました。 最後に、三條新聞様に、泉田老師の記事の引用の許可を頂きましたことに感謝するとともに、今、複雑で予測不能な時代ですが、お釈迦様の言葉を集めた本の『小欲知足』は、「皆が欲を少なくして足るを知る」ことが出来れば世の中戦争は無くなる。と泉田老師のお話を読みながら今、各地で起こっている悲惨な戦争に思いを馳せました。 ------------------------------------------------------- 1972年 1年5組 (3年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 2020年は、コロナに明けて、コロナに暮れたような年でしたが、新潟支部も令和2年度七夕総会を中止せざるを得ませんでした。 私達が入学した時、1972(昭和47)年は、沖縄返還、及びミュンヘンオリンピック等の年でした。その学年の最後の記念にと言う事で作成した文集「宙」(あおぞら)のコピーが最近、手に入りましたので紹介します。 「各自の文章」では、或る女子は、5組は「男子38人・女子8人なのに、男女半々のような雰囲気のクラスだった」と、男子が大人しすぎた?のではないかとも、書いています。そして、二人で一組になって、お互いの「プロフィール」を書いたところでは、「森町」と呼ばれていた旧下田村から通学していた子について「良い男で親切で品行方正で柔道が得意で美男子で…。」と書いてありました。(そうでした!) 当時、新潟県立高校は、其々学区内の中学からしか入れなかったので、三条一中や燕中や加茂中などと違って小さな中学校出身者がクラスに一人だったりすると、その子は姓名を呼ばれずに、親しみを込めて出身地区名が呼び名になっていました。それが、月潟や森町などです。ある先輩にお聞きしたら。 同じように呼んでいたそうです。 また、比較的大人しい加茂中出身の男子について相方の女子は「加茂中学出身にしては、珍しい……」と書いていましたが、当時、加茂中出身は、騒がしいのが多かったのでしょうか?(爆笑!!)「二十年後」では、果たしてどんな二十年後を其々が過ごしたのかなあと一人一人の文書を懐かしく読みました。 そして、クラス担任の松永茂夫先生の寄稿「師曰ク」では、「現代は断絶の時代であり価値観の多様化の時代…。(中略)一日を惜しんで本を読まねばならない、借り物でなく自分の頭で考え判断する為に。」と先見の明のある師の言葉は、実に三高生に相応しいものでした。 最後に、この文集「宙」を保管していてくれた級友たちに感謝します。 ------------------------------------------------------- 「三高校歌と作詞者平野秀吉先生」 (2年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 2019年度新潟支部七夕総会には、元三条高校校長の小島正芳先生をお迎えして「三条高校校歌と作詞者平野秀吉先生」という題で講演をして頂きました。 小島先生のお話を要約させていただくと、平野先生は、巻町出身であり、母親が、良寛さんの大ファンで、秀吉少年に良寛さんの逸話を語って聞かせていたそうで、早くから良寛さんに精通していたようです。平野先生が、国上小学校の臨時教員をやっていた時に万葉集抄本を読んで、良寛さんが作った和歌集だと思っていたようです。後に、先生は、万葉集の和歌の研究家になり「良寛と万葉集」を刊行しました。丁度七夕総会の一か月前の6月には、全国良寛会燕大会が燕三条地場産センターで開催され記念講演には田上町出身で三高同窓である大徳寺第五百三十世泉田玉堂老師が良寛さんについて話をされました。 ちょっとした良寛ブームでした。良寛さんを尊敬する平野先生が作詞された三高校歌は、良寛さんの精神にも通じるものがあると思います。格調高く、歌う者に自立の心を持たせ、世間の言説に惑わされず、日々の努力を惜しまず、様々な困難を乗り越えて国を支える人となりましょう。と謳われています。この様な小島先生のお話を拝聴して今まで以上に三高校歌に誇りを感じました。 今回から開催場所を新潟駅前に位置する新潟東映ホテルに移して御来賓として野水同窓会新会長に御挨拶をしていただき中田校長には、母校の近況についてお話しいただきました。 また橋本良崇東京支部長にもご参加いただきました。 令和二年の七夕総会は、七月七日(火)新潟東映ホテルで開催しますので、久し振りに三高校歌や応援歌を思いっ切り歌いたいなあと思われる同窓生は、どなたでも参加でお待ちしますのでお越し下さい。なお詳細は、同窓会事務局にお問合せ下さい。 ------------------------------------------------------- 「三高校歌と作詞者平野秀吉先生」 (31年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 2018年度新潟支部七夕総会には、元新潟日報社取締役・特任論説編集委員の鈴木聖様をお迎えして「三条人は何故海を越えるか?」という題で講演をしていただきました。鈴木氏は、三条高校の卒業生ではないのですが、新潟支部で、七夕総会の講演で三条についての話が聞きたいと言う声があって、氏にお願いすることになりました。講話の中心は、三条市出身のジャーナリスト内藤民治(1885~1965)がトロツキーとスターリンが一緒に収まる写真を紹介しながら、「トロツキーとスターリンが笑顔で一緒に写った写真は珍しい、そこに内藤氏が持つ人間力をその写真に見ることが出きた。」と語られ参加者は講演に聞き入っていました。当日配られた資料の写真には、『中央の鋭い眼光の持ち主は若きスターリン、その右隣は外交、軍事部門の責任者トロツキーだ。そして肩を並べているのが総合雑誌「中外」を主宰する三条市出身のジャーナリスト内藤民治だ。』と書かれてあった。 でも何故、三条からそんな人物が輩出されるのか?それは、三条という地域性にこそ、秘密があるのだそうです。あのような時代に、内藤のような国際的感覚を持った人物が輩出される三条という地域について熱く語ってくれました。参加した同窓生からは、改めて「三条人」の意味を深く考える時間となりました。 2018年7月7日が土曜日であったにもかかわらず40名もの同窓生が出席しました。当日は、御来賓として中田校長先生ならびに横山正明同窓会副会長も出席いただき大変ありがとうございました。また、新潟支部七夕総会開催にあたってご協力いただいた支部幹事の皆様にも感謝申し上げます。 今年、2019年の新潟支部七夕総会は、7月7日(日)に、新潟東映ホテルで開催する予定ですので、新潟市に在住、勤務又は通学しておられる同窓生の皆様は、ふるってご参加ください。 ------------------------------------------------------- 「新潟支部七夕総会」 (30年度源泉より)」 昭和59年度卒 土田 茂幸 「7月7日に同窓会で話をしないか」。上司からかかってきた一本の電話が始まりでした。自分には縁遠いと思っていた同窓会。しかも、先輩や後輩の人たちの前で講演…。思いも寄らぬ形で、新潟支部の七夕総会に初めて出席させていただくことになりました 。 お話をいただいた当初は、戸惑いもありましたが、今では、貴重な機会をつくっていただいた神田支部長や山田幹事、そしてお聞き苦しい話に付き合っていただいた皆さんにとても感謝しております。 新潟日報社に勤務して30年近く、ほとんど記者として仕事をしてきました。弊社のことや新聞づくりのことなどについてお話させていただきました。内容は次のようなことです。 ・記者は情報に接し、まずニュースかどうか、判断する。その後、取材したり、調べたりして再びニュースか判断し、記事を書き、確認をする。 ・記者は自身が何でもよく知っているのではない。いろんな分野でさまざまなことを知っている人を知っている人。 ・今、誰もが持っているスマートフォンや携帯電話の登場で、取材が変わってきた。誰もがすぐに撮影できるので、現場に居合わせた人が撮った写真や映像が報道で使われるようになった。一般の人の力も借りてよりよい報道をする時代になっている。 ・現場でなければ分からないことがたくさんある。記者が現場に取材に行く重要性は変わっていない。 ・誰でも情報発信できる時代だからこそプロとして、より正確な情報を、県民読者に届けていきたい、いかなければならない。 今回参加した初めての同窓会。どんな感じの集まりなのかと思っていましたが、在学時代には出会うことのなかった同窓の方々たちと校歌や応援歌を歌ったり、交流したり、いろいろな出会いや発見があり、刺激をいただきました。 ------------------------------------------------------- 「新潟支部七夕総会」 (30年度源泉より)」 昭和59年度卒 土田 茂幸 「7月7日に同窓会で話をしないか」。上司からかかってきた一本の電話が始まりでした。自分には縁遠いと思っていた同窓会。しかも、先輩や後輩の人たちの前で講演…。思いも寄らぬ形で、新潟支部の七夕総会に初めて出席させていただくことになりました 。 お話をいただいた当初は、戸惑いもありましたが、今では、貴重な機会をつくっていただいた神田支部長や山田幹事、そしてお聞き苦しい話に付き合っていただいた皆さんにとても感謝しております。 新潟日報社に勤務して30年近く、ほとんど記者として仕事をしてきました。弊社のことや新聞づくりのことなどについてお話させていただきました。内容は次のようなことです。 ・記者は情報に接し、まずニュースかどうか、判断する。その後、取材したり、調べたりして再びニュースか判断し、記事を書き、確認をする。 ・記者は自身が何でもよく知っているのではない。いろんな分野でさまざまなことを知っている人を知っている人。 ・今、誰もが持っているスマートフォンや携帯電話の登場で、取材が変わってきた。誰もがすぐに撮影できるので、現場に居合わせた人が撮った写真や映像が報道で使われるようになった。一般の人の力も借りてよりよい報道をする時代になっている。 ・現場でなければ分からないことがたくさんある。記者が現場に取材に行く重要性は変わっていない。 ・誰でも情報発信できる時代だからこそプロとして、より正確な情報を、県民読者に届けていきたい、いかなければならない。 今回参加した初めての同窓会。どんな感じの集まりなのかと思っていましたが、在学時代には出会うことのなかった同窓の方々たちと校歌や応援歌を歌ったり、交流したり、いろいろな出会いや発見があり、刺激をいただきました。 ------------------------------------------------------- 「新潟支部の七夕会」 (29年度源泉より) 高27回卒 山田 茂孝 新潟支部の七夕会において、『英国での暮らしとビジネス』 (副題)イギリスで日系企業に43歳から14年間勤めて分かった事、と言う題で、約50人の先輩後輩の皆様の前で話をさせて頂く機会が与えられましたことを神田支部長にまず、感謝いたします。今回その講演の一部をご紹介します。 私の場合、初めは、兎に角、海外で仕事がしたいという思いだけで無我夢中でロンドンにある求人募集代理店に紹介された幾つかの日系の会社に面接に行きました。英語も日常会話程度で、当時は、転職の限界年齢をとっくに過ぎた43歳でしたけれども、採用してくれる会社があって務めることになりました。ただ、私が役に立たないという事で、いつ 『明日から来なくても良い!』 って言われるか気が気ではありませんでした。英国で勤めた会社は、日系の自動車部品を自動車メーカに販売する会社でした。 平成25年末に家庭の事情で帰国するまで約14年間勤務しました。帰国して勤めた会社は、英国に行く前に勤めていたことのあるビルメンテナンス会社 (ビル清掃、設備管理、施設警備、ビル受付、電話交換など)だったので人生最後のご奉公と思って入社しました。それから普通に半年間社員をしていましたら、突然、『明日の株主総会から社長に就任してくれ!』 と言われ、その言葉は正に私にとって 『青天の霹靂』 でした。英国に行くことが決まった時には、親戚や知人は、私が英国で通用しなくて直ぐに戻ってくるだろうと考えた人も多かったと思います。英国に行ってやっていけるだろうと思って行ったわけではなくて、行ったら何とかなったという事です。何歳になっても何事にも常にチャレンジャーであることを忘れないことで、何とかなったんだと思います。そして今、人生初めての、社長業も5年日に突入します。これからもチャレンジャーであることを意識してより良い成果を出せるよう頑張りたいと思います。 ------------------------------------------------------- 平成27年度総会 「同窓会に参加して」 高第48回卒 波塚 貴浩 48回卒は平成27年に幹事年を迎えるとのことで、前年の平成26年から同窓会に参加させていただきました。同窓会に参加する前は、同窓会に対して、諸先輩方との交流もなかったため敷居の高いものと考えており、敬遠していましたが、いざ参加させていただくと諸先輩方から多くの示唆に富んだ、また楽しいお話を拝聴することができ、非常に貴重な時間となりました。一番驚いたことは、同年代よりも、諸先輩方が非常にお元気であること。そして、バイタリティにあふれ、これからやりたいことや夢をお話され、前に進むことの重要性を気付かされたことです。 生まれた年や学んだ時期も違いますが、ただ同じ校舎で学んだという繋がりだけで、以前からの友人のように、また親子ほど年が離れていても、同じ目線で交流いただけるこの同窓会に、1人でも多くの若い世代が参加して欲しいと感じました。 毎年7月7日の七夕の日に開催される新潟支部の七夕絵会」も、三高同窓会と比べると規模も人数も少ないですが、同窓会と同じく諸先輩方の熱気であふれ、世代を気にすることなく気軽に楽しめる総会です。ただ、まだまだ20代、30代の若い世代の参加が少ないので、ぜひ多くの若い世代から参加してもらえるよう、少しでも広報活動をしていきたいと思います。 総会での出会いと発見が、年に一度のものではなく、普段から有意義に交流できる関係作りになるよう、これからも同窓会を盛り上げていこうと思いました。 ------------------------------------------------------- 平成26年度総会 「幹事年を迎えて」 高第48回卒 柳原 大輝 平成27年は、三条高校を卒業して20年を迎え、同窓会の幹事年となりました。私は数年前から5月1日の総会には出席をしていましたが、いざ幹事年のバトンを渡され、飯塚代表幹事らと共に、まずは各支部総会に出来るだけ出席する事にしました。そして私が初めて出席した支部総会が、新潟支部の 「七夕総会」 でした。神田伸一支部長からの指名で、ただ出席するのではなく[起業]をテーマに40分前後の講演を依頼され、初の支部稔会出席の場で、人生初の講演をすることになりました。私の講演の内容はさておき、永遠偉大な先輩方の前で講演させていただいたことで、これから更に覚悟を磨き、精進しなければならないと改めて身を引締めることが出来ました。この貴重な経験をさせていただいたことをこの場を借りて御礼申し上げます。私たちはこの [七夕総会] から始まり、各支部会に出来るだけ参加してきました。 その中で各会において、ある共通の力があることを感じました。同窓会には、ただならぬ三高パワーがあるということです。どこの支部へ行っても必ず「明日からもっと精進しようー」とヤル気にさせていただきました。同窓会というのは、昔を懐かしむ事も確かに大切ですが、活力が張ったり、元気になったりする場でもあると思います。いつまでも変わらぬ三高パワーがある会であって欲しいし、世代関係なく楽しめて、出会い・発見のある会であって欲しいと思いました。これから先、20代30代の世代が、もっと参加・参画できる棟に、広報活動をしていきたいと思います。 最後になりましたが、毎年7月7日には新潟グランドホテルにて、新潟支部総会「七夕総会」が開催されています。申込み方が分からない・案内が届いていない人は、同窓会事務局・新潟グランドホテルに直接申込みしてください。参加資格は 『三高愛を持っていること』 です。皆様の参加を心よりお待ちしております。一緒に盛上げて行きましょう! ------------------------------------------------------- 平成25年度総会 「今年の七夕総会に是非お運びください」 高第23回卒幹事 相田 幸一 平成26年の新潟支部は例年どおり、7月7日に新潟グランドホテルにて、七夕総会を開催します、お誘いあってご参加くださるようお願い申し上げます。 毎年7月7日を総会日と定めて広報に努めているつもりですが、限られた予算の中でのやり繰りのため、1000人を超える市内在住の同窓諸氏の全てに案内を発送することは不可能な状態にあります。欠礼をお許しください。 誠に恐縮ですが新潟グランドホテルの三高同窓会担当の川崎さんまで、卒業隼とお名前をもって、七夕総会に参加する旨を電話でご一報をいただければ、当日の参加者名簿に加えさせていただき、参会をお待ち申し上げます。 お誘い合ってご参加いただければ、在校時代を懐かしみつつ、ご一緒に「風空嚢・・・」で始まるあの忘れ得ない校歌を必ずしや大合唱できることでしょう(例年校歌、応援歌の一時が最も盛り上がります。 また、総会に先立って、毎回卒業生又は三条市にゆかりの深い講師にお願いしている講話にもご期待ください。 ちなみに昨年は国定三条市長にお願いいたしまして、三条マルシェ等地域興しや市政の現状と取り組みについてお話しいただきました。 昨年は固定市長の肝いりで郷土旧下田村から会津の只見町に抜ける予定の国道289号線の工事現場まで小型バスで見学する一般向けツアーが実施され大変盛況であったと聞き及んでいます。 私は旧下田出身で、幼少の頃からその渓谷美に慣れ親しんできましたが、三条市民の多くにとって、普段車両交通止めのため、新緑時、紅葉時の美しきに触れる機会もなく、驚愕の世界だったと想像するところです。 ------------------------------------------------------- 平成24年度総会 「七夕会の歴史は40年を超える?」 高第23回卒幹事 相田 幸一 新潟支部では毎年恒例となった”七夕会新潟支部総会”が7月7日に開催されます。この原稿依頼を受け「何を書けばいいんだろう?」と考えた時「俺は何時から七夕会に出るようになったんだろ?そう言えば、堤先輩のやんちゃな頃の話を聞いたのが最初かな?」と少しずつ思い出されてきました。堤先輩は、当時、建築技師として新潟市役所に採用されたばかりの私にとって、三高の先輩であると同時に官と民の違いはあれ、同じ建築で生きる大先輩でした。新潟駅前の安兵衛ビルの中にあったロンドン亭が会場で、栄森先輩が司会をなさっていらっしゃいました。私は参加者の中で一番若く、大先輩の方々に気後れし、あまり言葉を交わすことができませんでした。「新潟日報OBの中島先輩のお話もお聞きしたなー。BSNアナウンサーの山中さんの話も面白かったなー。」などなどの記憶が蘇ってきました。 何時からか幹事として運営をお手伝いすることになり、7年前には新潟市の新米都市計画課長として演壇に立たせていただきました。昨年は現在の衆議院議員でいらっしゃる金子恵美さんと新潟市が目指しているBRT(バス高速輸送システム)の導入をテーマに対談させていただきました。 「ソッカー!七夕会はもう40年近く続いているんだ!ひょっとしたら40年を超える歴史があるのかもナー。」 こんな七夕会もなかなか参加者が伸びません。40年近く七夕会とお付き合いし、多くの先輩・後輩に公私ともにお世話になっている私としては「何で若い奴らは出てこないのかな?」と思い、正月には「今年の7月7日は何曜日だ~」とカレンダーを覗いています。 ------------------------------------------------------- 平成23年度総会 「三条高校同窓会の再構築」 高第25回卒幹事 神田 守 昨年の「七夕総会」を終わり、ほっとしたと思ったら今年の総会の準備をスタートする時期になりました。幹事として私も参加させていただいた時は、若かったのですが現在の新潟支部の幹事会も世間同様に高齢化が進んでいます。この問題を放置することは、同窓会崩壊への第一歩に繋がっていくと思われます。この問題については、何もせず放置して置く訳にはいかないのです。 そんな時に、日本最大の同窓会開催支援サービス会社「笑屋の同窓会」を知ることが出来ました。この事を踏まえて、新潟支部の幹事会において同窓会幹事会代行サービスの利用を検討する方向に進んでおります。サービスの内容について、参考になればと思い紹介させていただきます。 [ステップ1] 名簿データ人力 [ステップ2」 郵送費・印刷苛立替 [ステップ3] 会場との料金交渉 [ステップ4] 同級生・不明者リスト作成 「ステップ5] WEBページ作成・運営 [ステップ6] 第1回官製ハガキデザイン発送 [ステップ7] 正式案内状作成発送 *用意するのは名簿だけで、手軽に同窓会 やOB会を開催できます。 〈メリット〉 ・同窓会実施後には、メールでの連絡手段があるため、通信費ゼロにする事も可能。 ・同窓生の力を借りたいイベント、学校への寄付時など全体メールで告知も可能。 ・出席者の増加など。 細部についての質問・疑問については、新潟支部までご連絡下さい。 このような新しい同窓会開催支援サービスについては、後輩である「金子恵美」県会議員のアドバイス をいただきました。そして、再構築のためには若い世代に同窓会の絆をバトンタッチして行かなければなりません。また、三条高校同窓会の絆を犬切にして再構築するためには同窓生の皆様の協力が必要ですので宜しくお願い致します。 ------------------------------------------------------- 平成22年度総会 「誇るべき母校の校歌」 高第22回卒 支部長 神 田 伸 一 三条国工の現職の小島校長先生は我が母校の卒業生ではないが、母校の校歌「風空嚢・・・」にめっぽう造詣が深い。 毎年、新潟支部総会で先輩諸氏が校歌を歌い上げる凛とした姿に感動すると同時に、誌に込められた作詞者の意図が知りたいと常日頃から思慮していたところでありました。有り体に申し上げれば、私の読解力では誌に託された深い思いが理解ができないということであります。 一昨年、校長先生が我が母校に赴任された年に、早速、新潟支部の総会において「校歌と作詞者」についてご講演をいただいた。 先生曰く、校歌の作詞者である平野秀吉先生は恩師の恩師にあたる先生と話しておられたように記憶する。 私は在校当時、全くの劣等生、かつ、この上ない不良学生であり、屋上で応援練習時に校歌を嫌々叩き込まれ、誌の意味などは意に介さず、そら覚えしてしまったのであります。 校長先生のお話をお聞きして、作詞者が誌に込めた掛詩等について、私なりに多少は理解も進んだように思う、興味深い話をお聞きすることができたと偏に感謝している。 私も還暦の年を迎え、改めて母校の校歌のすばらしさを噛み締めている。 校歌は一番から五番まで全てがすばらしい詩であり、郷土の誇る自然美と、青年の大志の高揚を絡めていると私なりに解釈し、歳を重ねる毎に、今更ながら、しみじみと感じ入っているところである。 特に私には「茫々百里蒲原の広野をを呑むや信濃川」のくだりが興味深い。 我が郷土に所在し、日本国を代表する大河信濃川と茫々蒲原平野の掛詩に色々と連想させられる。 さて、先人諸先輩の計らいにより、新潟支部は毎年七夕の七月七日に総会を開き、声を大にして校歌を斉唱しています。 今年こそ、「源泉」ご愛読者の多数の同窓諸氏のご参会をお待ち申し上げます。 ------------------------------------------------------- 平成21年度総会 「大雪から絆へ」 高第25回卒 副支部長 神田 守 今年の冬は、暖冬と言われていましたが、なんと新潟市は26年振りの大雪になりました。そして、大雪の被害は様々の所でありました。それは、人身事故、車の事故、除雪費の追加など多大な被害をもたらしました。しかし、悪いことばかりではなく、この大雪で人が持っている助け合いの心(お互い様)に何度かめぐり合い、感動する場面に出会えた嬉しい事もありました。 一例を紹介しますと、私は仕事で住宅街を車で配達することが多いのですが、近年は一人暮らしの方、老夫婦の世帯の方など若い人が暮らしていない住宅街があります。そこでは、大雪で除雪したくても除雪できません。それならなんとか新潟市(市政)が除雪すると思われますが、それができません。それでは、どうしたと思われますか? 町内の全員で若い人も出てきて除雪しました。こんな時は、「お互い様ですね」と言いながら頑張っていました。普段は顔を合わせることのない人、話したこともない人が、除雪作業で心をひとつにして一生懸命に体を動かしていました。最近、薄れかけていた人との絆が大雪のおかげで一本繋がったのではないかと思います。 ここで、昨年7月7日の同窓会で先輩から本を紹介していただきました。そこに書いてある『一語一会』を伝えたいと思います。 『一語一会』とは、美しく生きるために出会った言葉です。 四季の心で! 『人に会うときは、春のような暖かい心で』『仕事をする時は、夏のような情熱的な心で』 『物事を考える時は、秋のような澄んだ心で』『自分をいましめる時は、冬のような厳しい心で』 (永林寺編者より) 先輩に『感謝、感謝、感謝』です。ありがとうございます。今年も新しい出会いと感動をいただける同窓会が楽しみです。 【連絡】同窓会 日時 7月7日(水) 18時30分受付 19時 開演 場所 新潟グランドホテル TEL 025-228-6111 (新潟グランドホテルー担当 五十嵐) ------------------------------------------------------- 平成20年度総会 「加齢と姿勢」 高第22回卒 支部長 神 田 伸 一 背骨を軸とした人間の正しい姿勢は、加齢によって必ずしも損なわれるものではない。 そのことは新潟支部の七夕総会に皆勤出席いただいている諸先輩の凛とした姿勢によって実証されている。私も長寿が許されるものであればあやかりたいところである。 過日、中島先輩に街でお会いしたにもかかわらず、挨拶を怠ってしまい反省している。街を闊歩する先生のお姿があまりに凛とした正しい姿勢で若々しく、おまけに格好良くおられたので呆気にとられ、挨拶の機を逸したというのが実際のところである。先輩お許しください。 三中・三高の諸先輩の姿勢が若々しく、凛々しいのは、想像するに三中・三高の校歌の精神に起因するところもあるのではと思ったりする。校歌を歌っているときが最も凛々しいからである。今年も七夕総会でお会いし、校歌を斉唱できることを楽しみにお待ち申し上げます。 一方、好姿勢の新潟支部の諸先輩に比べ、私の父親は八十才を超えて身長が十センチも縮んだと嘆いている。私も若い頃の怖い父親の姿が脳裏に焼き付いているためか、寂しさを禁じ得ない。 原因は日頃の姿勢をあまり気にかけていないことに起因すると思って、助言をしているが、今更これまでの生活習慣を改善するのは容易なことではないと半ば諦めている。 父は昔から下田の自然をこよなく愛し、山菜・茸の山の幸から川鱒・鮎に代表される川の幸を謳歌してきた。 したがって、身体は自然に適応するように頑丈に出来ており、子供心に仙人と重なるほど、山や川、自然の条理に精通していると感心している。 最近では、姿勢は悪くなってきたものの自然とともに歩むように頑丈に造られた父親の身体が山深い下田郷での生活の基本となり、両親ともに頗る健康で元気であることに深く感謝している次第である。 ------------------------------------------------------- 平成19年度 高第25回卒 副支部長 神田 守 平成20年1月25日は、私にとって第二の人生の幕を降ろした日です。証券業界に三十年問勤め、この日を迎えることができたことに深く感謝しております。小学校から大学までの学生時代(第一の人生)、社会人から1月25日までの第二の人生、そして、1月26日からが第三の人生を歩むスタートの日です。これからは、社会貢献ができれば、よりすばらしい人生になるかもしれないと考えましたが、自分自身もう一度考えた時に、自分が今できる事は、一人々の友人に貢献して行く事だと考えました。そして、友人とは、先輩・後輩・同僚などの心を理解し合える人たちのことであり、又、今まで色々とお世話になった人達です。 私は『一期一会』の言葉が本当に好きです。人は一生の間に何人の人と会うことが出来るでしょうか?・また、何人の友人を作ることができるでしょうか?そして、何人の親友を作ることができるでしょうか?・私はこれからも多くの友人、親友が作れるよう『一期一会』を大切にしていきます。私事ですが、大切な親友も三条高校の同窓生だったのですが、五十歳にして私と別れて違う世界に行ってしまいました(他界)。親友のことを思い出し、人生を振り返ると一生に一度しか会わない人もたくさんいます。それだけに出会いを大切にし、また、感謝しなければならないことを痛感します。そして、三条高校同窓会の先輩、後輩、同期の人たちに感謝し、これからも同窓会の躍進に寄与できるように頑張っていきます。 新潟支部からの連絡ですが、5月の中旬に三条市の嵐渓荘に宿泊(日帰り可)の計画があります。幸せの時間を先輩・後輩・同期の人たちと過ごしたいと思っています。毎年7月7日の同窓会の集まりだけではなく、色々楽しい、幸せな時間を過ごせることを計画して行きますので、事務局まで連絡御待ちしております。人生は一期一会です、お会いできることを楽しみにしています。 [連絡先】(事務局) TEL 025-249-1286 FAX 025-249-1287 ------------------------------------------------------- 平成18年度 高第20回卒 幹事 小林代士未 新潟支部幹事会で例年の七夕総会の反省・慰労会ということで、妙高高原一泊の企画がありました。 日程は7月29日(土)30日(日)。梅雨明けも遅く、雨や台風の多い年でした。 二日前から雨模様、台風のニュースもあり、その影響もあって、当初、8名の参加が5名になりました。 当日は雨も止み、午前8時過ぎ新潟駅南口集合・出発、高速道路を一路、妙高高原 へ、途中で昼食と夕食の買物。 昼前に妙高高原スカイケーブルに到着、片道乗車券で山頂へ、霧がかかっていて景色はいまいち。 ロッジで昼食後、雨が降り始めましたが、ガイド(男性)の方の説明を聞きながらブナ林を散策しました。 其の時、ガイドさんからブナの樹についての貴重な体験をさせて頂きました。 それはガイドさんの持っていた聴診器をブナの樹の幹にあてて樹が水分を吸っている音を聞いたことです。 ブナも生きているんだなと感動しました。 それから、下山しながらの夏ワラビ採り、春だけかと思っていたら夏でも採れるんです。 雨で採りづらかったのですが、皆さん濡れながらも頑張りました。これもまた貴重な体験、明日の朝食の一品です。 下山後は杉野沢の杏っこ(山荘)へ到着。 夕食前に近くの温泉「苗名の湯」でリラックス。夕食は川村奥様の手作りもあって、豪快に飲み、食べ、遅くまで語り合いました。 二日目(快晴)、昨夜こしらえた夏ワラビをおかずに朝食。自分達で採った物はより美味しく感じ、食が達みました。 山荘を後に周辺を観光、お昼近くなりそば打ちを体験しようと、そば処に入りました。 打ち方(湯じめ、こねる、打つ、切る)を皆で交代しながら教わり、完成です。自分遠のそばと昧を比較するのに店のそばも注文してみました。 太さ・長さはバラバラでも自分遠のそばも美昧しかったです。これもまた貴重な体験、その後は、斑尾高原・野尻湖経由で新潟へ。 貴重な体験づくしの二日間、川村ご夫妻に感謝、楽しかったです。
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支部便り/東京支部
東京支部LINEグループ参加者、絶賛募集中。(7年度源泉より) 東京支部副支部長(高37回卒) 須佐 誠 小生には、同窓生の姪がいます。勤務先の大手町の隣の駅が最寄りの大学に通っています。 御多分に漏れず、同窓会はいかにして、より多くのそしてより年代層幅広く総会等に参加していただけるかが命題となっております。それは、どこの支部も頭を悩ませていることと思います。 さて、「おじさん」は、大学生の姪っ子さんに尋ねました。 私「 今度、同窓会の支部総会があるよ。出席してくれないかな?」 姪「 いや、それはおじさん達でやってください」 私「卒業生は、皆、同窓生なんだよ」 姪「大勢で集まるのは、苦手です」 私「 え?っ!三条の友だちと集まらないの?」 姪「 仲良い子としか会わないよ。コロナ世代は団体行動が苦手」 私「 (そうなんか・・・かわいそう)どうやって連絡取るの?」 姪「LINEだけ」 あまりしつこくすると、さすがの「おじさん」も嫌われるので、時が来るのを待つことにして。ただ、LINEが強力な武器という事だけは認識しました。東京支部総会の準備中・・・ 佐々木支部長の「配布資料に入れるものあるかね?」の問いかけにすかさず「このQRコードを入れてください」と、作成したばかりの「三条高校同窓会東京支部」のグループLINEのQRコードを差し出しました。 7月の第一土曜日東京支部総会が始まりました。 MCから幾度となく案内が入ります。 「お手持ちのスマートフォンからQRコードを読み取ってご準備ください」なんの準備? 「懇親会のクイズ大会にご参加される方は、LINEグループにご参加ください」なるほど!そういう事ね。 懇親会クイズ担当の私は、1等賞「嵐渓荘宿泊ご招待券」が当たる御当地クイズをLINEグループから流しました。一斉に受け取られた同窓生、回答は早いもの勝ち、です。もちろん、全問○です。いち早く「全問○」で返信した方が1等賞でした。そんな楽しいイベントを経て、今やLINEグループの参加者は86名となっております。回を重ねる毎に増えていくのでしょう。姪っ子さんが入ってくるのは、いつかな?これで、SNSは、LINEとFacebook。紙媒体は東京支部便りとコミュニケーションツールが増えました。なんとか?同窓生、集いたい。役員会の飽くなき挑戦は続きます。おしまい 平成から令和へ(6年度源泉より) 東京支部(高17回卒) 橋本 良崇 東京支部は1都8県を担当エリアとして、会員相互の親睦を図っています。エリアが広いため相互連携の難しさがあります。在籍会員の実態は5、000名を超えると考えていますが、支部会報“東京支部だより”は登録会員約2、500名に届けています。残念ながら半数以上の会員は住所がわからず連絡とれていません。特に平成に卒業した若い皆さんに住所のわからない方が多く、これらの方には支部の発行する支部会報も本部が発行する同窓会誌“源泉”も届かなく母校とのつながりが薄くなってしまいます。住所変更の際は東京支部にご一報ください。 東京支部では大きなイベントとして“支部総会”、秋に計画の“大懇親会”があります。これ以外に春・秋に実施している“ウォーキング会”と“囲碁大会”、また好きな人が集まっての皇居マラソンやスキーツアーなど同好会もあります。コロナ禍で集ることが難しくなり、令和2年から3年間、支部総会やほかの集まりも中止いたしました。ようやく新型コロナが収まり、昨年の春ウォーキングは日本橋界隈を(写真ご参照)、秋ウォーキングは神代植物園を散策し、先輩後輩一緒に楽しく歩きました。 従来イベントの案内は主に郵送による紙ベースでした。元号は平成から令和に変わり、猛威のコロナ禍のときに佐々木支部長新体制となり紙ベースだけでなく、SNSを駆使しMeta(旧FB)を活用して会員に参加を呼びかけるようになりました。アナログからデジタルへの移行です。秋の大懇親会においては50~60才代の会員が横のつながりの友人に声かけ、集団で参加してくれました。平成の卒業生に趣味の仲間グループを作り支部の同好会として組織化すれば、若手同窓生の参加が増え横のつながりを縦にも結べ、立体的で有機的な同窓会になると思います。 令和5年の東京支部同窓会は新たな発展の芽が出てきています。今後とも東京支部への応援よろしくお願いいたします。 40年振りの母校(5年度源泉より) 東京支部長(高36回卒) 佐々木 剛 昨秋、創立120周年の式典のため、約40年振りに母校を訪ねました。校舎は建て替えられておりますが、学校内の佇まいや在校生の雰囲気は、私が通っていた当時に近しいものを感じることが出来ました。自由ななかにも自律した高校生活を今の在校生の皆さんも送っておられるものと思います。次世代を担う子供たちに、十分かつレベルの高い学びの機会を提供することは、国のみならず、県や、各地域において、最も重要な課題と思います。多くの卒業生が、学びの場や、経験を積む機会を求め、首都圏をはじめとする県外に転ずることは、これもまた昔と変わらないことではあります。 これからは、国内のみならず海外へ渡る若者も増えてゆく事と思います。日本中で、また、世界中で学び、活躍することは、頼もしくもあり、素晴らしいことです。が、一方で、優秀な人材や才能あふれる若者が、地方や各地域から、流出する事であることも事実です。それらの才能を、再び、地方や地域に呼び戻すことができれば、将来の発展に繋がるものと思います。わが県央エリアにおいても、伝統のある技術を更に進化させ、新しい産業を創出することにより、エリア経済を発展させると同時に、教育の充実、スポーツ、芸術と言った文化の振興などにより、若者にとって魅力的なエリア作りを進めて行く必要があります。我々、同窓生も、地域の皆様と一緒に、直接的、間接的に関わらず、県央エリアの将来のための力になれたらと感じます。 さて、同窓会東京支部においては、関東エリアに住む卒業生、特に、現役の学生も含む若い卒業生との繋がりを拡げてゆき、皆さんの将来について何かの役に立てればと考えています。経験豊かな諸先輩とのコミニケーションは、少なからずポジティブなヒントを与えてくれるのではないでしょうか? 是非、イベント等にご参加ください。Facebookにてご案内してまいります。 120年の歩みのなかで(3年度源泉より) 支部長(高17回卒) 橋本 良崇 母校三条高校は明治35年設置が認可されました。同年(1902)5月1日に入学式が挙行され、この日をもって創立記念日と定めました。来年令和4年(2022)で創立120年になります。この120年の長い歩みのなかで、東京の空の下ではいろいろなことがありました。大正12年秋には首都圏一帯を大地震が襲いました、関東大震災です。 昭和11年2月26日は都心でいわゆる「2・26事件」が発生しました。戒厳令下首都では雪の舞う寒い日であったと記録にあります。このころから太平洋戦争終戦までは国民全てが総力戦体制で突き進んだ時代でした。三條中学を優秀な成績で卒業し、大学・陸軍士官学校・海軍兵学校に進み国のため、家族のために命を落とした先輩が少なからずおられました。昭和20年3月10日は東京大空襲でした。戦禍で亡くなった先輩方々が数多くおられたことは痛ましい限りです。 戦後、現在の東京支部の礎を築いた先輩は旧制中学から新制高校に変わるころ卒業された諸氏です。その方々が同窓会再建に尽力されたおかげで現在の同窓会東京支部があるように思います。当時の活動の一端をお話しします。(以下「東京支部だより14号」より引用)「再建の年に私(野村邦夫:中39B:元支部長)が事務局を引受け、浅野正俊(中18)先輩から名簿、帳簿など引き継ぎました。浅野正俊先輩が亡くなられたとき、ご遺族から、10万円の寄付金を頂戴いたしました。野村は、この寄付金を何か記念になるものを残したいと考え“中学と高校の2つの校章を入れた旗”を制作し同窓会のシンボルとして総会ごとに掲げ先輩を偲ぶことを考ました。そして玉木悌輔氏(中41:現顧問)と相談し、制作しました。昭和63年のことです。」以来、今日まで毎年支部総会で掲げています。校旗、校歌旗は毎夏、陰干しして大切に保管しています。昨年(令和2年)は新型コロナのために『校旗』と『校歌旗』を掲示する機会を失いました。残念ですが今年も東京支部総会は中止の予定です。 「東京支部青年部主催大懇親会」(2年度源泉より) 副支部長 高36回卒 佐々木 剛 11月28日(木)19時より東急ステイ銀座内の The Stay Gold 銀座に於いて、東京支部青年部が主体となり、同窓会本部及び他支部皆様のご協力の下、大懇親会を開催いたしました。本懇親会は、昨年(2018年10月)に開催されました東京大会の流れを引き継ぎ、より多くの若手同窓生に参加いただくことを目指して、開催されました。「支部総会は敷居が高いなぁ」と感じられている若手の皆様にも気楽に参加していただくために、平日夜の開催、カジュアルな雰囲気で楽しめる会場選び、リーズナブルな参加費用、学生割引など、いくつかの工夫を凝らしました。また、フェイスブックなどのSNSを活用すると同時に、同窓会本部の皆様、各支部の皆様のお力を借り、幅広い年齢層への声掛けを図りました。 当日は、73名の皆様の参加となりました。参加者の平均年齢も50歳を下回り、3名の現役学生の参加もあり、幅広い年齢層の同窓会となりました。19時の受付開始から、徐々に皆様が参集され、19時半には野水同窓会長のご挨拶と乾杯のご発声で開宴いたしました。その後、山田新潟支部長のご挨拶、西村衆議院議員と藤田加茂市長によるパネル ディスカッション、前年の東京大会でのパネラーであった早川与規さんのご挨拶、また遠路からご多忙中にも関わらず駆けつけていただいた皆様からスピーチをいただきました。学生3名の方々にもお話を伺いました。 さらに、ご協賛の皆様からご提供頂いた品々を賞品とした、ビンゴ大会、じゃんけん大会など、盛り沢山の内容で、大いに盛り上がりました。嵐渓荘様には賞品のご協賛のみならず会場で流したDVDの作成までご協力いただき、ありがとうございました。最後は、皆で、恒例の校歌を歌い、名残惜しくも21時半には散会となりました。参加者の皆様から大変楽しかったとの感想を多く頂き、大変良い会となりました。今後も、本部・他支部とも連携頂きながら、同窓会の裾野を広げて行けるように努めて参りますので、ご協力よろしくお願い申し上げます。 「東京大会を終えて」(31年度源泉より) 高49回卒 本間 隆之 三条高校同窓会を考える会の協議から始まった東京大会ですが、成功のうちに終わりました。 成功のエビデンスとしては、山井前会長が提唱されていたマーケティング理論から導き出した「東京には三高OB・OGが数千人おり、その内の総会に参加したいと思っている潜在層が相当数いる。特に若い方たち。」という仮説を実証できたことであります。 参加者総数約150名、その内の約8割が40代以下であり、さらにその内の半数近くが20代30代でありました。 日時は2018年10月3日(水)の19時から東京都中央区のDIAGONAL RUN TOKYOにて行いました。集客の工夫としては、会費を年齢によって変動させたこと。40代以上の方は6、000円としましたが、30代の方は3、000円、20代以下の方は赤字を覚悟で2、000円としました。 またFacebookなどのSNS広告を活用したことで、普段接触のできなかった若い世代へ告知することができました。 そして、アトラクションのゲストには、山井会長とユナイテッド株式会社会長の早川与規先輩をお招きして、「三条高校を卒業して」というテーマのトークセッションを行いました。このお二人のネームバリューに助けていただいたことも確かです。 よって、今回は幹事として大成功とは言えませんが、県高・長高が千人単位で集客していることを考えれば、まだまだ我々のキャパシティーはあるはずです。 この結果に満足することなく、東京支部の皆様からの強力なバックアップをいただき、更なる集客に努めて参ります。 最後に、ご多忙の中ゲスト出演していただいた山井会長と早川先輩、集客から運営までアドバイスをいただいた橋本東京支部長をはじめとする東京支部の皆様、幹事として参画してくださった皆様、本当にありがとうございました。 「平成30年度東京支部総会」報告(31年度源泉より) 高21回(昭44年卒) 渡邉 正和 例年、晴天に恵まれたことがないと囁かれていた「七夕の日」の7月7日(土)、見事な晴天となり、パセラリゾーツ銀座店(2F)ガムランボール・ラウンジにて同窓生80名の参加を得て同窓会東京支部総会が盛大に執り行われました。 過去、ホテルでの会場設定がほとんどでしたが、今までの雰囲気を少し変えてみようとの試みから今回の会場設定となりました。 強い日差しの暑い中、会場にお集まりいただいた会員の皆さまが再会を喜び合ってあちこちで話の花が咲き始めたころ、ほぼ定刻どおりに総会は佐々木剛副支部長の司会のもと橋本良崇支部長の挨拶から開始されました。 来賓として最初に山井太同窓会長から祝辞をいただき新たな施策等についてお話がありました。 続いて学校長代理としてご臨席頂きました佐野明義教頭から祝辞をいただきました。 母校の近況についてご報告があり、全校生徒の男女比率が345人:453人と女性のほうが多くなっている現状に会場から驚きの声が起こりました。 祝辞に引き続き、支部長より野村邦夫氏(旧中39回B)、玉木悌輔氏(旧中41回)に対し永年の当会への貢献に対する感謝状の贈呈が行われました。 次に支部長が議長となり議事となりました。 役員人事を含む議題は円滑に審議され、原案どおり承認されました。 写真撮影の後、懇親会となりましたが、今回は席を出身地別とし、より懇親を図れるように工夫されました。 高桑紀美江燕支部長から開会の挨拶、乾杯の発声は野嵜喜一郎三条支部長からいただき会は始まりました。飲むほどに酔うほどに会話は弾み雰囲気が盛り上がってくる中、今回、初めて計画したイベントとしてビンゴゲームとテーブル対抗クイズ大会を佐々木剛副支部長、須佐誠常任幹事と相田香さん(高49回)の司会進行により進められ大いに盛り上がりを見せました。 景品として様々な団体や個人から寄贈をいただき、一層、会を盛り上げたのではと推察しております。 遠い故郷や、遠い学生時代の思い出話が尽きない宴たけなわの中、最後に、恒例の名古屋実氏(高20回)のアコーディオン伴奏で校歌を歌い、応援歌「Sanjo Will Shine」を同窓会会長の音頭取りにより歌い上げ、三本締めで再会を約束しながら盛会の内にお開きとなりました。 山井太さんの「伝統と革新」、「野遊び」の豊かさ 副支部長 白山 映子(高26回) 東京支部総会では、同窓会会長の山井太さんによる講演が行われた。野球少年だった山井さんは高校時代も野球部で活躍、明治大学卒業後は外資系商社勤務、その後父様の会社を引き継ぎ、アウトドアライフの革新を目指されてきている。 講演では、和釘の技術からアスファルトを貫通するまでの硬度を備えた「ソリッドステーク」、可能な限り薄くそして軽い「和鉄ダッチオーブン」の説明に製品へのあくなきパッションが伝わり、文字通りその映像に釘づけとなった。燕三条の地場産に対する愛情、伝統職人の技への敬愛、妥協なき製品開発なども共感を与え印象的だった。さらに「野遊び」を楽しみユーザーとの交流を志向した "The Snow Peak Way" という活動が、自然と人間の融和を醸成し、豊かな人間性につながる道ではないかとの思いが熱く語られた。 平成30年度支部総会のお知らせ 日時‥平成30年7月7日(土) 場所‥パセラリゾーツ銀座店(2Fガムランボール・ラフウンジ) ℡ 0120-759-172」 -------------------------------------------------------- 「平成28年度東京支部総会報告」(29年度源泉より) 高28回卒 松 井 真姫子 平成28年7月16日 (土) スクワール麹町において平成28年度三条中学・高校同窓会東京支部総会が11時より開かれました。会場入り口では、多くの懐かしい面々の再会に笑顔がほころびました。総会の司会は小林治事務局長。橋本良崇支部長の挨拶で始まり、会長代理(同窓会副会長) である野嵜喜一郎三条支部長、上杉肇学校長、高桑紀美江燕支部長から、ご祝詞をいただき、総勢62人で行われました。橋本支部長が議長として選出され、長沼敏夫副支部長による活動報告、清水芳子副支部長による会計報告、五味京子会計監査による会計監査報告という、27年度の報告がなされ、伊藤早苗副支部長による28年度活動計画案が会員によって承認されました。本部より中山前支部長状が贈呈され総会は滞りなく終了しました。写真撮影の後、総会のイベントとしてオペラ歌手三浦克次氏 (高28回) によるミニコンサートが行われました。ますます円熟味を増した三浦さんの歌声に会員一同は酔いしれ、イタリアの情景を思い浮かべながら、しばし時を忘れました。懇親会の司会は、佐々木剛副支部長と相田香氏 (高49回) のもと、乾杯の音頭は伊藤副支部長によって執り行われ、なごやかな雰囲気の中、始まりました。垣根を取り払い、同じ同窓生という集合体を共有し、話題がつきなく親交が深められました。宴もたけなわの中、名古屋実氏 (高20回) の伴奏で校歌を全員で高らかに歌い上げ、お互いの健康と健勝を願い名残惜しみながら再会を誓いあい、会は成功裏の下にお開きとなりました。 どうぞ皆様、次回のご参加、ご協力をよろしくお願い申し上げます。 「平成29年度東京支部総会報告」(30年度源泉より) 東京支部 平成29年度支部総会報告 副支部長 伊藤 早苗(高17回) 7月17日(月・海の日)、真夏を感じさせる暑さの中、コートヤード・マリオット銀座東武ホテルに於いて、支部総会が行われました。参加67名。大先輩の皆様方はしばらくぶりの再会を喜び、お互いの健康を称え合いながら和やかに歓談され開会を待たれておりました。 司会は佐々木副支部長(高36回)。橋本支部長(高17回)の挨拶で始まり、来賓挨拶の筆頭は山井同窓会長(高30回)。今回は特別講演まで快諾いただき大変喜ばしいことでありました。上杉学校長の学校現況では、現役の 『文武』 における素晴らしい活躍が、そして本年の新入生は女子が男子に比して昨年以上に数多く入学してきたことが報告されると、会場は一瞬大きなどよめきにつつまれました。来賓の高桑燕支部長、野嵜三条支部長にも挨拶をいただき、続いて規約に基づき橋本支部長が議長となり審議に入りました。役員人事を含む全議題は全会一致でとどこおりなく無事承認されました。 引き続いて㈱スノーピーク社長・山井同窓会長の『人生に野遊びを』と題した映像を交えながらの講演がありました。この題目は同社カタログのトップページに出てくるワードでもあります。「本当に欲しいものは自分で作る」「ユーザー目線でまだ無いものをつくり続ける」ここにスノーピークのゆるがぬ哲学があると思いました。今やアウトドア愛好者のみならず多くの人達が知る憧れの「燕三条発世界行き」のブランドなのです。 懇親会では初めての試みとして来賓の方々には各テーブルに分散していただきました。会員からは日ごろなかなか話す機会が無い方と交流できて良かったとの声もあり、概ね好評だったのではないでしょうか。学帽・高下駄スタイルの渡邊副会長のリードで始まった恒例の校歌斉唱は、第一応援歌も含め昨年に続いて名古屋氏(高20回)のアコーディオン伴奏のもと、皆現役三高生に戻って大合唱。三本締めで名残を惜しみつつ、来年の再会を約束してお開きとなりました。 山井太さんの「伝統と革新」、「野遊び」の豊かさ 副支部長 白山 映子(高26回) 東京支部総会では、同窓会会長の山井太さんによる講演が行われた。野球少年だった山井さんは高校時代も野球部で活躍、明治大学卒業後は外資系商社勤務、その後父様の会社を引き継ぎ、アウトドアライフの革新を目指されてきている。 講演では、和釘の技術からアスファルトを貫通するまでの硬度を備えた「ソリッドステーク」、可能な限り薄くそして軽い「和鉄ダッチオーブン」の説明に製品へのあくなきパッションが伝わり、文字通りその映像に釘づけとなった。燕三条の地場産に対する愛情、伝統職人の技への敬愛、妥協なき製品開発なども共感を与え印象的だった。さらに「野遊び」を楽しみユーザーとの交流を志向した "The Snow Peak Way" という活動が、自然と人間の融和を醸成し、豊かな人間性につながる道ではないかとの思いが熱く語られた。 平成30年度支部総会のお知らせ 日時‥平成30年7月7日(土) 場所‥パセラリゾーツ銀座店(2Fガムランボール・ラフウンジ) ℡ 0120-759-172」 -------------------------------------------------------- 「平成28年度東京支部総会報告」(29年度源泉より) 高28回卒 松 井 真姫子 平成28年7月16日 (土) スクワール麹町において平成28年度三条中学・高校同窓会東京支部総会が11時より開かれました。会場入り口では、多くの懐かしい面々の再会に笑顔がほころびました。総会の司会は小林治事務局長。橋本良崇支部長の挨拶で始まり、会長代理(同窓会副会長) である野嵜喜一郎三条支部長、上杉肇学校長、高桑紀美江燕支部長から、ご祝詞をいただき、総勢62人で行われました。橋本支部長が議長として選出され、長沼敏夫副支部長による活動報告、清水芳子副支部長による会計報告、五味京子会計監査による会計監査報告という、27年度の報告がなされ、伊藤早苗副支部長による28年度活動計画案が会員によって承認されました。本部より中山前支部長状が贈呈され総会は滞りなく終了しました。写真撮影の後、総会のイベントとしてオペラ歌手三浦克次氏 (高28回) によるミニコンサートが行われました。ますます円熟味を増した三浦さんの歌声に会員一同は酔いしれ、イタリアの情景を思い浮かべながら、しばし時を忘れました。懇親会の司会は、佐々木剛副支部長と相田香氏 (高49回) のもと、乾杯の音頭は伊藤副支部長によって執り行われ、なごやかな雰囲気の中、始まりました。垣根を取り払い、同じ同窓生という集合体を共有し、話題がつきなく親交が深められました。宴もたけなわの中、名古屋実氏 (高20回) の伴奏で校歌を全員で高らかに歌い上げ、お互いの健康と健勝を願い名残惜しみながら再会を誓いあい、会は成功裏の下にお開きとなりました。 どうぞ皆様、次回のご参加、ご協力をよろしくお願い申し上げます。 平成29年度支部綽会のお知らせ 日時: 平成29年7月17日 (祝) 受付: 午前10時30分~ 総会開始: 午前11時~ 場所: コートヤード・マリオット銀座東武ホテル 電話: 03-3546-0111㈹ 特別講演 「同窓会長山井太 高30回卒㈱スノーピーク代表取締役社長」-------------------------------------------------------- 「平成27年度東京支部総会報告」(28年度源泉より) 高38回卒 事務局長 兼 青年部長 小林 治 東京支部事務局長 兼 青年部長の小林治でございます。 まず初めに、東京支部を簡単にご紹介いたします。管轄エリアは、東京都、神奈川県神奈川県、埼玉県・千葉県、群馬県、茨城県、栃木県、山梨県、静岡県の1都8県で、登録会員の同霊はデータ上、約3,300名が在籍をしております。 東京支部は管轄エリアが広範囲に渡っているため、会員は多く登録されておりますが、なかなか集まれないのが実情です。 そんな中、青年部へは現在14名のメンバーが参加をしています。高齢化による同窓会への参加者減少に歯止めをかけ、若手同窓生の発掘などを目的として活動し、同窓生同士の交流を深めております。 青年部の中にあるランニング同好会は、佐々木剛さん(高36回)を中心として2013年に発足しました。皇居の外周をラ ンニング&ウォーキングを行い、終わってからの乾杯を楽しんでいます。 直近では、2015年7月29日(月)京新橋駅近くの飲食店において、青年部の交流会を開催しました。参加者は10名、メンバーの人脈を通じて参加される方もおり、参加者の年齢は30歳代前半から40歳代後半までと20歳近くの開きはありましたが、在校中の名物先生や部活、出身地の話題などで盛り上がり、年代差を感じる事無く和やかなひとときを過ごしました。これからも、さらにみんなで同窓生の人脈を広めて参りたいと思います。 さて、私が行った若い世代を発掘する施策のひとつをお話しします。 2015年7月3日(金)、母校の社会人講和講師として講和を行いました。テーマは「本業とボランティア人脈作りのススメ」。翼としての本業とは別に、私が行っている同窓会などのボランティア活動を説明し大切さを話しました。開設講座中、受講生は14と最小の参加人数でしたが、皆さん同窓会の伝統を理解してくれて、卒業後の同窓会活動の担い手となってくれる事に期待をしたいと思います。学生として東京へ出てきたら、歓迎会をしてあげたいな~。 東京以外の各支部へ散らばる生徒もいる事と思いますが、各支部長の皆様におかれましては温かく迎え入れてくださいますよう、お願い申しあげます。 今後も本部、各支部と交流を持ちながら情報交換を行い、5年後、10後、20年後を見据えた同窓会活動を行って参りますのでよろしくお願いいたします。 -------------------------------------------------------- 「平成26年度東京支部総会報告」(27年度源泉より) 高20回卒 副支部長 長 沼 敏 夫 平成26年7月19日(土)、東京・銀座東武ホテルにて、来賓に同窓会本部から竹井満喜子副会長(会長代理)、平澤秀昭学校長、高桑紀美江燕支部長を迎え、26年度支部総会を開催しました。当ホテルは、前年度の東京・八重洲富士屋ホテルの営業終了に伴い、初会場です。 約60人出席の下、午前11時から開始。まず、中山重臣支部長、次いで竹井副会長、平澤学校長の順にごあいさつを頂いた後、中山支部長を議長に議事に入り、平成25年度活動報告、同年度会計報告、平成26年度活動計画、幹事の橋本良崇(高17回卒)と幹事の会計担当清水芳子(高25回卒)の両氏を副支部長に推挙する役員補充の4案件を、承認頂きました。 続くイベントは支部初公演の落語。新潟から招いた、ゑちご亭越後屋(樋浦重一・高61回卒)の「風呂敷」と、前座のゑちご亭ぬりパン(大竹優紀・高65回卒)の「だくだく」。枕の「えちごトキめき鉄道」話も面白く後輩2人の落語を楽しみました。引き続き、こちらも若い樋山笑子さん(高58回卒)の音頭で乾杯して懇親会に。肉や魚など料理をつまみに酒を酌み交わして懇談。校歌斉唱では塚田富士雄氏(高10回卒)がリード、登壇十数人が肩を組み会場全員で熱唱しました。最後は新任の橋本副支部長が締めのあいさつ、来年も元気な再会を約しました。 平成27年度支部総会のお知らせ 日時‥平成27年6月27日(土) 受付/午前10時30分~ 総会開始/午前11時~ 場所‥コートヤード・マリオット銀座東武ホテル イベント‥藤本すすむ&MidnightCatSミニコンサート(高25回・昭和48年率) ウォーキング『六義園・八百屋お七ゆかりの寺・根津神社を訪ねる』に参加して 高17回卒 清 水 卓 第17回ウォーキングの会は、タイトルの通り江戸時代の代表的大名庭園の六義園、人気作家井原西鶴の代表作の一つである「好色五人女」で有名な八百屋お七にゆかりのお寺、さらに徳川五代将軍綱吉がその造営に深く関わった壮大な権現造りの傑作、根津神社を廻ると言う、江戸時代前期の江戸郊外の街歩きでした。 10月13日の体育の日は、前日に大型の台風19号が九州を襲い、本州にも上陸か?との予報が出るあいにくの天候のため、当初31名が参加予定でしたが台風を懸念しての取り消しがあり、結局19名の参加となりました。当日の東京都心の天気予報は午前中曇りから雨、と午前中をうまく凌げればまずまずのお天気で、定刻の午前9時30分に集合場所のJR駒込駅前を出発しました。 六義園を目指しての本郷通りでは何人ものジョギングを楽しむ人たちとすれ違い、爽やかな健康感を味わえます。 徳川家五代将軍綱吉の頃から姿を変えていない六義園の回遊式庭園内ではツアーで訪れた外国人団体とも気軽に挨拶を交わしたり、紅葉の季節にはやや早いが、手入れの行き届いた樹木を眺めたりで、都心とは思えない静寂と、優雅な散策を楽しめました。 続いて八百屋お七にゆかりのあるお寺を巡りました。 八百屋お七については、情報伝達手段の乏しい江戸時代前期の頃ゆえ、諸説、物語が展開されていますが、真実は当時16歳の少女であったこと、放火したこと・捕えられ江戸市中引き回しの上品川の鈴ケ森刑場で火炙りの刑に処せられたこと程度であり、他は多くの人が伝聞、憶測を脚色したようです。 私たちは最初に本駒込3丁目の吉祥寺を訪ねました。 天和2年の大火でお七は焼け出されてこのお寺に避難し、寺小姓の吉三と恋に落ちたと言う説があります。この吉祥寺にはお七・吉三の比翼塚があります。 つぎに、白山下を廻り、円乗寺と大円寺を訪ねました。 円乗寺には八百屋お七のお墓が建てられています。本来、火炙りの刑に処せられる程の大罪人には基など有りませんが、お七の悲恋を哀れんでか、寺の住職が供養のため小さなお墓を建てたとのこと。 また、すぐ近所に大円寺があり、ここにはお七を供養するための”ほうろく地蔵”が寄進されています。 最後に根津まで南下し、根津神社内を散策しました。根津神社は東京大空襲時にも米軍が東京大学とともに焼夷弾を落とさなかったため、江戸時代前期からの権現造りをそのまま完全な形で維持している神社で、境内は3千本のツツジが植えられた都内有数の花の名所でもあります。 出発してから2時間半、約6kmの行程でしたが何とか傘をささずに済み、全員無事に江戸の郊外を気持ちよく散策することができました。 -------------------------------------------------------- 「平成25年度東京支部総会報告」(26年度源泉より) 高13回卒 副支部長 片 桐 洋 子 東京支部総会を7月20(土)午前11時より東京八重洲冨上屋ホテルにて開催いたしました。 本部より渡邊喜彦同窓会長、半澤秀昭学校長に出席していただき、67名で行いました。役員交代があり、新役員に長沼敏夫(高訓)、高野幹英(高22)各氏が選出されました。小林康子(高12)副支部長が退任されましたがウォーキング担当幹事として引き続き計画をお願いしております。 今年のイベントは本宮宏美さん(高54)のフルートと笠原厚浩さん(高31)のギターによるミニライブでした お二人の深く心に伝わる優しい音色に癒され、そしてその思いが全員による 「故郷 (ふるさと)」の人合唱となり大いに盛り上がりました。 平成26年度も楽しいイベントを計画しております。どうか皆様、総会へのご出席よろしくお願いいたします。 平成26年度支部総会のお知らせ 日時: 成26年7月19日 (土)午前11~15時 場所: コートヤード・マリオット銀座東武ホテル イベント: 「落語」 ゑちご亭越後屋さん (高61回卒 樋浦重一) 第15回ウォーク「江戸町人文化に触れる」に参加して 高21(44年)回卒 渡邉 正和 平成25年10月5日(土)、時折霧雨が漂うような生憎の天候の中、東京の下町、両国近辺を散策するウォーキングの会に参加しました。9時50分1R錦糸町駅集合、参加者30名は小林担当幹事の先導のもと10時出発、まずは駅北側に総武線とほぼ並行に伸びる北斎通りの散策からスタートしました。 日本の宝、天才絵師葛飾北斎にちなんだ通りでそれぞれの街路灯には富嶽36景の絵が飾られてありました。またこの通りと交わる一角に文庫本やあのテレビドラマでも人気のある人情味豊かな「御宿かわせみ」(平告弓枝原作)の舞台となった地もありました。お相撲さんの神様を祭ってある「野見宿彌神社(のみのすくね)」、そして北斎生誕の地ももちろん訪れることができました。ウォーキングは北斎通りを離れ、横綱町公園内にある東京都慰霊覚に到着。関東大震災で亡くなった方々の慰霊のため建立され、後に東京大空襲の戦没音も祀られる事になりましたし。こここに慰霊堂を建立することになった一つの理由はこの地が人的被害が最も大きかったことがあるようですっ 合掌を終えた厳かな気分のまま次に旧安旧庭園を散策、そして両国国技館到着。人気力上高見盛関の断髪セレモニーを翌日にひかえたせいか、人間離れした巨体のお相撲さんを多数見かけました。そして全員で東京江戸博物館に移動しお昼前に解散となりました。 ちなみに私の住居はすぐ近所の船橋です。今回は近くて遠い東京の下町がぐっと身近に感じられるようになった楽しい一日でした。計画して頂いた方々に感謝です。 -------------------------------------------------------- 「ザー・ウォークレポート品川宿」(25年度源泉より) 高12回卒ウオーク担当 副支部長小 林 康 子 品川宿は江戸四宿(千佳宿・板橋宿・品川宿・内藤新宿) のひとつです。東海道を上る最初の宿場となります。江戸から2里・約8kmの地点にあり、御殿山の桜、紅葉の東海寺、海晏寺(かいあんじ)をはじめ江戸湾を望む風光明媚な場所だけに、旅人はもちろん江戸市中から訪れる人も多かったのです。 江戸に近いにもかかわらず旅龍も多く、飲食店も軒を連ねていてお気に入りの妓(遊女)目当てに通う客も多く、社交場としても大いに賑わったということです。 旧東海道を歩きながら品川浦船だまり~品川神社~品川宿本陣跡~品川寺(ほんせんじ)~浜川橋(涙橋)~鈴が森刑場跡から大森海岸駅までの街道歩きです。 同窓会東京支部の活動としてのこのウォークは2004年に始まり、あるときは2泊3日スペシャルウォークの”歴史と山” を2回越後で行い、今回14回目になります(実際16回開催)。 歩くことは心肺機能を高め何よりも脳の老化を遅らせ、心身の健康増進になります。 先輩、後輩ご一緒に歩きましょう。そして三高生だった自分、青春を振り返って見ましょう。何かが変わるかも知れませんね。 さあレッツゴーウオークー! ウオーク入会希望の方は東京支部事務局へご連絡ください。 -------------------------------------------------------- 「ご挨拶」 第九回卒支部長 中山 重臣 昨年は東日本大震災に際し東京支部は母校三条高校へ福島県の高校より五名の学生を受け入れているとのお話しを校長先生よりお聞き致しましたので、東京支部会員の皆様からの支部運営金の中より義援金として十万円を母校三条高校を訪問して、小林事務局長が直接小島校長先生に手渡し、現在受入れをしている学生の為に使っていただきたいと申し入れました。 東京支部は支部会員の皆様の為に支部だよりの内容充実に力を入れること、支部事業として年二回ウォーキングの会を春秋に実施し、囲碁同好会も原則として年二回春秋に大会を開催致しており、支部の行事としては定着しつつあります。これらは皆様からの運営協力金に依るもので、支部としては感謝申し上げております。今後とも源泉に見習い支部だよりの内容充実を計っていきますので、ご協力をよろしくお願い致します。 また本年10月27日には母校創立110周年記念事業が予定されており、実行委員会より事業内容も発表されると思いますが、110周年は一つの節目であり本部支部が力を合わせて記念事業を内容のあるものにする為、協力を呼び掛け多数のご参加を致しましょう。 平成23年度支部総会報告 高第13回卒副支部長 片桐 洋子 東京支部総会を7月9日(土)午後2時スクワール麹町にて開催いたしました。本部より小島学校長、渡邊同窓会長、竹井燕支部長、神田新潟支部長、各氏のご出席をいただき、総勢80名で行いました。 今年度の目玉は何と言っても火坂先生の講演でした。2009年、NHK大河ドラマ「天地人」の原作者であり、新潟県人でいらっしやいます。時代小説の作家らしく、着物姿のスラリとした長身でお見えになった時は目が釘付けになりました。 小説家として成功するまでの苦労話、ドラマの撮影秘話、等、とても興味深いお話であっという間の一時間半でした。 来年度のイベントも楽しいものにしたいと役員一同がんばります。どうぞ会員の皆様、ご参加、ご協力のほどよろしくお願いいたします。 この10年間、東京支部長として運営に力を尽くしてこられた渡邊正氏が退任され、新支部長に中山重臣氏が選出されました。 平成24年度支部総会のお知らせ 日時: 平成24年7月1日(日) 午前11時より 場所: 八重洲富士屋ホテル ウォーキングの会デビュー 高第21回卒 竹井 美矢子 予てから参加したいと思っていたのですがその機会が無く、ようやく4月9日遂に実現しました。「江戸の歴史を知り、文豪のゆかりの地本郷を訪ねる」コースです。実は中止の沙汰があるかと前日まで心配しました。何せあの大震災・余震もしぶとい。初参加なのに何てことだろう。しかし負けず25名のウオーカーが鶯谷駅に結集したのです。雨が降り出しそうな曇空も何のその。準備体操は特に念入りに。やる気満々の皆さん。配られたおやつはリュックに。いざ出陣。目指すは寛永寺。会話も弾み遠足気分。もう上野公園着。左に精養軒を見て一行は達みます。寛永寺、上野東照官等徳川の権力たるものに触れました。社殿の修復を待ち再び訪れたいですね。是非、ウォーキングコースに入れて下さい。そして小糠雨(?)に不忍の池がよく似合う。桜並木も美しい。私達を歓迎するかのように。ここで記念写真。全員の笑顔は満開!さらに歩きます。目的地は湯島天神、そして東京大学敷地内に足を運びます。裏口(?)龍岡門から入り、建造物を静かにキョロキョロ観ながら歩き赤門に到着しました。さすが加賀藩前田様。溶姫のお輿人れの為に造られた御守殿門とか。徳川の権力を垣間見て、最終コース本郷を目指します。 本郷は45年ぶり。燕中学校修学旅行の宿泊地でした。旅館名は忘れましたが、仲居さんが何段も重ねた膳を巧みに運んでいた姿は覚えていますよ。さてさて本郷は何と坂と路地が多いのでしょう。東京らしからぬ東京がここにありました。菊坂はかつて樋ロー葉も下駄を鳴らしてカラコロと歩いたことでしょうね。石川啄木のゆかりの地でもある本郷から終着点を目指します。文京区のシビックホール手前付近で全員完歩しました。全コース見所満載てんこ盛り。小林康子先輩の説明も丁寧でわかり易かったです。皆さん、ありがとうございました。 第11回ウォーキングの会「枡形山・民家園」 高第14回卒 富田 和子 さわやかな秋晴れの一日、何年振りかで東京支部ウォーキングの会に参加しました。 10月8日(土)午前10時、小田急線向ケ丘道園駅前に参加者26名が集合。ウォーキング指導の小林康子先輩から説明を受け、軽い準備体操の後出発です。 まずは金木犀と銀杏の香りのする広福寺へ。ここは鎌倉時代の豪族稲毛三郎の住居跡とか。雑木林の中を登って行くと急に視界が開け、枡形山の頂上広場に到着。当時は稲毛三郎の城があったというが今はコンクリートの展望台である。一階は能舞台にもなるらしい。展望台を上ると眼下に広大な生田緑地が見渡せ、その先には東京都心のビル群や微かに東京スカイツリーも見えた。 枡形山の尾根道を行き、藍染め体験が出来る伝統工芸館を見学して岡本太郎美術館へと向かった。かつて大阪万博で巨大な「太陽の塔」を見上げたことを思い出しながら館内の作品を鑑賞して屋外へと移動。大きなシンボルタワー「母と子の塔」のある広場で昼食。そこで先輩特製のコーヒーを戴きホッと一息。シンボルタワーをバックに集合写真を撮影の後、日本民家園へと向かった。 案内資料では17世紀から19世紀頃に建てられた東口本の代表的な民家、船頭小屋・高倉・農村歌舞伎舞台等20数軒を移築し、昭和42年に開園とある。国や神奈川県重要文化財もあり当時の生活様式や知恵に感心させられた。案内ボランティアの説明で建物は細かく解体して運び復元された由。民家園を巡った後、向ケ丘造園駅で解散となった。 少しアップダウンのある約6.5キロの行程も語り合いながら楽しく歩けたことでまた機会があったら参加したいと思った。 平成23年度 囲碁同好会活動状況報告 高第3回卒 野島 耕三 平成23年度の囲碁大会は、例年通り、春秋の2回開催いたしました。場所は、東京駅前八重洲目の「いずみ囲碁ジャパン」で、交通の使も良いためか、毎回新幹線などによる遠方(新潟県三条市、燕市、群馬県高崎市、茨城県水戸市)からの参加もあり、おかけ様で大会も盛会でした。 (1)第17回囲碁大会 (春) 開催日 平成23年4月3日(日) 参加人員 18名 成績 Aクラス 優勝 榎本善昭 五段(高4回) 準優勝 関川 進 三段(高11回) 三位 野島耕三 七段(高3回) Bクラス 優勝 豊田サイ 初段(高6回) 準優勝 相田雅四 初段(高13回) 三位 外山洋平 三段(高13回) (2)第18回囲碁大会 (秋) 開催日 平成23年9月4日(日) 参加人員 19名 成績 Aクラス 優勝 幸田 茂 四段(併中2) 準優勝 角田 升 七段(高7回) 三位 外山洋平 三段(高13回) Bクラス 優勝 丸山貞三 二段(中38回) 準優勝 佐藤哲夫 初段(高15回) 三位 藤田和雄 初段(高7回) -------------------------------------------------------- 平成21年度支部総会 高第六回卒支部長 渡邉 正 第24回総会を7月11日(土)午後2時より「スクワール麹町」にて開催いたしました。渡邉新同窓会長、小島斯学校長、竹井燕支部長、野島元燕支部長のご出席を戴き、総勢百名の出席。イベントとして、『今こそ原点回帰』のDVD(本部より惜用)を放映し大好評となりました。 平成22年度支部総会(第25回記念総会)のお知らせ 日時: 平成22年7月10日(土) 午後2時開会 場所: スクワール麹町(JR四谷駅前) 会費: 男性8000円、女性7000円(予定) ※昭和三十年初頭より続く歴史ある東京支 部の再建25周年の記念総会、各種イ ベントを 企画中。多数のご出席をお待ち しております。 ウォーキングの会活動状況報告 高第十二回卒 副支部長 小林 康子(ウォーキング指導) 「第六回ウォーキングの会」 平成21年4月5日 桜のトンネル春川~駒沢オリンピック競技場 参加者十八名 「第七回ウォーキングの会」 平成21年10月4日 戦争遺跡・高尾山麓地下壕 参加者一二十一名 スペシャルハイク『天地人・直江兼続を知る』 平成21年10月21日 二泊三日 新潟県内 参加者28名 囲碁同好会活動状況報告 高第三回卒 囲碁の会会長 野島 耕 平成21年度春季囲碁大会 平成21年4月26日 参加者:17名 平成21年度秋季囲碁大会 平成21年9月6日 参加者:17名 同窓生の親睦を囲碁を通じ深めました。 支部青年部活動 高第三十七回卒 青年部長 野島 耕三 1 月例会一都内にて青年部有志の情報交 換会 2 日本最大のSNS「ミクシィ」の三高コミュニティヘの総会等イベント告知 3 平成21年11月15(日) 『第一回青年部秋の集い』於一東京渋谷 「精養軒」、プロの芸人「へらちょんぺ」 の瞬間芸、 参加者: 15名(30代後半~50代前半) ※東京支部に間する、お問い合わせ・ご意見は 電話-03-3269-8828 渡邉まで 三高・百数年の歴史の中で栄光に輝く・バスケットボール部を育てた 中村コーチの逝去を悼む 平成21年3月8日中村コーチが逝去されましたが、昨年の「源泉」には原稿受け付けが締切り後だったため、掲載できず今年になりました。 全国制覇5回・準優勝2回・3位7回と三高バスケットの黄金時代を、ゼロから築き上げ半世紀の問育てた選手が350名余りと、まさに三高バスケットに一生を掛けて来られました。北は北海道から南は九州まで三高卒業生が、出張や転勤で訪れた地で出身地を聞かれて三条と答えると、バスケットの強かった三高の有る市かと言われたと、何人もの卒業生から間きました。野球でいえば、甲子園で5回も優勝を成し遂げた名門校と言われるほどの偉業だと思います。 中村さんは、昭和24年に三高のコーチに就任され、平成元年に退くまで48年間に渡り指導され、昭和27年のインターハイで優勝し初の全国制覇を成し遂げ、昭和30年にはインターハイ、国民体育大会でも優勝を飾りました。「新潟に三高有り、三条に中村有り」と全国に三高の名が知られるように成りました。 バスケット部のOB会を毎年7月に、中村コーチを囲んで30年近く開催しており、平成20年のOB会で来年(平成21年)は、中村コーチが米寿を迎えられるから、盛大にお祝いの会を開催しようと計画していた矢先の逝去で痛恨の思いでいっぱいです。 ご冥福をお祈り致します。 三高バスケット部OB会 会長 高第三回卒 細井 英治 副会長 高第六回卒 渡邉 正 --------------------------------------------- 20年度活動報告 平成20年4月6日 会計監査実施(栄森、栗原) 4月6日 第11回囲碁大会開催(東京駅いずみ囲碁ジャパン)担当:高3回 野島耕三氏 4月12日 東京支部だより編集会議 5月1日 本部総会(渡邉支部長出席) 6月21日 東京支部総会(スクワール麹町にて) 7月20日 青年部懇親会(後楽園「涵徳亭」にて) 7月27日 役員打合せ会 9月20日 幹事会開催(芝弥生会館) 10月1日 燕支部総会 中山副支部長出席 10月19日 第5回ウ才一キングの会実施(ネ中宮外苑周辺を散策、その後に懇親会) 10月29日 青年部と役員の打合せ会(新宿「甚ハ」にて) 12月19日 役員打合せ会(芝弥生会館にて) 平成21年2月6日 「支部だより」編集打ち合わせ(池袋「養老の瀧」6名) 2月28日 幹事全開催(芝弥生会館) 3月20日 「支部だより」編集会議(新宿「四谷地区センター」4名) 21年度活動計画(予定) 平成21年4月5日 第6回ウォーキングの会実施(東工大脇緑道一銭飛坂一騎沢公園) 4月26日 第13回囲碁大会開催(東京駅いずみ囲碁ジャパン) 5月1日 本部総会(渡邉支部長出席) 6月中旬 青年齢懇親会 7月4日 役員打ち合せ会(スクワール麹町にて) 7月11日 東京支部総会(スクワール麹町にて) 9月5日 役員打合せ会 9月12日 幹事会開催(芝弥生会館) 10月1日 燕支部総会 中山副支部長出席 10月4日 第7回ウオーキングの会実施(高尾山ハイク、旧日本軍大本営跡見学予定) 10月21日 スペシャルハイク(2泊3日) NHK「天地人」の越後南魚沼地方を廻る【東京支部主催(小林副支部長)】 平成22年12月中旬 役員打合せ会(芝弥生会館にて) 2月中旬 幹事公開催(芝弥生会館) 3月20日 「支部だより」編集会議(予定) 東京支部青年部から 青年部の昨年の行事です。今年も皆様のご参加を期待しております。支部の発展のために、ぜひ若い力をお貸し下さい。 7月20日 懇親会 10月29日 役員打ち合わせ会 平成20年度支部便り 「支部運営金の引き続きご協力のお願いと総会費引き下げのお知らせ」 高第六回卒 支部長 渡邊 正 昨年、支部運営金の抜本的改革を行い広く支部会員の皆様に、協力金をお願い致しました所、約二百八十名の方から八十万円近い金額を送って頂きました。誠に有難うございました。 貴重な皆様からの協力金ですから幹事会で慎重に検討した結果、まず総会の会費を引き下げることに致しました。別紙総会案内状に記載してありますが、男性八千円、女性七千円と致しましたので是非ご出席下さいます様よろしくお願い致します。 尚来年は、東京支部再建二十五周年の記念総会に成ります。会員の皆様から記念イベントのご要望等を募りたいと思います。総会出欠の返信ハガキにあります、同窓会に対し、ご意見・ご希望の欄にお書き下さいます様よろしくお願い致します。 平成二十年度支部総会報告と予告 会場のスクワール麹町が全面改修のため、例年の七月第一土曜より二週間早く開催いたしました。地元より荒木校長先生、中條同窓会長、竹井燕支部長、野島元燕支部長のご出席を戴き、合計百七名で行いました。 イベントとして、テレビ朝日・高視聴番組、ビフォーアフターに出演された匠・川口とし子さん(高27回卒)のDVDを放映し大好評でした。 尚、平成二十一年度支部総会は、左記の通り開催いたします。大勢の方のご出席をお待ちしております。 日時 平成二十一年七月十一日(土)十四時 場所 スクワール麹町 会費 男性 八千円 女性 七千円 *詳細は別紙にてご案内いたします。 第五回ウオーキングの会 高第十四回卒 三 上 雅 之 第五回は十月十九日(日)(当日の夜、泉田知事再選の報が流れた日)、武蔵野台地・玉川上水緑道、好天に恵まれたウォーキングでした。 集合場所は小田急代々木八幡駅南口、時間は十時。知っている顔は我が乙組(昭和三十七年卒)クラス会幹事の中澤さんだけ。受付で参加費・食事代をお支払いすると代わりに参加者名簿とキャラメル、せんべいなどの菓子袋を戴く。名簿は卒業年順に氏名と住所地(区市のみ)が記載されている。昭和二十年卒のNさんから最下段は昭和四十年卒のGさん迄二十一名。それに特別参加の「源泉」編集長の小嶋さんを加え総勢二十二名。一行は代々木八幡宮へ移動。 代々木の総鎮守である代々木八幡の創建は一二一二年。境内はスダジイ、アカガシ、マテバシイなど常緑樹を主としケヤキ、イチョウなどと混生する鬱蒼とした林になっている。その一画に縄文の復元住居がある。この季節、イチョウの実、銀杏も散見される。 ここで小林さんの指導でストレッチ体操。その後緑豊かな道をたどる。 この道は江戸時代から代々木八幡への参詣道とか、うねうね続く。途中左折、だらだら降ると山手通りへ。歩道橋で越え再び住宅街の静かな道をたどる。ハナミズキの赤い実が陽光に輝いている。風が気持ちいい。 およそ一㎞歩き渋谷区スポーツセンターに到着、ここで小休止。総面積二万四千㎡の施設が充実した総合体育施設、周囲は豊かな緑に囲まれている。トイレを借りた体育館内では子どもたちの剣道大会が行われていた。 スポーツセンターを出発すると間もなく玉川上水西原緑道にでる。桜並木のもとで小林さんの玉川上水についての説明を聴く。急増する江戸住民の飲料水確保のため、幕府が庄右衛門・清右衛門兄弟に工事を命じ造らせたもの。羽村から四谷の大木戸まで四十三㎞、標高差わずか百mの難工事を二年で完成させたこと、この功績により玉川姓、苗字・帯刀を許されたこと。下流部は暗渠化されたが名残の橋が多数存在することなどメモを見ることなく懇切丁寧な説明があった。(ウォーキング指導者としての資格をお持ちのこと後でわかる。) 江戸時代水道施設毀損・水源汚濁など犯罪は死罪だったとの知識の披瀝があるなど道中楽しいおしゃべりが続く。右に消防庁科学研究所、左に消防庁消防学校がみえてきた付近では、防火管理者の資格取得のため講習に通ったものだと小林さん。すると私も、私も、と同調者が何人も出現する。 常盤橋手前左折で緑道と別れ代々木大山公園に到着。健脚揃いのため極めて順調、昼食会場まで残すは四百~五百m。予約時間を大幅に早めてもらう必要がある。渡支部長は時間前倒しの電話をかけるとともに大休止の判断をされる。渡支部長さんや小林副支部長さんのまわりで休憩していたおかげで楽しい会話に参加できた。東京支部の会員連絡事務の苦労話のほか「バスケット全国優勝凱旋パレードは、ごみ集めのトラックだった」など、同級会などでは聞けない話を興味深く伺った。 全行程約五・八㎞のウォーキングの終点は代々木上原駅近くの寿司店。店内は貸切同然、座席指定なし。図らずもテーブルの両側で五人座れる席に男は私一人。五人参加の女性のうち四人と同席する幸運に恵まれる。 支部からの補助金が加わり昼食代以上の食卓だ。私たちの席ではバスケットのほかコーラスでもかなりの賞をとった話、男女混合が全クラスではなく限られていた話、母校訪問の際に活躍する女子が目立ち女子高と見紛うほどという話、学区制が撤廃となり優秀な生徒集めに校長が苦労している話など三条高校の来し方、行く末にも話が及んだ。美味しい食事、楽しいおしゃべりで第五回ウォーキングの会は終了した。次回のウォーキングの会が今から楽しみです。 第六回ウオーキングの会 昭和40年卒(高17回)伊藤早苗 東京支部主催のウォーキングの会は年一回なので、せめて年二回なら参加のチャンスはあるかもしれないと残念に思っていたが、今年は春にも開催ということでようやく念願かない参加することが出来ました。 初めての参加で多少心細く思いながら東急大井町線大岡山駅に向かったところ、同期の五味さんも一緒でほっと一安心。総勢18名、最年長の方は私が生まれた年のご卒業と知りびっくり。 参加者の日頃の行いが良かったのでしょう、暑くもなく歩くには丁度いい気温でした。コースの呑川(のみかわ)緑道は呑川本流が世田谷区深沢からこの目黒区大岡山の東京工業大学付近まで暗渠化されたもので桜並木が見渡す限り続き、まるで大阪造幣局の[通り抜け』のような感じてとてもいい気分でした。呑川の支流三本も全て暗渠化され緑道になっているそうで、近隣の人々は散歩やウォーキングが出来ていいなあと、ちょっと羨ましく思いました。途中の氷川神社ではお宮参りの赤ちゃんに出会い、つい孫のことを思ってしまった私ですが、桜を愛でながら友と久しぶりの会話を楽しみつつ歩いていたら、いつのまにか終点の駒沢オリンピック公園に着いていました。花見やスポーツを楽しむ人々等で大変な人出でしたが、広場で持参の弁当を食べ、食後に飲んだ小林さん(ウォーク担当)心づくしの手作りコーヒーはまことに美味でした。次回も出来ればぜひ、参加したいと思っています。 囲碁同好会活動状況報告 高第三回卒 野 島 耕 三 (1)第十一回囲碁大会(春) 日 時 平成二十年四月六日(日) 場 所 いずみ囲碁ジャパン 参加人数 十七名 成 積 Aクラス 優 勝 外山 政雄 五段(高9回) 準優勝 高野 俊郎 四段(高11回) 三 位 角田 升 六段(高7回) Bクラス 優 勝 藤田 和雄 初段(高7回) 準優勝 関川 進 二段(高11回) 三 位 星野 隆 三段(高10回) (2)第十二回囲碁(十周年記念)大会(秋) 日 時 平成二十年八月三十一日(日) 場 所 いずみ囲碁ジャパン 参加人数 二十二名 成 績 Aクラス 優 勝 米山 正彦 二段(高7回) 準優勝 河上 純一 四段(高6回) 三 位 熊倉 泰雄 三段(高7回) Bクラス 優 勝 豊田 サイ 二級(高6回) 準優勝 関川 進 二段(高11回) 三 位 幸田 茂 四段(併中2) 三 位 遠藤 勇一 初段(高3回) 平成十一年九月に同窓会囲碁大会を始めてからこの第十二回大会で満十周年となるのを記念し、日本棋院の川本昇九段による指導碁をお願いしました。(同窓会の囲碁大会と併行して) プロの指導碁をなるべく多くの方に、ということから、東京支部以外からの特別参加をお願いしました。幸い三条から二名(高六回藤塚栄三郎・四段、高十一回酒井紘一・二段)の参加もあり合計二十二名の参加はこれまでの最多で盛会となりました。 (指導碁) Aクラス十名とBクラス二名の十二名が、三面打ちで指導碁を受けた。 囲碁大会と併行して指導碁を受けたので、棋譜を取れたのは、外山政雄五段(高九回)と酒井武男五段(高二十回)の二名でした。川本昇九段の解説付きの棋譜を掲載いたします。 (3)新規昇段者 規定により左記四名の方に昇段してもらいます。 角田六段 七段へ 外山五段 六段へ 米山二段 三段へ 渡辺(泰)初段 二段へ (4)平成二十一年度囲碁大会予定 春 四月二十六日(日) 秋 九月 六日(日) 場所はいずれも、東京駅八重洲南口の「いずみ囲碁ジャパン」です。 -------------------------------------------------------- 平成19年度支部便り 高第六回卒 支部長 渡邉 正 「支部運営金を抜本改革します」 東京支部は一都七県三千名の会員を有し、地元三条に次ぐマンモス支部です。 今までは、一年一回の総会の余剰全で翌年の運営をして来ました。そして長年にわたり野村邦夫先輩(中39B卒)前事務局長の倹約に次ぐ倹約で、数年前まではかなりの蓄積がありました。しかし母校の百周年や新校舎落成にバスツアーを行い、それに伴い、今までは往復ハガキでの総会案内状を封書にするなどの経費が増大して蓄積が底をつき、一昨年支部会員三千名の方に協力全をお願いし、約三百名の方から九十万円近い寄附を頂きました。誠に有難うございました。貴重な浄財を使わせて頂き東京支部、長年の懸案であったぷ尿京支部だより〃を創刊発行致しました。 東京支部は年二回の学年幹事会を行っておりますが、昨年九月の学年幹事会で、総会の余剰金で翌年の運営を行うのは、総会出席者の増減に左右され不安定であり、また総会出席者のみに運営金を負担して頂くのも不公平との意見もありました。その結果、支部運営全は「源泉」方式にならい、支部だよりの中に振込用紙を入れ会員全員の方に支部運営協力金をお願いすることを決めて頂きました。 東京支部会員の皆様、何卒ご理解・御協力よろしくお願い致します。 平成19年度支部総会(報告) 高第十三回卒 副支部長 片 桐 洋 子 第22回支部総会を七月七日(土)午後二時スクワール麹町にて開催いたしました。 本部から荒木学校長、中催同窓会長、竹井燕支部長、丸田燕副支部長のご出席を戴き、合計105名で行いました。今回も泉田知事の出席叶わず、代わりにビデオによる知事のメッセージを戴き出席者一同楽しく拝見し、知事の激務を案じながらも一応の満足をした次第でした。 イベントは音楽部を中心に合唱経験者、愛好家を集め「懐かしい歌」と題し日本の四季に因んだ数曲と “千の風になって・喜びの歌”などを合唱いたしました。 事前練習は人数が集まらず心配しましたが、当日は15名ほどが舞台に立ち、宮田珠江さん(第十九回卒)の巧みな指揮、指導の下、盛んな拍手を頂き、同窓会合唱団は好評でした。 平成20年度支部総会のお知らせ 日 時: 平成20年6月21日(土) 午後2時開会 場 所: スクワール麹町 最寄り駅: JR四ツ谷駅(麹町口)正面 会 費: 男性 1万円 女性 9千円 例年は7月の第1土曜日に開催ですが、会場の都合で今年は右記の通りになりました。日時をお間違いなく大勢のご出席を、お待ち致します。 第四回ウオーキングの会 高第12回卒 副支部長小 林 康 子 同窓会東京支部主催の第四回ウオーキングの会が平成19年10月7日行われました。 秋の青空の下、神宮から新宿御苑まで約6.5㎞を25名で歩きました。 コースは都内でも緑の多い地域で「神宮の森」と言われています。文化・スポーツ施設、絵画館、神宮球場、国立競技場などを廻り、緑の芝生と大きな木々を擁する都民憩いの場としての新宿御苑で解散となりました。 「都心や近郊に住んでいてもなかなか出掛けない処で初めて歩いた」「こうやって年齢差のある方々と一緒に歩けることは、三高同窓生だという共通認識がそうさせるのだろう」「来年はどこですか、また参加するから」等歩きながらの語らいでした。故郷を思い、学生時代をふりかえり、青春を想うウオークだったようです。 第二回青年部会 高第22回卒 青年部長 高畑 進 昨年の開催から一年経ち青年部は第二回目の部会を11月10日(土)に実施しました。場所は水戸黄門で有名な小石川後楽園の集会施設「函徳亭」です。出席者は九名 でした。 先輩諸氏の要請から、支部総会のイベント探し、支部の運営、支部だよりについて話し合いをしました。青年部では「部会に集うことが楽しい」と言える、場所と時期 の設定を考えています。今後も東京支部の「情報発信基地」を目指して連絡を取っていきます。 今年の第三回青年部会は11月開催の予定です。 連絡先一青年部長 高畑 進 TEL 048-763―2688 囲碁同好会活動報告と平成二十年度予定 (1)第十回 囲碁大会(秋)の結果 開催日: 平成19年9月20日 場所:「いずみ囲碁ジャパン」 参加人数: 21名 成績: Aクラス 優勝 河上 純一 四段(高6回) 準優勝 酒井 武男 五段(高20回) 三位 角田 升 六段(高7回) Bクラス 優勝 丸山 貞三 二段(中38回) 準優勝 熊倉 祐吉 二股(高7回) 三位 佐藤 哲夫 一級(高15回) 第十回大会は、過去最多参加で盛会にな。参加21名中10名が高9~20回卒で、中心となる年代がこれまでの高1回~8回卒から、移りつつあります。同窓会活動の活発化のためにも、若い方々の新 参加を期待しています。そんな状況の中で、最年長の中学38回卒丸山貞三 二段がBクラスで優勝されました。 (2)湯河原温泉囲碁研修会 開催日: 平成19年11月26日(月)~27日(火) 場 所: 大日本インキ健保組合 湯河原保養所(同社OBの藤田和男氏(高7回)のご紹介) 参加人数: 10名 成 績: 優 勝 榎本 善昭(高4回) 準優勝 関川 進(高11回) 三 位 渡辺 泰夫(高13回) 参加者は十名でしたが、温泉と海の幸を堪能しての碁会は、また格別でした。 ( (3)第十一回 囲碁大会(予定) 開催日: 平成20年4月6日(日) 場 所: 東京駅ハ重洲南□「いずみ囲碁ジャパン」 (4)第十二回 囲碁大会(満十周年) 平成20年8月31日(日)に満十周年の記念大会を予定しています。そこで、日本棋院のプロ九段に、指導碁や囲碁大会の打碁の解説などをお願いしようと考えて います。特にプロとの対局を希望する場合は、前もって申し出で下さい。今回は特に、東京支部以外からの特別参加も期待しています。 (5)囲碁同好会の新規参加者募集 東京支部の囲碁同好会に新規参加希望者は、下記幹事宛ご連絡ください。 囲碁幹事 野島耕三(高3回) Tel・Fax: 048-623-7661 河上純一 (高6回) Tel・Fax: 03-3223-2486 高野俊郎 (高11回) -------------------------------------------------------- 平成18年度支部便り 高第六回卒 支部長 渡邉 正 平成十八年七月八日、平成十八年度総会を開催いたしました。 昨年叶わなかった泉田知事の御出席が、今年も実現出来ず出席者全員が、がっかり致しました。今年こそ三度目の正直で是非御出席戴きたいと願っております。 例年のスクワール麹町で、荒木校長先生、本部から竹井副会長・野島元燕支部長の御出席を戴き、合計122名で行いました。 イベントとして、新校舎紹介ビデオを20分位映写しました。大部分の出席者が、初めて見る素晴らしい新校舎に感嘆の声を上げておりました。 この支部総会で、乾杯の音頭を取って戴き、又東京支部再建当初から、ご指導を戴き学年幹事としても貢献された、広川青五先生が九月十三日に御逝去されました。東京支部として誠に惜しい先輩を失いました。御冥福をお祈り致します。 尚、平成19年度支部総会は、7月7日(土)に開催いたします。多数の御出席をお待ちしております。 第三回 ウォーキングの会 高第十二回卒 水野昭男 東京支部、第三回ウォーキングの会は1月19日(日)寺家ふるさと村の散策でした。 柿生駅9時45分集合で、渡邉支部長を始めとして、上は80歳、下は40歳の男女20名が集合しました。天候は曇り空で、今でも雨が降り出しそうなあいにくの天候でしたが、柿生駅からバスで鉄町に下車をして、小林指導員のもと径我が無いように全員で入念のストレッチ体操をしてから寺家ふるさと村の散策が始まりました。まだ少ししか紅葉が始まっていない景色を見ながら、テニスコートの脇を通り、柿生の柿畑を見ながら、熊野神社を拝観して山道を散策しましたが、天候が今にも雨が降りそうなので、早めの昼食をと11時頃、それぞれが用意した昼食を山の丘で摂りました。昼食の間、携帯用の尺八での「独演会」があったり、女性軍による、コーヒー、日本茶等の炊出しがありました。 昼食の後、小雨が降り出した中、ふるさと村の散策を始めましたが、故郷の三条を思い出させるような田んぼのあぜ道を通ったり、「むじな池」を通り、昔はむじなが住んでいたのかな、などと話しながら歩きました。 「四季の家」に立ち寄って、農業、自然、人文関係の展示や天然記念物のミヤコタナゴの飼育展示を見学してから、近くの神社の見学に出かけました。 まず最初は、階段の多い「月読神社」に行き、トイレ休憩をした後、竹林の続く山道を通って「浄慶寺」に行き、将棋をしている坊主の石像や携帯電話を掛けている坊主の石像等、とぼけた石像を見たり、季節外れの寒桜を見学しました。 「浄慶寺」はアジサイ寺としても有名な寺だそうです。 寺家ふるさと村は、春夏秋冬でまわりの景色が変わり、どんな季節でも楽しめる所なので、散策には何時でも良い所だそうです。 今回は三回目ですが、今後はどんな所に連れて行ってくれるか、次回のウオーキングの会を楽しみにしています。 囲碁愛好回活動状況報告と平成19年度の予定 (1)第8回 囲碁大会の結果 平成18年度より春秋二回の開催にしました。 開催日 平成18年4月2日(日) 場 所 東京駅前「いずみ囲碁ジャパン」 参加者 17名 成 績 Aクラス 優勝 外山政雄五段(高9回) 準優勝 高野俊郎四段(高11回) 三位 角田升六段(高7回) Bクラス 優勝 渡辺泰夫初段(高13回) 準優勝 熊倉祐吉二段(高7回) 三位 石黒敬一級(中39回) (2)第9回 囲碁大会の結果 秋の東京支部主催囲碁大会の結果は下記のとおり。 開催日 平成18年9月2日(土) 場 所 東京駅ハ重洲南口前「いずみ囲碁ジャパン」 参加者 18人名 成 績 Aクラス 優勝 角田 升六段(高7回) 準優勝 野島耕三七段(高3回) 三位 榎本善昭五段(高4回) Bクラス 優 勝 米山正彦二段(高7回) 準優勝 大沼信子三級(高20回) 三 位 渡辺泰夫初段(高13回) (3)第10回 囲碁大会 開催日 平成19年4月1日{日) 場所 東京駅八重洲南口前「いずみ囲碁ジャパン」住友生命ビル 地下1階 (4)第11回 囲碁大会の予定 平成19年秋の囲碁大会は9月に開催予定です。 お問合せは左記幹事のいずれかにお願 い致します。 野島耕三(高3)048(623)7661 河上純一 (高6)03(3223)2486 高野俊郎(高11)0426(26)2420 第1回青年部会 高第22回回卒 青年部部長 高畑 進 12月12日(日)芝弥生会館にて青年部、初の部会を間きました。 オブザーバーの東京支部長、副支部長を加え、11名で立冬の北風が吹く中、楽しい懇親の時間を過ごしました。 当日は、参加者の自己紹介と近況から始まり、東京支部の活動状況と今後のあり方、青年部のネットワークを広めること等が話題となりました。 青年部にふさわしく、若い人の出席があり、時間と共に少しずつ打ち解け、和やかな雰囲気で閉会となりました。 今後は、気軽な集まりを時々開きたいと思いますので、企画案についてご一報下さい。 電話048(763)2688 高畑 進 出席者(順不同) 支部長 渡追 正(高6回) 副支部長 中山重臣(高9回) 青年部部長 高畑 進(高22目) 副部長 栗林和弘(高33回) 事務局長 須佐 誠(高37目) 高野幹英(高22回) 大倉幸男(高26回) 川口とし子(高27回) 小林 治(高38回) 一柳英里(高41回) 齋藤和美(高53回)
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支部便り/三条支部
三条支部便り(7年度源泉より) 三条支部長(高21回卒) 野嵜 喜一郎 三条支部総会は例年通り、11月8日(金)に越前屋ホテルで開催されました。支部総会を開催する目的は三条市に住んでいる同窓生、三条市に勤務している同窓生に声をかけて年に一度同窓生の絆を深めることを目的としています。年令も仕事も関係なく、高校時代に覚えた校歌、応援歌を歌うことで青春時代を思い起こし、同窓生との親交を深めることを楽しみにしています。 ところが今年は新たな問題が入ってきました。昨年末をもって長年事務局を担当していた寺尾さんが退職することとなりました。今まで寺尾さんが行なってきた役員会やゴルフ大会等の、案内や集計が出来なくなりました。急遽役員が招集されて今後どのように対処していくか話し合われました。三条、燕、加茂の役員が中心になり、総務委員会を立ち上げ地元の人が仕事を分担して乗りきることになりました。しかし、事務局の仕事に取り掛かると多岐にわたることが判明しました。連絡、集計、金銭の支払い、同窓生との対応、会議の場所確保等等です。それ以上に問題だったのが学校側との対応でした。今までは資料室に寺尾さんが常駐していたので受付に名前を書いて入っていきましたが、今度は鍵が無いので事務所に声をかけて入ることに成りました。このような状態ですが同総会活動を休止することは出来ません。総務委員会全員で仕事を分担し、又今後どのように事務局を立て直してゆくか考えています。暫くの間同窓生の皆様にご不便をかけますがご理解をお願いします。 ---------------------------------- 感謝の思いと発展への寄与を(6年度源泉より) 三条支部長(高21回卒) 野嵜 喜一郎 5月1日の本部総会が復活したことにより、各地の支部会が例年どおりに開催されました。三条支部総会は11月10日(金)に越前屋ホテルで開催されました。 何処の総会でも「4年ぶりの開催」が枕詞になりました。私の挨拶も4年ぶりの開催で始まりました。4年のうちに同窓会長が山井会長から野水会長に交代し、校長先生も内田校長先生から勝山校長先生に交代しました。年月の変化だけは待ったなしです。代わらないのは三条支部長の私と数人だけです。 その様な状況の中での総会でしたが、久しぶりの再会に大いに盛り上がり、楽しいひと時を過ごすことができました。こうやって対面で話をしたり、お互いに酒をお酌したり、これが本来の宴会なんだと改めて知らされました。 三条支部総会では、来年の幹事を引き受ける人達にも参加してもらいます。来年は57回卒の人達です。今回二人から参加してもらい、同総会の雰囲気を体験してもらいました。連絡できる同期生を探し早く連絡して、来年の準備に取り掛かるようにアドバイスをしました。20年ぶりに会う人もいると思いますが、それもまた楽しいことになると思います。その様な話をしながら来年の幹事たちと酒を酌み交わしながら、激励しました。5月1日の本部総会が楽しみです。 懇親会の最後は、校歌斉唱と応援歌を全員で歌い終了しました。 ---------------------------------- 活発な活動再開を祈念して(5年度源泉より) 副支部長(高39回卒) 土田 衛 2020年から3年強の間、新型肺炎ウィルス禍によって大変なご苦労をされた同窓の皆様には心よりお見舞い申し上げます。多くの同窓会事業が縮小や見送りを余儀なくされ、母校の所在地である三条市に在住または勤務する同窓生を主に構成される三条支部も忍耐の期間を強いられました。 そんな中、同窓会を中心にPTAと学校職員で「創立120周年記念事業実行委員会」が野水重明同窓会会長を委員長として組織されました。1年2か月前から5つの業務分担に分かれ、三条支部の面々も粛々と準備を進めてまいりました。そして2022年10月22日には、多くの来賓と同窓生・教職員を含むP TA・全校生徒等の出席の下、盛大に創立120周年記念事業が執り行われました。実行委員を拝命した身として関係の皆様に感謝申し上げます。 また本年度の同窓会の総会・懇親会も、高56回卒の幹事学年の皆様のご尽力で2023年5月1日に4年ぶりの参加制限なしのリアル開催にて執り行われました。こちらも盛会であり、同窓の皆様と直接にお会いしての校歌斉唱は格別なものと感じました。同様に三条支部といたしましても、本年度は活動ならびに総会・懇親会を通常開催してまいる所存です。 私事ではありますが現在、三条高校の後援会長も拝命しております。同窓会と併せ後援会という立場からも母校と関わり、可能な限りその発展に寄与してまいりたいと存じます。 ---------------------------------- 活発な活動再開を祈念して(4年度源泉より) 副支部長(高39回卒) 土田 衛 新潟県立三條中学校・三条高等学校同窓会の三条支部では、野崎喜一郎支部長(高21回)の指揮の下、20余名の役員が中心となり活動しています。 母校の所在地である三条市に在住または勤務する同窓生で構成される当支部は、同窓生同士のつながりを強固にすると共に更なる交流を図るべく、次のような事業を行っています。 支部総会は毎年11月に三条市内で開催するものとし、近年では来賓・同窓生合わせて50~60名の参加により実施して参りました。併せて開く懇親会では大いに親睦を深めてきたところです。そこではアトラクションとして音楽や芸能・文化などその道に長けた同窓生にもご登場いただき、近々ではチェロやマリンバのリサイタル、声楽・独唱コンサート、ミニライブ、落語の披露などをいただいて参りました。また同窓会本会の総会・懇親会への積極参加はもちろんのこと、支部活動を協議する役員会を開催しながら、以前には夏季に港からクルージングを楽しむ等の日帰りイベントを実施したこともありました。 パワーアップを図った後10年目を迎え益々に順調な三条支部でしたが、2020年明けから世界中で広がりを見せた新型コロナウィルスの影響で、これらの活動は制限及び延期を余儀なくされてしまいました。ウィルス感染拡大を防ぐべく配慮しながらの活動により、感染の収束を待ちつつ鋭気を養う2年間となりました。 本年(2022年)は、我が母校が創立120周年を迎える記念すべき年です。今後の三条高校の学校活動はもちろん同窓会本会と三条支部ならびに全ての支部活動が、これまでのように活発に行える日々になりますことを祈念する毎日です ---------------------------------- 三条支部だより(3年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野崎 喜一郎 二月に新型コロナ感染者が発見され、日本国中不安と恐怖に包まれました。感染者は衰えることを知らず増加の一途となりました。そのような中で三条支部総会も9月の役員会で「中止」することが決定されました。大変寂しい思いですがこれも仕方ない決断でした。 同窓会とはなにかと考えてみました。 ①普段会わない同窓生と会う。 ②料理、酒を飲みながら会話を楽しむ。 ③近況を話しながらお互いの話題で盛り上がる。 ④二次会に行ってカラオケで大声をだす。 など等 今コロナ禍ではこれらの事が全て止めなさいと言われています。そのような時支部総会を開催することはとても出来ません。役員会では総会だけでも行なったら言う意見も有りましたが、懇親会が最大の目的ですので参加者が来るのかと不安になりました。 これらの事を考えると、とても開催は不可能と言う結論になりました。役員会終了後、越前屋ホテルで8名で軽く会食をして1時間ほどで解散しました。ホテル、飲食業も大変な状況ですので少しでもお手伝い出来るかと思い会食をしました。 5月1日の総会も変則で開催されます。三条支部総会も11月開催かどうかはいまだ判りません。早く収束して開催できることを祈っています。 ---------------------------------- 三条支部だより(2年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野崎 喜一郎 三条支部総会を例年のように、十一月八日(金)越前屋ホテルにて開催いたしました。 今回は山井会長が勇退されて、野水重明新会長を迎えての総会となりました。野水会長は三十六回卒で私よりも十五歳若い会長です。 ツインバード工業の社長をされていてとても多忙な方です。そのような会長から時間を作って参加していただき大変ありがとうございます。 今年は例年より少し少ない参加者でした。 色々な会に参加するのですが、みな同じように若い人の参加が少ない、なかなか参加者が集まらないという声を聞きます。 参加する人が一人友人を誘えばすぐに増えると思うのですが。今はスマホで簡単に連絡が取れるので実行するかしないかの違いではないかと思います。少しでも多くの人から参加してもらえれば、より楽しい支部会になると思っています。この便りを読まれた人は是非とも今年の三条支部会に参加してください。 今年のアトラクションは二十八回卒の成田秀雄さんから素晴らしい歌声を披露していただきました。成田さんはアマチュアながら、プロの先生から定期的にレッスンを受けて練習されています。全国の大会にも多く挑戦され、何度も表彰されています。 今回は途中で飛び入りがありました。銅治康之さんがステージに上がり、二人でサウンド・オブ・サイレンスを熱唱されました。思わぬハプニングに会場から大きな拍手が上がりました。 二時間以上のにぎやかな懇親会で、懐かしい人達と楽しい時間を過ごすことができました。 参加された皆様には感謝申し上げます。 また、今年の支部会にも参加をして下さい。 十一月に開催します。 ---------------------------------- 三条支部だより(31年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野崎 喜一郎 三条支部総会を例年のように11月2日(金)越前屋ホテルにおいて63名の同窓生を集めて開催しました。 中田亮一学校長は、新潟市内での公務をおえてから総会に駆けつけていただきました。 ありがとうございました。 私は今年を振り返って、6月に佐渡に旅行したことを話しました。 この時期は大野亀で「カンゾウ」の花が満開で大変綺麗でした。その後、たらい船に乗ったり、ふれあいセンターで太鼓を叩いたりしました。この太鼓は、上越市柿崎で伐採された樹齢600年、直径1.8mの欅をメンバーの人達が中をくりぬいて自分たちで創りました。この大きな太鼓の前に立つと自分より遥かに大きくて圧倒されました。今まで太鼓を叩いたことが無い私は思い切り力を入れて叩きました。何分か叩いていると汗ばんできました。太鼓を叩くのがこんなに辛いとは思いませんでした。この年になっても、まだ経験したことのないことがいっぱいあるのだと勉強になりました。生きている限り新しい発見があるのだと思いました。 今年のアトラクションは落語でした。高61回卒の樋浦重一さん。芸名運転し亭越後屋さんです。 同窓会らしい枕から入って、我々を古典落語の世界に連れて行ってくれました。素人とは思えないほど上手で大変驚きました。私は毎年プロの落語を聞いているのですが、少しも引けを取りませんでした。色々な特技を持つ人がいるものだと感心させられました。 今年の三条支部総会は、11月を予定しています。大勢の参加を期待しています。 ---------------------------------- 三条支部総会(30年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野崎 喜一郎 10三条支部総会を例年のように、11月10日(金)越前屋ホテルにて60名の参加にて開催しました。三条市内に居住する人、及び三条市に勤務する人に参加資格があるのですが口コミのお蔭で、東京支部や市外の同窓生も何人か参加されました。山井同窓会長、上杉学校長も当然参加されました。 私は今年一年を振り返って、一番印象に残っていることを話しました。9月に山梨県に旅行に行った事です。日程表に2日目4時出発となっていました。宴会の翌日とても起きられないと思い、不参加のつもりでした。 ところが、朝3時頃になると同室の人達が起き出して私も起こされてしまいました。眠い目を擦りながら富士山の5合目に向かいました。周りは真っ暗闇です。その日のご来光は5時22分でした。5時を過ぎたころから少し明るくなり、22分にオレンジの光がパッと差し込みました。 当日は晴れていてそれは素晴らしいご来光でした。暫くはご来光を直視できましたが10分程経つととても見ていられません。そして南に目を向けると、今まで真っ暗だった富士山の山肌が赤茶色に染まってとても美しい姿でした。ちなみに5合目は標高二2045mです。とても寒い朝ですが感動の朝でした。 やはり努力、苦労の後にしか感動は来ないのだと思い知らされました。 今年のアトラクションは高45回卒の、本間美恵子さんの「マリンバ演奏」でした。 三条では有名ですが初めてマリンバ演奏を聴いた人もいたのではないでしょうか。木琴の一種です。「剣の舞」という凄くテンポの速い曲を演奏した後、本間さんは暫く息が出来ない状態でした。 こうして今年の支部総会は無事に終わりました。また、来年大勢の同窓生が参加していただけることを期待しています。 ---------------------------------- 三条支部総会(29年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野 崎 喜一郎 三条支部だより 支部長(高21回卒) 野 崎 幸一郎三条支部総会を例年のように、11日(金)越前屋ホテルにて開催しました。三条支部は地元ですので、日常生活でも、夜の散歩でも同窓生に合うことが時々あります。そのような支部ですので、総会と同じ週に顔を合わせている人もいます。 しかし稔会となると初めて顔を合わせる方も当然います。そのような方々と酒を飲み交わしながら話をするのは楽しいひと時です。昨年の総会には57人の参加がありました。山井同窓会長、上杉学校長(高6回)の中條顧問から(高52回)の広野君まで幅広い人たちが参加されました。 今年のアトラクションは、(高25回) 藤本すすむさんのギター演奏と宇野未祐紀さんのバイオリン伴奏でした。藤本さんと同期の人が8人参加され大いに盛り上げてくれました。藤本さんはオリジナルの曲を熱唱され、歌詞の中には故郷加茂や出雲崎、良寛が出てきました。宇野さんのバイオリンが哀愁ある曲にマッチして40分の演奏会が終了しまし懇親会は中健顧問の乾杯で始まりました。酒が回りほろ酔いになってきた頃、宇野さんがバイオリンを持って参加者の耳元で1人ずつ音色を楽しませてくれました。これも初めての経験でとても感動しました。 懇親会が盛り上がったのはやはり校歌斉唱、第3応援歌を全員で歌ったときでした。(高25回)加藤 治さんの音頭で高校時代に戻りました。 今年は日月10日(金) に開催予定です。アトラクションは当日のお楽しみに。 源泉を読まれたかたは是非三条支部総会に参加してください。会場は越前屋ホテルです。(高33回) 明田川社長がサービスします。 ---------------------------------- 三条支部総会(28年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野 崎 喜一郎 三条支部長を仰せつかって4年目となりました。私のようなものがこのような大役をこなせるものかと恐る恐る引き受けたのですが、周りの役員の方々がしっかりとしていて、なんとか4年目となりました。 支部の行事と言っても支部総会の開催が最大の仕事です。日時、場所を決定するのは簡単ですが、一番の苦労は参加者を集めることです。ありとあらゆる伝を使って参加者を募集するのですが、なかなか思うようには集まりません。平成27年11月13日(金)に恒例の越前屋ホテルにて開催しました。 62名の参加者の下、賑やかに総会が行われました。上杉学校長、山井同窓会長、渡邊前同窓会長はじめ先輩方々、同期、後輩と幅広い年代の方々が参加されました。そして今年のアトラクションは、私の同級生笹川澄子さんのチェロ洩奏でした。バイオリン演奏はよく開きますが、チェロとなるとなかなか開く横会がありません。低音で腹に響くような音で、クラシックから童謡まで三十分程参加者を楽しませてくれました。友人の篭島景子様のピアノ伴奏でのミニコンサートでした。アンコールをお願いしたら三条高校校歌を演奏されました。チェロ独特の音色で普段聞いている曲でありながらとても新鮮な校歌でした。最後は恒例の全員で校歌斉唱と応援歌となってお開きとなりました。この時問になると参加者は高校時代にタイムスリップ状態です。顔を真っ赤にして大声を張り上げ、5歳位若返ったようでした。今年も11月中旬に開催予定です。源泉を読まれた方は友人を誘って三条支部総会に参加してください。 ---------------------------------- 三条支部総会(27年度源泉より) 支部長(高21回卒)野崎 喜一郎 昨年の三条支部稔会は11月14日(金)に、越前屋ホテルで開催しました。この会場は高三13回卒の明田川さんが経営しているホテルです。総会には渡邊会長、平澤校長はじめ大先輩や来年の幹事(高48回卒)飯塚一樹君、柳原大樹君など総勢53名が参加されました。 今年のアトラクションは高45回卒の永桶康子さんから独唱を披露していただきました。藤原歌劇団に所属するプロ歌手の歌声を十分に堪能しました。古くから歌い継がれている日本の歌から本物のオペラまで、短い時間を大変楽しく演出していただきました。この紙面をお借りして感謝を申し上げます。 総会は渡邊会長から同窓会への会費納入が少なくなって来て予算組みが窮屈になって来ている。大勢の会員から会費(寄付)をお願いしたいとの話しがありました。続いて平澤校長の挨拶を頂き、中健耕二 (高六回卒) 先輩の乾杯の音頭で懇親会が開かれました。 楽しい時間は瞬く間に過ぎてしまいました。 締めの挨拶に来年の幹事二人から、力強く抱負を述べてもらい懇親会を終了しました。 総会の中であった質問ですが、どのようにして総会を同窓生に周知しているのですか? 確かに大変難しい問題です。今現在は役員のチラシ、三條新聞の広告だけです。大勢の方から幹事になっていただいて口コミで広めるしかないかと思います。同期の方、日常交流のある方に気楽に声をかけて頂き三条支部総会を盛大にしてゆきたいと思っています。皆様の声かけを期待しています。今年の三条支部総会は 日時 11月13日 (金) 18時半 総会 19時 懇親会 場所 越前屋ホテル 源泉を読んだ方の参加をお待ちしています。 ---------------------------------- 楽しい支部総会(26年度源泉より) 支部長(高21回卒)野崎 喜一郎 三条支部長を拝命して2年目となりました。4月の役員会で平成25年の三条支部の活動計画を話し合いました。総会を有意義に又多くの人から参加してもらうためにはどのようにしたら良いか色々な案が出されました。 役員の人たちも大勢の人が参加して楽しい総会にすることには全員同じ意見でした。挨拶と懇親会だけではなくアトラクションをいれたり、高校時代に教えてもらった先生にスピ~チをしてもらう等の案が出ました。 支部総会は11月15日越前屋ホテルで開催されました。30代から70代まで幅広く60数名の同窓生が参加されました。支部長、同窓会長、学校長挨拶の後、昭和41年に新任のの英語教師として三条高校に赴任された藤田信子先生の思い出話が披露されました。 藤田先生は三条高校に大変長く勤務されたので「私の授業を受けた人は手を挙げてください」と質問されたときには20名位の人の手が挙がりました。これには先生も驚いておられました。 アトラクシヨンは高28回卒成田秀雄さんからカンカンツォーネを独唱してもらいました。時間が限られていたので三曲という短い時間でしたが迫力ある歌声に一同感動しました。 同窓生には凄い特技の持ち去いることに唖然とさせられました。その後は懇親会で太いに盛り上がり最後は恒例の校歌、応援歌を全員で歌ってお開きとなりました。音頭を取ったのは渡邊同窓会長でした。 また、8月24日には寺泊でクルージングを体験してもらいました。初めての企画でしたが11名の参加者があり貴重な体験をしてもらいました。これからも支部活動がより充実した活動になるように役員一同頭を捻って取り組んでゆきます。今年も11月中旬に支部総会を開催する予定です。 ---------------------------------- 平成24年度支部総会 支部長(高二十一回卒)野崎 喜一郎 平成24年11月10日(土)に開催されました三条支部総会で、今年度から支部長の任を拝命することになりました。 今振り返ってみますと、5月1日の同窓会総会には毎年参加していましたが、これが唯一の同窓会の集まりだと思っていました。 「三年前に燕市や加茂市にはそれぞれの支部があって、毎年支部総会が聞かれているのに地元の三条支部総会が無いのは寂しい話ではないか」と言う声が私の所にも来ました。連絡の取れる卒業生に声をかけましたら、15人ほどの卒業生が集まってくれ、前支部長鈴木守男様のもとに幹事会が聞かれました。何回かの幹事会を経て平成23年11月5日に、三条支部会の総会を開催することが出来ました。その時に歳の順もあったのでしょうが、私に副支部長の任が回ってきました。 2年間副支部長として鈴木前支部長の元、三条支部を楽しく、大勢の卒業生が参加する会になるように活動してきました。 お陰様で、23年は83名、24年は71名の卒業生が参加して大変楽しい総会に成りました。昨年の総会では平成年度に卒業した30歳代のOB、OGが7名も参加し、70歳代まで各世代の方々が幅広く参加されました。その中には今も現役で教鞭を執っていられる先生、現役は退かれた先生も居て、三条高校時代の先生と生徒の話が大いに盛り上がりました。又同年代のテーブルでは同級会の如く話が弾んでいました。三条高校を卒業して世代を超えて集まることの出来る支部総会の面白さを改めて感じることが出来ました。 微力な支部長ではありますが、他の役員と力を合わせて今年も11月中旬に三条支部総会を開催する予定です。三条に在住又は勤務する人から多く参加していただけますようにお願い致します。 ---------------------------------- 同窓会三条支部総会報告 事務局 野嵜 久雄 平成23年11月5日午後6時、三条ロイヤルホテルに於いて、三高同窓会三条支部総会は熱気に満ち溢れた雰囲気の中行われました。 開会の挨拶の後、鈴木守男支部長、渡邊喜彦同窓会会長の挨拶があり、続いて小島正芳学校長が学校の近況を交えながら、今回の三条支部総会が盛大に行われた事に対して、喜びの気持ちに満ち溢れた御言葉を述べられました。 特に若い皆様の参加が多かった事に対して非常に感激しておられました。私が最初に熱気に満ち溢れた雰囲気の中行われたと書いたのは正にこの事です。 鈴木守男支部長を議長に選出して議事は 滞りなく行われました。活発な質疑応答の後、各案件に対して皆様のご賛同を得、野崎喜一郎副支部長の閉会の挨拶も終わり、愈々お持ちかねの懇親会に突入した訳です。 加藤睦宏副支部長の司会進行で始まり、中條耕二顧問の暖かい挨拶・乾杯で懇親会の幕が切って落とされました。後は皆様の御想通り非常に盛り上がった雰囲気の中懇親会は進んでいくのです。 最高潮に達した所で、渡邊同窓会長の校歌斉唱、加藤治幹事の応後歌になる訳ですが、この頃になると全員が立ち上がり肩を組んでの大合唱です。高6回卒業の大先輩を筆頭に、高57回卒業の皆様まで各年代の卒業生の皆様の熱意が結集した瞬間でした。 次回の再会を約して大感激のうちに終了しました。 今回の三高同窓会三条支部総会を振り返ってみますと、準備の段階から諸先輩方の助言を頂き、若い幹事の皆様との打ち合わせを重ねながら、皆様の熱意で成し遂げられ結果だと確信しています。 皆様有難うございました。
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令和六年度 三条中学校・三条高等学校同窓会 総会
令和六年度 三条中学校・三条高等学校同窓会 総会 代表幹事 高57回卒 有本 圭子 三条中学校・三条高等学校同窓会の皆様におかれましては、益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。 この度は、令和6年5月1日(水)にジオワールドVIP三条にて「三条中学校・三条高等学校同窓会総会」を開催いたしました。 私は昨年初めて同窓会に参加し、こんなにも多くの先輩方が同窓会を盛り上げてくださっていることを知りました。そこに同年代の参加者が加わることでさらに同窓会が盛り上がるのではないかと感じました。そのため、今回の同窓会を開催するにあたり、「同窓会を知らない方々の参加を促す」ということを目標としました。総会で議事の進行をし、承認を得ることももちろん大切な同窓会の目的ですが、「卒業生たちが再会し、懐かしい思い出を共有すること」「世代を超えた交流を持ち、三条高校だからこその様々な分野で活躍される同窓生との人脈を広げ、自身の成長につなげること」ができる場であると考えます。同窓会に参加したことのない世代の参加者が増えることで、先述したような交流が活発に行われ、この地域や同窓会の今後の発展につながることが期待出来るのではないかと思い、このような目標としました。具体的には、グーグルフォームでの申込フォームを作成し、チラシや新聞広告に申込ページにアクセスできるQRコードを添付したことで申込に対するハードルを下げる、SNSを利用した参加の呼びかけで若い世代への周知を強化する、といった活動を行ないました。その結果約200名の同窓生の方々からご参加頂くことができました。 総会では野水重明会長のご挨拶、そして学校長の勝山宏子先生からご挨拶と三条高等学校の近況のご報告をいただきました。その後、議事として令和5年度の会務報告および決算報告、令和6年度の活動計画(案)と会計予算(案)、役員改選について説明が行われ、すべて承認されました。今回の議事でメインとなったのは、「三条高等学校『VISION 2050』」について、と「WWL事業支援の募金について」であり、それぞれ野水会長と勝山学校長よりご説明を頂きました。「教育環境および魅力的なカリキュラムの更なる整備により、地域を牽引する人材および日本や世界で活躍する人材を育成する」ということを2050年までのありたい姿とし、それを推し進めるための重要な施策として、WWLコンソーシアム構築事業で培ったノウハウを生かして、文部科学省事業の指定が終了しても、活動を継続していきたいということ、そのための募金活動についての案が説明されました。私自身、卒業してから三条高校や在校生の活動について関わる機会がありませんでしたが、今回の総会での説明を受け、現役の高校生たちがこんなにも頑張っていて、それを同窓会が支えているのだということを知り、できる限り応援したいという気持ちになりました。 また、議事の最後に、長年にわたって燕支部長を務めて頂いた高桑紀美江様へ感謝状贈呈をさせて頂きました。 総会後の懇親会は、山井太様より乾杯のご発声で幕を開けました。当日のテーブルには地元で頑張っている同窓生の企業より花器を提供してもらい、華やかさを出すと共に先輩方に後輩の頑張りを知ってもらう良い機会になったと思います。アトラクションとしては、会券番号によるくじ引きを実施し、当選した5名の方にインタビューをさせて頂き、ささやかなプレゼントを進呈しました。当選者の方から代表幹事への逆質問があったり、偶然にも今回の参加者で最年少の22歳の方が当選し、今回の同窓会に参加することになった経緯を伺ったりと、今までにはない斬新なアトラクションで実施するまで不安もありましたが、全員参加型のアトラクションにすることで、会場全体で盛り上がることができました。会の最後には恒例となっている渡邉喜彦顧問の指揮による校歌斉唱とSANJO WILL SHINEを肩を組みながら歌いました。会場全体がひとつになる姿は圧巻で、同窓生の団結力を強く感じました。当日、幹事学年の男性メンバーも学ランを着て渡邉顧問と一緒に壇上に上がらせて頂いたことも、盛り上がりの一助となっておりましたら幸いです。最後は東京支部長である佐々木剛様より万歳三唱の音頭をとって頂き、令和6年度の同窓会の幕を閉じました。 代表幹事となったこの1年を振り返ると、正直、大変なことも多く悩むこともありました。今回の学年幹事は全員が会社員、半分以上が女性のため、仕事と家庭に加えて同窓会の企画の両立には、家族の支えや工夫が必要でした。各支部会への出席、源泉杯ゴルフ大会、同窓会誌源泉、広告、会計、同窓会事務局との連絡等を得意分野で役割分担し準備をしました。その中で、多くの先輩方から快く迎え入れ可愛がっていただき、三条高校の「繋がり」の強さを感じると共に、三条高校への強い想いに触れることができました。様々な所で私たちに向けての「ご苦労さま」という皆様からの一言がとても嬉しく、頑張る気力となりました。野水会長には「今までのやりかたにとらわれず、やりたいようにやっていい。幹事の皆さんの考えを尊重するよ」とのお言葉を頂き、大変心強く感じました。また、役員の先輩からも「同窓会ってこんなに楽しいんだと思ってもらいたい」という想いをお聞きし、私も「せっかく来ていただく皆様に素敵な時間を過ごしてほしい」という想いとなり、アトラクションや会場の装飾など懇親会の内容に反映し、飲食内容も参加者の皆様に喜んでいただけるよう会場担当者と打ち合わせを重ねました。懇親会終了後、参加者の方々から「楽しかった」「来年も参加したい」とのお声が多く聞かれ、たいへん嬉しく思いました。頼りない代表幹事でしたが学年幹事の意見や行動力、57回卒の仲間に支えられ無事に開催することができ、達成感と学年幹事や皆様への感謝の想いで胸がいっぱいになりました。 最後になりますが、改めて皆様に心よりの感謝を申し上げますとともに、三条高等学校同窓会のさらなる発展を祈念し、同窓会の報告とさせて頂きます。
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令和五年度 三条中学校・三条高等学校同窓会 総会
令和五年度 三条中学校・三条高等学校同窓会 総会 代表幹事 高56回卒 相場 大史 三条中学校・三条高等学校同窓会の皆様におかれましては、益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。 この度は、令和5年5月1日(月)にジオワールドVIP三条にて「三条中学校・三条高等学校同窓会総会」を開催いたしました。 今年の総会は新型コロナウイルス感染症が5類へと移行される直前ということもあり、202 0 年の中止、2021年、2022年のオンラインを活用した開催という形で各代の先輩が伝統を引き継ぐため創意工夫されながら繋いでくださったこの総会幹事のバトンを引き継ぎ、4年ぶりとなる人数制限を設けないフルバージョンでの開催となりました。 今回のフルバージョンの総会を開催するにあたり大事にしたのは、コロナ禍で失われた「世代を超えたコミュニケーション」であり、幹事学年のメンバーと計画していく中でも今年はそのコミュニケーションを復活させることを使命とし、従来のアトラクションありきの形ではなく、より多くの方々が交流し合える空間づくりを大事に行いました。 一方で、200名をひとつの目標として計画致しましたが、本年の開催日が連休合間の平日の夕方ということもあり、また、この新型コロナ禍の3年間でこれまでは毎年参加されていた方々の中で参加を見送られる方もおられ、当初は目標まで遠く及ばない状況ではございましたが、役員の皆様や支部長を中心とした各支部の皆様の多数のお声がけなどによるご尽力をいただいたおかげで、目標を上回る211名の同窓生の方々からご臨席賜りましたことを厚く御礼申し上げます。 総会では、野水重明会長のご挨拶、また今年度より新たに学校長として三条高校に赴任されました勝山宏子先生よりご挨拶とあわせて学校の近況についてご報告いただきました。その後、議事として、令和4年度の会務報告と決算報告、さらには昨年行われた120周年事業についてのご報告、さらには、令和5年度の活動計画(案)と予算(案)の説明が行われ、全て承認されました。 また、三条高校がWWL(ワールド・ワイド・ラーニング)事業拠点校の指定に伴い、グローカル研究(総合的な探求の時間)の一環として社会人講義を実施されているとのご報告をお聞きし、同高の益々のご活躍を出席された皆様も楽しみに思われたのではないかと確信しております。 総会後の懇親会におきましては、同年代同士の交流だけでなく、世代を超えての交流も多く、特に様々な分野で活躍されている先輩方と我々若い世代が「同窓」という共通点で気軽に交流し合うことができるのは本当に私自身が三条高校出身で良かったと感じることのできる良い機会となりました。 さらに、懇親会全体を通して先輩方から今回のフルバージョンの開催についてたくさんのお褒めの言葉や激励の言葉だけでなく、感謝の言葉もいただき、この開催方式にしてよかったのかなと代表幹事としては安堵するとともに先輩方の温かさや偉大さをあらためて実感いたしました。 そして、懇親会の最後にはこれも新型コロナ禍前は恒例となっておりました渡邉喜彦顧問の指揮のもと校歌、そしてSANJO WILL SHINEで会場全体がひとつとなり全員で肩を組んで行うことができました。私自身、おそらく在学中以来の久しぶりに歌う校歌でしたが、三条高校同窓生のまとまりや熱さを実感することができ、盛会のうちに本年の総会と懇親会を終えることができました。 あらためまして代表幹事として、総会の準備から開催に至るまで振り返りますと、自分自身一人の力でできたことはごくわずかで、野水会長をはじめとするこれまでこの同窓会に携わって来られた多くの先輩方から本当に温かく見守っていただくとともに、困ったことがあれば一緒になって動いていただくなど、多くの先輩方からご協力いただき、心の底から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。 そして、頼りない代表幹事ではありましたが、このような形で総会を無事に開催することができたのも準備から当日運営まで、周りにいてそれぞれが役割をしっかりと果たすだけでなく臨機応変に対応してくれた同年の幹事学年の仲間がいたからこそと思っております。幹事学年の仲間にもあらためて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。 最後になりますが、あらためて皆様に心よりの感謝を申し上げるとともに、令和5年度の同窓会総会の報告並びにお礼とさせていただきます。これからもいち同窓生として三条高校のこれからの発展に少しでも貢献できるように関わり続けたいと思います。