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支部便り/加茂支部
新聞部の思い出(7年度源泉より) 加茂支部長(高32回卒) 茂野 克司 私は高校時代一年生の途中から新聞部に入部した。その時の部員だった同年生と先輩達と今でもお付き合いがあるのは嬉しいものである。当時、新聞部は「みたか」という新聞を発行していた。編集会議が毎回あり、先輩達は讀賣新聞と毎日新聞と朝日新聞と新潟日報の違いを我々後輩に解説してくれた。 高校時代はとても凝縮された三年間だった。 その後の人生に間違いなく大きな影響を与えている。「人は何故生きるのか」という哲学的な悩みを抱えて過ごしたのもその頃だった。高校時代にその答えは見つからなかったがその時の悩みや苦しみが現在も生きていると感じている。青春と言うけれど当時は苦しみの中にいて青春を感じる事は無かったと思う。今はその当時の体験がただただ懐かしい。 現在、私は会社で鴨野新聞という新聞を年4回発行している。お客様に私達の近況を送る内容になっている。高校時代の部活動が社会人になって生きてくるとは思わなかった。 会社は桐たんすメーカーである。私は元々高校時代に家業である桐たんす屋を継ごうとは思っていなかった。映画を創りたかったのである。東京へ行き映画に関係する仕事をしていずれは自分の映画を創りたかった。しかし、高校卒業後、その夢は叶わず、数年後縁があり北海道の大学でデザインの勉強をする事になる。自分がやりたい事は映画だけでなく何か創造的な仕事だと思った。 その後、会社に入るのだが、桐たんす屋の仕事の中でもモダンデザインという考え方で新しい桐たんすを作れるという事を感じて今に至っている。一時期は海外見本市に毎年モダンな桐たんすを出品していた。 それも高校時代に新聞部に入っていて広い見識を得たからだ思う。新聞部の部員と顧問の大山先生に心より感謝したいと思う。 ありがとうございます。 -------------------------------------------- 加茂支部活動状況について(6年度源泉より) 加茂支部(高50回卒) 田中 雅史 加茂支部では本年度6月24日に加茂市産業センターにて加茂支部同窓会、7月28日に加茂市の割烹阿部にて加茂支部幹事会が開催されました。私ごとですが今年5月の三条での同窓会に初めて参加させていただき、その後に加茂支部の幹事を拝命させていただきました。 高校在学当時はバスケ部に所属し、引退するまで毎日部活に明け暮れる日々を過ごし、練習は厳しかったのですが練習後の充実感は得難いもので、先輩や同級生、後輩たちとの思い出は大切な宝物です。夏休みの四日町の旧校舎での合宿の際に、先輩より「冷たい味噌汁が出るからびっくりするぞ」と言われ、昼食でいただいた冷や汁が当時とても斬新で驚きました。 高校卒業後は東京の大学へ行き、アパレル企業とIT企業で勤務し、数年前に地元へ戻り現在は加茂市議会議員を務めさせていただいています。IT企業ではクライアントに対するインターネット通販のコンサルティングを行っていました。そこでの経験を活かして現在は市のDX推進やふるさと納税寄付額の拡大の提案をしています。 前年度の源泉において、新潟支部の山田茂太孝さんが加茂市のご出身であられて、加茂市の定光寺にApple創業者であるスティーブ・ジョブズ氏が1985年から一時期滞在されていたことについて触れられていました。市内でもそのことを知っている方が少なく、お恥ずかしながら私自身も2014年に帰省した際に同じく東京で仕事をしている同級生より聞き、翌日に飛んで定光寺へ伺いました。 大学時代に友人のパソコンを使わせてもらってから、PCやITに強い関心を持ち、現在DXやECに携わっているため、地元にジョブズ氏が滞在されていたことに大きな感動と、縁を感じています。 2025年には三条高校に理数科が設置されます。母校からもジョブズ氏のような世界を代表するIT事業家が創出されることに期待します、そのきっかけとして加茂にもぜひお越しください! -------------------------------------------- 創立百二十周年に際し(5年度源泉より) 加茂支部長(高17回卒) 古川 洸 創立百二十周年を迎え、記念式典、記念講演及び記念事業に当る募金活動の目標額に準ずる結果に至った事で全て良しと記念祝賀会で知り、加茂支部として安堵と喜びを感じています。特に募金活動は新型コロナウイルスによる感染症又ロシアに依るウクライナ侵攻で社会の停滞がある状況で、五月の同窓会総会後送られて来た募金趣意書等は机上に置いたまま、卒業生の善意に期待しておりましたが、八月末に野水同窓会長他二名の別会長が訪れ募金活動について現況を話され協力を求められ、支部の幹事二人と相談の上、卒業生への訪問依頼と通信により依頼の二本立で、教育設備の充実と生徒へ成長の先行投資を主体に御協力をお願いした結果、幾多の御好意を頂き、その成果を本部に送りました。 しかしながら加茂支部の卒業生の規模が三条地区に比して極めて小さく全体の状態が分からず、不安を抱いていました。十月二十二日充足した気持に至りました。 私は六十年前に行なわれた式典を記憶の隅に残っておりますが、記憶の一番は自然災害です。三八豪雪、猛吹雪の中、学校から自宅へ、積った雪の道を電線を跨ぎ通学しました。学校から自宅へ歩いたのはもう一つ新潟地震です。他に在校中は新潟国体、東京オリンピックがあり、選手と共にステージに上がり応援歌、拍手を指揮した事などこれらの事から次々と出てくる思い出は私の人生の起点になっている様思われます。三条高校時代です。 在校生として若い卒業生の皆さんが大きく前進するための礎として堅固なる源泉として三高の存在が維持される様、皆様と共に応援して行きたいと存じます。 今度の事業に参加させて頂き、今回運営、募金活動に力を入れて頂いた方々に有難く感謝します。 -------------------------------------------- 学生時代を想い出して(3年度源泉より) 加茂支部長(高43回卒) 浅野 一明 二月の初旬。久しぶりにまとまった雪の積もったある朝。 さて、神社のお手伝いをさせてもらうようになって何度目の冬だろう、などと考えながら、青海神社の広い境内と長い参道の雪かきに追われていました。 普段、神社の忙しい時にお手伝いに行っています。この日もご祈祷の予約などがあるのでと神社に行ってみれば、この大雪。 お客さんがいらっしゃる前にこの雪をなんとかしたいのですが、かいてもかいても、なにせ広いので一苦労です。 とりあえず歩く道を確保して、ご祈祷も無事に行われ、社務所で一息ついていると、若いご夫婦が、御朱印を求めにいらっしゃいました。 「この雪で、ここまで上がって来られるの大変でしたでしょう。」 奥様が笑って答えます。 「ええ、大変でした。」 「でも、とても美しくて素晴らしい景色でした。一面の雪に覆われた、参道の木や神社の建物に圧倒されました。」 私は、つい癖で、いやいやそんなことないですと言いかけましたが、私が謙遜するのもおかしな話だと思い直し、ふと外を見ると、確かにそこは別世界のように美しく荘厳な世界がありました。 小降りになって少し明るくなった曇り空の下、すっぽりと雪をかぶった木々の黒い幹と拝殿や神楽殿が静かに佇みます。水墨画のように、少し厳しくも美しい世界。 私にとって見慣れた風景でもあり、ましてや雪かきに追われていては気付きようもない美しさです。 「冬も美しいですが、春も夏も秋も、それぞれに美しいです。ぜひまたお越しください。」 そう言ってご夫婦をお見送りしました。 本当に美しいもの価値あるものは、一番身近なところにあるのかもしれませんね。 -------------------------------------------- 学生時代を想い出して(3年度源泉より) (高40回卒) 坂井 恵里 東京都立川市の総務省自治大学校で、令和二年十月末から令和三年一月半ばまでの約三カ月間、研修の機会をいただきました。 中三で受験生の息子がいましたので、長期にわたり家庭を空けることに、母の役割として迷うところもありました。 それでも、「子どもは親の背中を見て育つ!」毎日の生活の中で意識することなく、様々なことを吸収しているでしょう、立派な言葉をかけるよりも、頑張る姿、ありのままの姿を見せて、親子一緒に成長しようと思い、東京行きを決意しました。 本当のところは、不安よりも、学生時代に戻れるワクワク感でいっぱいでしたが。 自治大学校では、行政法・民法・地方税財政制度・地方自治制度・地方公務員制度を学ぶ基本法制研修と、事例演習や政策立案を学ぶ第2部課程がありました。効果測定があり、出題範囲が広く苦労しました。 寮の談話室に集まり、自分一人では難しい問題について勉強会を開いたり、研修生が自らまとめた学習資料を共有したり、お互いに励まし合いました。深夜の受験勉強を何度思い出したことか。 研修生が全国各地から集まっているので、同じテーマであっても自治体によって現状や課題が多様で、課題に対する考え方やアプローチの仕方など、多角的な視点での捉え方を学ぶことが出来、よい刺激を受けました。全力で研修に取り組み、この歳になって、新しい知識やスキルを学び、自分の意識改革ができるなんて夢のような時間でした。研修を終えて、精一杯やり遂げた達成感。 このような学びの機会を与えていただいたことに感謝し、研修を通じて出会えた多くの仲間に支えられ、今があることを心から実感しています。 人と人とのつながりは、今後の公務員生活の大きな財産となりました。 息子は春から高校生。勉強に文化活動に仲間づくりにと、青春を謳歌し始めました。嬉しく、誇らしく思います。背中を見てくれていたかどうかは、わかりませんけれど。 -------------------------------------------- 春爛漫の花の色(2年度源泉より) (高27回卒) 市川 一行 三条高校の校歌については、既に本誌上において多くの方々が書いておられる事かと思います。知っておられる方も多くいらっしゃるでしょうが少々お付き合いをお願いいたします。さて、校歌が旧制第一高等学校寮歌のメロディを使っているという事は周知のことであります。まて、旧制一高寮歌と言えば『嗚呼玉杯に花うけて』だから違うんじゃないのかと思っておりました。 しかし、これは、第十一回紀念祭西寮寮歌の『春爛漫の花の色』だったのですね。ユーチューブでも聞くことができました。 私、四十五年前にこの校歌でちょっとばかり驚いた事がありました。大学の新入生、クラスの飲み会で各自己紹介等があり、そこでこの春爛漫のメロディを校歌に使っている高校があったのです。 岩手県立一関第一高等学校で、明治三十一年(一八九八年)開校なので、一関一高の方が先かなとも思いますが、歴史のある学校です。この頃校歌のメロディに寮歌を使うという方法があったんだと思います。調べてみると岩手県立福岡高等学校も同じ曲を使っています。今のところ、三条高校も含めて三カ校が同じ曲を使っていると判明しました。もしかしたら、第二次世界大戦の敗戦で校歌を変えた所もあったのではないかと証拠はないのですが思ってもみます。 一関一高出身の同級生とは高校野球の甲子園で対戦するといいなあと笑いあったことがあります。どちらが勝ってもメロディが同じだから歌えると。 -------------------------------------------- 加茂支部だより(31年度源泉より) (高31回卒) 小林正則 加茂支部では昨年6月23日に、加茂市産業センターで支部総会が行われました。 これまで常に100名以上の出席がありましたが、高齢に伴い参加したくてもできない人も多くなり91名の出席でした。出席者は減ったものの、古川支部長をはじめとした幹事全員の頑張りで楽しい懇親会となりました。今回は田沢幹事の号令のもと有志の応援団も結成され、古川支部長の指揮で恒例の校歌斉唱を行い、最後は万歳三唱で締めました。 私は4年前まで新潟市で仕事をしていたため三高同窓会には出席していませんでしたが、加茂市に戻ったことをきっかけに支部総会に顔を出すようになりました。その後幹事を依頼され同窓会総会にも参加するようになりました。同窓会に参加するメリットとしては、旧交を温めることはもちろんですが、新たな出会いも期待できるところにあると思います。私事ですが、昨年の同窓会総会において書家である泉田佑子さんと同席になったことをきっかけに泉田先生の書道教室に通うことになりました。それまで自分が書道をやるなんて夢にも思わなかっただけに、この同窓会での出会いが現在の生活習慣を変える大きな転機になりました。今では暮らしの中で「書」に親しむひと時があることによって心の安らぎを得られています。 加茂支部総会では、昭和19年卒業の大先輩から平成15年卒業の若者までが世代の壁を超えて和気あいあいと交流しています。これまで同窓会に参加されたことのない方も是非一度顔を出されてみてはいかがでしょうか。 そこには新しい出会いが待っているかもしれません。最後になりますが、開催にあたり尽力いただいた古川支部長始め、斉藤・早田両事務局幹事と年度幹事一同に感謝申し上げます。 -------------------------------------------- 「支部総会、年度幹事として」(30年度源泉より) 太 田 正 純(47年卒) 加茂支部では毎年6月下旬に、加茂市産業センターにて総会を、開催しています。今年度は出席者107名と、常に100名以上の出席を得て、盛会裏に実施できました。 卒業後初めて三高同窓会に参加したのは、10年ほど前、長岡支部でした。職場が長岡市内で、同僚から誘われて、各支部の同窓会に参加可能であることを知りました。 二度目は、異動により自宅のある加茂支部。60歳退職後、年度幹事を3年間務めました。今年度、総会前日に急遽申し込んだ同年度のMさん (三条市) は、Tシャツ姿での参加。支部同窓会と年度同窓会を勘違いして、軽い気持ちで参加したと弁明していましたが、久しぶりに年度の仲間に会いたい気持ちの強さからの行動ですから、嬉しかったです。 開催にあたり古川洸支部長始め、斉藤・早田の両事務局幹事のリーダーシップには頭が下がりました。年3回の年度幹事会を実施し、総会の細部まで着々と準備を進めていただき、感謝しかありません。 6月上旬の年度幹事会では、司会や受付等の係分担の決定のほか、申し込み者の名札の年度別整理を行い、会費納入の有無の区別もしました。 総会当日の私は受付係。事前に年度別・食卓別に名札と要項を組ませておき、来場者に、素早く正確に、それらを渡すことを心がけるとともに、未納会費の集金をしていました。事務局幹事が、食卓単位に座席を決めていたのですが、ある年度受付係が直前に確認せず、食卓を変更したため、コップ・皿の数が不足することがあったことは反省点の一つと思います。 しばらく同窓会に参加していない方は、案内があったらご参加ください。総会後の二次会の同年会があれば、また楽しい時間となることでしょう。-------------------------------------------- 加茂支部だより(29年度源泉より) 中 山 祥 也 加茂支部では昨年6月17日に、加茂市産業センターで支部総会が行われ、全部で112人集まりました。 古川洸支部長をはじめとした実行委員のがんばりで、盛況のうちに支部総会を行うことができました。 この日は午後6時半に開会。古川支部長、横山同窓会副会長、上杉学校長挨拶のあと会計と監査報告、次期幹事の発表があり、そののち楽しい懇親会が行われました。それから午後8時半まで同窓生の懇談が行われました。 最後は皆と肩を組みあい一丸となって、古川支部長の指揮のもと校歌を歌いました。万歳三唱で終了。の卒業生仲間が不在か若干名であっても、年齢の違う卒業生同士でもじわじわと交流を楽しめるところです。1年に1度でも何回か交流していくと、じわじわとしたともいえない楽しさを味わうことができます。同窓会という「場の力」なのでしょうか。 昭和19年卒業の大先輩から、平成10年代卒業の若者まで集まり、ほんわかとしたじわじわした交流を味わうことができます。このじわじわした楽しさをなかなか周りの人に伝えられないのがつらいところですが、今後も毎年楽しい支部会が開催できるようにがんばりたいと思います。今まで来たことのない人も今後はぜひいらして下さい。 加茂支部プログアドレス http://kamoshibu-sanjohigh.seesaa.net -------------------------------------------- 加茂支部だより(28年度源泉より) 平成9年卒 阿部 大輔 学生時代、そして料理の修業時代を過ごした京都から加茂に帰って2年程経ったある日、父親の友人(素敵な大先輩であられる)から「三条高校加茂支部同窓会」のチケットを頂いたのが『風空嚢を翻し♪』と、高校時代まともに唄った記憶のない校歌を年に一度熱唱する(同窓会に参加する)ようになるキッカケでした。これが支部同窓会に出席する楽しみであり、自分は「三高生」 であったと良い意味でのプライドを意識付けさせてくれる素敵な先輩後輩が集まっている事が、加茂支部の自慢であります。肩書き、権威にとらわれず、青春を過ごしたあの三年間に戻り、世代を越えなく時間を共有できる加茂支部同窓会が大好きです。そして、この様な時間が各支部毎に存在している事を想像するだけで嬉しくなってきます。 私が高校生の頃、現在の高校生の様に携帯電話を持っていませんでしたので、卒業して離ればなれになった友人と直接連絡をとる事は難しかったのですが、フェイスブック等のSNSによって連絡先を知らなかった旧友と、再びメッセージのやりとりや近況を伝えあう機会ができた事、本当にありがたいと思っております。しかしながら、やはり直接顔を合わせ会話する事に勝るものはないとも、同時に実感しております。 今年の正月には、我々'97年卒業生の同期会が行われました。卒業後2回日の開催となり各クラスの担任の先生方も出席されたそうです。私は残念ながら仕事でませんでしたが、その3年前に行われた学年同期会で久し振りに会う旧友との時間は、かけがえのない素晴らしい思い出となり、日々の仕事への活力となっています。やはり、同期の活躍程、刺激になるものはありません。そして、直接顔を合わす事の大切さをも痛感した時間でもありました。 さあ皆様、各支部で開催されている同窓会に足を運んでみましょう!8年前、チケットをくれた大先輩に感謝を込めて。 -------------------------------------------- 平成25年度支部総会 支部長(高17回卒) 古川 洸 小正月に届いていたこの原稿依頼を〆切間際まで忘れており、一週間前に慌てて斉藤幹事に本年度の同窓会総会の写真を依頼した処、総会後の懇親会頭の校歌斉唱の場面でした。皆さんは出席者の顔触れをチェックし参加君数を数え、総会の規模を推定されると思います。来賓の学校長、同窓会々長は所用のため代理で奥田教頭、竹内副会長の各位から創立110周年事業の御祝と三高の現況についてお話を頂きました。そしてそのメインテーブルに長老の皆さんが位置しております。 此の度の招席者は116名。例年作名を越え、120名前後の会員が集います。現在の三高の在学生の内女子学生がが50%を超えるとの事、数年後当支部がより一層華やぐ事を期待したいと存じます。そして各テ」ブルは整然としています。今迄は打ち上げの万歳三唱前に最終前の盛り上げに校歌・応援歌を歌い、支同窓会の意気を高めていました。ところが今回私には二つの役があり、一に開宴の挨拶、二に校歌の指揮とあり、東京から遥々おいでの人先輩鶴巻さんの乾杯後の長い酒宴、そして校歌斉唱の指揮を執る事になっていました。私の役目として注ぐ注がれるが続き、その後五番迄ある校歌を正調にやれるかは疑問。 そこで一、二を合せて頂く様、登壇し開宴の挨拶の析申し上げ、実行致しました。当分この形にお願いしたいと存じます「 そして遠方からの参加のS46年卒の坪谷さんから万歳三唱を行なって頂き、無事幕を閉じる事が出来ました。斉藤幹事がこの変化を強調のため届けて頂いた写真と思い、叉多数の幹事さんが参加者を募って頂いた事、参加して頂いた皆様に感謝し、次年度の参加、協力をお願い申し上げる次第です。 -------------------------------------------- 平成24年度支部総会 「新任の事」 支部長(高17回卒) 古川 洸 昨年の6月上旬、社務所の玄関に二人の姿が現われ「こんにちは」と言って入って 来ました。一人は斎藤氏一人は早田氏で顔見知りで何んの疑いも無く「どうぞ」と思う所だったのですが、二人一共となると別。「何かな」と思った瞬間、次に大森支部長がその後ろに立っておいででした。これは何かあるなと思いながら入っていただきました。話が出にくい一時が過ぎ、常任幹事の早田斎藤両氏から幹事会の決定により次期支部長を引受けて欲しいとの事でした。心の準備の無い私は仕事を理由に婉曲的に断わるよう話を向けましたが、やがて大森さんが「先輩の言う事を聞いて」と云う言葉をいただき、詳細を聞かずお引受けする事になりました。その後の支部同窓会総会において次期をお受けした挨拶をし、承認していただきました。総会は進み懇親会では110名を越える人達が何時も如く和やかな雰囲気の中、酒も進んでいましたが一人落着かない私でした。最終に校歌斉唱となり、指揮のため登壇したのは渡邊同窓会長でした。全員肩を組み声高らかに歌い上げましたが、会長の正調の指揮を見、驚きと共に懐しく三高時代が思い浮んで来ました。私も支部で宴の終に校歌、応援の指揮を長い間取っていました。しかしこの間母校では弱体化の進展、廃止の噂を聞いておりましたので残念に思っておりましたが、 渡漫会長が従前に復した旨を聞き、又直接その姿を見、伝統の維持、継続された事を確認し、嬉しく思いました。母校で過ごした日々を思い出し会員と共に今を楽しむ同窓会の意義を見つけ出した思いで一杯になりました。まさに「温故知新」を具現した喜びを感じさせていただきました。その後創立110周年の祝典の最終に渡邊同窓会長その音頭での校歌斉唱の盛上がり一片でも加茂に持ち込み、支部のより一層の盛上がりがあるよう、皆様のご協力を賜わり、新任の事を送ろうと心に思う次第です。 -------------------------------------------- 平成23年度支部総会 「三条高校の思い出」 高第32回卒 茂野 克司 高校と言えば青春時代だろうが、実際は、苦しく険しい道を練り歩くという三年間だった。私は、一年の最初、念願のバスケットボール部に入部したが、合宿であえなくリタイヤした。 その後、新聞部に入部した。その時の友達、先輩と今も付き合う事になろうとは、考えもしなかった。一期一会が、生涯の友になった訳である。 その一人が、最近結婚した。奥さんは、若くて美人でうらやましい限りである。人生は、どこでどうなるか判らない。 今日、読売新聞札幌支社勤務の新聞部の先輩から電話があり、朝日新聞に私が掲載された旨のFAXを頂いた。有り難いと感じた。縁は、どこでつながるか判らない。高校時代の縁が、いつ何時復活するか、わからない。 オランダにいる三高の友達から今年も年賀状が来た。彼も、フェイスブックしているだろうか? 高校時代は、とても大変な時期だった。毎日が、とにかくつらかった。勉強が、余りできず、遊びもせずに生徒会にのめり込んでいた。当時の倫理社会、藤井先生から多くを学んだ。良い先生だった。 私は、人生の多くを高校時代に学んだ。病んで失敗した事もあるが、人生に哲学を得た貴重な時期でもあった。 そんな高校時代を思い出してくれるのが、加茂支部の同窓会である。みんな成績が良かったのだろうが、社会に出て、酔ってしまえば、そんな事はもう関係ない。 私は、現在、桐たんすのメーカーを経営している。海外へも桐たんすを送り、商売している。これからでも遅くない。皆さん、桐たんす買って下さい。三高時代は、私にとって、人生の原点と言える。多くの先輩と友達に感謝したい。ありかたいと思う。 -------------------------------------------- 平成22年度支部総会 「七夕の会」 高第25回卒 早 田 秀 夫 三条高校同窓会加茂支部は、毎年6月の第三金曜日(特に、7月7日という訳ではない!)に、「総会」と「懇親を深める会」を開催している。 この会は、例年、現三条高校同窓会長様、並びに現三条高校校長様をご来賓としてお迎えし、これまで加茂市の発展に尽力されてこられた大先輩の方々。小池清彦加茂市長様をはじめ、現在の加茂市の政治・経済・文化の中核を担って活躍されている方々。そして、これから加茂市のよりよい未来を切り開いていくであろう若手の方々など、錚々たる顔ぶれが一堂に会しての集まりである。まさに一年に一回、「七夕の会」である。今年(平成22年度)は、130名の参加者があり、盛大な会となった。 私は、転勤があるため、十五年ぶりに加茂市に戻ってきた。その間は、なかなかこの会には出席できなかったが、これからはまた、都合がつく限り出席したいと考えている。 さて、久しぶりに出席してみて思ったことは、十五年前まで勤めていた市内中学校で教え子たちが立派に成長し、三高同窓会の仲間となって参加していることである。 当時の思い出話に花を咲かせながら、教え子たちの成長ぶりを誇らしく思う(決して私が関わったからではなく、当人たちの資質と努力のたまものである。)楽しみが増えたと実感している。 「どっけし」の思い 高第4回卒 大 森 康 正(平成22年度源泉より) 昭和25年の夏休み、生物部員の有志が弥彦の西側の浜辺で一週間、生物の採集や観察を楽しみながら過ごしたことがあった。当時3年生の伊藤三郎部長が計画したもので、前半の三泊四日組と後半の三泊四日組に分かれ、日中でメンバー・チェンジするものだったが、私だけ前後を通して一週間楽しませてもらった。 弥彦の海側の林間に蚊屋を吊り、むしろの上に毛布にくるまって、星空を眺めながら夜を過ごす。日々キャンプ場所を変えて、最後の日、野積の浜に移った。 現在の野積は広い砂浜が海へと大きく張り出しているが、当時は砂浜など全く無く、大小ゴツゴツの岩石が海へと続き、海中の岩場には牡蠣が沢山ついていた。金槌や釘抜きで殻を割って生牡蠣を食べた。生牡蠣は大変おいしく、みな沢山食べた。 その後が大変。たちまち腹痛と下痢。四人全員夜を通して大変だった。 早朝、野積の駐在所に全員ころげ込んで、助けを求めた。駐在さんは 「富山の薬しかないな。どの薬が効くか、効く薬、皆で探して飲みな・・・・・・」 と、薬の箱ごと出してくれたが、どの薬が効くのかわからない。 たまたま、"どっけし(毒消し)"を思いついて、駐在さんに尋ねると、"どっけし"ならある、と分けてくれ、みなそれを飲んだ。 "どっけし"の効果抜群。腹具合は間もなく治まり、キャンプをたたんで、バスと汽車を乗り継ぎ、家に帰れた。 果たして、"どっけし"が効いたものか。悪いものをみな出してあげてしまったからか? 高校時代の強烈な想い出の一つ。当時の伊藤三郎部長、今は故人となられている。 -------------------------------------------- 平成21年度支部総会 高第20回卒 幹事 斎藤 正 昨年の加茂支部総会は、6月19日加茂市産業センターにおいて例年通り開催されました。加茂市の職場に勤務している関係で、二十年程前に長渾吉男大先輩からお誘いをいただき総会に出席することとなりましたが、本音を言えば、総会の後の懇親会で飲み、かつ世代を超えてお話をうかがうことが楽しみでした。ところが三年前の総会直前に、一年上の川崎先輩から突然の電話。出席の確認かと思っていたところに、来年度から幹事をやれとの仰せで、否応なく承諾させられました。(幹事をやってわかったことですが、その時点ではすでに総会資料の次期役員欄に私の名前が入っていたはず)加茂支部は、幹事がチケットを販売・配付する仕組みになっており、仕事の繁忙期と時期が重なることから、私が担当した年代の方々には案内が遅くなり二年にわたりご迷惑をおかけしました。総会が毎年6月の第3金曜日に決まっていればこそ、文句も言わず日程を空けて待っていて下さった方々に感謝です。ところで、加茂支部総会参加者の特徴は、中学時代の大先輩方から最近卒業をした若いメンバーまでの百名を超える同窓生が参加していることです。昨年の総会にも若いお嬢さんが二名当日直接参加してくれました。後日、その話を平成15年3月卒業の娘にしたところ、「たぶん、同年の二人だと思うよ。」とのこと。五十歳以上離れた人同士が、同じ三高時代の想いで時間と空間を共有していることは、同窓会総会なればこそと思います。これがもっと多くの同窓生に広がればと思い、まだ参加者名簿に記載されていなかった同年の高野君、浅野君に声をかけてみたところ、快く参加してくれました。幹事としてはこれが限界ですが、まだまだ、加茂・田上在住在勤で参加したことがない方も多くいらっしゃるのではないかと思います。昨年の二人のお嬢さんのように直接会場へお出でいただいて大歓迎です。ともあれ、今年の加茂支部総会は6月18日です。より多くの方から参加していただければと感じた幹事の二年間でした。 もっともこの問、大森支部長・斉藤幹事長にはご迷惑をおかけしっぱなしでした。この場を借りてお礼申し上げます。 -------------------------------------------- 平成20年度支部総会 高第18回卒 五十嵐 正 俊 このたび「源泉」の加茂支部だよりの原稿依頼を受け、四十三年ぶりに三高の宿題を仕上げねばと筆を取りました。この四十三年が短く感じられ、漢文の安室先生の授業での『一寸の光陰軽んずべからず』が還暦を過ぎた現在骨身に染みています。 当支部は例年6月に支部総会を開催しておりますが、幹事の仕事はチケット(会券)売りが大仕事です。マンネリ化した総会に、いかにして会員各位から足を運んでもらうかが悩みのたねで、勢い強制的にチケットの押し売りとなりがちです。しかし、それを笑って引き受けてくれる同期の連中には感謝の気持ちで、「助かるなー」といった次第です。 それもこれも、当地区の同年生は少ないのに、還暦前にすでに当地区だけで二名も他界していたりと、チケットが売れる見込みが立たず幹事を辞めたいと心底思っていたからなのです。 そんな折、支部の話とは離れますが、昨年夏に、私達昭和41年卒業の3年11組の有志十数名が、旧下田村「嵐渓荘」に集合し、本当に表現出来ないほどの感動を得ました。 それというのも、見附市の同級生小宮君が、私の店に顔を出して、それも杖をついて「おいっ同級会をセッテングしてくれ。みんなと会いたい。俺は病気をしてこんな体だ。いつどうなるかわからん。」と言うのです。そこで、急きょ私が発起人となり当支部の永井松二郎君が手伝ってくれ、知っている限りの人に連絡を取るということに。そしてなんとか十数名の顔が、当クラスのマドンナであった旧姓大野さん、現「嵐渓荘」のおかみさんの所に揃いました。仕事上の付き合いで中村君、淡路君、大学時代迷惑をかけて笑って許してくれた安達君、その他クラスの仲のいい連中が集まっての思い出深いクラス会となった次第です。 そんな中で淡路君がクラスの名簿作成に骨をおってくれました。それを基にして次回は盛大なクラス会を催すべく、そろそろ準備しなくてはと思っております。 これも加茂支部に毎回参加して校歌を歌うことによって三高を忘れなかったおかげだと思っています。「青春カムバック!」 今年の支部総会の開催は六月二十六日(金)です。大勢のご参加をお待ちしております。 -------------------------------------------- 平成19年度支部総会 高第20回卒 早田 芳男 かつて、三高同窓会加茂支部は、旧制の三中に語呂を合わせて、毎年三月の中旬に開催されていた。 それに先んじて、会員メンバー宛に往復ハガキで出欠を取っていた。しかし、会員名簿が増えるに連れて通信費が年々膨大になり、ある年からチケット販売に切り替える事になった。 すると、3月中旬開催の総会に不都合だという声が多くの幹事から上がった。その理由とは、二つ。 一つは、幹事がチケットを販売・配布する時期が、1月末頃から2月に掛かるため雪の中、凍えながら回らなければならない事。いま一つは、三月が転勤、引越しなどで、メンバーの出席が多く見込めない事。 それを契機に支部総会は、概ね現在の六月中・下旬に開催されることになっている。 では、何故6月中・下旬なのか、ここからは筆者の独断と偏見による推測であるが、第一に、支部長の日程(当たり前だ!)第二には、加茂だからの理由。それは、4月に雪椿祭、5月21日は加茂祭、6月15日には、上条祭と、いわば祭の加茂のメーン行事があるからだ。それに尚、二つの祭の主催神社の宮司さんが、お二人とも同窓生で欠かさず出席して頂けると支部会員が認識している。 はてさて、このようにして開催される支部総会であるが、会費はずっと以前から3500円と値上げせずに続いている。それには、引き受けてくれる大阪屋さんの並々ならぬご努力とご協力に寄る所が大である。心から感謝申しあげたい。 勿論、総会当日の出席率を見極める幹事の勘も大いにある。 同窓会が、先輩後輩との交流・同期の親睦がメーンであり、酒・肴は触媒に過ぎないのだが、ここ半年の物価、とりわけ食品の値上げを考えると、一考を要する。 とまれ、今年の加茂支部総会は6月27日(金)に開催されます。 -------------------------------------------- 平成18年度支部総会 高第20回卒 斉藤正 県立高校全日制普通科の「全県一学区」への動きが急だ。 昭和40年春、学区改変があり、加茂からの三高入学が自由となった。前年まではいわゆる「越境入学」であり、従って様々な理由や形を整えることで入学に至る苦労があったと聞く。(同時に、三条実業高校も三条商業高校と三条工業高校とに分離独立した年でもあった。) それ故に私達(昭和40年4月入学)からは三高への挑戦はやり易くなったようだ。 『昭和40年度生徒名簿』には、3年(11学級)665名、2年(11学級)606名、1年(12学級)635名とある。 その中で、加茂からの生徒は、3年生36名、2年生33名、1年生86名とあり、学区改変による入学者の急増の姿が明らかだ。 さてそこで、支部総会の出席計数の変遷を、昭和40年前後で区分けをし、10年前・20年前と比較して表してみた。 総じて若い世代の参加者が少ない。卒業人数は格段に多くなっているはずなのだが、それに比して参加人数が仲びていない。 どうも、三高への進学が自由・簡単に出来なかった世代ほど母校への思いが深く、誇りも高く持ち得ているが故に、会への愛着があり積極的な参加を見ることが出来るのではないか。先輩達の話を伺うにつれ、考えさせられるところだ。 前回の支部総会は、18年6月23日に開催された。 そこには毎年変わらぬ世代を超えた交流があり、嬉々とした談笑溢れる時間が流れる。 参加してみれば楽しい支部総会。今年は6月22日(金)に開催。 互いの参加が互いの元気の素。お誘い合わせてご来場を。 泉田知事も出席予定とのこと。 昭和61年 平成8年 平成18年 支部総会出席者数 157 148 122 内訳 昭和39年前入学 111 97 60 昭和40年後入学 46 51 62
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支部便り/新潟支部
未来へつなぐ七夕総会 (7年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 昨年1月の能登半島地震により被害に遭われた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。この地震の影響は新潟市にも及び、特に液状化現象により住宅やインフラが深刻な被害を受けました。発生から1年以上が経過しても、復興の途上にある地域も多くあります。そうした中でも、住民同士の支え合いや復興への努力が続けられており、改めて結束の大切さを実感しています。この結束の力は、私たち同窓生の絆にもつながっています。 同窓会は、世代を超えた強い絆で結ばれたコミュニティーです。互いに支え合い、励まし合いながら、母校の歴史と伝統を次世代へつないでいくことが、私たちにできる貢献だと考えています。昨年7月は、新潟支部総会を開催できませんでした。その後、多くの同窓生から「また出席したい」「次回の開催を楽しみにしている」といった声が寄せられ、改めて支部総会の意義を実感しました。今年こそは、支部総会をしっかりと開催し、皆様と再会できることを楽しみにしています。 また、新潟県にとって大きなニュースとして、佐渡金山が世界文化遺産に登録されました。長年の努力が実を結び、今後の観光促進や地域活性化に大きく貢献することが期待されています。さらに、佐渡への新たなアクセス手段として、令和5年度の総会で講話を行った長谷川社長(高38回卒)が設立したトキエアが、成田空港と佐渡空港を結ぶ路線を来年度末までに就航させる計画を発表しました。 トキエアは、札幌・仙台・名古屋に加え、3月には神戸線の就航も予定しており、新潟と全国を結ぶネットワークを着実に広げています。佐渡金山の世界遺産登録による観光需要の高まりとあわせて、佐渡と東京を結ぶ定期便の開設は、さらなる地域活性化につながることが期待されます。今年の七夕総会は、7月7日に開催予定で、会場はアクセスの良い『新潟東映ホテル』(写真)で、皆様のご参加をお待ちしております。久しぶりに母校の近況を知り、三高時代の思い出を語り合い、校歌や応援歌を声高らかに歌いましょう。 ------------------------------------------------------- 4年ぶり開催の七夕総会 (6年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 まず、今年元旦の能登半島地震により被害に遭われた方々へ心よりお見舞い申し上げます。昨年5月には、新型コロナ感染症が5類に移行されたことを受けて新潟支部『七夕』総会も4年振りに開催することができましたが、中には、コロナ感染して急遽欠席となった方もいました。 令和5年度新潟支部総会恒例の記念講演は、最近、TVや新聞などでも話題になっていたトキエア株式会社長谷川政樹社長(写真・高38回卒・加茂市出身)に「トキエアの役割」と題してお話しいただきました。総会開催の時点で初就航が8月に迫っていて非常にお忙しいところ講演を引き受けて下さり、大変感謝しております。その後、初就航のスケジュールは延期を繰り返しましたが、1月31日に晴れて北海道札幌丘珠空港へ第1便が飛び立ったのは皆様の記憶に新しいと思います。今後は、新潟~中部国際空港・神戸空港・仙台空港への路線開設を視野に入れています。また、その次には東京と佐渡空港への就航も計画しており、同島と本州の新たなアクセス手段を構築する見込みで、佐渡の世界遺産登録との相乗効果が期待されるところです。 新型コロナ感染症が5類に移行したとはいえ、まだまだ巷で感染者が減らない中でも参加して頂いた方々は、最近、暗い話題が多い中で、新潟に地域航空ができるという久々の明るい希望のある話を聞けて良かったという感想を多くの方が述べて帰られました。 同窓会からは、野水会長や東京支部須佐副支部長(高37回卒)からもご出席いただきました。ChatGPTで作成した新潟支部長の開会挨拶は、少し驚きはあったものの、最後に校歌を歌って令和6年の再開を約して会を閉めました。 令和6年七夕総会は、7月7日(日)で会場は、新しく生まれ変わっている新潟駅へのアクセスが非常に良い「新潟東映ホテル」です。久し振りに校歌や応援歌を思いっ切り歌いたいなあと思われる同窓生は、どなたでも参加できますのでお越し下さい。なお詳細は、同窓会事務局にお問い合わせください。 ------------------------------------------------------- 加茂市のスティーブ・ジョブズ (5年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 私は、加茂に生まれて、育ち、10数年前に帰って来て今は加茂市内に住んでいますが、新潟市が勤務先という事もあり「三高同窓会新潟支部長…」を仰せ付かっております。 昨年も、コロナ禍で支部同窓会が開けませんでしたので加茂市について寄稿します。 加茂市には、曹洞宗耕泰寺と言うお寺があります。毎年10月頃には定斎米供養という行事があって多くの檀家さんが寺に集まります。 昨年の住職の話は、『芸術新潮10月号に、アップル創業者スティーブ・ジョブズ氏が特集されて、彼が、耕泰寺に来たという内容で、全国から庭を見せてくれと言う問い合わせが多い。』というもので、実際にお寺の庭を観に来た人もいたと言います。スティーブ・ジョブズ氏は、1986年夏に耕泰寺の庭を眺めに2回来て、住職は、食事など勧めたのですがいらないと言いって1日中庭を見つめていたのだそうです。 尤も住職も言っていましたが、耕泰寺の庭は凝ったところの無い普通の庭で、私も子供の頃から知っていますが何も特別な庭ではないなあと思っていました。(笑) ジョブズ氏は、1974年にアップル社を創業し、経営上の問題で1985年にアップル社を追放されたそうです。その時、彼が若い頃から師事していた禅の先生であった乙川弘文老師の里帰りに同行して、加茂市に滞在していたのだそうです。この時に耕泰寺を一人で訪れたようでした。 乙川老師は、1938年加茂市曹洞宗定光寺の生まれで、1967年にはアメリカに渡って禅を教えるミッションに就いていました。そんな中で、ジョブズ氏との出会いがあって様々に影響を与えていたことが窺えます。 ただ、あのジョブズ氏が、加茂市を訪れていたという事を知る加茂の人は少ないです。(笑)是非、ジョブズ氏も眺めた耕泰寺の庭を眺めに加茂に来ては如何でしょうか? ------------------------------------------------------- 泉田老師の『空っぽ』になること (3年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 昨年も、コロナの影響で、新潟支部は令和3年度七夕総会を開催することが出来ませんでした。この原稿を執筆している時点(3月初旬)では、今年の支部同窓会開催については、何も決まっていません。日頃、思っている事を支部だよりとして寄稿します。 毎朝、自宅に届けられる『三條新聞』を読んでいます。県央地域で起こっている事をつぶさに知ることが出来ます。各市町村議会でどんなどんな議論をしているのか、時に各市町村の首長さん達に直接インタビューをした内容も記事になります。そして行政ばかりか、各地域の産業やイベントも載せてくれます。 何度か、私の会社が指定管理者をしている県央地域にある施設のイベントで私が主催者代表の挨拶をした時に、記者さんがいらして新聞に載せて頂いた事もあります。 さて、今年1月1日の『三條新聞』第1部を御覧になりましたか?三高OBで田上町出身の泉田玉堂老師へのインタビュー記事が昨年に引続き掲載されていました。老師は、有名な一休さんや沢庵和尚等が住持だった大徳寺530世住持に平成24年就任されました。 近年、多発する自然災害や収まらないコロナ禍、不安定な経済と世界情勢等、将来が見通せない不確実な世の中になったと感じていたところ、泉田老師の記事を読んで、床の間の老師の書『器宇』は、器は器。宇は宇宙の宇。器は空っぽで、全部宇宙を飲み込んでいく壮大な言葉。老師は「常に空っぽでないと、なんでも飲み込むことが出来ない。私も空っぽになるようにしている。そう思うと何もかもが楽しいんですよ。」と話された老師の様に空っぽであるから、自由な精神になれる自分となることで解決されるのかなあと思いました。 偉大な三高OB泉田老師の記事には、三高に流れる「自由の精神」にも通じるところがあるのかと、自分勝手に妄想しながら読みました。 最後に、三條新聞様に、泉田老師の記事の引用の許可を頂きましたことに感謝するとともに、今、複雑で予測不能な時代ですが、お釈迦様の言葉を集めた本の『小欲知足』は、「皆が欲を少なくして足るを知る」ことが出来れば世の中戦争は無くなる。と泉田老師のお話を読みながら今、各地で起こっている悲惨な戦争に思いを馳せました。 ------------------------------------------------------- 1972年 1年5組 (3年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 2020年は、コロナに明けて、コロナに暮れたような年でしたが、新潟支部も令和2年度七夕総会を中止せざるを得ませんでした。 私達が入学した時、1972(昭和47)年は、沖縄返還、及びミュンヘンオリンピック等の年でした。その学年の最後の記念にと言う事で作成した文集「宙」(あおぞら)のコピーが最近、手に入りましたので紹介します。 「各自の文章」では、或る女子は、5組は「男子38人・女子8人なのに、男女半々のような雰囲気のクラスだった」と、男子が大人しすぎた?のではないかとも、書いています。そして、二人で一組になって、お互いの「プロフィール」を書いたところでは、「森町」と呼ばれていた旧下田村から通学していた子について「良い男で親切で品行方正で柔道が得意で美男子で…。」と書いてありました。(そうでした!) 当時、新潟県立高校は、其々学区内の中学からしか入れなかったので、三条一中や燕中や加茂中などと違って小さな中学校出身者がクラスに一人だったりすると、その子は姓名を呼ばれずに、親しみを込めて出身地区名が呼び名になっていました。それが、月潟や森町などです。ある先輩にお聞きしたら。 同じように呼んでいたそうです。 また、比較的大人しい加茂中出身の男子について相方の女子は「加茂中学出身にしては、珍しい……」と書いていましたが、当時、加茂中出身は、騒がしいのが多かったのでしょうか?(爆笑!!)「二十年後」では、果たしてどんな二十年後を其々が過ごしたのかなあと一人一人の文書を懐かしく読みました。 そして、クラス担任の松永茂夫先生の寄稿「師曰ク」では、「現代は断絶の時代であり価値観の多様化の時代…。(中略)一日を惜しんで本を読まねばならない、借り物でなく自分の頭で考え判断する為に。」と先見の明のある師の言葉は、実に三高生に相応しいものでした。 最後に、この文集「宙」を保管していてくれた級友たちに感謝します。 ------------------------------------------------------- 「三高校歌と作詞者平野秀吉先生」 (2年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 2019年度新潟支部七夕総会には、元三条高校校長の小島正芳先生をお迎えして「三条高校校歌と作詞者平野秀吉先生」という題で講演をして頂きました。 小島先生のお話を要約させていただくと、平野先生は、巻町出身であり、母親が、良寛さんの大ファンで、秀吉少年に良寛さんの逸話を語って聞かせていたそうで、早くから良寛さんに精通していたようです。平野先生が、国上小学校の臨時教員をやっていた時に万葉集抄本を読んで、良寛さんが作った和歌集だと思っていたようです。後に、先生は、万葉集の和歌の研究家になり「良寛と万葉集」を刊行しました。丁度七夕総会の一か月前の6月には、全国良寛会燕大会が燕三条地場産センターで開催され記念講演には田上町出身で三高同窓である大徳寺第五百三十世泉田玉堂老師が良寛さんについて話をされました。 ちょっとした良寛ブームでした。良寛さんを尊敬する平野先生が作詞された三高校歌は、良寛さんの精神にも通じるものがあると思います。格調高く、歌う者に自立の心を持たせ、世間の言説に惑わされず、日々の努力を惜しまず、様々な困難を乗り越えて国を支える人となりましょう。と謳われています。この様な小島先生のお話を拝聴して今まで以上に三高校歌に誇りを感じました。 今回から開催場所を新潟駅前に位置する新潟東映ホテルに移して御来賓として野水同窓会新会長に御挨拶をしていただき中田校長には、母校の近況についてお話しいただきました。 また橋本良崇東京支部長にもご参加いただきました。 令和二年の七夕総会は、七月七日(火)新潟東映ホテルで開催しますので、久し振りに三高校歌や応援歌を思いっ切り歌いたいなあと思われる同窓生は、どなたでも参加でお待ちしますのでお越し下さい。なお詳細は、同窓会事務局にお問合せ下さい。 ------------------------------------------------------- 「三高校歌と作詞者平野秀吉先生」 (31年度源泉より)」 新潟支部長(高27回卒) 山田 茂孝 2018年度新潟支部七夕総会には、元新潟日報社取締役・特任論説編集委員の鈴木聖様をお迎えして「三条人は何故海を越えるか?」という題で講演をしていただきました。鈴木氏は、三条高校の卒業生ではないのですが、新潟支部で、七夕総会の講演で三条についての話が聞きたいと言う声があって、氏にお願いすることになりました。講話の中心は、三条市出身のジャーナリスト内藤民治(1885~1965)がトロツキーとスターリンが一緒に収まる写真を紹介しながら、「トロツキーとスターリンが笑顔で一緒に写った写真は珍しい、そこに内藤氏が持つ人間力をその写真に見ることが出きた。」と語られ参加者は講演に聞き入っていました。当日配られた資料の写真には、『中央の鋭い眼光の持ち主は若きスターリン、その右隣は外交、軍事部門の責任者トロツキーだ。そして肩を並べているのが総合雑誌「中外」を主宰する三条市出身のジャーナリスト内藤民治だ。』と書かれてあった。 でも何故、三条からそんな人物が輩出されるのか?それは、三条という地域性にこそ、秘密があるのだそうです。あのような時代に、内藤のような国際的感覚を持った人物が輩出される三条という地域について熱く語ってくれました。参加した同窓生からは、改めて「三条人」の意味を深く考える時間となりました。 2018年7月7日が土曜日であったにもかかわらず40名もの同窓生が出席しました。当日は、御来賓として中田校長先生ならびに横山正明同窓会副会長も出席いただき大変ありがとうございました。また、新潟支部七夕総会開催にあたってご協力いただいた支部幹事の皆様にも感謝申し上げます。 今年、2019年の新潟支部七夕総会は、7月7日(日)に、新潟東映ホテルで開催する予定ですので、新潟市に在住、勤務又は通学しておられる同窓生の皆様は、ふるってご参加ください。 ------------------------------------------------------- 「新潟支部七夕総会」 (30年度源泉より)」 昭和59年度卒 土田 茂幸 「7月7日に同窓会で話をしないか」。上司からかかってきた一本の電話が始まりでした。自分には縁遠いと思っていた同窓会。しかも、先輩や後輩の人たちの前で講演…。思いも寄らぬ形で、新潟支部の七夕総会に初めて出席させていただくことになりました 。 お話をいただいた当初は、戸惑いもありましたが、今では、貴重な機会をつくっていただいた神田支部長や山田幹事、そしてお聞き苦しい話に付き合っていただいた皆さんにとても感謝しております。 新潟日報社に勤務して30年近く、ほとんど記者として仕事をしてきました。弊社のことや新聞づくりのことなどについてお話させていただきました。内容は次のようなことです。 ・記者は情報に接し、まずニュースかどうか、判断する。その後、取材したり、調べたりして再びニュースか判断し、記事を書き、確認をする。 ・記者は自身が何でもよく知っているのではない。いろんな分野でさまざまなことを知っている人を知っている人。 ・今、誰もが持っているスマートフォンや携帯電話の登場で、取材が変わってきた。誰もがすぐに撮影できるので、現場に居合わせた人が撮った写真や映像が報道で使われるようになった。一般の人の力も借りてよりよい報道をする時代になっている。 ・現場でなければ分からないことがたくさんある。記者が現場に取材に行く重要性は変わっていない。 ・誰でも情報発信できる時代だからこそプロとして、より正確な情報を、県民読者に届けていきたい、いかなければならない。 今回参加した初めての同窓会。どんな感じの集まりなのかと思っていましたが、在学時代には出会うことのなかった同窓の方々たちと校歌や応援歌を歌ったり、交流したり、いろいろな出会いや発見があり、刺激をいただきました。 ------------------------------------------------------- 「新潟支部七夕総会」 (30年度源泉より)」 昭和59年度卒 土田 茂幸 「7月7日に同窓会で話をしないか」。上司からかかってきた一本の電話が始まりでした。自分には縁遠いと思っていた同窓会。しかも、先輩や後輩の人たちの前で講演…。思いも寄らぬ形で、新潟支部の七夕総会に初めて出席させていただくことになりました 。 お話をいただいた当初は、戸惑いもありましたが、今では、貴重な機会をつくっていただいた神田支部長や山田幹事、そしてお聞き苦しい話に付き合っていただいた皆さんにとても感謝しております。 新潟日報社に勤務して30年近く、ほとんど記者として仕事をしてきました。弊社のことや新聞づくりのことなどについてお話させていただきました。内容は次のようなことです。 ・記者は情報に接し、まずニュースかどうか、判断する。その後、取材したり、調べたりして再びニュースか判断し、記事を書き、確認をする。 ・記者は自身が何でもよく知っているのではない。いろんな分野でさまざまなことを知っている人を知っている人。 ・今、誰もが持っているスマートフォンや携帯電話の登場で、取材が変わってきた。誰もがすぐに撮影できるので、現場に居合わせた人が撮った写真や映像が報道で使われるようになった。一般の人の力も借りてよりよい報道をする時代になっている。 ・現場でなければ分からないことがたくさんある。記者が現場に取材に行く重要性は変わっていない。 ・誰でも情報発信できる時代だからこそプロとして、より正確な情報を、県民読者に届けていきたい、いかなければならない。 今回参加した初めての同窓会。どんな感じの集まりなのかと思っていましたが、在学時代には出会うことのなかった同窓の方々たちと校歌や応援歌を歌ったり、交流したり、いろいろな出会いや発見があり、刺激をいただきました。 ------------------------------------------------------- 「新潟支部の七夕会」 (29年度源泉より) 高27回卒 山田 茂孝 新潟支部の七夕会において、『英国での暮らしとビジネス』 (副題)イギリスで日系企業に43歳から14年間勤めて分かった事、と言う題で、約50人の先輩後輩の皆様の前で話をさせて頂く機会が与えられましたことを神田支部長にまず、感謝いたします。今回その講演の一部をご紹介します。 私の場合、初めは、兎に角、海外で仕事がしたいという思いだけで無我夢中でロンドンにある求人募集代理店に紹介された幾つかの日系の会社に面接に行きました。英語も日常会話程度で、当時は、転職の限界年齢をとっくに過ぎた43歳でしたけれども、採用してくれる会社があって務めることになりました。ただ、私が役に立たないという事で、いつ 『明日から来なくても良い!』 って言われるか気が気ではありませんでした。英国で勤めた会社は、日系の自動車部品を自動車メーカに販売する会社でした。 平成25年末に家庭の事情で帰国するまで約14年間勤務しました。帰国して勤めた会社は、英国に行く前に勤めていたことのあるビルメンテナンス会社 (ビル清掃、設備管理、施設警備、ビル受付、電話交換など)だったので人生最後のご奉公と思って入社しました。それから普通に半年間社員をしていましたら、突然、『明日の株主総会から社長に就任してくれ!』 と言われ、その言葉は正に私にとって 『青天の霹靂』 でした。英国に行くことが決まった時には、親戚や知人は、私が英国で通用しなくて直ぐに戻ってくるだろうと考えた人も多かったと思います。英国に行ってやっていけるだろうと思って行ったわけではなくて、行ったら何とかなったという事です。何歳になっても何事にも常にチャレンジャーであることを忘れないことで、何とかなったんだと思います。そして今、人生初めての、社長業も5年日に突入します。これからもチャレンジャーであることを意識してより良い成果を出せるよう頑張りたいと思います。 ------------------------------------------------------- 平成27年度総会 「同窓会に参加して」 高第48回卒 波塚 貴浩 48回卒は平成27年に幹事年を迎えるとのことで、前年の平成26年から同窓会に参加させていただきました。同窓会に参加する前は、同窓会に対して、諸先輩方との交流もなかったため敷居の高いものと考えており、敬遠していましたが、いざ参加させていただくと諸先輩方から多くの示唆に富んだ、また楽しいお話を拝聴することができ、非常に貴重な時間となりました。一番驚いたことは、同年代よりも、諸先輩方が非常にお元気であること。そして、バイタリティにあふれ、これからやりたいことや夢をお話され、前に進むことの重要性を気付かされたことです。 生まれた年や学んだ時期も違いますが、ただ同じ校舎で学んだという繋がりだけで、以前からの友人のように、また親子ほど年が離れていても、同じ目線で交流いただけるこの同窓会に、1人でも多くの若い世代が参加して欲しいと感じました。 毎年7月7日の七夕の日に開催される新潟支部の七夕絵会」も、三高同窓会と比べると規模も人数も少ないですが、同窓会と同じく諸先輩方の熱気であふれ、世代を気にすることなく気軽に楽しめる総会です。ただ、まだまだ20代、30代の若い世代の参加が少ないので、ぜひ多くの若い世代から参加してもらえるよう、少しでも広報活動をしていきたいと思います。 総会での出会いと発見が、年に一度のものではなく、普段から有意義に交流できる関係作りになるよう、これからも同窓会を盛り上げていこうと思いました。 ------------------------------------------------------- 平成26年度総会 「幹事年を迎えて」 高第48回卒 柳原 大輝 平成27年は、三条高校を卒業して20年を迎え、同窓会の幹事年となりました。私は数年前から5月1日の総会には出席をしていましたが、いざ幹事年のバトンを渡され、飯塚代表幹事らと共に、まずは各支部総会に出来るだけ出席する事にしました。そして私が初めて出席した支部総会が、新潟支部の 「七夕総会」 でした。神田伸一支部長からの指名で、ただ出席するのではなく[起業]をテーマに40分前後の講演を依頼され、初の支部稔会出席の場で、人生初の講演をすることになりました。私の講演の内容はさておき、永遠偉大な先輩方の前で講演させていただいたことで、これから更に覚悟を磨き、精進しなければならないと改めて身を引締めることが出来ました。この貴重な経験をさせていただいたことをこの場を借りて御礼申し上げます。私たちはこの [七夕総会] から始まり、各支部会に出来るだけ参加してきました。 その中で各会において、ある共通の力があることを感じました。同窓会には、ただならぬ三高パワーがあるということです。どこの支部へ行っても必ず「明日からもっと精進しようー」とヤル気にさせていただきました。同窓会というのは、昔を懐かしむ事も確かに大切ですが、活力が張ったり、元気になったりする場でもあると思います。いつまでも変わらぬ三高パワーがある会であって欲しいし、世代関係なく楽しめて、出会い・発見のある会であって欲しいと思いました。これから先、20代30代の世代が、もっと参加・参画できる棟に、広報活動をしていきたいと思います。 最後になりましたが、毎年7月7日には新潟グランドホテルにて、新潟支部総会「七夕総会」が開催されています。申込み方が分からない・案内が届いていない人は、同窓会事務局・新潟グランドホテルに直接申込みしてください。参加資格は 『三高愛を持っていること』 です。皆様の参加を心よりお待ちしております。一緒に盛上げて行きましょう! ------------------------------------------------------- 平成25年度総会 「今年の七夕総会に是非お運びください」 高第23回卒幹事 相田 幸一 平成26年の新潟支部は例年どおり、7月7日に新潟グランドホテルにて、七夕総会を開催します、お誘いあってご参加くださるようお願い申し上げます。 毎年7月7日を総会日と定めて広報に努めているつもりですが、限られた予算の中でのやり繰りのため、1000人を超える市内在住の同窓諸氏の全てに案内を発送することは不可能な状態にあります。欠礼をお許しください。 誠に恐縮ですが新潟グランドホテルの三高同窓会担当の川崎さんまで、卒業隼とお名前をもって、七夕総会に参加する旨を電話でご一報をいただければ、当日の参加者名簿に加えさせていただき、参会をお待ち申し上げます。 お誘い合ってご参加いただければ、在校時代を懐かしみつつ、ご一緒に「風空嚢・・・」で始まるあの忘れ得ない校歌を必ずしや大合唱できることでしょう(例年校歌、応援歌の一時が最も盛り上がります。 また、総会に先立って、毎回卒業生又は三条市にゆかりの深い講師にお願いしている講話にもご期待ください。 ちなみに昨年は国定三条市長にお願いいたしまして、三条マルシェ等地域興しや市政の現状と取り組みについてお話しいただきました。 昨年は固定市長の肝いりで郷土旧下田村から会津の只見町に抜ける予定の国道289号線の工事現場まで小型バスで見学する一般向けツアーが実施され大変盛況であったと聞き及んでいます。 私は旧下田出身で、幼少の頃からその渓谷美に慣れ親しんできましたが、三条市民の多くにとって、普段車両交通止めのため、新緑時、紅葉時の美しきに触れる機会もなく、驚愕の世界だったと想像するところです。 ------------------------------------------------------- 平成24年度総会 「七夕会の歴史は40年を超える?」 高第23回卒幹事 相田 幸一 新潟支部では毎年恒例となった”七夕会新潟支部総会”が7月7日に開催されます。この原稿依頼を受け「何を書けばいいんだろう?」と考えた時「俺は何時から七夕会に出るようになったんだろ?そう言えば、堤先輩のやんちゃな頃の話を聞いたのが最初かな?」と少しずつ思い出されてきました。堤先輩は、当時、建築技師として新潟市役所に採用されたばかりの私にとって、三高の先輩であると同時に官と民の違いはあれ、同じ建築で生きる大先輩でした。新潟駅前の安兵衛ビルの中にあったロンドン亭が会場で、栄森先輩が司会をなさっていらっしゃいました。私は参加者の中で一番若く、大先輩の方々に気後れし、あまり言葉を交わすことができませんでした。「新潟日報OBの中島先輩のお話もお聞きしたなー。BSNアナウンサーの山中さんの話も面白かったなー。」などなどの記憶が蘇ってきました。 何時からか幹事として運営をお手伝いすることになり、7年前には新潟市の新米都市計画課長として演壇に立たせていただきました。昨年は現在の衆議院議員でいらっしゃる金子恵美さんと新潟市が目指しているBRT(バス高速輸送システム)の導入をテーマに対談させていただきました。 「ソッカー!七夕会はもう40年近く続いているんだ!ひょっとしたら40年を超える歴史があるのかもナー。」 こんな七夕会もなかなか参加者が伸びません。40年近く七夕会とお付き合いし、多くの先輩・後輩に公私ともにお世話になっている私としては「何で若い奴らは出てこないのかな?」と思い、正月には「今年の7月7日は何曜日だ~」とカレンダーを覗いています。 ------------------------------------------------------- 平成23年度総会 「三条高校同窓会の再構築」 高第25回卒幹事 神田 守 昨年の「七夕総会」を終わり、ほっとしたと思ったら今年の総会の準備をスタートする時期になりました。幹事として私も参加させていただいた時は、若かったのですが現在の新潟支部の幹事会も世間同様に高齢化が進んでいます。この問題を放置することは、同窓会崩壊への第一歩に繋がっていくと思われます。この問題については、何もせず放置して置く訳にはいかないのです。 そんな時に、日本最大の同窓会開催支援サービス会社「笑屋の同窓会」を知ることが出来ました。この事を踏まえて、新潟支部の幹事会において同窓会幹事会代行サービスの利用を検討する方向に進んでおります。サービスの内容について、参考になればと思い紹介させていただきます。 [ステップ1] 名簿データ人力 [ステップ2」 郵送費・印刷苛立替 [ステップ3] 会場との料金交渉 [ステップ4] 同級生・不明者リスト作成 「ステップ5] WEBページ作成・運営 [ステップ6] 第1回官製ハガキデザイン発送 [ステップ7] 正式案内状作成発送 *用意するのは名簿だけで、手軽に同窓会 やOB会を開催できます。 〈メリット〉 ・同窓会実施後には、メールでの連絡手段があるため、通信費ゼロにする事も可能。 ・同窓生の力を借りたいイベント、学校への寄付時など全体メールで告知も可能。 ・出席者の増加など。 細部についての質問・疑問については、新潟支部までご連絡下さい。 このような新しい同窓会開催支援サービスについては、後輩である「金子恵美」県会議員のアドバイス をいただきました。そして、再構築のためには若い世代に同窓会の絆をバトンタッチして行かなければなりません。また、三条高校同窓会の絆を犬切にして再構築するためには同窓生の皆様の協力が必要ですので宜しくお願い致します。 ------------------------------------------------------- 平成22年度総会 「誇るべき母校の校歌」 高第22回卒 支部長 神 田 伸 一 三条国工の現職の小島校長先生は我が母校の卒業生ではないが、母校の校歌「風空嚢・・・」にめっぽう造詣が深い。 毎年、新潟支部総会で先輩諸氏が校歌を歌い上げる凛とした姿に感動すると同時に、誌に込められた作詞者の意図が知りたいと常日頃から思慮していたところでありました。有り体に申し上げれば、私の読解力では誌に託された深い思いが理解ができないということであります。 一昨年、校長先生が我が母校に赴任された年に、早速、新潟支部の総会において「校歌と作詞者」についてご講演をいただいた。 先生曰く、校歌の作詞者である平野秀吉先生は恩師の恩師にあたる先生と話しておられたように記憶する。 私は在校当時、全くの劣等生、かつ、この上ない不良学生であり、屋上で応援練習時に校歌を嫌々叩き込まれ、誌の意味などは意に介さず、そら覚えしてしまったのであります。 校長先生のお話をお聞きして、作詞者が誌に込めた掛詩等について、私なりに多少は理解も進んだように思う、興味深い話をお聞きすることができたと偏に感謝している。 私も還暦の年を迎え、改めて母校の校歌のすばらしさを噛み締めている。 校歌は一番から五番まで全てがすばらしい詩であり、郷土の誇る自然美と、青年の大志の高揚を絡めていると私なりに解釈し、歳を重ねる毎に、今更ながら、しみじみと感じ入っているところである。 特に私には「茫々百里蒲原の広野をを呑むや信濃川」のくだりが興味深い。 我が郷土に所在し、日本国を代表する大河信濃川と茫々蒲原平野の掛詩に色々と連想させられる。 さて、先人諸先輩の計らいにより、新潟支部は毎年七夕の七月七日に総会を開き、声を大にして校歌を斉唱しています。 今年こそ、「源泉」ご愛読者の多数の同窓諸氏のご参会をお待ち申し上げます。 ------------------------------------------------------- 平成21年度総会 「大雪から絆へ」 高第25回卒 副支部長 神田 守 今年の冬は、暖冬と言われていましたが、なんと新潟市は26年振りの大雪になりました。そして、大雪の被害は様々の所でありました。それは、人身事故、車の事故、除雪費の追加など多大な被害をもたらしました。しかし、悪いことばかりではなく、この大雪で人が持っている助け合いの心(お互い様)に何度かめぐり合い、感動する場面に出会えた嬉しい事もありました。 一例を紹介しますと、私は仕事で住宅街を車で配達することが多いのですが、近年は一人暮らしの方、老夫婦の世帯の方など若い人が暮らしていない住宅街があります。そこでは、大雪で除雪したくても除雪できません。それならなんとか新潟市(市政)が除雪すると思われますが、それができません。それでは、どうしたと思われますか? 町内の全員で若い人も出てきて除雪しました。こんな時は、「お互い様ですね」と言いながら頑張っていました。普段は顔を合わせることのない人、話したこともない人が、除雪作業で心をひとつにして一生懸命に体を動かしていました。最近、薄れかけていた人との絆が大雪のおかげで一本繋がったのではないかと思います。 ここで、昨年7月7日の同窓会で先輩から本を紹介していただきました。そこに書いてある『一語一会』を伝えたいと思います。 『一語一会』とは、美しく生きるために出会った言葉です。 四季の心で! 『人に会うときは、春のような暖かい心で』『仕事をする時は、夏のような情熱的な心で』 『物事を考える時は、秋のような澄んだ心で』『自分をいましめる時は、冬のような厳しい心で』 (永林寺編者より) 先輩に『感謝、感謝、感謝』です。ありがとうございます。今年も新しい出会いと感動をいただける同窓会が楽しみです。 【連絡】同窓会 日時 7月7日(水) 18時30分受付 19時 開演 場所 新潟グランドホテル TEL 025-228-6111 (新潟グランドホテルー担当 五十嵐) ------------------------------------------------------- 平成20年度総会 「加齢と姿勢」 高第22回卒 支部長 神 田 伸 一 背骨を軸とした人間の正しい姿勢は、加齢によって必ずしも損なわれるものではない。 そのことは新潟支部の七夕総会に皆勤出席いただいている諸先輩の凛とした姿勢によって実証されている。私も長寿が許されるものであればあやかりたいところである。 過日、中島先輩に街でお会いしたにもかかわらず、挨拶を怠ってしまい反省している。街を闊歩する先生のお姿があまりに凛とした正しい姿勢で若々しく、おまけに格好良くおられたので呆気にとられ、挨拶の機を逸したというのが実際のところである。先輩お許しください。 三中・三高の諸先輩の姿勢が若々しく、凛々しいのは、想像するに三中・三高の校歌の精神に起因するところもあるのではと思ったりする。校歌を歌っているときが最も凛々しいからである。今年も七夕総会でお会いし、校歌を斉唱できることを楽しみにお待ち申し上げます。 一方、好姿勢の新潟支部の諸先輩に比べ、私の父親は八十才を超えて身長が十センチも縮んだと嘆いている。私も若い頃の怖い父親の姿が脳裏に焼き付いているためか、寂しさを禁じ得ない。 原因は日頃の姿勢をあまり気にかけていないことに起因すると思って、助言をしているが、今更これまでの生活習慣を改善するのは容易なことではないと半ば諦めている。 父は昔から下田の自然をこよなく愛し、山菜・茸の山の幸から川鱒・鮎に代表される川の幸を謳歌してきた。 したがって、身体は自然に適応するように頑丈に出来ており、子供心に仙人と重なるほど、山や川、自然の条理に精通していると感心している。 最近では、姿勢は悪くなってきたものの自然とともに歩むように頑丈に造られた父親の身体が山深い下田郷での生活の基本となり、両親ともに頗る健康で元気であることに深く感謝している次第である。 ------------------------------------------------------- 平成19年度 高第25回卒 副支部長 神田 守 平成20年1月25日は、私にとって第二の人生の幕を降ろした日です。証券業界に三十年問勤め、この日を迎えることができたことに深く感謝しております。小学校から大学までの学生時代(第一の人生)、社会人から1月25日までの第二の人生、そして、1月26日からが第三の人生を歩むスタートの日です。これからは、社会貢献ができれば、よりすばらしい人生になるかもしれないと考えましたが、自分自身もう一度考えた時に、自分が今できる事は、一人々の友人に貢献して行く事だと考えました。そして、友人とは、先輩・後輩・同僚などの心を理解し合える人たちのことであり、又、今まで色々とお世話になった人達です。 私は『一期一会』の言葉が本当に好きです。人は一生の間に何人の人と会うことが出来るでしょうか?・また、何人の友人を作ることができるでしょうか?そして、何人の親友を作ることができるでしょうか?・私はこれからも多くの友人、親友が作れるよう『一期一会』を大切にしていきます。私事ですが、大切な親友も三条高校の同窓生だったのですが、五十歳にして私と別れて違う世界に行ってしまいました(他界)。親友のことを思い出し、人生を振り返ると一生に一度しか会わない人もたくさんいます。それだけに出会いを大切にし、また、感謝しなければならないことを痛感します。そして、三条高校同窓会の先輩、後輩、同期の人たちに感謝し、これからも同窓会の躍進に寄与できるように頑張っていきます。 新潟支部からの連絡ですが、5月の中旬に三条市の嵐渓荘に宿泊(日帰り可)の計画があります。幸せの時間を先輩・後輩・同期の人たちと過ごしたいと思っています。毎年7月7日の同窓会の集まりだけではなく、色々楽しい、幸せな時間を過ごせることを計画して行きますので、事務局まで連絡御待ちしております。人生は一期一会です、お会いできることを楽しみにしています。 [連絡先】(事務局) TEL 025-249-1286 FAX 025-249-1287 ------------------------------------------------------- 平成18年度 高第20回卒 幹事 小林代士未 新潟支部幹事会で例年の七夕総会の反省・慰労会ということで、妙高高原一泊の企画がありました。 日程は7月29日(土)30日(日)。梅雨明けも遅く、雨や台風の多い年でした。 二日前から雨模様、台風のニュースもあり、その影響もあって、当初、8名の参加が5名になりました。 当日は雨も止み、午前8時過ぎ新潟駅南口集合・出発、高速道路を一路、妙高高原 へ、途中で昼食と夕食の買物。 昼前に妙高高原スカイケーブルに到着、片道乗車券で山頂へ、霧がかかっていて景色はいまいち。 ロッジで昼食後、雨が降り始めましたが、ガイド(男性)の方の説明を聞きながらブナ林を散策しました。 其の時、ガイドさんからブナの樹についての貴重な体験をさせて頂きました。 それはガイドさんの持っていた聴診器をブナの樹の幹にあてて樹が水分を吸っている音を聞いたことです。 ブナも生きているんだなと感動しました。 それから、下山しながらの夏ワラビ採り、春だけかと思っていたら夏でも採れるんです。 雨で採りづらかったのですが、皆さん濡れながらも頑張りました。これもまた貴重な体験、明日の朝食の一品です。 下山後は杉野沢の杏っこ(山荘)へ到着。 夕食前に近くの温泉「苗名の湯」でリラックス。夕食は川村奥様の手作りもあって、豪快に飲み、食べ、遅くまで語り合いました。 二日目(快晴)、昨夜こしらえた夏ワラビをおかずに朝食。自分達で採った物はより美味しく感じ、食が達みました。 山荘を後に周辺を観光、お昼近くなりそば打ちを体験しようと、そば処に入りました。 打ち方(湯じめ、こねる、打つ、切る)を皆で交代しながら教わり、完成です。自分遠のそばと昧を比較するのに店のそばも注文してみました。 太さ・長さはバラバラでも自分遠のそばも美昧しかったです。これもまた貴重な体験、その後は、斑尾高原・野尻湖経由で新潟へ。 貴重な体験づくしの二日間、川村ご夫妻に感謝、楽しかったです。
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支部便り/東京支部
東京支部LINEグループ参加者、絶賛募集中。(7年度源泉より) 東京支部副支部長(高37回卒) 須佐 誠 小生には、同窓生の姪がいます。勤務先の大手町の隣の駅が最寄りの大学に通っています。 御多分に漏れず、同窓会はいかにして、より多くのそしてより年代層幅広く総会等に参加していただけるかが命題となっております。それは、どこの支部も頭を悩ませていることと思います。 さて、「おじさん」は、大学生の姪っ子さんに尋ねました。 私「 今度、同窓会の支部総会があるよ。出席してくれないかな?」 姪「 いや、それはおじさん達でやってください」 私「卒業生は、皆、同窓生なんだよ」 姪「大勢で集まるのは、苦手です」 私「 え?っ!三条の友だちと集まらないの?」 姪「 仲良い子としか会わないよ。コロナ世代は団体行動が苦手」 私「 (そうなんか・・・かわいそう)どうやって連絡取るの?」 姪「LINEだけ」 あまりしつこくすると、さすがの「おじさん」も嫌われるので、時が来るのを待つことにして。ただ、LINEが強力な武器という事だけは認識しました。東京支部総会の準備中・・・ 佐々木支部長の「配布資料に入れるものあるかね?」の問いかけにすかさず「このQRコードを入れてください」と、作成したばかりの「三条高校同窓会東京支部」のグループLINEのQRコードを差し出しました。 7月の第一土曜日東京支部総会が始まりました。 MCから幾度となく案内が入ります。 「お手持ちのスマートフォンからQRコードを読み取ってご準備ください」なんの準備? 「懇親会のクイズ大会にご参加される方は、LINEグループにご参加ください」なるほど!そういう事ね。 懇親会クイズ担当の私は、1等賞「嵐渓荘宿泊ご招待券」が当たる御当地クイズをLINEグループから流しました。一斉に受け取られた同窓生、回答は早いもの勝ち、です。もちろん、全問○です。いち早く「全問○」で返信した方が1等賞でした。そんな楽しいイベントを経て、今やLINEグループの参加者は86名となっております。回を重ねる毎に増えていくのでしょう。姪っ子さんが入ってくるのは、いつかな?これで、SNSは、LINEとFacebook。紙媒体は東京支部便りとコミュニケーションツールが増えました。なんとか?同窓生、集いたい。役員会の飽くなき挑戦は続きます。おしまい 平成から令和へ(6年度源泉より) 東京支部(高17回卒) 橋本 良崇 東京支部は1都8県を担当エリアとして、会員相互の親睦を図っています。エリアが広いため相互連携の難しさがあります。在籍会員の実態は5、000名を超えると考えていますが、支部会報“東京支部だより”は登録会員約2、500名に届けています。残念ながら半数以上の会員は住所がわからず連絡とれていません。特に平成に卒業した若い皆さんに住所のわからない方が多く、これらの方には支部の発行する支部会報も本部が発行する同窓会誌“源泉”も届かなく母校とのつながりが薄くなってしまいます。住所変更の際は東京支部にご一報ください。 東京支部では大きなイベントとして“支部総会”、秋に計画の“大懇親会”があります。これ以外に春・秋に実施している“ウォーキング会”と“囲碁大会”、また好きな人が集まっての皇居マラソンやスキーツアーなど同好会もあります。コロナ禍で集ることが難しくなり、令和2年から3年間、支部総会やほかの集まりも中止いたしました。ようやく新型コロナが収まり、昨年の春ウォーキングは日本橋界隈を(写真ご参照)、秋ウォーキングは神代植物園を散策し、先輩後輩一緒に楽しく歩きました。 従来イベントの案内は主に郵送による紙ベースでした。元号は平成から令和に変わり、猛威のコロナ禍のときに佐々木支部長新体制となり紙ベースだけでなく、SNSを駆使しMeta(旧FB)を活用して会員に参加を呼びかけるようになりました。アナログからデジタルへの移行です。秋の大懇親会においては50~60才代の会員が横のつながりの友人に声かけ、集団で参加してくれました。平成の卒業生に趣味の仲間グループを作り支部の同好会として組織化すれば、若手同窓生の参加が増え横のつながりを縦にも結べ、立体的で有機的な同窓会になると思います。 令和5年の東京支部同窓会は新たな発展の芽が出てきています。今後とも東京支部への応援よろしくお願いいたします。 40年振りの母校(5年度源泉より) 東京支部長(高36回卒) 佐々木 剛 昨秋、創立120周年の式典のため、約40年振りに母校を訪ねました。校舎は建て替えられておりますが、学校内の佇まいや在校生の雰囲気は、私が通っていた当時に近しいものを感じることが出来ました。自由ななかにも自律した高校生活を今の在校生の皆さんも送っておられるものと思います。次世代を担う子供たちに、十分かつレベルの高い学びの機会を提供することは、国のみならず、県や、各地域において、最も重要な課題と思います。多くの卒業生が、学びの場や、経験を積む機会を求め、首都圏をはじめとする県外に転ずることは、これもまた昔と変わらないことではあります。 これからは、国内のみならず海外へ渡る若者も増えてゆく事と思います。日本中で、また、世界中で学び、活躍することは、頼もしくもあり、素晴らしいことです。が、一方で、優秀な人材や才能あふれる若者が、地方や各地域から、流出する事であることも事実です。それらの才能を、再び、地方や地域に呼び戻すことができれば、将来の発展に繋がるものと思います。わが県央エリアにおいても、伝統のある技術を更に進化させ、新しい産業を創出することにより、エリア経済を発展させると同時に、教育の充実、スポーツ、芸術と言った文化の振興などにより、若者にとって魅力的なエリア作りを進めて行く必要があります。我々、同窓生も、地域の皆様と一緒に、直接的、間接的に関わらず、県央エリアの将来のための力になれたらと感じます。 さて、同窓会東京支部においては、関東エリアに住む卒業生、特に、現役の学生も含む若い卒業生との繋がりを拡げてゆき、皆さんの将来について何かの役に立てればと考えています。経験豊かな諸先輩とのコミニケーションは、少なからずポジティブなヒントを与えてくれるのではないでしょうか? 是非、イベント等にご参加ください。Facebookにてご案内してまいります。 120年の歩みのなかで(3年度源泉より) 支部長(高17回卒) 橋本 良崇 母校三条高校は明治35年設置が認可されました。同年(1902)5月1日に入学式が挙行され、この日をもって創立記念日と定めました。来年令和4年(2022)で創立120年になります。この120年の長い歩みのなかで、東京の空の下ではいろいろなことがありました。大正12年秋には首都圏一帯を大地震が襲いました、関東大震災です。 昭和11年2月26日は都心でいわゆる「2・26事件」が発生しました。戒厳令下首都では雪の舞う寒い日であったと記録にあります。このころから太平洋戦争終戦までは国民全てが総力戦体制で突き進んだ時代でした。三條中学を優秀な成績で卒業し、大学・陸軍士官学校・海軍兵学校に進み国のため、家族のために命を落とした先輩が少なからずおられました。昭和20年3月10日は東京大空襲でした。戦禍で亡くなった先輩方々が数多くおられたことは痛ましい限りです。 戦後、現在の東京支部の礎を築いた先輩は旧制中学から新制高校に変わるころ卒業された諸氏です。その方々が同窓会再建に尽力されたおかげで現在の同窓会東京支部があるように思います。当時の活動の一端をお話しします。(以下「東京支部だより14号」より引用)「再建の年に私(野村邦夫:中39B:元支部長)が事務局を引受け、浅野正俊(中18)先輩から名簿、帳簿など引き継ぎました。浅野正俊先輩が亡くなられたとき、ご遺族から、10万円の寄付金を頂戴いたしました。野村は、この寄付金を何か記念になるものを残したいと考え“中学と高校の2つの校章を入れた旗”を制作し同窓会のシンボルとして総会ごとに掲げ先輩を偲ぶことを考ました。そして玉木悌輔氏(中41:現顧問)と相談し、制作しました。昭和63年のことです。」以来、今日まで毎年支部総会で掲げています。校旗、校歌旗は毎夏、陰干しして大切に保管しています。昨年(令和2年)は新型コロナのために『校旗』と『校歌旗』を掲示する機会を失いました。残念ですが今年も東京支部総会は中止の予定です。 「東京支部青年部主催大懇親会」(2年度源泉より) 副支部長 高36回卒 佐々木 剛 11月28日(木)19時より東急ステイ銀座内の The Stay Gold 銀座に於いて、東京支部青年部が主体となり、同窓会本部及び他支部皆様のご協力の下、大懇親会を開催いたしました。本懇親会は、昨年(2018年10月)に開催されました東京大会の流れを引き継ぎ、より多くの若手同窓生に参加いただくことを目指して、開催されました。「支部総会は敷居が高いなぁ」と感じられている若手の皆様にも気楽に参加していただくために、平日夜の開催、カジュアルな雰囲気で楽しめる会場選び、リーズナブルな参加費用、学生割引など、いくつかの工夫を凝らしました。また、フェイスブックなどのSNSを活用すると同時に、同窓会本部の皆様、各支部の皆様のお力を借り、幅広い年齢層への声掛けを図りました。 当日は、73名の皆様の参加となりました。参加者の平均年齢も50歳を下回り、3名の現役学生の参加もあり、幅広い年齢層の同窓会となりました。19時の受付開始から、徐々に皆様が参集され、19時半には野水同窓会長のご挨拶と乾杯のご発声で開宴いたしました。その後、山田新潟支部長のご挨拶、西村衆議院議員と藤田加茂市長によるパネル ディスカッション、前年の東京大会でのパネラーであった早川与規さんのご挨拶、また遠路からご多忙中にも関わらず駆けつけていただいた皆様からスピーチをいただきました。学生3名の方々にもお話を伺いました。 さらに、ご協賛の皆様からご提供頂いた品々を賞品とした、ビンゴ大会、じゃんけん大会など、盛り沢山の内容で、大いに盛り上がりました。嵐渓荘様には賞品のご協賛のみならず会場で流したDVDの作成までご協力いただき、ありがとうございました。最後は、皆で、恒例の校歌を歌い、名残惜しくも21時半には散会となりました。参加者の皆様から大変楽しかったとの感想を多く頂き、大変良い会となりました。今後も、本部・他支部とも連携頂きながら、同窓会の裾野を広げて行けるように努めて参りますので、ご協力よろしくお願い申し上げます。 「東京大会を終えて」(31年度源泉より) 高49回卒 本間 隆之 三条高校同窓会を考える会の協議から始まった東京大会ですが、成功のうちに終わりました。 成功のエビデンスとしては、山井前会長が提唱されていたマーケティング理論から導き出した「東京には三高OB・OGが数千人おり、その内の総会に参加したいと思っている潜在層が相当数いる。特に若い方たち。」という仮説を実証できたことであります。 参加者総数約150名、その内の約8割が40代以下であり、さらにその内の半数近くが20代30代でありました。 日時は2018年10月3日(水)の19時から東京都中央区のDIAGONAL RUN TOKYOにて行いました。集客の工夫としては、会費を年齢によって変動させたこと。40代以上の方は6、000円としましたが、30代の方は3、000円、20代以下の方は赤字を覚悟で2、000円としました。 またFacebookなどのSNS広告を活用したことで、普段接触のできなかった若い世代へ告知することができました。 そして、アトラクションのゲストには、山井会長とユナイテッド株式会社会長の早川与規先輩をお招きして、「三条高校を卒業して」というテーマのトークセッションを行いました。このお二人のネームバリューに助けていただいたことも確かです。 よって、今回は幹事として大成功とは言えませんが、県高・長高が千人単位で集客していることを考えれば、まだまだ我々のキャパシティーはあるはずです。 この結果に満足することなく、東京支部の皆様からの強力なバックアップをいただき、更なる集客に努めて参ります。 最後に、ご多忙の中ゲスト出演していただいた山井会長と早川先輩、集客から運営までアドバイスをいただいた橋本東京支部長をはじめとする東京支部の皆様、幹事として参画してくださった皆様、本当にありがとうございました。 「平成30年度東京支部総会」報告(31年度源泉より) 高21回(昭44年卒) 渡邉 正和 例年、晴天に恵まれたことがないと囁かれていた「七夕の日」の7月7日(土)、見事な晴天となり、パセラリゾーツ銀座店(2F)ガムランボール・ラウンジにて同窓生80名の参加を得て同窓会東京支部総会が盛大に執り行われました。 過去、ホテルでの会場設定がほとんどでしたが、今までの雰囲気を少し変えてみようとの試みから今回の会場設定となりました。 強い日差しの暑い中、会場にお集まりいただいた会員の皆さまが再会を喜び合ってあちこちで話の花が咲き始めたころ、ほぼ定刻どおりに総会は佐々木剛副支部長の司会のもと橋本良崇支部長の挨拶から開始されました。 来賓として最初に山井太同窓会長から祝辞をいただき新たな施策等についてお話がありました。 続いて学校長代理としてご臨席頂きました佐野明義教頭から祝辞をいただきました。 母校の近況についてご報告があり、全校生徒の男女比率が345人:453人と女性のほうが多くなっている現状に会場から驚きの声が起こりました。 祝辞に引き続き、支部長より野村邦夫氏(旧中39回B)、玉木悌輔氏(旧中41回)に対し永年の当会への貢献に対する感謝状の贈呈が行われました。 次に支部長が議長となり議事となりました。 役員人事を含む議題は円滑に審議され、原案どおり承認されました。 写真撮影の後、懇親会となりましたが、今回は席を出身地別とし、より懇親を図れるように工夫されました。 高桑紀美江燕支部長から開会の挨拶、乾杯の発声は野嵜喜一郎三条支部長からいただき会は始まりました。飲むほどに酔うほどに会話は弾み雰囲気が盛り上がってくる中、今回、初めて計画したイベントとしてビンゴゲームとテーブル対抗クイズ大会を佐々木剛副支部長、須佐誠常任幹事と相田香さん(高49回)の司会進行により進められ大いに盛り上がりを見せました。 景品として様々な団体や個人から寄贈をいただき、一層、会を盛り上げたのではと推察しております。 遠い故郷や、遠い学生時代の思い出話が尽きない宴たけなわの中、最後に、恒例の名古屋実氏(高20回)のアコーディオン伴奏で校歌を歌い、応援歌「Sanjo Will Shine」を同窓会会長の音頭取りにより歌い上げ、三本締めで再会を約束しながら盛会の内にお開きとなりました。 山井太さんの「伝統と革新」、「野遊び」の豊かさ 副支部長 白山 映子(高26回) 東京支部総会では、同窓会会長の山井太さんによる講演が行われた。野球少年だった山井さんは高校時代も野球部で活躍、明治大学卒業後は外資系商社勤務、その後父様の会社を引き継ぎ、アウトドアライフの革新を目指されてきている。 講演では、和釘の技術からアスファルトを貫通するまでの硬度を備えた「ソリッドステーク」、可能な限り薄くそして軽い「和鉄ダッチオーブン」の説明に製品へのあくなきパッションが伝わり、文字通りその映像に釘づけとなった。燕三条の地場産に対する愛情、伝統職人の技への敬愛、妥協なき製品開発なども共感を与え印象的だった。さらに「野遊び」を楽しみユーザーとの交流を志向した "The Snow Peak Way" という活動が、自然と人間の融和を醸成し、豊かな人間性につながる道ではないかとの思いが熱く語られた。 平成30年度支部総会のお知らせ 日時‥平成30年7月7日(土) 場所‥パセラリゾーツ銀座店(2Fガムランボール・ラフウンジ) ℡ 0120-759-172」 -------------------------------------------------------- 「平成28年度東京支部総会報告」(29年度源泉より) 高28回卒 松 井 真姫子 平成28年7月16日 (土) スクワール麹町において平成28年度三条中学・高校同窓会東京支部総会が11時より開かれました。会場入り口では、多くの懐かしい面々の再会に笑顔がほころびました。総会の司会は小林治事務局長。橋本良崇支部長の挨拶で始まり、会長代理(同窓会副会長) である野嵜喜一郎三条支部長、上杉肇学校長、高桑紀美江燕支部長から、ご祝詞をいただき、総勢62人で行われました。橋本支部長が議長として選出され、長沼敏夫副支部長による活動報告、清水芳子副支部長による会計報告、五味京子会計監査による会計監査報告という、27年度の報告がなされ、伊藤早苗副支部長による28年度活動計画案が会員によって承認されました。本部より中山前支部長状が贈呈され総会は滞りなく終了しました。写真撮影の後、総会のイベントとしてオペラ歌手三浦克次氏 (高28回) によるミニコンサートが行われました。ますます円熟味を増した三浦さんの歌声に会員一同は酔いしれ、イタリアの情景を思い浮かべながら、しばし時を忘れました。懇親会の司会は、佐々木剛副支部長と相田香氏 (高49回) のもと、乾杯の音頭は伊藤副支部長によって執り行われ、なごやかな雰囲気の中、始まりました。垣根を取り払い、同じ同窓生という集合体を共有し、話題がつきなく親交が深められました。宴もたけなわの中、名古屋実氏 (高20回) の伴奏で校歌を全員で高らかに歌い上げ、お互いの健康と健勝を願い名残惜しみながら再会を誓いあい、会は成功裏の下にお開きとなりました。 どうぞ皆様、次回のご参加、ご協力をよろしくお願い申し上げます。 「平成29年度東京支部総会報告」(30年度源泉より) 東京支部 平成29年度支部総会報告 副支部長 伊藤 早苗(高17回) 7月17日(月・海の日)、真夏を感じさせる暑さの中、コートヤード・マリオット銀座東武ホテルに於いて、支部総会が行われました。参加67名。大先輩の皆様方はしばらくぶりの再会を喜び、お互いの健康を称え合いながら和やかに歓談され開会を待たれておりました。 司会は佐々木副支部長(高36回)。橋本支部長(高17回)の挨拶で始まり、来賓挨拶の筆頭は山井同窓会長(高30回)。今回は特別講演まで快諾いただき大変喜ばしいことでありました。上杉学校長の学校現況では、現役の 『文武』 における素晴らしい活躍が、そして本年の新入生は女子が男子に比して昨年以上に数多く入学してきたことが報告されると、会場は一瞬大きなどよめきにつつまれました。来賓の高桑燕支部長、野嵜三条支部長にも挨拶をいただき、続いて規約に基づき橋本支部長が議長となり審議に入りました。役員人事を含む全議題は全会一致でとどこおりなく無事承認されました。 引き続いて㈱スノーピーク社長・山井同窓会長の『人生に野遊びを』と題した映像を交えながらの講演がありました。この題目は同社カタログのトップページに出てくるワードでもあります。「本当に欲しいものは自分で作る」「ユーザー目線でまだ無いものをつくり続ける」ここにスノーピークのゆるがぬ哲学があると思いました。今やアウトドア愛好者のみならず多くの人達が知る憧れの「燕三条発世界行き」のブランドなのです。 懇親会では初めての試みとして来賓の方々には各テーブルに分散していただきました。会員からは日ごろなかなか話す機会が無い方と交流できて良かったとの声もあり、概ね好評だったのではないでしょうか。学帽・高下駄スタイルの渡邊副会長のリードで始まった恒例の校歌斉唱は、第一応援歌も含め昨年に続いて名古屋氏(高20回)のアコーディオン伴奏のもと、皆現役三高生に戻って大合唱。三本締めで名残を惜しみつつ、来年の再会を約束してお開きとなりました。 山井太さんの「伝統と革新」、「野遊び」の豊かさ 副支部長 白山 映子(高26回) 東京支部総会では、同窓会会長の山井太さんによる講演が行われた。野球少年だった山井さんは高校時代も野球部で活躍、明治大学卒業後は外資系商社勤務、その後父様の会社を引き継ぎ、アウトドアライフの革新を目指されてきている。 講演では、和釘の技術からアスファルトを貫通するまでの硬度を備えた「ソリッドステーク」、可能な限り薄くそして軽い「和鉄ダッチオーブン」の説明に製品へのあくなきパッションが伝わり、文字通りその映像に釘づけとなった。燕三条の地場産に対する愛情、伝統職人の技への敬愛、妥協なき製品開発なども共感を与え印象的だった。さらに「野遊び」を楽しみユーザーとの交流を志向した "The Snow Peak Way" という活動が、自然と人間の融和を醸成し、豊かな人間性につながる道ではないかとの思いが熱く語られた。 平成30年度支部総会のお知らせ 日時‥平成30年7月7日(土) 場所‥パセラリゾーツ銀座店(2Fガムランボール・ラフウンジ) ℡ 0120-759-172」 -------------------------------------------------------- 「平成28年度東京支部総会報告」(29年度源泉より) 高28回卒 松 井 真姫子 平成28年7月16日 (土) スクワール麹町において平成28年度三条中学・高校同窓会東京支部総会が11時より開かれました。会場入り口では、多くの懐かしい面々の再会に笑顔がほころびました。総会の司会は小林治事務局長。橋本良崇支部長の挨拶で始まり、会長代理(同窓会副会長) である野嵜喜一郎三条支部長、上杉肇学校長、高桑紀美江燕支部長から、ご祝詞をいただき、総勢62人で行われました。橋本支部長が議長として選出され、長沼敏夫副支部長による活動報告、清水芳子副支部長による会計報告、五味京子会計監査による会計監査報告という、27年度の報告がなされ、伊藤早苗副支部長による28年度活動計画案が会員によって承認されました。本部より中山前支部長状が贈呈され総会は滞りなく終了しました。写真撮影の後、総会のイベントとしてオペラ歌手三浦克次氏 (高28回) によるミニコンサートが行われました。ますます円熟味を増した三浦さんの歌声に会員一同は酔いしれ、イタリアの情景を思い浮かべながら、しばし時を忘れました。懇親会の司会は、佐々木剛副支部長と相田香氏 (高49回) のもと、乾杯の音頭は伊藤副支部長によって執り行われ、なごやかな雰囲気の中、始まりました。垣根を取り払い、同じ同窓生という集合体を共有し、話題がつきなく親交が深められました。宴もたけなわの中、名古屋実氏 (高20回) の伴奏で校歌を全員で高らかに歌い上げ、お互いの健康と健勝を願い名残惜しみながら再会を誓いあい、会は成功裏の下にお開きとなりました。 どうぞ皆様、次回のご参加、ご協力をよろしくお願い申し上げます。 平成29年度支部綽会のお知らせ 日時: 平成29年7月17日 (祝) 受付: 午前10時30分~ 総会開始: 午前11時~ 場所: コートヤード・マリオット銀座東武ホテル 電話: 03-3546-0111㈹ 特別講演 「同窓会長山井太 高30回卒㈱スノーピーク代表取締役社長」-------------------------------------------------------- 「平成27年度東京支部総会報告」(28年度源泉より) 高38回卒 事務局長 兼 青年部長 小林 治 東京支部事務局長 兼 青年部長の小林治でございます。 まず初めに、東京支部を簡単にご紹介いたします。管轄エリアは、東京都、神奈川県神奈川県、埼玉県・千葉県、群馬県、茨城県、栃木県、山梨県、静岡県の1都8県で、登録会員の同霊はデータ上、約3,300名が在籍をしております。 東京支部は管轄エリアが広範囲に渡っているため、会員は多く登録されておりますが、なかなか集まれないのが実情です。 そんな中、青年部へは現在14名のメンバーが参加をしています。高齢化による同窓会への参加者減少に歯止めをかけ、若手同窓生の発掘などを目的として活動し、同窓生同士の交流を深めております。 青年部の中にあるランニング同好会は、佐々木剛さん(高36回)を中心として2013年に発足しました。皇居の外周をラ ンニング&ウォーキングを行い、終わってからの乾杯を楽しんでいます。 直近では、2015年7月29日(月)京新橋駅近くの飲食店において、青年部の交流会を開催しました。参加者は10名、メンバーの人脈を通じて参加される方もおり、参加者の年齢は30歳代前半から40歳代後半までと20歳近くの開きはありましたが、在校中の名物先生や部活、出身地の話題などで盛り上がり、年代差を感じる事無く和やかなひとときを過ごしました。これからも、さらにみんなで同窓生の人脈を広めて参りたいと思います。 さて、私が行った若い世代を発掘する施策のひとつをお話しします。 2015年7月3日(金)、母校の社会人講和講師として講和を行いました。テーマは「本業とボランティア人脈作りのススメ」。翼としての本業とは別に、私が行っている同窓会などのボランティア活動を説明し大切さを話しました。開設講座中、受講生は14と最小の参加人数でしたが、皆さん同窓会の伝統を理解してくれて、卒業後の同窓会活動の担い手となってくれる事に期待をしたいと思います。学生として東京へ出てきたら、歓迎会をしてあげたいな~。 東京以外の各支部へ散らばる生徒もいる事と思いますが、各支部長の皆様におかれましては温かく迎え入れてくださいますよう、お願い申しあげます。 今後も本部、各支部と交流を持ちながら情報交換を行い、5年後、10後、20年後を見据えた同窓会活動を行って参りますのでよろしくお願いいたします。 -------------------------------------------------------- 「平成26年度東京支部総会報告」(27年度源泉より) 高20回卒 副支部長 長 沼 敏 夫 平成26年7月19日(土)、東京・銀座東武ホテルにて、来賓に同窓会本部から竹井満喜子副会長(会長代理)、平澤秀昭学校長、高桑紀美江燕支部長を迎え、26年度支部総会を開催しました。当ホテルは、前年度の東京・八重洲富士屋ホテルの営業終了に伴い、初会場です。 約60人出席の下、午前11時から開始。まず、中山重臣支部長、次いで竹井副会長、平澤学校長の順にごあいさつを頂いた後、中山支部長を議長に議事に入り、平成25年度活動報告、同年度会計報告、平成26年度活動計画、幹事の橋本良崇(高17回卒)と幹事の会計担当清水芳子(高25回卒)の両氏を副支部長に推挙する役員補充の4案件を、承認頂きました。 続くイベントは支部初公演の落語。新潟から招いた、ゑちご亭越後屋(樋浦重一・高61回卒)の「風呂敷」と、前座のゑちご亭ぬりパン(大竹優紀・高65回卒)の「だくだく」。枕の「えちごトキめき鉄道」話も面白く後輩2人の落語を楽しみました。引き続き、こちらも若い樋山笑子さん(高58回卒)の音頭で乾杯して懇親会に。肉や魚など料理をつまみに酒を酌み交わして懇談。校歌斉唱では塚田富士雄氏(高10回卒)がリード、登壇十数人が肩を組み会場全員で熱唱しました。最後は新任の橋本副支部長が締めのあいさつ、来年も元気な再会を約しました。 平成27年度支部総会のお知らせ 日時‥平成27年6月27日(土) 受付/午前10時30分~ 総会開始/午前11時~ 場所‥コートヤード・マリオット銀座東武ホテル イベント‥藤本すすむ&MidnightCatSミニコンサート(高25回・昭和48年率) ウォーキング『六義園・八百屋お七ゆかりの寺・根津神社を訪ねる』に参加して 高17回卒 清 水 卓 第17回ウォーキングの会は、タイトルの通り江戸時代の代表的大名庭園の六義園、人気作家井原西鶴の代表作の一つである「好色五人女」で有名な八百屋お七にゆかりのお寺、さらに徳川五代将軍綱吉がその造営に深く関わった壮大な権現造りの傑作、根津神社を廻ると言う、江戸時代前期の江戸郊外の街歩きでした。 10月13日の体育の日は、前日に大型の台風19号が九州を襲い、本州にも上陸か?との予報が出るあいにくの天候のため、当初31名が参加予定でしたが台風を懸念しての取り消しがあり、結局19名の参加となりました。当日の東京都心の天気予報は午前中曇りから雨、と午前中をうまく凌げればまずまずのお天気で、定刻の午前9時30分に集合場所のJR駒込駅前を出発しました。 六義園を目指しての本郷通りでは何人ものジョギングを楽しむ人たちとすれ違い、爽やかな健康感を味わえます。 徳川家五代将軍綱吉の頃から姿を変えていない六義園の回遊式庭園内ではツアーで訪れた外国人団体とも気軽に挨拶を交わしたり、紅葉の季節にはやや早いが、手入れの行き届いた樹木を眺めたりで、都心とは思えない静寂と、優雅な散策を楽しめました。 続いて八百屋お七にゆかりのあるお寺を巡りました。 八百屋お七については、情報伝達手段の乏しい江戸時代前期の頃ゆえ、諸説、物語が展開されていますが、真実は当時16歳の少女であったこと、放火したこと・捕えられ江戸市中引き回しの上品川の鈴ケ森刑場で火炙りの刑に処せられたこと程度であり、他は多くの人が伝聞、憶測を脚色したようです。 私たちは最初に本駒込3丁目の吉祥寺を訪ねました。 天和2年の大火でお七は焼け出されてこのお寺に避難し、寺小姓の吉三と恋に落ちたと言う説があります。この吉祥寺にはお七・吉三の比翼塚があります。 つぎに、白山下を廻り、円乗寺と大円寺を訪ねました。 円乗寺には八百屋お七のお墓が建てられています。本来、火炙りの刑に処せられる程の大罪人には基など有りませんが、お七の悲恋を哀れんでか、寺の住職が供養のため小さなお墓を建てたとのこと。 また、すぐ近所に大円寺があり、ここにはお七を供養するための”ほうろく地蔵”が寄進されています。 最後に根津まで南下し、根津神社内を散策しました。根津神社は東京大空襲時にも米軍が東京大学とともに焼夷弾を落とさなかったため、江戸時代前期からの権現造りをそのまま完全な形で維持している神社で、境内は3千本のツツジが植えられた都内有数の花の名所でもあります。 出発してから2時間半、約6kmの行程でしたが何とか傘をささずに済み、全員無事に江戸の郊外を気持ちよく散策することができました。 -------------------------------------------------------- 「平成25年度東京支部総会報告」(26年度源泉より) 高13回卒 副支部長 片 桐 洋 子 東京支部総会を7月20(土)午前11時より東京八重洲冨上屋ホテルにて開催いたしました。 本部より渡邊喜彦同窓会長、半澤秀昭学校長に出席していただき、67名で行いました。役員交代があり、新役員に長沼敏夫(高訓)、高野幹英(高22)各氏が選出されました。小林康子(高12)副支部長が退任されましたがウォーキング担当幹事として引き続き計画をお願いしております。 今年のイベントは本宮宏美さん(高54)のフルートと笠原厚浩さん(高31)のギターによるミニライブでした お二人の深く心に伝わる優しい音色に癒され、そしてその思いが全員による 「故郷 (ふるさと)」の人合唱となり大いに盛り上がりました。 平成26年度も楽しいイベントを計画しております。どうか皆様、総会へのご出席よろしくお願いいたします。 平成26年度支部総会のお知らせ 日時: 成26年7月19日 (土)午前11~15時 場所: コートヤード・マリオット銀座東武ホテル イベント: 「落語」 ゑちご亭越後屋さん (高61回卒 樋浦重一) 第15回ウォーク「江戸町人文化に触れる」に参加して 高21(44年)回卒 渡邉 正和 平成25年10月5日(土)、時折霧雨が漂うような生憎の天候の中、東京の下町、両国近辺を散策するウォーキングの会に参加しました。9時50分1R錦糸町駅集合、参加者30名は小林担当幹事の先導のもと10時出発、まずは駅北側に総武線とほぼ並行に伸びる北斎通りの散策からスタートしました。 日本の宝、天才絵師葛飾北斎にちなんだ通りでそれぞれの街路灯には富嶽36景の絵が飾られてありました。またこの通りと交わる一角に文庫本やあのテレビドラマでも人気のある人情味豊かな「御宿かわせみ」(平告弓枝原作)の舞台となった地もありました。お相撲さんの神様を祭ってある「野見宿彌神社(のみのすくね)」、そして北斎生誕の地ももちろん訪れることができました。ウォーキングは北斎通りを離れ、横綱町公園内にある東京都慰霊覚に到着。関東大震災で亡くなった方々の慰霊のため建立され、後に東京大空襲の戦没音も祀られる事になりましたし。こここに慰霊堂を建立することになった一つの理由はこの地が人的被害が最も大きかったことがあるようですっ 合掌を終えた厳かな気分のまま次に旧安旧庭園を散策、そして両国国技館到着。人気力上高見盛関の断髪セレモニーを翌日にひかえたせいか、人間離れした巨体のお相撲さんを多数見かけました。そして全員で東京江戸博物館に移動しお昼前に解散となりました。 ちなみに私の住居はすぐ近所の船橋です。今回は近くて遠い東京の下町がぐっと身近に感じられるようになった楽しい一日でした。計画して頂いた方々に感謝です。 -------------------------------------------------------- 「ザー・ウォークレポート品川宿」(25年度源泉より) 高12回卒ウオーク担当 副支部長小 林 康 子 品川宿は江戸四宿(千佳宿・板橋宿・品川宿・内藤新宿) のひとつです。東海道を上る最初の宿場となります。江戸から2里・約8kmの地点にあり、御殿山の桜、紅葉の東海寺、海晏寺(かいあんじ)をはじめ江戸湾を望む風光明媚な場所だけに、旅人はもちろん江戸市中から訪れる人も多かったのです。 江戸に近いにもかかわらず旅龍も多く、飲食店も軒を連ねていてお気に入りの妓(遊女)目当てに通う客も多く、社交場としても大いに賑わったということです。 旧東海道を歩きながら品川浦船だまり~品川神社~品川宿本陣跡~品川寺(ほんせんじ)~浜川橋(涙橋)~鈴が森刑場跡から大森海岸駅までの街道歩きです。 同窓会東京支部の活動としてのこのウォークは2004年に始まり、あるときは2泊3日スペシャルウォークの”歴史と山” を2回越後で行い、今回14回目になります(実際16回開催)。 歩くことは心肺機能を高め何よりも脳の老化を遅らせ、心身の健康増進になります。 先輩、後輩ご一緒に歩きましょう。そして三高生だった自分、青春を振り返って見ましょう。何かが変わるかも知れませんね。 さあレッツゴーウオークー! ウオーク入会希望の方は東京支部事務局へご連絡ください。 -------------------------------------------------------- 「ご挨拶」 第九回卒支部長 中山 重臣 昨年は東日本大震災に際し東京支部は母校三条高校へ福島県の高校より五名の学生を受け入れているとのお話しを校長先生よりお聞き致しましたので、東京支部会員の皆様からの支部運営金の中より義援金として十万円を母校三条高校を訪問して、小林事務局長が直接小島校長先生に手渡し、現在受入れをしている学生の為に使っていただきたいと申し入れました。 東京支部は支部会員の皆様の為に支部だよりの内容充実に力を入れること、支部事業として年二回ウォーキングの会を春秋に実施し、囲碁同好会も原則として年二回春秋に大会を開催致しており、支部の行事としては定着しつつあります。これらは皆様からの運営協力金に依るもので、支部としては感謝申し上げております。今後とも源泉に見習い支部だよりの内容充実を計っていきますので、ご協力をよろしくお願い致します。 また本年10月27日には母校創立110周年記念事業が予定されており、実行委員会より事業内容も発表されると思いますが、110周年は一つの節目であり本部支部が力を合わせて記念事業を内容のあるものにする為、協力を呼び掛け多数のご参加を致しましょう。 平成23年度支部総会報告 高第13回卒副支部長 片桐 洋子 東京支部総会を7月9日(土)午後2時スクワール麹町にて開催いたしました。本部より小島学校長、渡邊同窓会長、竹井燕支部長、神田新潟支部長、各氏のご出席をいただき、総勢80名で行いました。 今年度の目玉は何と言っても火坂先生の講演でした。2009年、NHK大河ドラマ「天地人」の原作者であり、新潟県人でいらっしやいます。時代小説の作家らしく、着物姿のスラリとした長身でお見えになった時は目が釘付けになりました。 小説家として成功するまでの苦労話、ドラマの撮影秘話、等、とても興味深いお話であっという間の一時間半でした。 来年度のイベントも楽しいものにしたいと役員一同がんばります。どうぞ会員の皆様、ご参加、ご協力のほどよろしくお願いいたします。 この10年間、東京支部長として運営に力を尽くしてこられた渡邊正氏が退任され、新支部長に中山重臣氏が選出されました。 平成24年度支部総会のお知らせ 日時: 平成24年7月1日(日) 午前11時より 場所: 八重洲富士屋ホテル ウォーキングの会デビュー 高第21回卒 竹井 美矢子 予てから参加したいと思っていたのですがその機会が無く、ようやく4月9日遂に実現しました。「江戸の歴史を知り、文豪のゆかりの地本郷を訪ねる」コースです。実は中止の沙汰があるかと前日まで心配しました。何せあの大震災・余震もしぶとい。初参加なのに何てことだろう。しかし負けず25名のウオーカーが鶯谷駅に結集したのです。雨が降り出しそうな曇空も何のその。準備体操は特に念入りに。やる気満々の皆さん。配られたおやつはリュックに。いざ出陣。目指すは寛永寺。会話も弾み遠足気分。もう上野公園着。左に精養軒を見て一行は達みます。寛永寺、上野東照官等徳川の権力たるものに触れました。社殿の修復を待ち再び訪れたいですね。是非、ウォーキングコースに入れて下さい。そして小糠雨(?)に不忍の池がよく似合う。桜並木も美しい。私達を歓迎するかのように。ここで記念写真。全員の笑顔は満開!さらに歩きます。目的地は湯島天神、そして東京大学敷地内に足を運びます。裏口(?)龍岡門から入り、建造物を静かにキョロキョロ観ながら歩き赤門に到着しました。さすが加賀藩前田様。溶姫のお輿人れの為に造られた御守殿門とか。徳川の権力を垣間見て、最終コース本郷を目指します。 本郷は45年ぶり。燕中学校修学旅行の宿泊地でした。旅館名は忘れましたが、仲居さんが何段も重ねた膳を巧みに運んでいた姿は覚えていますよ。さてさて本郷は何と坂と路地が多いのでしょう。東京らしからぬ東京がここにありました。菊坂はかつて樋ロー葉も下駄を鳴らしてカラコロと歩いたことでしょうね。石川啄木のゆかりの地でもある本郷から終着点を目指します。文京区のシビックホール手前付近で全員完歩しました。全コース見所満載てんこ盛り。小林康子先輩の説明も丁寧でわかり易かったです。皆さん、ありがとうございました。 第11回ウォーキングの会「枡形山・民家園」 高第14回卒 富田 和子 さわやかな秋晴れの一日、何年振りかで東京支部ウォーキングの会に参加しました。 10月8日(土)午前10時、小田急線向ケ丘道園駅前に参加者26名が集合。ウォーキング指導の小林康子先輩から説明を受け、軽い準備体操の後出発です。 まずは金木犀と銀杏の香りのする広福寺へ。ここは鎌倉時代の豪族稲毛三郎の住居跡とか。雑木林の中を登って行くと急に視界が開け、枡形山の頂上広場に到着。当時は稲毛三郎の城があったというが今はコンクリートの展望台である。一階は能舞台にもなるらしい。展望台を上ると眼下に広大な生田緑地が見渡せ、その先には東京都心のビル群や微かに東京スカイツリーも見えた。 枡形山の尾根道を行き、藍染め体験が出来る伝統工芸館を見学して岡本太郎美術館へと向かった。かつて大阪万博で巨大な「太陽の塔」を見上げたことを思い出しながら館内の作品を鑑賞して屋外へと移動。大きなシンボルタワー「母と子の塔」のある広場で昼食。そこで先輩特製のコーヒーを戴きホッと一息。シンボルタワーをバックに集合写真を撮影の後、日本民家園へと向かった。 案内資料では17世紀から19世紀頃に建てられた東口本の代表的な民家、船頭小屋・高倉・農村歌舞伎舞台等20数軒を移築し、昭和42年に開園とある。国や神奈川県重要文化財もあり当時の生活様式や知恵に感心させられた。案内ボランティアの説明で建物は細かく解体して運び復元された由。民家園を巡った後、向ケ丘造園駅で解散となった。 少しアップダウンのある約6.5キロの行程も語り合いながら楽しく歩けたことでまた機会があったら参加したいと思った。 平成23年度 囲碁同好会活動状況報告 高第3回卒 野島 耕三 平成23年度の囲碁大会は、例年通り、春秋の2回開催いたしました。場所は、東京駅前八重洲目の「いずみ囲碁ジャパン」で、交通の使も良いためか、毎回新幹線などによる遠方(新潟県三条市、燕市、群馬県高崎市、茨城県水戸市)からの参加もあり、おかけ様で大会も盛会でした。 (1)第17回囲碁大会 (春) 開催日 平成23年4月3日(日) 参加人員 18名 成績 Aクラス 優勝 榎本善昭 五段(高4回) 準優勝 関川 進 三段(高11回) 三位 野島耕三 七段(高3回) Bクラス 優勝 豊田サイ 初段(高6回) 準優勝 相田雅四 初段(高13回) 三位 外山洋平 三段(高13回) (2)第18回囲碁大会 (秋) 開催日 平成23年9月4日(日) 参加人員 19名 成績 Aクラス 優勝 幸田 茂 四段(併中2) 準優勝 角田 升 七段(高7回) 三位 外山洋平 三段(高13回) Bクラス 優勝 丸山貞三 二段(中38回) 準優勝 佐藤哲夫 初段(高15回) 三位 藤田和雄 初段(高7回) -------------------------------------------------------- 平成21年度支部総会 高第六回卒支部長 渡邉 正 第24回総会を7月11日(土)午後2時より「スクワール麹町」にて開催いたしました。渡邉新同窓会長、小島斯学校長、竹井燕支部長、野島元燕支部長のご出席を戴き、総勢百名の出席。イベントとして、『今こそ原点回帰』のDVD(本部より惜用)を放映し大好評となりました。 平成22年度支部総会(第25回記念総会)のお知らせ 日時: 平成22年7月10日(土) 午後2時開会 場所: スクワール麹町(JR四谷駅前) 会費: 男性8000円、女性7000円(予定) ※昭和三十年初頭より続く歴史ある東京支 部の再建25周年の記念総会、各種イ ベントを 企画中。多数のご出席をお待ち しております。 ウォーキングの会活動状況報告 高第十二回卒 副支部長 小林 康子(ウォーキング指導) 「第六回ウォーキングの会」 平成21年4月5日 桜のトンネル春川~駒沢オリンピック競技場 参加者十八名 「第七回ウォーキングの会」 平成21年10月4日 戦争遺跡・高尾山麓地下壕 参加者一二十一名 スペシャルハイク『天地人・直江兼続を知る』 平成21年10月21日 二泊三日 新潟県内 参加者28名 囲碁同好会活動状況報告 高第三回卒 囲碁の会会長 野島 耕 平成21年度春季囲碁大会 平成21年4月26日 参加者:17名 平成21年度秋季囲碁大会 平成21年9月6日 参加者:17名 同窓生の親睦を囲碁を通じ深めました。 支部青年部活動 高第三十七回卒 青年部長 野島 耕三 1 月例会一都内にて青年部有志の情報交 換会 2 日本最大のSNS「ミクシィ」の三高コミュニティヘの総会等イベント告知 3 平成21年11月15(日) 『第一回青年部秋の集い』於一東京渋谷 「精養軒」、プロの芸人「へらちょんぺ」 の瞬間芸、 参加者: 15名(30代後半~50代前半) ※東京支部に間する、お問い合わせ・ご意見は 電話-03-3269-8828 渡邉まで 三高・百数年の歴史の中で栄光に輝く・バスケットボール部を育てた 中村コーチの逝去を悼む 平成21年3月8日中村コーチが逝去されましたが、昨年の「源泉」には原稿受け付けが締切り後だったため、掲載できず今年になりました。 全国制覇5回・準優勝2回・3位7回と三高バスケットの黄金時代を、ゼロから築き上げ半世紀の問育てた選手が350名余りと、まさに三高バスケットに一生を掛けて来られました。北は北海道から南は九州まで三高卒業生が、出張や転勤で訪れた地で出身地を聞かれて三条と答えると、バスケットの強かった三高の有る市かと言われたと、何人もの卒業生から間きました。野球でいえば、甲子園で5回も優勝を成し遂げた名門校と言われるほどの偉業だと思います。 中村さんは、昭和24年に三高のコーチに就任され、平成元年に退くまで48年間に渡り指導され、昭和27年のインターハイで優勝し初の全国制覇を成し遂げ、昭和30年にはインターハイ、国民体育大会でも優勝を飾りました。「新潟に三高有り、三条に中村有り」と全国に三高の名が知られるように成りました。 バスケット部のOB会を毎年7月に、中村コーチを囲んで30年近く開催しており、平成20年のOB会で来年(平成21年)は、中村コーチが米寿を迎えられるから、盛大にお祝いの会を開催しようと計画していた矢先の逝去で痛恨の思いでいっぱいです。 ご冥福をお祈り致します。 三高バスケット部OB会 会長 高第三回卒 細井 英治 副会長 高第六回卒 渡邉 正 --------------------------------------------- 20年度活動報告 平成20年4月6日 会計監査実施(栄森、栗原) 4月6日 第11回囲碁大会開催(東京駅いずみ囲碁ジャパン)担当:高3回 野島耕三氏 4月12日 東京支部だより編集会議 5月1日 本部総会(渡邉支部長出席) 6月21日 東京支部総会(スクワール麹町にて) 7月20日 青年部懇親会(後楽園「涵徳亭」にて) 7月27日 役員打合せ会 9月20日 幹事会開催(芝弥生会館) 10月1日 燕支部総会 中山副支部長出席 10月19日 第5回ウ才一キングの会実施(ネ中宮外苑周辺を散策、その後に懇親会) 10月29日 青年部と役員の打合せ会(新宿「甚ハ」にて) 12月19日 役員打合せ会(芝弥生会館にて) 平成21年2月6日 「支部だより」編集打ち合わせ(池袋「養老の瀧」6名) 2月28日 幹事全開催(芝弥生会館) 3月20日 「支部だより」編集会議(新宿「四谷地区センター」4名) 21年度活動計画(予定) 平成21年4月5日 第6回ウォーキングの会実施(東工大脇緑道一銭飛坂一騎沢公園) 4月26日 第13回囲碁大会開催(東京駅いずみ囲碁ジャパン) 5月1日 本部総会(渡邉支部長出席) 6月中旬 青年齢懇親会 7月4日 役員打ち合せ会(スクワール麹町にて) 7月11日 東京支部総会(スクワール麹町にて) 9月5日 役員打合せ会 9月12日 幹事会開催(芝弥生会館) 10月1日 燕支部総会 中山副支部長出席 10月4日 第7回ウオーキングの会実施(高尾山ハイク、旧日本軍大本営跡見学予定) 10月21日 スペシャルハイク(2泊3日) NHK「天地人」の越後南魚沼地方を廻る【東京支部主催(小林副支部長)】 平成22年12月中旬 役員打合せ会(芝弥生会館にて) 2月中旬 幹事公開催(芝弥生会館) 3月20日 「支部だより」編集会議(予定) 東京支部青年部から 青年部の昨年の行事です。今年も皆様のご参加を期待しております。支部の発展のために、ぜひ若い力をお貸し下さい。 7月20日 懇親会 10月29日 役員打ち合わせ会 平成20年度支部便り 「支部運営金の引き続きご協力のお願いと総会費引き下げのお知らせ」 高第六回卒 支部長 渡邊 正 昨年、支部運営金の抜本的改革を行い広く支部会員の皆様に、協力金をお願い致しました所、約二百八十名の方から八十万円近い金額を送って頂きました。誠に有難うございました。 貴重な皆様からの協力金ですから幹事会で慎重に検討した結果、まず総会の会費を引き下げることに致しました。別紙総会案内状に記載してありますが、男性八千円、女性七千円と致しましたので是非ご出席下さいます様よろしくお願い致します。 尚来年は、東京支部再建二十五周年の記念総会に成ります。会員の皆様から記念イベントのご要望等を募りたいと思います。総会出欠の返信ハガキにあります、同窓会に対し、ご意見・ご希望の欄にお書き下さいます様よろしくお願い致します。 平成二十年度支部総会報告と予告 会場のスクワール麹町が全面改修のため、例年の七月第一土曜より二週間早く開催いたしました。地元より荒木校長先生、中條同窓会長、竹井燕支部長、野島元燕支部長のご出席を戴き、合計百七名で行いました。 イベントとして、テレビ朝日・高視聴番組、ビフォーアフターに出演された匠・川口とし子さん(高27回卒)のDVDを放映し大好評でした。 尚、平成二十一年度支部総会は、左記の通り開催いたします。大勢の方のご出席をお待ちしております。 日時 平成二十一年七月十一日(土)十四時 場所 スクワール麹町 会費 男性 八千円 女性 七千円 *詳細は別紙にてご案内いたします。 第五回ウオーキングの会 高第十四回卒 三 上 雅 之 第五回は十月十九日(日)(当日の夜、泉田知事再選の報が流れた日)、武蔵野台地・玉川上水緑道、好天に恵まれたウォーキングでした。 集合場所は小田急代々木八幡駅南口、時間は十時。知っている顔は我が乙組(昭和三十七年卒)クラス会幹事の中澤さんだけ。受付で参加費・食事代をお支払いすると代わりに参加者名簿とキャラメル、せんべいなどの菓子袋を戴く。名簿は卒業年順に氏名と住所地(区市のみ)が記載されている。昭和二十年卒のNさんから最下段は昭和四十年卒のGさん迄二十一名。それに特別参加の「源泉」編集長の小嶋さんを加え総勢二十二名。一行は代々木八幡宮へ移動。 代々木の総鎮守である代々木八幡の創建は一二一二年。境内はスダジイ、アカガシ、マテバシイなど常緑樹を主としケヤキ、イチョウなどと混生する鬱蒼とした林になっている。その一画に縄文の復元住居がある。この季節、イチョウの実、銀杏も散見される。 ここで小林さんの指導でストレッチ体操。その後緑豊かな道をたどる。 この道は江戸時代から代々木八幡への参詣道とか、うねうね続く。途中左折、だらだら降ると山手通りへ。歩道橋で越え再び住宅街の静かな道をたどる。ハナミズキの赤い実が陽光に輝いている。風が気持ちいい。 およそ一㎞歩き渋谷区スポーツセンターに到着、ここで小休止。総面積二万四千㎡の施設が充実した総合体育施設、周囲は豊かな緑に囲まれている。トイレを借りた体育館内では子どもたちの剣道大会が行われていた。 スポーツセンターを出発すると間もなく玉川上水西原緑道にでる。桜並木のもとで小林さんの玉川上水についての説明を聴く。急増する江戸住民の飲料水確保のため、幕府が庄右衛門・清右衛門兄弟に工事を命じ造らせたもの。羽村から四谷の大木戸まで四十三㎞、標高差わずか百mの難工事を二年で完成させたこと、この功績により玉川姓、苗字・帯刀を許されたこと。下流部は暗渠化されたが名残の橋が多数存在することなどメモを見ることなく懇切丁寧な説明があった。(ウォーキング指導者としての資格をお持ちのこと後でわかる。) 江戸時代水道施設毀損・水源汚濁など犯罪は死罪だったとの知識の披瀝があるなど道中楽しいおしゃべりが続く。右に消防庁科学研究所、左に消防庁消防学校がみえてきた付近では、防火管理者の資格取得のため講習に通ったものだと小林さん。すると私も、私も、と同調者が何人も出現する。 常盤橋手前左折で緑道と別れ代々木大山公園に到着。健脚揃いのため極めて順調、昼食会場まで残すは四百~五百m。予約時間を大幅に早めてもらう必要がある。渡支部長は時間前倒しの電話をかけるとともに大休止の判断をされる。渡支部長さんや小林副支部長さんのまわりで休憩していたおかげで楽しい会話に参加できた。東京支部の会員連絡事務の苦労話のほか「バスケット全国優勝凱旋パレードは、ごみ集めのトラックだった」など、同級会などでは聞けない話を興味深く伺った。 全行程約五・八㎞のウォーキングの終点は代々木上原駅近くの寿司店。店内は貸切同然、座席指定なし。図らずもテーブルの両側で五人座れる席に男は私一人。五人参加の女性のうち四人と同席する幸運に恵まれる。 支部からの補助金が加わり昼食代以上の食卓だ。私たちの席ではバスケットのほかコーラスでもかなりの賞をとった話、男女混合が全クラスではなく限られていた話、母校訪問の際に活躍する女子が目立ち女子高と見紛うほどという話、学区制が撤廃となり優秀な生徒集めに校長が苦労している話など三条高校の来し方、行く末にも話が及んだ。美味しい食事、楽しいおしゃべりで第五回ウォーキングの会は終了した。次回のウォーキングの会が今から楽しみです。 第六回ウオーキングの会 昭和40年卒(高17回)伊藤早苗 東京支部主催のウォーキングの会は年一回なので、せめて年二回なら参加のチャンスはあるかもしれないと残念に思っていたが、今年は春にも開催ということでようやく念願かない参加することが出来ました。 初めての参加で多少心細く思いながら東急大井町線大岡山駅に向かったところ、同期の五味さんも一緒でほっと一安心。総勢18名、最年長の方は私が生まれた年のご卒業と知りびっくり。 参加者の日頃の行いが良かったのでしょう、暑くもなく歩くには丁度いい気温でした。コースの呑川(のみかわ)緑道は呑川本流が世田谷区深沢からこの目黒区大岡山の東京工業大学付近まで暗渠化されたもので桜並木が見渡す限り続き、まるで大阪造幣局の[通り抜け』のような感じてとてもいい気分でした。呑川の支流三本も全て暗渠化され緑道になっているそうで、近隣の人々は散歩やウォーキングが出来ていいなあと、ちょっと羨ましく思いました。途中の氷川神社ではお宮参りの赤ちゃんに出会い、つい孫のことを思ってしまった私ですが、桜を愛でながら友と久しぶりの会話を楽しみつつ歩いていたら、いつのまにか終点の駒沢オリンピック公園に着いていました。花見やスポーツを楽しむ人々等で大変な人出でしたが、広場で持参の弁当を食べ、食後に飲んだ小林さん(ウォーク担当)心づくしの手作りコーヒーはまことに美味でした。次回も出来ればぜひ、参加したいと思っています。 囲碁同好会活動状況報告 高第三回卒 野 島 耕 三 (1)第十一回囲碁大会(春) 日 時 平成二十年四月六日(日) 場 所 いずみ囲碁ジャパン 参加人数 十七名 成 積 Aクラス 優 勝 外山 政雄 五段(高9回) 準優勝 高野 俊郎 四段(高11回) 三 位 角田 升 六段(高7回) Bクラス 優 勝 藤田 和雄 初段(高7回) 準優勝 関川 進 二段(高11回) 三 位 星野 隆 三段(高10回) (2)第十二回囲碁(十周年記念)大会(秋) 日 時 平成二十年八月三十一日(日) 場 所 いずみ囲碁ジャパン 参加人数 二十二名 成 績 Aクラス 優 勝 米山 正彦 二段(高7回) 準優勝 河上 純一 四段(高6回) 三 位 熊倉 泰雄 三段(高7回) Bクラス 優 勝 豊田 サイ 二級(高6回) 準優勝 関川 進 二段(高11回) 三 位 幸田 茂 四段(併中2) 三 位 遠藤 勇一 初段(高3回) 平成十一年九月に同窓会囲碁大会を始めてからこの第十二回大会で満十周年となるのを記念し、日本棋院の川本昇九段による指導碁をお願いしました。(同窓会の囲碁大会と併行して) プロの指導碁をなるべく多くの方に、ということから、東京支部以外からの特別参加をお願いしました。幸い三条から二名(高六回藤塚栄三郎・四段、高十一回酒井紘一・二段)の参加もあり合計二十二名の参加はこれまでの最多で盛会となりました。 (指導碁) Aクラス十名とBクラス二名の十二名が、三面打ちで指導碁を受けた。 囲碁大会と併行して指導碁を受けたので、棋譜を取れたのは、外山政雄五段(高九回)と酒井武男五段(高二十回)の二名でした。川本昇九段の解説付きの棋譜を掲載いたします。 (3)新規昇段者 規定により左記四名の方に昇段してもらいます。 角田六段 七段へ 外山五段 六段へ 米山二段 三段へ 渡辺(泰)初段 二段へ (4)平成二十一年度囲碁大会予定 春 四月二十六日(日) 秋 九月 六日(日) 場所はいずれも、東京駅八重洲南口の「いずみ囲碁ジャパン」です。 -------------------------------------------------------- 平成19年度支部便り 高第六回卒 支部長 渡邉 正 「支部運営金を抜本改革します」 東京支部は一都七県三千名の会員を有し、地元三条に次ぐマンモス支部です。 今までは、一年一回の総会の余剰全で翌年の運営をして来ました。そして長年にわたり野村邦夫先輩(中39B卒)前事務局長の倹約に次ぐ倹約で、数年前まではかなりの蓄積がありました。しかし母校の百周年や新校舎落成にバスツアーを行い、それに伴い、今までは往復ハガキでの総会案内状を封書にするなどの経費が増大して蓄積が底をつき、一昨年支部会員三千名の方に協力全をお願いし、約三百名の方から九十万円近い寄附を頂きました。誠に有難うございました。貴重な浄財を使わせて頂き東京支部、長年の懸案であったぷ尿京支部だより〃を創刊発行致しました。 東京支部は年二回の学年幹事会を行っておりますが、昨年九月の学年幹事会で、総会の余剰金で翌年の運営を行うのは、総会出席者の増減に左右され不安定であり、また総会出席者のみに運営金を負担して頂くのも不公平との意見もありました。その結果、支部運営全は「源泉」方式にならい、支部だよりの中に振込用紙を入れ会員全員の方に支部運営協力金をお願いすることを決めて頂きました。 東京支部会員の皆様、何卒ご理解・御協力よろしくお願い致します。 平成19年度支部総会(報告) 高第十三回卒 副支部長 片 桐 洋 子 第22回支部総会を七月七日(土)午後二時スクワール麹町にて開催いたしました。 本部から荒木学校長、中催同窓会長、竹井燕支部長、丸田燕副支部長のご出席を戴き、合計105名で行いました。今回も泉田知事の出席叶わず、代わりにビデオによる知事のメッセージを戴き出席者一同楽しく拝見し、知事の激務を案じながらも一応の満足をした次第でした。 イベントは音楽部を中心に合唱経験者、愛好家を集め「懐かしい歌」と題し日本の四季に因んだ数曲と “千の風になって・喜びの歌”などを合唱いたしました。 事前練習は人数が集まらず心配しましたが、当日は15名ほどが舞台に立ち、宮田珠江さん(第十九回卒)の巧みな指揮、指導の下、盛んな拍手を頂き、同窓会合唱団は好評でした。 平成20年度支部総会のお知らせ 日 時: 平成20年6月21日(土) 午後2時開会 場 所: スクワール麹町 最寄り駅: JR四ツ谷駅(麹町口)正面 会 費: 男性 1万円 女性 9千円 例年は7月の第1土曜日に開催ですが、会場の都合で今年は右記の通りになりました。日時をお間違いなく大勢のご出席を、お待ち致します。 第四回ウオーキングの会 高第12回卒 副支部長小 林 康 子 同窓会東京支部主催の第四回ウオーキングの会が平成19年10月7日行われました。 秋の青空の下、神宮から新宿御苑まで約6.5㎞を25名で歩きました。 コースは都内でも緑の多い地域で「神宮の森」と言われています。文化・スポーツ施設、絵画館、神宮球場、国立競技場などを廻り、緑の芝生と大きな木々を擁する都民憩いの場としての新宿御苑で解散となりました。 「都心や近郊に住んでいてもなかなか出掛けない処で初めて歩いた」「こうやって年齢差のある方々と一緒に歩けることは、三高同窓生だという共通認識がそうさせるのだろう」「来年はどこですか、また参加するから」等歩きながらの語らいでした。故郷を思い、学生時代をふりかえり、青春を想うウオークだったようです。 第二回青年部会 高第22回卒 青年部長 高畑 進 昨年の開催から一年経ち青年部は第二回目の部会を11月10日(土)に実施しました。場所は水戸黄門で有名な小石川後楽園の集会施設「函徳亭」です。出席者は九名 でした。 先輩諸氏の要請から、支部総会のイベント探し、支部の運営、支部だよりについて話し合いをしました。青年部では「部会に集うことが楽しい」と言える、場所と時期 の設定を考えています。今後も東京支部の「情報発信基地」を目指して連絡を取っていきます。 今年の第三回青年部会は11月開催の予定です。 連絡先一青年部長 高畑 進 TEL 048-763―2688 囲碁同好会活動報告と平成二十年度予定 (1)第十回 囲碁大会(秋)の結果 開催日: 平成19年9月20日 場所:「いずみ囲碁ジャパン」 参加人数: 21名 成績: Aクラス 優勝 河上 純一 四段(高6回) 準優勝 酒井 武男 五段(高20回) 三位 角田 升 六段(高7回) Bクラス 優勝 丸山 貞三 二段(中38回) 準優勝 熊倉 祐吉 二股(高7回) 三位 佐藤 哲夫 一級(高15回) 第十回大会は、過去最多参加で盛会にな。参加21名中10名が高9~20回卒で、中心となる年代がこれまでの高1回~8回卒から、移りつつあります。同窓会活動の活発化のためにも、若い方々の新 参加を期待しています。そんな状況の中で、最年長の中学38回卒丸山貞三 二段がBクラスで優勝されました。 (2)湯河原温泉囲碁研修会 開催日: 平成19年11月26日(月)~27日(火) 場 所: 大日本インキ健保組合 湯河原保養所(同社OBの藤田和男氏(高7回)のご紹介) 参加人数: 10名 成 績: 優 勝 榎本 善昭(高4回) 準優勝 関川 進(高11回) 三 位 渡辺 泰夫(高13回) 参加者は十名でしたが、温泉と海の幸を堪能しての碁会は、また格別でした。 ( (3)第十一回 囲碁大会(予定) 開催日: 平成20年4月6日(日) 場 所: 東京駅ハ重洲南□「いずみ囲碁ジャパン」 (4)第十二回 囲碁大会(満十周年) 平成20年8月31日(日)に満十周年の記念大会を予定しています。そこで、日本棋院のプロ九段に、指導碁や囲碁大会の打碁の解説などをお願いしようと考えて います。特にプロとの対局を希望する場合は、前もって申し出で下さい。今回は特に、東京支部以外からの特別参加も期待しています。 (5)囲碁同好会の新規参加者募集 東京支部の囲碁同好会に新規参加希望者は、下記幹事宛ご連絡ください。 囲碁幹事 野島耕三(高3回) Tel・Fax: 048-623-7661 河上純一 (高6回) Tel・Fax: 03-3223-2486 高野俊郎 (高11回) -------------------------------------------------------- 平成18年度支部便り 高第六回卒 支部長 渡邉 正 平成十八年七月八日、平成十八年度総会を開催いたしました。 昨年叶わなかった泉田知事の御出席が、今年も実現出来ず出席者全員が、がっかり致しました。今年こそ三度目の正直で是非御出席戴きたいと願っております。 例年のスクワール麹町で、荒木校長先生、本部から竹井副会長・野島元燕支部長の御出席を戴き、合計122名で行いました。 イベントとして、新校舎紹介ビデオを20分位映写しました。大部分の出席者が、初めて見る素晴らしい新校舎に感嘆の声を上げておりました。 この支部総会で、乾杯の音頭を取って戴き、又東京支部再建当初から、ご指導を戴き学年幹事としても貢献された、広川青五先生が九月十三日に御逝去されました。東京支部として誠に惜しい先輩を失いました。御冥福をお祈り致します。 尚、平成19年度支部総会は、7月7日(土)に開催いたします。多数の御出席をお待ちしております。 第三回 ウォーキングの会 高第十二回卒 水野昭男 東京支部、第三回ウォーキングの会は1月19日(日)寺家ふるさと村の散策でした。 柿生駅9時45分集合で、渡邉支部長を始めとして、上は80歳、下は40歳の男女20名が集合しました。天候は曇り空で、今でも雨が降り出しそうなあいにくの天候でしたが、柿生駅からバスで鉄町に下車をして、小林指導員のもと径我が無いように全員で入念のストレッチ体操をしてから寺家ふるさと村の散策が始まりました。まだ少ししか紅葉が始まっていない景色を見ながら、テニスコートの脇を通り、柿生の柿畑を見ながら、熊野神社を拝観して山道を散策しましたが、天候が今にも雨が降りそうなので、早めの昼食をと11時頃、それぞれが用意した昼食を山の丘で摂りました。昼食の間、携帯用の尺八での「独演会」があったり、女性軍による、コーヒー、日本茶等の炊出しがありました。 昼食の後、小雨が降り出した中、ふるさと村の散策を始めましたが、故郷の三条を思い出させるような田んぼのあぜ道を通ったり、「むじな池」を通り、昔はむじなが住んでいたのかな、などと話しながら歩きました。 「四季の家」に立ち寄って、農業、自然、人文関係の展示や天然記念物のミヤコタナゴの飼育展示を見学してから、近くの神社の見学に出かけました。 まず最初は、階段の多い「月読神社」に行き、トイレ休憩をした後、竹林の続く山道を通って「浄慶寺」に行き、将棋をしている坊主の石像や携帯電話を掛けている坊主の石像等、とぼけた石像を見たり、季節外れの寒桜を見学しました。 「浄慶寺」はアジサイ寺としても有名な寺だそうです。 寺家ふるさと村は、春夏秋冬でまわりの景色が変わり、どんな季節でも楽しめる所なので、散策には何時でも良い所だそうです。 今回は三回目ですが、今後はどんな所に連れて行ってくれるか、次回のウオーキングの会を楽しみにしています。 囲碁愛好回活動状況報告と平成19年度の予定 (1)第8回 囲碁大会の結果 平成18年度より春秋二回の開催にしました。 開催日 平成18年4月2日(日) 場 所 東京駅前「いずみ囲碁ジャパン」 参加者 17名 成 績 Aクラス 優勝 外山政雄五段(高9回) 準優勝 高野俊郎四段(高11回) 三位 角田升六段(高7回) Bクラス 優勝 渡辺泰夫初段(高13回) 準優勝 熊倉祐吉二段(高7回) 三位 石黒敬一級(中39回) (2)第9回 囲碁大会の結果 秋の東京支部主催囲碁大会の結果は下記のとおり。 開催日 平成18年9月2日(土) 場 所 東京駅ハ重洲南口前「いずみ囲碁ジャパン」 参加者 18人名 成 績 Aクラス 優勝 角田 升六段(高7回) 準優勝 野島耕三七段(高3回) 三位 榎本善昭五段(高4回) Bクラス 優 勝 米山正彦二段(高7回) 準優勝 大沼信子三級(高20回) 三 位 渡辺泰夫初段(高13回) (3)第10回 囲碁大会 開催日 平成19年4月1日{日) 場所 東京駅八重洲南口前「いずみ囲碁ジャパン」住友生命ビル 地下1階 (4)第11回 囲碁大会の予定 平成19年秋の囲碁大会は9月に開催予定です。 お問合せは左記幹事のいずれかにお願 い致します。 野島耕三(高3)048(623)7661 河上純一 (高6)03(3223)2486 高野俊郎(高11)0426(26)2420 第1回青年部会 高第22回回卒 青年部部長 高畑 進 12月12日(日)芝弥生会館にて青年部、初の部会を間きました。 オブザーバーの東京支部長、副支部長を加え、11名で立冬の北風が吹く中、楽しい懇親の時間を過ごしました。 当日は、参加者の自己紹介と近況から始まり、東京支部の活動状況と今後のあり方、青年部のネットワークを広めること等が話題となりました。 青年部にふさわしく、若い人の出席があり、時間と共に少しずつ打ち解け、和やかな雰囲気で閉会となりました。 今後は、気軽な集まりを時々開きたいと思いますので、企画案についてご一報下さい。 電話048(763)2688 高畑 進 出席者(順不同) 支部長 渡追 正(高6回) 副支部長 中山重臣(高9回) 青年部部長 高畑 進(高22目) 副部長 栗林和弘(高33回) 事務局長 須佐 誠(高37目) 高野幹英(高22回) 大倉幸男(高26回) 川口とし子(高27回) 小林 治(高38回) 一柳英里(高41回) 齋藤和美(高53回)
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支部便り/三条支部
三条支部便り(7年度源泉より) 三条支部長(高21回卒) 野嵜 喜一郎 三条支部総会は例年通り、11月8日(金)に越前屋ホテルで開催されました。支部総会を開催する目的は三条市に住んでいる同窓生、三条市に勤務している同窓生に声をかけて年に一度同窓生の絆を深めることを目的としています。年令も仕事も関係なく、高校時代に覚えた校歌、応援歌を歌うことで青春時代を思い起こし、同窓生との親交を深めることを楽しみにしています。 ところが今年は新たな問題が入ってきました。昨年末をもって長年事務局を担当していた寺尾さんが退職することとなりました。今まで寺尾さんが行なってきた役員会やゴルフ大会等の、案内や集計が出来なくなりました。急遽役員が招集されて今後どのように対処していくか話し合われました。三条、燕、加茂の役員が中心になり、総務委員会を立ち上げ地元の人が仕事を分担して乗りきることになりました。しかし、事務局の仕事に取り掛かると多岐にわたることが判明しました。連絡、集計、金銭の支払い、同窓生との対応、会議の場所確保等等です。それ以上に問題だったのが学校側との対応でした。今までは資料室に寺尾さんが常駐していたので受付に名前を書いて入っていきましたが、今度は鍵が無いので事務所に声をかけて入ることに成りました。このような状態ですが同総会活動を休止することは出来ません。総務委員会全員で仕事を分担し、又今後どのように事務局を立て直してゆくか考えています。暫くの間同窓生の皆様にご不便をかけますがご理解をお願いします。 ---------------------------------- 感謝の思いと発展への寄与を(6年度源泉より) 三条支部長(高21回卒) 野嵜 喜一郎 5月1日の本部総会が復活したことにより、各地の支部会が例年どおりに開催されました。三条支部総会は11月10日(金)に越前屋ホテルで開催されました。 何処の総会でも「4年ぶりの開催」が枕詞になりました。私の挨拶も4年ぶりの開催で始まりました。4年のうちに同窓会長が山井会長から野水会長に交代し、校長先生も内田校長先生から勝山校長先生に交代しました。年月の変化だけは待ったなしです。代わらないのは三条支部長の私と数人だけです。 その様な状況の中での総会でしたが、久しぶりの再会に大いに盛り上がり、楽しいひと時を過ごすことができました。こうやって対面で話をしたり、お互いに酒をお酌したり、これが本来の宴会なんだと改めて知らされました。 三条支部総会では、来年の幹事を引き受ける人達にも参加してもらいます。来年は57回卒の人達です。今回二人から参加してもらい、同総会の雰囲気を体験してもらいました。連絡できる同期生を探し早く連絡して、来年の準備に取り掛かるようにアドバイスをしました。20年ぶりに会う人もいると思いますが、それもまた楽しいことになると思います。その様な話をしながら来年の幹事たちと酒を酌み交わしながら、激励しました。5月1日の本部総会が楽しみです。 懇親会の最後は、校歌斉唱と応援歌を全員で歌い終了しました。 ---------------------------------- 活発な活動再開を祈念して(5年度源泉より) 副支部長(高39回卒) 土田 衛 2020年から3年強の間、新型肺炎ウィルス禍によって大変なご苦労をされた同窓の皆様には心よりお見舞い申し上げます。多くの同窓会事業が縮小や見送りを余儀なくされ、母校の所在地である三条市に在住または勤務する同窓生を主に構成される三条支部も忍耐の期間を強いられました。 そんな中、同窓会を中心にPTAと学校職員で「創立120周年記念事業実行委員会」が野水重明同窓会会長を委員長として組織されました。1年2か月前から5つの業務分担に分かれ、三条支部の面々も粛々と準備を進めてまいりました。そして2022年10月22日には、多くの来賓と同窓生・教職員を含むP TA・全校生徒等の出席の下、盛大に創立120周年記念事業が執り行われました。実行委員を拝命した身として関係の皆様に感謝申し上げます。 また本年度の同窓会の総会・懇親会も、高56回卒の幹事学年の皆様のご尽力で2023年5月1日に4年ぶりの参加制限なしのリアル開催にて執り行われました。こちらも盛会であり、同窓の皆様と直接にお会いしての校歌斉唱は格別なものと感じました。同様に三条支部といたしましても、本年度は活動ならびに総会・懇親会を通常開催してまいる所存です。 私事ではありますが現在、三条高校の後援会長も拝命しております。同窓会と併せ後援会という立場からも母校と関わり、可能な限りその発展に寄与してまいりたいと存じます。 ---------------------------------- 活発な活動再開を祈念して(4年度源泉より) 副支部長(高39回卒) 土田 衛 新潟県立三條中学校・三条高等学校同窓会の三条支部では、野崎喜一郎支部長(高21回)の指揮の下、20余名の役員が中心となり活動しています。 母校の所在地である三条市に在住または勤務する同窓生で構成される当支部は、同窓生同士のつながりを強固にすると共に更なる交流を図るべく、次のような事業を行っています。 支部総会は毎年11月に三条市内で開催するものとし、近年では来賓・同窓生合わせて50~60名の参加により実施して参りました。併せて開く懇親会では大いに親睦を深めてきたところです。そこではアトラクションとして音楽や芸能・文化などその道に長けた同窓生にもご登場いただき、近々ではチェロやマリンバのリサイタル、声楽・独唱コンサート、ミニライブ、落語の披露などをいただいて参りました。また同窓会本会の総会・懇親会への積極参加はもちろんのこと、支部活動を協議する役員会を開催しながら、以前には夏季に港からクルージングを楽しむ等の日帰りイベントを実施したこともありました。 パワーアップを図った後10年目を迎え益々に順調な三条支部でしたが、2020年明けから世界中で広がりを見せた新型コロナウィルスの影響で、これらの活動は制限及び延期を余儀なくされてしまいました。ウィルス感染拡大を防ぐべく配慮しながらの活動により、感染の収束を待ちつつ鋭気を養う2年間となりました。 本年(2022年)は、我が母校が創立120周年を迎える記念すべき年です。今後の三条高校の学校活動はもちろん同窓会本会と三条支部ならびに全ての支部活動が、これまでのように活発に行える日々になりますことを祈念する毎日です ---------------------------------- 三条支部だより(3年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野崎 喜一郎 二月に新型コロナ感染者が発見され、日本国中不安と恐怖に包まれました。感染者は衰えることを知らず増加の一途となりました。そのような中で三条支部総会も9月の役員会で「中止」することが決定されました。大変寂しい思いですがこれも仕方ない決断でした。 同窓会とはなにかと考えてみました。 ①普段会わない同窓生と会う。 ②料理、酒を飲みながら会話を楽しむ。 ③近況を話しながらお互いの話題で盛り上がる。 ④二次会に行ってカラオケで大声をだす。 など等 今コロナ禍ではこれらの事が全て止めなさいと言われています。そのような時支部総会を開催することはとても出来ません。役員会では総会だけでも行なったら言う意見も有りましたが、懇親会が最大の目的ですので参加者が来るのかと不安になりました。 これらの事を考えると、とても開催は不可能と言う結論になりました。役員会終了後、越前屋ホテルで8名で軽く会食をして1時間ほどで解散しました。ホテル、飲食業も大変な状況ですので少しでもお手伝い出来るかと思い会食をしました。 5月1日の総会も変則で開催されます。三条支部総会も11月開催かどうかはいまだ判りません。早く収束して開催できることを祈っています。 ---------------------------------- 三条支部だより(2年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野崎 喜一郎 三条支部総会を例年のように、十一月八日(金)越前屋ホテルにて開催いたしました。 今回は山井会長が勇退されて、野水重明新会長を迎えての総会となりました。野水会長は三十六回卒で私よりも十五歳若い会長です。 ツインバード工業の社長をされていてとても多忙な方です。そのような会長から時間を作って参加していただき大変ありがとうございます。 今年は例年より少し少ない参加者でした。 色々な会に参加するのですが、みな同じように若い人の参加が少ない、なかなか参加者が集まらないという声を聞きます。 参加する人が一人友人を誘えばすぐに増えると思うのですが。今はスマホで簡単に連絡が取れるので実行するかしないかの違いではないかと思います。少しでも多くの人から参加してもらえれば、より楽しい支部会になると思っています。この便りを読まれた人は是非とも今年の三条支部会に参加してください。 今年のアトラクションは二十八回卒の成田秀雄さんから素晴らしい歌声を披露していただきました。成田さんはアマチュアながら、プロの先生から定期的にレッスンを受けて練習されています。全国の大会にも多く挑戦され、何度も表彰されています。 今回は途中で飛び入りがありました。銅治康之さんがステージに上がり、二人でサウンド・オブ・サイレンスを熱唱されました。思わぬハプニングに会場から大きな拍手が上がりました。 二時間以上のにぎやかな懇親会で、懐かしい人達と楽しい時間を過ごすことができました。 参加された皆様には感謝申し上げます。 また、今年の支部会にも参加をして下さい。 十一月に開催します。 ---------------------------------- 三条支部だより(31年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野崎 喜一郎 三条支部総会を例年のように11月2日(金)越前屋ホテルにおいて63名の同窓生を集めて開催しました。 中田亮一学校長は、新潟市内での公務をおえてから総会に駆けつけていただきました。 ありがとうございました。 私は今年を振り返って、6月に佐渡に旅行したことを話しました。 この時期は大野亀で「カンゾウ」の花が満開で大変綺麗でした。その後、たらい船に乗ったり、ふれあいセンターで太鼓を叩いたりしました。この太鼓は、上越市柿崎で伐採された樹齢600年、直径1.8mの欅をメンバーの人達が中をくりぬいて自分たちで創りました。この大きな太鼓の前に立つと自分より遥かに大きくて圧倒されました。今まで太鼓を叩いたことが無い私は思い切り力を入れて叩きました。何分か叩いていると汗ばんできました。太鼓を叩くのがこんなに辛いとは思いませんでした。この年になっても、まだ経験したことのないことがいっぱいあるのだと勉強になりました。生きている限り新しい発見があるのだと思いました。 今年のアトラクションは落語でした。高61回卒の樋浦重一さん。芸名運転し亭越後屋さんです。 同窓会らしい枕から入って、我々を古典落語の世界に連れて行ってくれました。素人とは思えないほど上手で大変驚きました。私は毎年プロの落語を聞いているのですが、少しも引けを取りませんでした。色々な特技を持つ人がいるものだと感心させられました。 今年の三条支部総会は、11月を予定しています。大勢の参加を期待しています。 ---------------------------------- 三条支部総会(30年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野崎 喜一郎 10三条支部総会を例年のように、11月10日(金)越前屋ホテルにて60名の参加にて開催しました。三条市内に居住する人、及び三条市に勤務する人に参加資格があるのですが口コミのお蔭で、東京支部や市外の同窓生も何人か参加されました。山井同窓会長、上杉学校長も当然参加されました。 私は今年一年を振り返って、一番印象に残っていることを話しました。9月に山梨県に旅行に行った事です。日程表に2日目4時出発となっていました。宴会の翌日とても起きられないと思い、不参加のつもりでした。 ところが、朝3時頃になると同室の人達が起き出して私も起こされてしまいました。眠い目を擦りながら富士山の5合目に向かいました。周りは真っ暗闇です。その日のご来光は5時22分でした。5時を過ぎたころから少し明るくなり、22分にオレンジの光がパッと差し込みました。 当日は晴れていてそれは素晴らしいご来光でした。暫くはご来光を直視できましたが10分程経つととても見ていられません。そして南に目を向けると、今まで真っ暗だった富士山の山肌が赤茶色に染まってとても美しい姿でした。ちなみに5合目は標高二2045mです。とても寒い朝ですが感動の朝でした。 やはり努力、苦労の後にしか感動は来ないのだと思い知らされました。 今年のアトラクションは高45回卒の、本間美恵子さんの「マリンバ演奏」でした。 三条では有名ですが初めてマリンバ演奏を聴いた人もいたのではないでしょうか。木琴の一種です。「剣の舞」という凄くテンポの速い曲を演奏した後、本間さんは暫く息が出来ない状態でした。 こうして今年の支部総会は無事に終わりました。また、来年大勢の同窓生が参加していただけることを期待しています。 ---------------------------------- 三条支部総会(29年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野 崎 喜一郎 三条支部だより 支部長(高21回卒) 野 崎 幸一郎三条支部総会を例年のように、11日(金)越前屋ホテルにて開催しました。三条支部は地元ですので、日常生活でも、夜の散歩でも同窓生に合うことが時々あります。そのような支部ですので、総会と同じ週に顔を合わせている人もいます。 しかし稔会となると初めて顔を合わせる方も当然います。そのような方々と酒を飲み交わしながら話をするのは楽しいひと時です。昨年の総会には57人の参加がありました。山井同窓会長、上杉学校長(高6回)の中條顧問から(高52回)の広野君まで幅広い人たちが参加されました。 今年のアトラクションは、(高25回) 藤本すすむさんのギター演奏と宇野未祐紀さんのバイオリン伴奏でした。藤本さんと同期の人が8人参加され大いに盛り上げてくれました。藤本さんはオリジナルの曲を熱唱され、歌詞の中には故郷加茂や出雲崎、良寛が出てきました。宇野さんのバイオリンが哀愁ある曲にマッチして40分の演奏会が終了しまし懇親会は中健顧問の乾杯で始まりました。酒が回りほろ酔いになってきた頃、宇野さんがバイオリンを持って参加者の耳元で1人ずつ音色を楽しませてくれました。これも初めての経験でとても感動しました。 懇親会が盛り上がったのはやはり校歌斉唱、第3応援歌を全員で歌ったときでした。(高25回)加藤 治さんの音頭で高校時代に戻りました。 今年は日月10日(金) に開催予定です。アトラクションは当日のお楽しみに。 源泉を読まれたかたは是非三条支部総会に参加してください。会場は越前屋ホテルです。(高33回) 明田川社長がサービスします。 ---------------------------------- 三条支部総会(28年度源泉より) 支部長(高21回卒) 野 崎 喜一郎 三条支部長を仰せつかって4年目となりました。私のようなものがこのような大役をこなせるものかと恐る恐る引き受けたのですが、周りの役員の方々がしっかりとしていて、なんとか4年目となりました。 支部の行事と言っても支部総会の開催が最大の仕事です。日時、場所を決定するのは簡単ですが、一番の苦労は参加者を集めることです。ありとあらゆる伝を使って参加者を募集するのですが、なかなか思うようには集まりません。平成27年11月13日(金)に恒例の越前屋ホテルにて開催しました。 62名の参加者の下、賑やかに総会が行われました。上杉学校長、山井同窓会長、渡邊前同窓会長はじめ先輩方々、同期、後輩と幅広い年代の方々が参加されました。そして今年のアトラクションは、私の同級生笹川澄子さんのチェロ洩奏でした。バイオリン演奏はよく開きますが、チェロとなるとなかなか開く横会がありません。低音で腹に響くような音で、クラシックから童謡まで三十分程参加者を楽しませてくれました。友人の篭島景子様のピアノ伴奏でのミニコンサートでした。アンコールをお願いしたら三条高校校歌を演奏されました。チェロ独特の音色で普段聞いている曲でありながらとても新鮮な校歌でした。最後は恒例の全員で校歌斉唱と応援歌となってお開きとなりました。この時問になると参加者は高校時代にタイムスリップ状態です。顔を真っ赤にして大声を張り上げ、5歳位若返ったようでした。今年も11月中旬に開催予定です。源泉を読まれた方は友人を誘って三条支部総会に参加してください。 ---------------------------------- 三条支部総会(27年度源泉より) 支部長(高21回卒)野崎 喜一郎 昨年の三条支部稔会は11月14日(金)に、越前屋ホテルで開催しました。この会場は高三13回卒の明田川さんが経営しているホテルです。総会には渡邊会長、平澤校長はじめ大先輩や来年の幹事(高48回卒)飯塚一樹君、柳原大樹君など総勢53名が参加されました。 今年のアトラクションは高45回卒の永桶康子さんから独唱を披露していただきました。藤原歌劇団に所属するプロ歌手の歌声を十分に堪能しました。古くから歌い継がれている日本の歌から本物のオペラまで、短い時間を大変楽しく演出していただきました。この紙面をお借りして感謝を申し上げます。 総会は渡邊会長から同窓会への会費納入が少なくなって来て予算組みが窮屈になって来ている。大勢の会員から会費(寄付)をお願いしたいとの話しがありました。続いて平澤校長の挨拶を頂き、中健耕二 (高六回卒) 先輩の乾杯の音頭で懇親会が開かれました。 楽しい時間は瞬く間に過ぎてしまいました。 締めの挨拶に来年の幹事二人から、力強く抱負を述べてもらい懇親会を終了しました。 総会の中であった質問ですが、どのようにして総会を同窓生に周知しているのですか? 確かに大変難しい問題です。今現在は役員のチラシ、三條新聞の広告だけです。大勢の方から幹事になっていただいて口コミで広めるしかないかと思います。同期の方、日常交流のある方に気楽に声をかけて頂き三条支部総会を盛大にしてゆきたいと思っています。皆様の声かけを期待しています。今年の三条支部総会は 日時 11月13日 (金) 18時半 総会 19時 懇親会 場所 越前屋ホテル 源泉を読んだ方の参加をお待ちしています。 ---------------------------------- 楽しい支部総会(26年度源泉より) 支部長(高21回卒)野崎 喜一郎 三条支部長を拝命して2年目となりました。4月の役員会で平成25年の三条支部の活動計画を話し合いました。総会を有意義に又多くの人から参加してもらうためにはどのようにしたら良いか色々な案が出されました。 役員の人たちも大勢の人が参加して楽しい総会にすることには全員同じ意見でした。挨拶と懇親会だけではなくアトラクションをいれたり、高校時代に教えてもらった先生にスピ~チをしてもらう等の案が出ました。 支部総会は11月15日越前屋ホテルで開催されました。30代から70代まで幅広く60数名の同窓生が参加されました。支部長、同窓会長、学校長挨拶の後、昭和41年に新任のの英語教師として三条高校に赴任された藤田信子先生の思い出話が披露されました。 藤田先生は三条高校に大変長く勤務されたので「私の授業を受けた人は手を挙げてください」と質問されたときには20名位の人の手が挙がりました。これには先生も驚いておられました。 アトラクシヨンは高28回卒成田秀雄さんからカンカンツォーネを独唱してもらいました。時間が限られていたので三曲という短い時間でしたが迫力ある歌声に一同感動しました。 同窓生には凄い特技の持ち去いることに唖然とさせられました。その後は懇親会で太いに盛り上がり最後は恒例の校歌、応援歌を全員で歌ってお開きとなりました。音頭を取ったのは渡邊同窓会長でした。 また、8月24日には寺泊でクルージングを体験してもらいました。初めての企画でしたが11名の参加者があり貴重な体験をしてもらいました。これからも支部活動がより充実した活動になるように役員一同頭を捻って取り組んでゆきます。今年も11月中旬に支部総会を開催する予定です。 ---------------------------------- 平成24年度支部総会 支部長(高二十一回卒)野崎 喜一郎 平成24年11月10日(土)に開催されました三条支部総会で、今年度から支部長の任を拝命することになりました。 今振り返ってみますと、5月1日の同窓会総会には毎年参加していましたが、これが唯一の同窓会の集まりだと思っていました。 「三年前に燕市や加茂市にはそれぞれの支部があって、毎年支部総会が聞かれているのに地元の三条支部総会が無いのは寂しい話ではないか」と言う声が私の所にも来ました。連絡の取れる卒業生に声をかけましたら、15人ほどの卒業生が集まってくれ、前支部長鈴木守男様のもとに幹事会が聞かれました。何回かの幹事会を経て平成23年11月5日に、三条支部会の総会を開催することが出来ました。その時に歳の順もあったのでしょうが、私に副支部長の任が回ってきました。 2年間副支部長として鈴木前支部長の元、三条支部を楽しく、大勢の卒業生が参加する会になるように活動してきました。 お陰様で、23年は83名、24年は71名の卒業生が参加して大変楽しい総会に成りました。昨年の総会では平成年度に卒業した30歳代のOB、OGが7名も参加し、70歳代まで各世代の方々が幅広く参加されました。その中には今も現役で教鞭を執っていられる先生、現役は退かれた先生も居て、三条高校時代の先生と生徒の話が大いに盛り上がりました。又同年代のテーブルでは同級会の如く話が弾んでいました。三条高校を卒業して世代を超えて集まることの出来る支部総会の面白さを改めて感じることが出来ました。 微力な支部長ではありますが、他の役員と力を合わせて今年も11月中旬に三条支部総会を開催する予定です。三条に在住又は勤務する人から多く参加していただけますようにお願い致します。 ---------------------------------- 同窓会三条支部総会報告 事務局 野嵜 久雄 平成23年11月5日午後6時、三条ロイヤルホテルに於いて、三高同窓会三条支部総会は熱気に満ち溢れた雰囲気の中行われました。 開会の挨拶の後、鈴木守男支部長、渡邊喜彦同窓会会長の挨拶があり、続いて小島正芳学校長が学校の近況を交えながら、今回の三条支部総会が盛大に行われた事に対して、喜びの気持ちに満ち溢れた御言葉を述べられました。 特に若い皆様の参加が多かった事に対して非常に感激しておられました。私が最初に熱気に満ち溢れた雰囲気の中行われたと書いたのは正にこの事です。 鈴木守男支部長を議長に選出して議事は 滞りなく行われました。活発な質疑応答の後、各案件に対して皆様のご賛同を得、野崎喜一郎副支部長の閉会の挨拶も終わり、愈々お持ちかねの懇親会に突入した訳です。 加藤睦宏副支部長の司会進行で始まり、中條耕二顧問の暖かい挨拶・乾杯で懇親会の幕が切って落とされました。後は皆様の御想通り非常に盛り上がった雰囲気の中懇親会は進んでいくのです。 最高潮に達した所で、渡邊同窓会長の校歌斉唱、加藤治幹事の応後歌になる訳ですが、この頃になると全員が立ち上がり肩を組んでの大合唱です。高6回卒業の大先輩を筆頭に、高57回卒業の皆様まで各年代の卒業生の皆様の熱意が結集した瞬間でした。 次回の再会を約して大感激のうちに終了しました。 今回の三高同窓会三条支部総会を振り返ってみますと、準備の段階から諸先輩方の助言を頂き、若い幹事の皆様との打ち合わせを重ねながら、皆様の熱意で成し遂げられ結果だと確信しています。 皆様有難うございました。
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「燦光囲碁クラブ」だより
「燦光囲碁クラブ」だより 「会長杯」第7回燦光親睦囲碁大会結果報告 高第7回卒 渡辺 完 昨年(平成24年)6月24日(日)、石田正之、大野勇、水野勇さん(高3卒)、以下、総数14名の参加で、三条ロイヤルホテルで開催いたしました。4回戦でAクラス、Bクラスに分かれて熱戦を繰り広げました。 戦績結果 Aクラス(三段以上) 優 勝 片桐武治 六段(高第6回卒) 準優勝 斎藤仙佑 五段(高第7回卒) 第三位 大野 勇 五段(高弟3回卒) Bクラス(二段以下) 優 勝 藤井一彦 二段(高第13回卒) 準優勝 中野 勝 I級(高第12回卒) 第三位 坂井俊彦 初段(高第9回卒) ○優勝の片桐さんは、ハンディが最高での 優勝ですので名実ともに実力、No.1とい うことになります。誠にお目出度うござ います。 優勝杯は、会長渡漫喜彦氏の贈呈です。誠に有り難く、感謝申し上げます。 終了後の表形式、懇親会には、渡邊喜彦会長、鈴本毅副会長が出席され、多数の方が参加され盛会に開催出来た事への、会長のお礼のご挨拶に始まり、水野勇さんの乾杯で懇親会に入る。久し振りの再会を懐かしみ大いに盛り上がり、親睦・友好が計られ有意義な一日でした。 ○今後の同窓会親睦囲碁大会 について 参加者が年々高齢になっており、又新しく参加される人が殆どいない事等で、今後も参加者が残念ながら滅る傾向にあります。 渡邊会長の了承を得て一旦中止する事にいたしました。 幹事一同、会長様、関係者の皆様大変お世話になり有難うございました。 尚、今後については、囲碁愛好者で幹事を引き受けてくださる方、是非事務局にご連絡ください。 高第6回卒 片 桐 武 治 昨年(平成22年度)10月24四日(日)に、第6回親睦囲碁大会が、三条ロイヤルホテルで開催されました。 参加者は第3回卒から18回卒までの12名で、6段から2級までと、多彩でした。 戦績は次の通りです。 優 勝 斉藤仙祐さん(五段) 準優勝 片桐武治 (六段) 三位の星野義秋さん(四段)、四位中野勝さん(二段)も、三勝一敗の同率。いかに、熱の入った碁戦だったかは、想像に難くありませんね。五位大野勇さん(五段)は、二勝二敗。 優勝杯・準優勝杯は、会長渡邊喜彦氏の贈呈でした。まことにありがたく、感謝申し上げます。 真剣な碁会の後、いつものように懇親会が持たれました。 会長様は所用で出席がかないませんでしたが、副会長鈴木毅様のご挨拶、そして水野勇様の乾杯の音頭があり、賑やかに酒宴が繰り広げられました。 竹井満喜子副会長さんも出席されて、快活な笑顔で語り合い、大いに雰囲気を盛り上げてくださいました。 ※囲碁所感 ・「一期一会」をもじって、「一碁一会」が時として見受けられます。小諸の某食堂で某プロ棋士の色紙を見て、感慨ひとしお。 ・九年前、甲府で「芭蕉展」原本を見る。 芭蕉の句に「長き夜に碁をつづり居るなつかしさ」があるとか・・・ 碁は、細い道をたどって迷路をさまよったり、快路に躍り出たりして、内心快哉を叫んだりすることが、よくあります。 「奥の細道」のタイトルは、芭蕉の囲碁の修養から浮かび出たものでは・・・ ・日頃つき合う碁席での茶飲み話 碁を知らないでいたら、日々がどんなにつぶやく人が多い。同感ですね。特に、この冬は、しみじみと感じさせられました。 午前は奥様孝行、そして午後は・・・となれば言うことはありませんね。碁敵の皆さん! 〔会長杯〕第5回燦光親睦囲碁大会結果報告 高第7回卒 囲碁クラブ会長 渡辺 完 昨年(平成21年)6月28日(日)、総勢15名の参加で、三条ロイヤルホテルで開催いたしました。四回戦でAクラス、Bクラスに分かれて、熱戦を繰り広げました。 戦績結果 Aクラス(四段以上) 優 勝 外山昌男さん(高七回卒) 準優勝 榎本善昭さん(高四回卒) 第三位 斎藤仙祐さん(高七回卒) Bクラス(三役以下) 優 勝 酒井絃一さん(高十一回卒) 準優勝 石田正之さん(高十五回卒) 第三位 田巻 博さん(高十一回卒) 終了後の表形式、懇親会には、勇退された中條会長に代わり、新会長の渡邊喜彦会長、鈴木穀副会長が出席され閉会。渡邊会長が、多数の方が参加され盛会に開催出来た事への御礼のご挨拶に始まり、渡邊会長寄贈の会長杯が、二人の優勝者に授与され、当クラブ最高段位者七役の野島耕三さん(高三回卒)による乾杯で懇親会に入る。一年振りの再会を懐しみ大いに盛りあがり、親睦・友好が計られました。 ○今年4月4目(日)、東京で開催された、東京支都築十五囲碁大会(野島耕三代表)に、渡辺完、酒井紘一さんの二人が参加し、賞には入りませんでしたが、一日中楽しんできました。(19名参加) ○着 眼 大 局 着 手 小 局 囲碁の世界の言葉です。盤面全体にまで目を配る広い視野を持ち、且つ目の前の一手には細心の注意を払え……との教えです。 目まぐるしく昆屯とした今の世の中、小さなことでもとでもコツコツと行うとともに、しかし目先の木だけを見るだけではなく、十年後五十年後の森も見て進むことも必要不可欠であることを、この言葉から教えられます。 ○〔会長杯〕第6回燦光親睦囲碁大会の件 今迄は例年6月に開催いたしておりましたが、今年度は諸事情により秋に親睦囲碁大会を開催する予定です。日時等詳細については、八月の役員会で決めてご案内いたしますので、よろしくお願いいたします。 ○深沢隆行さん(高48回卒)県名人に 第49回新潟県アマチュア囲碁名人戦(新潟日報主催)が3月行われ、深沢さんが、名人の中野祥孝に勝ち名人位を獲得した。大変お目出度とうございます。来年もタイトルを防衛できるように頑張って下さい。 〔会長杯〕第4回燦光親睦囲碁大会結果報告 高第7回卒 囲碁クラブ会長 渡辺 完 昨年(平成20年)6月29日(日)佐藤暢夫先輩(高2回)以下、総勢23名の参加で、三条ロイヤルホテルにおいて開催いたしました。4回戦でAクラス、Bクラスに分かれ熱戦を繰り広げました。 戦績結果 Aクラス(四段以上) 優 勝 斎藤 仙祐さん(高7回) 準優勝 榎木 善昭さん(高4回) 第三位 外山 昌男さん(高7回) Bクラス(三段以下) 優 勝 青木 敬文さん(高7回) 準優勝 水野 勇さん(高3回) 第三位 関川 進さん(高11回) 終了後の表彰式、懇親会には、中條同窓会会長、鈴木副会長、竹井副会長、小嶋副会長が出席され開会。中條会長が多数の方が参加され盛会に開催出来ましたことへの御礼のご挨拶に始まり、中條会長寄贈の会長杯が、二人の優勝者に授与され、囲碁クラブ顧問の野島耕三氏(高三回)による乾杯で懇親会に入りました。懇親会では一年ぶりの再会を懐かしみ、大いに親睦・友好が計られました。 ○クラブ発足後、順調に5年目を迎えました(1回は水害のため中止)これも中條会長はじめ役員皆様のご理解とご協力あってのことと感謝申し上げます。 ○プロ棋士は、定石(最善手)を打っても勝ち目がないと判断した場合、あえて不利な勝負手(悪手)を打って紛れを求める場合があるそうです。人生もそんな勝負手の必要な場合もあるのではないでしょうか。 ○表彰式、懇親会で、いつも司会をされています当クラブ副部長・片桐武治さん(高六回)が、碁盤一式(碁石含む)を六面寄付して下さいました。厚く御礼申し上げます。 ○東京支部囲碁同好会(野島耕三代表)が発足以来、満十周年を迎えました。昨年8月記念大会の招待を頂き、当クラブから、藤塚栄三郎さん(高6回)酒井紘一さん(高11回)が大会に参加され、またプロ棋士川本昇九段より指導碁を打って頂きました。 ○訃報 当囲碁クラブの発展にご尽力されました、副部長の河上純一さん(高6回)が、病気で亡くなられました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。 予告 〔会長杯〕第5回燦光親睦囲碁大会のご案内 多数の皆さんの参加を、お待ち致しております。 日時 平成21年6月28日(日) 午前10時開始 会場 三条ロイヤルホテル 競技方法 個人戦(4回戦 1時間20分) 参加費 7000円(昼食代、懇親会費含む) 参加申込み期限 平成21年6月20日(土) 申込み及び問合せ先 三条高校同窓会事務局(寺尾) 0256―33―0208 Fax 0256―33―0134 (取材:広報部 田下 恒) 「燦光囲碁クラブ」発足、同窓会クラブ員を募集しています かねてより、三条高校同窓会の有志で囲碁同好会の諸兄が集り、 大会を開催されておりましたが、同窓会本部が核となって同窓生の友好な交流を図り、 以って母校の発展、在校生にもいささか寄与したいとの希望から、 お蔭様で「燦光囲碁クラブ」が会則にのっとり、、無事発足の運びとなりました。 三条の同好の有志が中心となり、一歩一歩進めながら、 一人でも多くの同窓生の仲間を増強しながら、 各支部に働きかけて年1回の大会を開催することに決定致しました。 年内の開催を考えておりますので、同窓会事務局に多くの会員を募集させて頂きます。 【燦光囲碁クラブ 会則】 名称:燦光囲碁クラブと称する。 目的:囲碁を通じて三条高校同窓会の交流によって親睦・友好を計ることを目的とし、母校の発展に寄与する。 役員:顧問、相談役、会長、副会長、幹事をおく。 任期:役員の任期は3年とし、再選を妨げない。 大会:年に1回、同窓会本部又は他で開催する。 組織:会員組織は三条中学、三条高校卒業生と学校関係者を以って組織する。 経費:会費をその都度徴収し、同窓会がその一部を補助する。 その他:その他必要な事項は役員会で決議し、実施する。 この会則は平成16年1月22日施行する
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部会便り/定時制部会
三条高等学校 同窓会定時制部会 休会にあたり(4年度源泉より) 部会長(定9回卒) 曽根 忠一郎 三条高等学校定時制課程は、平成二十三年に惜しまれながらも閉課程となり、早十一年が経ちました。振り返ると、昭和二十六年四月一日に募集人員八十名で普通課程が設置されてから、七十年という長い月日が経っています。 昭和、平成、令和・・・移り変わる時代の中で、三条高等学校定時制の卒業生も二、二八五名となり、いまなお多くの仲間が全国各地で活躍されています。 私が本校定時制に入学した昭和三十五年は、まさに高度成長期。世の中が忙しなく動き、日常的に働き手が足りない状況でした。“金の卵”として、都会に出る人がいる一方で、長男長女は幼い頃からの手伝いの延長で、自然と家業についていた人も多かったのではないでしょうか。かくいう私も、父が裸一貫で立ち上げた庖丁・刃物を製造する鍛冶屋と、夜間学生を両立していました。特に真夏の鍛冶仕事は、朝早くから暗くなるまで。若かりし少年には本当にキツイ仕事でした。仕事場から教室に向かい、授業が始まったと同時に、机に突っ伏して寝ていたことも今となっては懐かしく思い出されます。 同窓会も立ち上げ当初は、役員も多く、総会でも常に活発な意見が飛び交っていました。同窓会も、多くの出席者に会場を狭く感じていた頃もありました。 年度を重ねるに連れ、先輩方の欠席も増え、再三のお声がけに何とかお応えいただいている現状でした。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大が会の運営に大きな影響を与えました。ワクチンの摂取、不要不急の外出の自粛、県境を越える外出の自粛、大人数での会合の自粛、自粛、自粛・・・多くの制約の下に同窓会を中止したり簡素化したり、顔を合わせて行う楽しい懇親会も諦めざるを得なくなりました。 実は、事務局スタッフも後期高齢期を迎え(部会長である私および会計担当の体調不良などもあり)、ここ数年をかけて、定時制部会事務局の若返りにも努めてまいりましたが、それも叶わず、また昨今のこの状況を鑑みて、まことに残念ではありますが、三条高等学校定時制部会を休会扱いとさせていただきたいと思います。 最後になりますが、当部会の設立にご尽力くださった先輩方、初代会長・斎藤善一先輩、二代目会長・笛木誠先輩、そして長年の皆様のご協力に心より御礼申し上げます。どうもありがとうございました。 --------------------------------------------- 定時制部会 (3年度源泉より) (定51回卒) 長瀬 嘉之助 卒業して早や十六年。 三条高校に対する想い出は、数え切れない。 新校舎移転、定時制の閉課程等、同窓会の活動については、良い先輩に恵まれて、数々の体験をさせて頂きました。定時制課程を卒業した同窓生各位もなんらかの思い出をお持ちの事と推察致します。 今後も世の中をリード出来る人材が育つ三条高校であってほしいと願い、自分が出来な かった「亡想」「希望」を書いてみました。 三条・燕・加茂の中央商店街の今日の寂しい状況を五十年前は想像出来ませんでしたが、 何かを私達に示している現況であります。 現社会は、車の移動、利便性が優先の社会です。 各分野で活躍している同窓生の皆さん、 三条の刃物、燕の金属製品、加茂の木工品、同地域の食材生産等のより進化発展を目指し、 更には三十年後の脱炭素、AI、デジタル化の 社会等を想像して、農業の共業化、物作りの共業化、又新規事業の発想等、意見を交わす場を作り、各位の思いを発信し同窓会有志が支援する事や、又熟年層のサークル活動の啓蒙も合わせて、同窓会総会のアトラクションの一 部として発表することなども考慮して頂けたら幸いです。(これはあくまでも個人願望であります。) --------------------------------------------- 定時制部会設立第20周年を迎えて (2年度源泉より) 定10回卒 事務局長 野水 秀勝 戦後間もない昭和26年に設置された定時制部会は昭和31年第1回卒業生から平成23年第57回卒業生の61年間で閉課程となるまで部会卒業生は2285名です。 歴代校長と恩師の暖かい励ましとご指導のもと学業と職業を並立しながら卒業することができました。 今となっては懐かしい校舎や教室・恩師・同級生との給食や運動会・修学旅行の想い出が走馬灯のように記憶に残ります。 同窓会定時制部会は第1回から第7回卒業生を中心にを開催してから、今年で第20回目の節目を迎えました。 初代部会長の斎藤善一様、第二代笛木誠様と現在の第三代曽根忠一郎様および各役員・連絡員方々の努力で部会運営を継続されてまいりました。 今後の運営を継続させるために第15回卒業性以降の方々に総会への参加を働きかけてまいります。 本年度も皆様より多数の出席をよろしくお願い致します。 令和元年6月8日、第19回定時制部会総会・懇親会にはご来賓として中田亮一校長様、野水重明会長様、高木正夫常任理事様と恩師首藤隆司様、井之川豊様のご出席のもとで総会・懇親会を開催致しました。 総会では曽根部会長の司会で会務報告と令和元年度予算・役員改選が原案どおり審議・可決されました。 お楽しみの懇親会では出席者全員に参加賞下田楢山産のコシヒカリ1㎏プレゼントや永年功労者・遠方出席者プレゼントが贈呈されました。 恒例の合唱タイムがあり長沼宣男さんのアコーディオンと石綿富一さんのギター伴奏付でテーブルごとに懐かしい友との素敵な合唱を楽しみました。 最後の校歌斉唱では恩師首藤隆司様の指揮のもと全員の大合唱で閉会となりました。 本年は6月13日午後3時30分から「餞心亭おおゝ乃」にて第20回総会・懇親会を開催します。皆さんぜひご出席ください。 定時制部会報「働学の絆」第6号は6月末の発行で進めています。部会員よりの多くの寄稿をお待ちしております。 本年も皆さんお元気によろしくお願いいたします。 --------------------------------------------- 「新潟開港150周年 海フェスタにいがた」 護衛艦ひゅうがと観測船啓風丸体験 (31年度源泉より) 定10回卒 事務局長 野水 秀勝 新潟港は明治元年11月19日に開港五港(横浜・神戸・長崎・函館・新潟)の国際貿易港です。 幕末当時は信濃川の水深が浅く大型船舶の出入りに支障があり開港はしばらく延期となりました。今年に開港150周年を迎え「海フェスタにいがた」イベントで「ひゅうがと啓風丸」を体験しました。 新潟港の歴史は、平安時代の神原津~沼垂港~新潟津と港の場所を変えながら発展してきました。 江戸時代には幕府の命令で寛文11(1671)年には河村瑞賢により北海道江差~秋田~酒田~新潟~三国~境~下関~尾道~大阪~江戸迄の北前船(弁才船・和船)による北前船西回り航路が開かれました。 日本寄港地間の物資輸送が盛んになり各地の特産物が交易されて地域も繁盛しました。 新潟県内の内陸部では信濃川や阿賀野川を経由して三条・長岡・六日町・津川などのお米や特産物が川船で輸送にされ地域交通の大動脈としに大きく貢献し明治・大正・昭和初期まで川船が大活躍しました。 三条市では昭和38年豪雪時に五十嵐川より新潟港へコロナ石油ストーブの輸送が行われました。 今日の新潟港は信濃川河口の西港と外国貿易中心の東港2港で日本海側初の特定重要港湾に指定されました。 東港には大型観光客船が寄港してインバウンド観光として多くの観光客が新潟の魅力を満喫されています。 開港150周年記念イベントとして平成30年7月に「海フェスタにいがた」が開催されました。 最近話題のヘリコプター搭載型護衛艦ひゅうがと海洋気象観測船の乗船体験することができました。 源泉に掲載して「ひゅうがと啓風丸」の一端をご紹介させていただきます。 ひゅうが型護衛艦 概要(海上自衛隊) 全通飛行甲板の船型から空母(ヘリ空母)とされる対潜水艦・対空ミサイル発射戦闘能力 排水量 19、000トン 全 長 197m 全 幅 33m 高 さ 48m 深 さ 22m 機 関 25、000ps 速 力 最大30ノット 搭載機 ヘリ 最大11機 同時発着 3機 兵 員 約340名- 360名 「海フェスタにいがた」新潟東港接岸 体験乗艦コメント ・7月14~16日の艦内見学者27、802人と大人気 ・乗艦までに長い行列ができ1時間以上待つ状態 ・軍用艦として少し緊張感を感じる ・空母の全通甲板は広く大きい直線約200m ・飛行甲板の前後にヘリコプター上下昇降装置 ・常時搭載ヘリ SH?60J/K 3機 MCH?101 1機 ・大災害時の救援艦として全国的に運用 ・へり空母について乗艦して実知識を得た海洋気象観測船 啓風丸(気象庁) 「海フェスタにいがた」新潟西港接岸 体験乗船コメント ・7月14~16日の艦内見学者3、007人と人気 ・気象庁所属船で大型海洋気象観測船 1483トン ・啓風丸船内で海洋気象観測システムを搭載運用 ・海洋の長期変動と地球温暖化の検出と予測 ・海洋観測船5隻体制で半年づつ観測公開中 ・高風丸(函館)凌風丸(本庁) 啓風丸(神戸)長風丸(長崎) 清風丸(舞鶴) ・気象観測船の乗船で海洋気象観測知識を学習 ・GPSを活用した最新の科学観測設備を見学 --------------------------------------------- 「八木ケ鼻 長野遺跡 縄文大集落は「三高の源泉か?」」(30年度源泉より) 定10回卒 事務局長 野水 秀勝 より多くの参加をいただくために 2016年4月25日、三条市・新潟市・長岡市・十日町市・津南町で申請したストーリー「なんだ、コレは!」信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化が日本遺産に登録されました。縄文文化に興味をもつ三条市民としてたいへん喜ばしく思っています。 世界有数の雪国で五千年前に生まれた火炎型土器が三条市の長野遺跡と吉野屋遺跡より多数出土しています。長野遺跡は五十嵐川・守門・駒出の3河川の合流点で八木ケ鼻に近く火焔型土器・王冠型土器・大珠(ひすいの首飾り)も出土されております。まさに、三条高校同窓会誌「源泉」と繋がりを強く感じることができます。 下田から只見へ至るルート八十里越で結ばれていた交流拠点のムラのにぎわいが数々の出土品から感じられます。 長野遺跡は縄文時代中期から後期の大集落で粟ケ岳や守門岳を望み五十嵐川流域で1989年の発掘調査で竪穴住居30戸以上フラスコ土坑・17基を含む土坑・柱穴などが確認されています。下田郷資料館には石器時代から室町時代までの出土品などが展示されています。縄文時代の暮らしに興味を持ち時々資料館を見学して下田郷に生きた人々の暮らしの長い歴史を感じています。吉野屋遺跡は火焔型土器・王冠型土器とともに注目されているのが百体以上の土偶です。吉野屋の大規模な拠点集落に大勢の縄文人が集まり土偶送りが行われていたと推測されます。 縄文時代中期の遺跡は信濃川流域には四百箇所以上も発見されムラの規模と密集度は日本有数であったことがわかる。八木ケ鼻の圧倒的な景観を眺め停めば五千年前と変わらぬ風景を追体験できる。たしかに自然と共生し雪国の文化にもわたり後世に伝えているこの地域の人々はまさに縄文文化の知恵の中で暮らし「源泉」に掲載される八木ケ鼻や下田郷の山々を見るたびに五千年前の縄文時代と変わらない景観です。 --------------------------------------------- 「三条高等学校同窓会定時制部会」(29年度源泉より) 定9回卒 曽 根 忠一部 より多くの参加をいただくために三条高等学校定時制部会総会は、平成13年の第1回総会より、毎年恒例の4月第2土曜に開催されてきました。昨年の第16回大会も桜花欄漫の晴天に恵まれた4月9日の第2土曜に、餞心事おゝ乃で開催させていただきました。御来賓には、三高同窓会副会長の横山正明様、三条高等学校学校長上杉肇様、三条高等学校同窓会事務局寺尾美代子様にご出席を賜りました。 まず、同窓会副会長の横山正明様より「このような多くの卒業生の総会および同窓会にお招きいただき、ありがとうございました」との御祝辞を頂戴いたしました。次に、学校長上杉肇様より「昨年三条高等学校に赴任してきて2年目となり、このような定時制の総会および同窓会にお招きいただき、凄い熱気を感じ、初参加の卒業生が34人もおられることが驚きと言わざるを得ません」とお褒めの言葉をいただきました。 総会での議事は第1号議案から第6号議案まで、事務局の説明のもとに満場一致で承認されました。同窓会後の懇親会では、12テーブルにバランスよくレイアウトされ、特に恩師のテーブルには受け持たれた卒業生と一緒に昔を懐かしんで、楽しく談笑されていました。第16回総会を開催するにあたり、如何に多くの卒業生に参加していただけるかを事務局が最大の努力をされ、恩師の力をお借りして、参加の要請をお願いしたことだと思います。その結果が、初参加の卒業生が34人を迎えることができたことは、次の17回の総会にも活かしていきたいと思っております。 第1回総会を立ち上げられた先輩方も、なくなられた方や体調を崩されて出席したいが出れないと言う多くの卒業生の声が聞かれることは残念なことで、健康管理に気をつけていただきたいと思います。 また、以前より、会社勤めの異動や転勤の挨拶回り、さらに農作業では一年に一番の繁忙期にあたる4月第2土曜から、6月第2土曜開催に変更していただきたいとの意見が出ていることを受け、事務局および役員会では次回17回総会より、.少しでも多くの方に参加していただけるように6月開催を目指して準備を進めております。 さらに、前回(第16回) 同窓会後の懇親会で一番盛り上がった校歌斉唱を、次回(第17回) は第7回卒業生の長沼宣男様のアコーディオン演奏と首藤隆司様の指揮により、全員で大合唱できるよう準備を進めております。 三条高等学校定時制は、平成23年3月に閉課程となりましたが、2,290人の定時制同窓生が「働学の懐かしい思い出」を共有する先輩後輩の絆として、同窓会で懐かしく顔を合わせ、語り合いたいと思っております。 --------------------------------------------- 「同窓会を楽しく」(28年度源泉より) 三条高等学校同窓会定時制部会 部会長 曽根 忠一郎 桜花欄漫の晴天に恵まれた去る4月9日に、第16回新潟県立三条高等学校定時制部会の総会および同窓会が開催されました。御来賓には三条高等学校副会長の横山正明様、三条高等学校校長の上杉肇様、三条高等学校同窓会事務局の寺尾美代子棟にご出席を賜りました。 御祝辞を始めに、同窓会副会長の横山正明様より山井会長の代理として、「このような多くの卒業生の総会および同窓会にお招きいただきありがとうございます」と挨拶を頂戴いたしました。次に、学校長の上杉肇様より、「昨年三条高等学校に赴任して2年目となり、このような定時制の総会および同窓会にお招きいただきすごい熱気を感じ、初参加の卒業生が34名もおられる事は驚きと言わざるを得ません」と話されました。総会での議事は、第1号議案から第6号議案まで事務局の説明の元に満場一致で承認されました。 総会も予定内の時間でスムーズに終えて、懇親会が開催。会場は12テーブルとバランスのとれたレイアウトとなりました。懇親会の総合司会は長沼宣男様(第7回卒)より執り行っていただき、副部長坂井正和様(第2回卒)の声高らかな乾杯の音頭で懇親会が始まりました。お酒が入ると、どのテーブルも笑顔と大きな声で賑やかになり、テーブルごとに記念のスナップ写真を撮らせていただきました。16回同窓会の目玉は「サンクスタイム」でのプレゼント。 ″なんかんコシヒカリ(1kg)″を60名分ご用意させていただきました。進行は、副部長吉川吉彦様(第14回卒)にお願いしました。 ①永年参加賞 第1回同窓会から16回まで毎回続けて皆勤出席された方5名に、プレゼンター長瀬嘉之助様(第51回卒)よりお米を、また部会長より賞状をお渡ししました。 ②初参加賞 なんと16回同窓会では、34名の初参加者を迎える事ができました。プレゼンター野水秀勝様(第10回卒)よりお米を、部会長より賞状をお渡ししました。 ③来賓参加賞 三条高等学校同窓会 副会長 横山正則 様 三条高等学校 学校長 上杉 肇 様 三条高等学校 同窓会事務局 寺尾美代子株 プレゼンター長谷川啓三様(第1回卒)よりお米を、部会長より賞状をお渡ししました。 ④恩師参加賞 三条高等学校 定時制課程 恩師 首藤隆司 様 三条高等学校 定時制課程 恩師 阿久津文男様 三条高等学校 定時制課程 恩師 清水美智子様 三条高等学校 定時制課程 恩師 坂井康男 様 三条高等学校 定時制課程 恩師 山崎 真 様 プレゼンター笠原美代子様(第19回卒)よりお米を、部会長より賞状をお渡ししました。 ⑤ジャンケンラッキー賞 各テーブルで、お米をもらっていない人でジャンケンを実施。勝ち上がった人に、プレゼンター高橋正様(第30回卒)よりお米を、部会長より賞状をお渡ししました。 楽しいサンクスタイムが終了後、出席者全員でステージに上がり記念撮影を行いました。第16回同窓会での最大の盛り上がりは、やはり校歌斉唱。指揮を首藤隆司様にアーコディオン伴奏を長沼宣男様に、全員で歌い上げた姿に、来賓の方々よりお褒めの言葉をいただきました。楽しい時は時間が過ぎるのも早いもので、閉会挨拶・御礼の言葉を、植木憲一様(第5回卒)に執り行っていただきました第16回同窓会の初参加の卒業生が34名もおられる事は、何と言っても恩師の努力があればこそ、と部会長として心より厚く御礼申し上げます。また、今回の同窓会に出席していただいた方々に、どうしたら喜んでいただけるか、また次回の同窓会にもつなげるためにはどうしたら良いのかを委員会で話し合いました。三条高等学校定時制部会が20回、30回と続くように皆様より御支援をいただき、努力する所存ですので、どうかよろしくお願い申し上げます。 --------------------------------------------- 「平成26年度部会」 定時制副部会長 (昭和37年、定8回卒) 武士俣 昭 司 定時制部会総会は、毎年4月の第2土曜日に総会が開催されてきました。今年は4月11日(土) に定時制部会第15回総会が餞心事おゝ乃で開催されました。 定時制部会総会も平成13年4月に第1回を開催して回を重ね今年で15回総会となりました。発足当時は、働きながら学ぶ苦学を共にした学友の親睦を深め、1年に1回語り合い交流の場として発足したと先輩方々からお聞きして居ります。 初代会長斎藤善一氏 (定1回卒)、2代会長笛木誠氏(定4回卒)と回を重ね今年で15回を迎えました。本年度の総会で笛木誠部会長から曽根忠一郎(定9回卒) 新部会長に交代され、引き継がれることになりました。 総会ではご来賓として、 三条高等学校同窓会 会長 渡邊 喜彦様 三条高等学校 学校長 上杉 肇様 三条高等学校同窓会常務理事 高木 正夫様 三条高等学校同窓会会計監事 小嶋 英範様 三条高等学校定時制課程恩師 首藤 隆司様 三条高等学校定時制課程恩師 阿久津 文雄様 三条高等学校定時制課程恩師 名塚 暢子 三条高等学校定時制課程恩価 山崎 真様 三条高等学校同窓会 事務局 寺尾 美代子様 以上の9名の方からご臨席を賜り、出席者総勢59名で、総会は大盛会で始まりました。 第一部は野水秀勝副部会長の開会宣言で始まり、笛木誠部会長の挨拶、来賓の祝辞を賜り、議事に入りました。議長は笛木誠部会長がつとめ、第1号議案から第4号議案まで承認され、第5号議案の役員専任案も承認されて、新定時制部会長に曽根忠一郎さん (定9回卒) が選任されました。事務局長は野水秀勝さんが選任されました。新しい定時制部会事務局体制と執行部がスタートしました。 その後、感謝状の贈呈に移り、これまで定時制部会に貢献された方、高額寄付をなされた方々に感謝状が曽根忠一郎部会長から授与されました。 授与者は、 三条高等学校同窓会定時制部会功労者 長谷川 啓三殿 三条高等学校同窓会定時制部会功労者 笛木 誠殿 三条高等学校同窓会定時制部会高額寄付者 村上 聖一殿 三条高等学校同窓会定時制部会高額寄付者 野水 秀勝殿 以上4名の方に感謝状が授与されました。 第二部の懇親会は、アトラクションの三条出身のお笑い芸人縁竹縄(えんたけなわ)さんのギターによるエノケンメロディが歌われ、会場の雰囲気を盛り上げました。 懇親会の司会進行は長沼宣男さん (定6回卒)がされ、若穂囲義勝さん(定4回卒)の乾杯の音頭にはじまり、久しぶりに再会した学友との語らいに花が咲きました。和やかな雰囲気の中、三条高校同窓会会長渡邊喜彦会長さんの指揮で、三条高校校歌、応援歌を会場が割れんばかりに声高らかに歌いました。 宴は最高潮に盛り上がりましたが、時間にも限りがあり、中締めを長谷川啓三顧問さん (定1回卒) にお願いして、一本締めで締めて頂きました。 大盛会であった第15回定時制部会総会も無事終わり、この総会にご多忙の中ご臨席賜ったご来賓の皆様に心から感謝御礼申し上げます。また、総会に出席してくださった会員の皆さん、総会の準備にご苦労された前長瀬事務局長さんはじめ役員の皆さん、本当にご苦労様でした。心から感謝申し上げます。 来年の定時制部会も第16回総会の再会を誓って散会いたしました。 --------------------------------------------- 「平成25年度部会」 定第10回卒 野水 秀勝 定時制部会総会は、平成13年より毎年恒例の4月第2土曜日に開催されております。今年の第14回総会は桜開花だよりの始まった4月12日に餞心亭おゝ乃さんで開催されました。 総会には昭和30年第1回卒から平成23年第57回卒の幅広い年齢層の方々より出席いただき盛大にはじまりました。 ご来賓として、 三条高等学校同窓会 会長 渡邊 喜彦様 三条高等学校 教頭 山本 久様 三条高等学校同窓会 常任理事 高木 正夫様 三条高等学校同窓会 会計監事 小嶋 英範様 三条高等学校同窓会 源泉委員長 小林 吾郎様 三条高等学校 定時制課程 恩師 首藤 隆司様 三条高等学校 定時制課程 恩師 阿久津文雄様 三条高等学校 定時制課程 恩師 山崎 真様 三条高等学校同窓会 事務局 寺尾美代子様 からご臨席をいただき総勢50余名の盛会となりました。 第一部 総会 司会進行は第14回卒の吉川吉彦さんにより進められ笛木部会長ご挨拶の後、笛木誠さんが議長となり議事進行の運びとなりました。事務局長の長瀬嘉之助さんより前年および本年度事業報告・収支決算報告が行われ第7回卒の長沼宣夫さんより会計監査が報告されてすべての提案事項は満場一致の拍手で承認されました。 ご来賓祝辞は渡邉同窓会長と山本教頭先生より心温かいご祝辞を賜りました。ありがとうございました。 第二部 懇親会 開宴ご挨拶は第9回卒曽根忠一郎さんより、乾杯の音頭は恩師の首藤先生よりのご発声でにぎやかにはじまりました。 アトラクション司会は第3回卒鈴木米子さん・第六回卒大津恵子さんの司会で進行されました。 ハーモニカ演奏者の佐藤昇様より心和む美しい日本の童謡・唱歌を演奏で懇親会を和やかにしていただきました。 前回、好評いただいた「懐かしいうたのひろば」を第7回卒長沼宣夫さんのアコーディオンと第18回卒石綿富一さんのピッタリ息の合ったギター伴奏で懐かしい想い出の名曲を参加者が楽しく歌い合いながら盛り上がりました。 恩師の首藤隆司様よりはソロで素晴らしい声量の名曲をご披露していただき、参加した皆様と共にパワーをいただき感激致しました。 宴会が進むにつれて懐かしく和気あいあいムードの中で楽しく懇親することができました。 歌声で盛り上がる中、渡邉同窓会長の音頭で部会役員がステージに上がり、全員で三高校歌を大合唱し第7回卒の佐藤正巳さんの中締めで閉幕となりました。 ご出席いただいたご来賓の皆様・同窓会役員・同窓会の皆様方に心よりお礼申し上げる次第です。とりわけ初めてご参加いただいた同窓生の方々誠にありがとうございました。 三高定時制は平成23年3月に閉課程となりましたが2290名の定時制同窓会が「働学の懐かしい想い出」を共有する先輩・後輩の絆として同窓会で懐かしく語り合いたいものです。 次回の平成27年開催日は4月11日です。本誌をおかりしてご連絡させていただきます。次回にも多数のご参加をお願い致します。 --------------------------------------------- 「平成24年度部会」 定時制副部会長(昭和38年、第9回卒)曽根 忠一郎 定時制部会は、毎年4月の第2土曜日を恒例として今年は13日に、部会第13回総会を、餞心亭おゝ乃で開催い たしました。 定時制部会は、昨年から卒業して50年後の古希を迎える会員が、定時制部会総会の準備を担当することになり その任を担いながら迎えた総会は、 ご来賓として、 三条高等学校同窓会 会長 渡邊 喜彦様 三条高等学校 学校長 平澤 秀昭 様 三条高等学校同窓会 常任理事 高水 正夫様 三条高等学校同窓会 会計監事 小嶋 英範様 三条高等学校定時制課程 恩師 首藤 隆司様 三条高等学校定時制課程 恩師 阿久津文雄様 三条高等学校定時制課程 恩師 山崎 真様 三条高等学校同窓会 事務局 寺尾美代子 様 からご臨席いただき、出席者総勢70余名の犬盛会ではじまりました。 第一部、定時制部会総会。 司会進行は、野水秀勝さん(昭和39年、第10回卒)、議長選出は、部会規約により部会長の笛木誠さんがつとめました。 平成24年度事業報告、決算報告、会計監査報告、平成25年度事業計画(案)、予算(案)等の提案は事務局 長瀬嘉之助さんが報告、提案され、決算監査報告は、会計監査の長沼宣夫さんが報告をされて、全ての報告、提案事項は満場一致拍手をもって承認されました。 ご来賓の紹介は古川吉彦さん(昭和43年、第14回卒)が、前記、ご来賓のご紹介を行ないました。ご来賓を代表 して、三条高等学校学校長平澤秀昭様よりご祝辞を賜り、三条高等学校同窓会会長渡邊喜彦様にはすでに前約がありましたが、キャンセルして伺うことになっておりましたので、予定どおり、お見えになられた時点で、ご祝辞を 賜りました。 第二部、懇親会。 開宴挨拶は、馬場弘行さん(昭和31年、第2回卒)、懇親会場は、久しぶりの同級、同窓会会員同士の問で、酒 の勢いも借りて話に花が咲いた賑やかな懇親会でした。 今年は、同年卒の出席者が6名以上の場合は、足早で同級会も兼ねた懇親会場を設けるという改たな取り組みをいたしましたことと、また恩師を囲んだテーーブル席を設けたこともあり、例年になく賑やかな懇親会になりました。 私も、70才の古希を迎え、出席された定時制課程3人の恩師と酒を飲みながらお話をしていると、50数年前にタイムスリップして、色々なことが想い出されました、私が三条高等学校定時制課程の門を叩いた、昭和35年頃は、仕 事は忙しくて、また若かったので遊び仲間も多く、作業を終え学校に行き、机に座ると、ついうとうとしていた当時を思 い出します。 そんな働学も、恩師の優しい心遣いで、無事昭和38年、第9回生として卒業させていただきました。 定時制課程を卒業してからも、恩師を囲んでの同級会には多くの友人(級友)が集まり、当時の話に花が咲き、またの再会を約束して散会してまいりましたが、そんな仲間(級友)も長い間には亡くなられた方も何人かおられ、淋しい恩いがいたしますのはいたし方のないことでしょうか。 酒の席も飲むほどに心が和み、長沼宣夫さん(昭和36年、第7回卒)のアコーディオン演奏で、用意していただいた歌集「懐かしい、うたのひろば」の中から、みんなで一緒になり大きな声で歌い、懇親会は盛り上がりました。 定時制課程恩師の首藤隆司様には、CD演奏で「花は咲く」をソロで素晴らしい音声で聞かせていただきました。 歌声で盛り上がる中、同窓会会長、渡邊喜彦様の音頭で、三条高等学校校歌を、定時制部会役員はステージ に上がり、出席者全員で大合唱し、宴が最高潮の最中でしたが、私、曽根忠一郎の音頭で出席者の健康と定時制部会が益々発展することを祈念し、中締めを行ない閉幕いたしました。 大盛会であった第13定時制部会総会、これは、ご出席いただいた、ご来賓の皆様、定時制部会役員の皆さんそして、総会に出席された定時制部会会員の皆さん、総会出席を呼びかけてくださった、皆さんのご協力のおかげです。 今回幹事役を担当した、第9回卒の私は、誌上をお借りして各位に、お礼と感謝を申し上げたく、投稿しました。 みなさん、本当に有り難うございました。 --------------------------------------------- 「平成23年度部会」 定時制課程 第8回卒 浅野 三夫 定時制部会は4月の第2土曜日(恒例)の14日、部会第12回総会を、餞心亭おゝ乃で開催いたしました。 定時制部会役員会で、昨年より同年古稀をむかえる第ハ回卒の会員が、準備を担いながら迎えた総会会長渡邊喜彦様、同窓会常任幹事・高木正夫様、同窓会会計監事・小嶋英範様、同窓会副会長・佐藤弘志様、ならびに会員の恩師(先生)前定時制教頭・小林浩人様、前教職員・山崎真様、旧教職員・首藤隆司様、阿久津文雄様、杉本法慈様からご臨席いただき、出席者総勢70余名の大盛会ではじまりました。 進行は、第一部総会司会・野木秀勝さん(定時制第10回卒)、議長選出は部会規約により部会長の苗木誠さんを選出し、平成23年度事業報告、収支決算報告、平成24四年度事業計画(案)、収支予算(案)等の議案は、事務局・長瀬嘉之助さんが、提案されて満場の拍手をもって承認されました。 来賓の紹介、曾根忠一郎さん(定時制第9回卒)。初めに来賓一人ひとりの紹介があり、祝辞の挨拶は来賓を代表して、三条高等学挨同窓会々長・渡邊喜彦様、三条高等学校学校長・平澤沢秀昭様のお二人からお受けいたしました。 第二部は、アトラクションのマリンバ&ピアノ演奏の夕べ。マリンバ演奏者は三条高等学校同窓会々員の本間美恵子さん。出席者一同、素晴らしい演奏に陶酔しながら一時を過ごしました。 第三部懇親会は、久しぶりの同級・同窓会々員同志で、昔の話(五十数年前?)に花がさいた楽しい一時でありました。なんといっても、総会に出席した最後の同窓会々員・高橋涼さん、笹川明日香さん、笹川遺香さんが、先輩会員に対して、昨年私たちの卒業式に多数の先輩が出席していただきほんとうに有難うございましたと壇上でのお礼の言葉。最後に一行は同年担任の山崎真先生を囲み4人で声を合わせた挨拶に、会場は大拍手が鳴りやまず、しばし感動の声・声余韻で盛り上がりました。 同窓会長・渡邊喜彦さんの音頭で三条高等学校校歌・応援歌を出席者全員肩を組んで大合唱し、最高潮のさ中で、出席者の健康と定時制部会が益々発展することを祈念し一本締めを行い閉幕いたしました。 大成功の第12回総会について、私なりにまとめてみました。 定時制部会は平成13年発足して以来、毎年4月第二土曜日に、総会を開催してまいりましたが、会員数は増えても総会出席者は減るばかり。更には昨年3月2日の卒業式をもって、三条高等学校定 時制課程は閉課程となり、寂しい想いもありましたが、母校玄関人口前には(記念碑)碑文(儒学の地ここにあり)が夜間になると照らし続けられており、定時制で学んだ部会々員は母校を訪れると、記念碑が目にとまり、在学中は昼間働き、夜間通学した当時のことが瞑想されまぶたに強く浮かびます。 定時制で学んだ部会々員の連帯と絆をより深める、出発点にしましょうと第12回総会を位置付け、第11回総会で決定した事業計画(全定時制部会々員)に定時制部会総会出席の呼びかけを実行いたしました。 昨年8月6日には部会役員納涼会、10月1日には部会役員の生涯学習として、旧三条市内史蹟めぐり(ガイドは同窓会本部会計監事の小嶋英範様にお願いして)を実施してあらためて、三条市の歴史と先人たちの英知と実行力、さらに乗蓮寺様に、奉られている国の重要指定文化財の拝観もでき感銘いたし 又役員同志の交流も深まり、今後も毎年続行いたしましょうと、参加者全員で確認し合いました。 平成24四年1月28日、部会六役で第12総会開催準備の意見交換と新年会を行い、第12回総会の幹事に第8回卒の会員にお願いしたいと、事務局からの提案があり、古稀を迎える私たちがその任に就きました。 平成24年2月14日第12回総会準備第1回役員会、平成24年3月6日第12回総会準備第2回役員会、平成24年4月9日第12回総会準備第3回役員会と、会議を重ねる毎に第12回総会の幹事役が務まるだろうかと、不安で身も心もくたくたになりましたが、そのたびに、部会長・笛木誠さんの温かいご指導、事務局・長瀬嘉之助さんの適切なご指示を受けながら、第8回卒の宮島和子さんのご努力で、無事盛大に部会総会・懇親会を納めることができました。 これも、来賓の皆様、部会役員の皆様、総会に出席された部会々員の皆さん、総会出席を呼び掛けてくださった推進委員の皆さんのご協力のおかげです。 今回幹事役を担当した、第8回卒の一同は各位にお礼と感謝を申し上げたく、私が代表して投稿しました。 皆様本当にありがとうございました。 --------------------------------------------- 「資料室だより」 「今だから話せる『新大橋の想い出』」 定時制課程 第8回卒 田下 照子 この話は、数寄屋橋での春樹と町子のロマンチックなものではない。 卒業後50年を経過して今年は古希を迎える。 私白身の想い出は平成23年発行の『定時制閉課程記念誌』に投稿させていただいた。 今回は、厚生連三条准看養成所専任教員になり、その時の教え子と、定時制との関わりを綴りたい。 記念誌の卒業者名簿、第17回生から第30回生に懐かしい教え子遠の名前を目にして感無量。 私がそうだったように、故郷を離れた寮生活、昼は養成所で学び、夜は定時制で学んでいたある学年のでき事である。 ある日突然、三条高等学校F教師からの呼び出しを受けた。 青春を過ごした学校へ・・・卒業後始めて夜、学校に出掛けた。 不安より先に当時のことが蘇り、胸が熱くなる思い出深い通学路であった。薄暗い校長室へF教師に導かれ、そこで始めてその理由を知った。 当所生徒の全員欠席のお叱りであった。 欠席の理由は、精神科実習初日のことであった。(現在では不適切な言葉だと思われるが) 異様な雰囲気の臨床場面を思わせる体験だった。 私が精根尽きた生徒に、北長岡駅でチョコを食べさせて心を和らげさせ、定時制へ登校するようにすすめて、三条駅に下車させた。 確か高卒者を除くと20人程である。 生徒が疲労困憊した状況であったことをつぶさに話した。 ところが・・・私自身が身の危険を感じる程の勢いで「漢字ドリル・クラス平均点が全校で1位であり4月からの継続が途切れた!!」という理由で・・・・ 激しい怒りが部屋全体に響いた。 こちらのどんな事情説明も受け入れてもらえなかった。 徒歩での無性に悔しかった帰路、真っ暗な新大橋を渡りながら「F・・・:の馬鹿!!」 と持参のスリッパを思い切り、凍てつく川面になげつけた。 さらに今は亡き所長が「全員に退学届けを!!」のパフォーマンスもあった。 定時制閉課程記念誌を読みながら、今だからこそ話せる『新大橋の想い出』である。 その後、彼女達は先生方の厳しいご指導のお陰で、看護師として大きな役割を持ち、県内外で活躍中である。 「三条高校定時制閉課程によせて」 高第六回卒 資料委員会委員長 高 木 正 夫 昭和22年8月28日、文部省は定時制高等学校設置を表明した。 戦後の新しい教育の特色の一つとして教育の機会均等の精神を基本理念として、具体的にこれを制度化して推進したのであった。 それから3年が過ぎた昭和26年、三条高校にも定時制の課程が設置されるはこびとなった。仕事を持ちながら学校に通うには幾多の厳しい状況があったようだが、地元ではねっ陣な認識徹底運動が展開され、その結果、117人(男子99人、女子18人)の志願者があったと記録される。 昭和30年3月、定時制課程第一回の卒業式が挙行され卒業生は61人であった。 爾来、三条高校百九年の歴史のなかで、まさに戦後の日本の歴史を体現して三条高校定時制が、二千二百九十人の卒業生を世に送り出して、平成22年10月2日には、小島正芳第27代学校長のもとで、定時制閉課程記念式典、閉課程記念感謝の会、記念碑序幕式が挙行された。そして平成23年3月2日、定時制最後にあたる第57回定時制課程卒業証書授与式が挙行された。全ての行事を無事に終了させて、いまここに59年の歴史の幕を閉じることになった。 いま、ここに、三条高校では、働きながら勉強したい人々のためにと、同校定時制課程の教育全容にいついての大要の如き案内書を三條新聞に寄せた資料がある。 昭和31年2月5日の第1号、2月9日第2号、2月16日第3号、2月19日第4号、2月23日第5号付で、連載されたものである。定時制課程において、どのような教育が、また、いかなる教育上の配慮が施されたのかを解する上での後世に記録する貴重な資料である。 =向学を志す勤労青年の学校=三条高校定時制課程案内、「楽しく学べる環境と施設」と題されている。 <どんな学校か> 一般高等普通教育を施す普通課程の高等学校で、夜間制四ヵ年で、昼間勉学の便宜をもたぬ勤労男女青少年を対象としている。 <入学資格> (1)中学校卒業生。(2)小学校卒業後三ヵ年間修学したもの。(3)右より以上の学歴をもつものは、その修得単位や学歴に応じてそれに相当する学年に編入ができる。(4)右のどの入学資格をもたないものは、当校で行う「高等学校入学資格検定試験」に合格すれば、入学資格が与られる。 <入学手続き> (1)中学卒業者は入学考査料をそえて「入学願書」を出身中学校長に提出する。(2)小学校卒業後三ヵ年修学者は入学考査料をそえて「入学願書」、本年一月以降に作成された意思の身体検査書、学業成績証明書を学校に提出。(3)右より以上の学歴をもつものは編入学願書、身体検査書、高等学校単位修得証明書を提出。(4)入学資格検定を受けるものは、検査願書、入学願書、身体検査書、学業成績証明書を提出。 <入学資格検定試験> 3月15日、午後9時半より。即日午後3時合格発表。試験は中学卒業程度の国語、数学、社会、理科。 <入学学力試験> 3月23~24日の2日間、教科は国語、社会、数学、理科、職業家庭、音楽、図工、保健体育。合格発表は時日を掲示。 <募集人員> 百人乃至百二〇人。昨年は入学志願者男百、女三十一人、計百三十一人に対し、入学許可者、男八十三人、女二十六人、計百五人であった。 <どんなことを学ぶか> 全部の生徒が必ず学習するものは国語甲乙、社会、日本史、世界史、数学Ⅰ、科学、生物、保健、体育、英語で、選択学習するものには英語、商業、家庭、音楽、書道、美術、数学ⅡⅢ、漢文、人文地理、物理。 <教育課程の特色> (1)四ヵ年の課程を前期二年、後期二年に分け、各期でそれぞれある科目のまとまっている単位が大体修得できる。これは他の高校に転学するものにも、途中退学して後また復学するものにも、短期学習を希望するものにも、また早く大学に入学するために在学中に大学入学資格検定を受けようとするものにも都合がよい。 (2)前期を修了して退学するものには、前期二年修了證書を与える。 (3)第一学年では、できるだけ共通に学習し、学年が進むにつれて分化した学習ができるようにしてある。 (4)二学年以降に選択科目が多くしてあるから、文科を好むもの、実務につくもの、大学に進学するものなどが、それぞれ自分の進路や個性に適した科目を学習することができる。 (5)商業、家庭を選択するならば、最高18単位までは修得できる。(全日制、定時制の職業課程の学校では30単位以上。) (6)職業人である生徒の生活に、うるおい、ゆとりを与えるために、芸術教科を重んじている。(7)生徒会活動、クラブ活動が、きわめて活発に行われている。 <指導方針> (A)学力の充実、(B)礼儀の徹底、(C)明るく楽しい学習環境の整備、(D)継続的な保健衛生指導。 <同じ高校でも、定時制は全日制に比べて劣るのではないか> 全日制は三ヵ年で、定時制は四ヵ年で、同じ高さの山に登るので、至りつく高さは同一である。しかし、全日制は、例えて言えば山を一直線に登るのであり、定時制は曲折しつつ上るのであるから、登りはじめから同年の高さと比べると、定時制の方が低いのが当然である。しかし、定時制の方は時間を多くかけて登るのであるから楽である。これがまた、定時制の生徒には、時間的にも、健康保持の面からも必要なのである。(本年度の入学者の学力検査の成績では、定時制の第一位の者は全日制の第二位の者と同点であり、定時制の最低位の者は、全日制の最低の者よりも上位にある) (昭和31-2-9)三條新聞より転載 平成23年3月、定時制閉課程を記念して「労学の地ここにあり」が発刊された。 記念誌のなかで、「ずっと忘れない」と題して、梅津宏子さんは、定時制四年間の学びと、そして、共に過ごした仲間とずっと忘れない思い出ができたことは、私の一生の心の財産ですと結ばれたことばを忘れてはなるまい。 --------------------------------------------- 「平成22年度部会」 定第7回卒 長 沼 宣 男 定時制部会第十一回総会は、恒例の4月第二土曜日である九日、餞心事おヽ乃で開催されました。 来賓として、小島正芳校長、小林浩人前定時制教頭、渡邊喜彦同窓会長、斉藤正副会長、小嶋英範閉課程記念誌副部会長、恩師の首藤隆司先生、阿久津文雄先生、前先生の山崎真さんからご出席をいただきました。折しも、三月十一日の東日本大震災と原発事故という末曾有の大惨事の中ではありました。 三月二日、十六名の卒業式をもって、在校生の無い、ある意味記念となる同窓会となりました。卒業式に出席された笛木誠部会長は、「本当に胸が痛くなる思い」と挨拶の中で語られました。小島校長先生の、「最後の卒業生十六名は立派に成長して巣立った・・・」「私の心の中にはずっと定時制が生きつづけています。街灯が記念碑(碑文『働学の地ここにあり』)を照らし続けて・・・」の言葉が優しく胸に響きました。改めて「夜学」という教育の場がどんなに大切であったかを思い起こしました。少数だから切り捨てではなく、少数だからこそ思いやる社会であらなければならない。定時制はまだ必要なのではないかと。 総会は植木憲一副部会長の司会により、笛木誠部会長を議長にとどこおりなく終了。任期二年の各役員選出において、事務局、長瀬嘉之助さんの提案で、事務局を一名から五名とする体制強化案も承認されました。 第二部アトラクションでは、三線の「きよ里」さんの引き語りとギターの「トシ遠藤」さんによる弦楽二重奏を楽しみました。きよ里さんの幾分ハスキーの入った少し太めの唄は、「元ちとせ」を連想させ、遠藤さんの素晴らしいテクニックと相まって、沖縄の文化に触れられた感動的なひとときでした。 第三部は、震災で亡くなられた方々に黙祷を捧げた後懇親会となり、小林前教頭先生の発声で乾杯。渡邊同窓会長の指揮で校歌斉唱など大いに盛り上がしました。 今回は、事務局長瀬さんの多大なご努力により、二ケタ期以降の卒業生の出席が増え、とりわけ四十五期の長部真希さんが事務局に入り、三十七期の板谷信一さん、小熊雅広さん、梅原紗哉湖さんの三名が同窓会発展への決意を表明されたことは特筆に値し期待されます。最後に、この一年余りに亘る記念碑の建立、閉課程記念式典・感謝の会、他校に引けをとらない立派な記念誌の編集など、大事業をそれぞれ成功させるためにご尽力くださいました学校・同窓会・諸先輩の皆様方に改めて心からお礼を申し上げる次第です。 --------------------------------------------- 「平成21年度部会」 今年は天候不順で、花のたよりも聞けない4月、平成13年設立以来10回目の総会が4月10日(土)午後4時餞心亭おゝ乃を会場で開催されました。 今年は第10回の記念の節目の総会で、渡邉同窓会長、小嶋学校長、小林定時制教頭ほか多数の来賓のご臨席をいただき、会員60余名の参加で開くことができました。 総会では21年度の収支決算報告、監査報告、22年度の事業計画、収支予算が議案通り承認され、来賓紹介、渡邉同窓会長、小島学校長の祝辞をいただき、小林定時制教頭から、三条高校定時制閉課程の記念式典、記念碑(碑文=働学の地ここにあり)の除幕式、感謝の会が今年10月2日(土)に挙行、記念誌は来年三月末に発行されることなどの説明と、定時制課程最後の卒業式が来年3月2日に行われるので多勢の出席をとの案内があり、予定通り終了し、続いて第二部のアトラクションは、藤原歌劇団所属のオペラ歌手永桶康子さんが浅野加歩理さんのピアノ伴奏で、なつかしい叙情歌、美しい歌曲で会場内酔いしれたひとときでした。 第三部は小林定時制教頭の乾杯で、懇親の宴がスタート、今年は遠く北海道、東京、千葉、神奈川、県内各地からと、12回、13回、42回卒の初参加の会員と、54回卒の若い会員の出席があり、それぞれの再会で和やかな楽しいひとときのあと、渡邉同窓会長の指揮で校歌を合唱し、大久保則部会長の締めで終宴となりました。 定時制部会は、三条高校定時制開設後、50年の歳月が経ってからの設立で、部会の周知と会員への連絡方法には、役員一同常に頭を悩ましております。 毎年の総会の案内は六百枚のハガキと、三條新聞に広告の掲載をしておりますが、それ以外は出席者のロコミと、同期、同窓会員の呼びかけがあって少しずつ幅が広がって来ております。 - 同窓会誌「源泉」には毎年の総会の様子が、定時制部会の欄に掲載されておりますので、ぜひご覧下さい。 来年の第11回総会は平成23年4月の第2土曜日、4月9日(土)です。ぜひ出席の予定に入れておいて下さい。 --------------------------------------------- 「平成20年度部会」 定第六回卒 副部会長 加藤菊江 一気に花の町になった四月の第二土曜日、定時制部会の第ハ回総会が開催されました。 早めに家を出て、夜学生だったころ歩いた五十嵐川の土手に立ってみました。四年前の洪水で決壊した川の河川改修工事は着々と進み、そんな中で、昔の面影をとどめている三本の桜も万来の花を咲かせておりました。この古木が、新しい堤防の内になるのか外になるのか、はたまた伐採される運命なのか。 少々の愁いを胸に、同窓会会場の餞心亭おゝ刀のロビーで歓談している同窓の輪の中へ。 昭和十五年生まれで五十一期生という長瀬さんが司会。笛水部会長挨拶。その後の議事も滞りなく終り、来賓の中條同窓会長、荒本学校長に祝辞をいただきました。渡辺 定時制教頭、小嶋源泉編集長、同窓会事務局の寺尾さん、また、旧職員の塩原先生、首藤先生、阿久津先生がお忙しい中をご臨席下さいました。今回が始めてという、十三回生も参加してくれ、総会は例年どおり和やかに進みました。 今年は、第五十四期の卒業生を送り出した定時制ですが、今年から募集が打ち切られていて入学者は無しということでした。三名の編人生を含めて、現在校生は四十四名とのこと。あと数年で三条高校定時制課程は消滅してしまうのです。荒本校長のこのことばを、複雑な思いで聞いたのは私だけでしょうか。 アトラクションでの金子まゆ師の冊女唄は圧巻でした。「門付け歌」に始まって「贅女漫才」、それに三条市名誉市民の小林ハルさんからの伝承だという祭文松坂「葛の葉子別れ」と、張りと艶のある声が心をゆさぶりました。ここにも日本文化がある、と思わせるものでした。 和やかな春灯下での懇親会が果てたあと、「元気なみなさんに会え、日本文化の替女唄にもふれた。つくづくこの国が住い国だと思えた。」と言って、植氷雨部会長が力強く一本線で会を締めて下さったことを付記して、今年の総会記とさせていただきます。 --------------------------------------------- 「平成19年度部会」 定第六回卒 加藤菊江 四月の第二土曜日は定時制部会総会の日です。 部会は設立して7回目ですが、三条高校に定時制課程が設置されたのは、昭和26年(1951年)4月でしたから、三条高校定時制は56年間、校学生の学舎であり、拠り所であり続けたのです。 年に一度この定時制部会の同窓の場に集う諸氏は、戦後の混乱期に向学心に燃えて定時制に入った第一期生を始め、いろいろなドラマを持ったであろう冬期の方々です。その笑顔には、同窓の者だけが持つある種の親近感を感じます。会場は開会の前からアットホームな雰囲気が満ち溢れ、出席するまでは「同窓会なんて」と、二の足を踏んでいたことなど忘れさせてくれます。 総会は、苗木部会長の挨拶のあと議事にうつり、来賓の竹井満喜子同窓会副会長のご挨拶をいただきました。続いて荒木勉学校長が壇上へ上がられ、 「3月に20名の卒業生を送り、4月に最後の新入生10人名を迎えました」 報道では知っていたものの、学校長から三高定時制最後の新入生が……、と生の声で聞かされるとキュウキュウと体のどこかが軋み、思わずうつむいてしまいました。 5分ほどの休憩のあと、待望の三条クッキングスクール校長・更科絋圀先生の「人生味紀行」と題してのご講演が始まりました。 先生はユーモアでの味付けも第一級の料理研究家のようです。世界を股にかけて活躍されている話はとどまる所を知らず、身を乗り出して聞き入ること60分。一つくらいは物にしようと、メモってきたので披露します。 「りんご酢(ただし一本七、八百円の高級なもの)をトロリと煮詰める。おしゃれな瓶に詰めておいて、生野菜にかけて食べる」 私でも出来そうです。ただし、「ここだけの話」ということでしたので、くれぐれも「ここだけの話」にしておいて下さい。 春の嵐で在来線は大幅にダイヤが乱れ、長岡から新幹線で来たという着物の似合う友や、初めての同窓会だという人、芸術家になった卓球仲間、それにはるばる東京から駆けつけてくれた男友達……、みんなで酒を酌み交わし、夜学生たりし昔を語れば、春の宵はまさに価千金。 水害後の苦労も地震の恐怖も共有出来る懐かしい旧友だちと、また来年の同窓会でお逢いしましょう、と心を残しつつ別れた桜の揺れる夜でした。 --------------------------------------------- 「平成18年度部会」 定第四回卒 若穂囲義勝 平成18年度の定時制部会の総会は恒例により4月の第2土曜日の8日に各期役員の御尽力により会員70余名が一堂に会し、賤心亭おゝ乃で開催しました。 第一部では、苗木誠部会長の挨拶、17年度の決算及び監査報告、十八年度の事業計画及び予算をそれぞれ承認いただいただいた後、来賓としてお迎えした中條同窓会会長、荒本学校長からご祝辞を頂戴しました。 つぎは第二部アトラクションです。 笑いは健康の源ということで、新潟落語協会会長の水郡家艶笑師匠の軽妙な話術でたっぷり落語を楽しみ、また南京たますだれの妙技も披露され、笑いのうちに終了となりました。 第三部は懇親会。開演挨拶に続き旧職員の阿久津文雄様及び首藤隆司様からスピーチをいただき、遠山定時制教頭の乾杯でスターート。予定したビール・お酒が余るほど大いに語り合い盛り上がり顔が赤らんだころに、7回生の長沼宣男氏のアコーデオンの伴奏で声高らかに校歌斉唱し、並本会計監査の締めで終宴となり、次回の再会を願いつつ散会しました。 部会の特徴は、定時制卒業生で構成していることから、北は北海道、南は九州まで会員がいることです。今回の総会も県内各地からをはじめ、遠くは東京、京都、愛知からの会員も参加されました。
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支部便り/見附支部
見附支部総会を開催しました(6年度源泉より) 見附支部長 (高22回卒)池山 広喜 令和6年2月25日(日)「グランドール四季亭」において、第19回三条高校同窓会見附支部総会を開催しました。当日は、三条高校同窓会副会長 野嵜喜一郎様より見附支部総会に駆けつけて頂き、三条高校が文科省から指定されたWWLのお話しや、大相撲の元横綱日馬富士親方との交流等を含めての貴重な楽しい、ご祝辞を賜りました。 見附支部の総会は、2年毎に開催されており、前回は、令和2年に開催されました。 コロナ感染症の流行により、今回は、4年ぶりの総会開催となりました。 今回、ここに掲載した写真は見附支部の宮島事務局長が守門岳山頂で撮影した写真です、校歌1番「守門沈黙五千尺」とあるように、越後平野を見下ろして、悠然とたたずむ1、500mの守門岳は、三条高校をずっと見守っています。 コロナ感染症の流行によって、世の中の社会行動が大きく変わったと思います。 私たちを取り巻く、社会情勢が大きく変わろうとも、若い時代に学んだこと、考え方はどんなに時代が変わっても、これから生きて行くことの指針になると思います。 守門岳のように、しっかりと越後平野に根をはって、世の中に流されることなく、悠然と生きて行かなければと思います。久しぶりに開催された見附支部総会でしたが、年をとっても参加された皆様が楽しく歓談される姿を見て、同窓会は良いなと思いました。 最後に、同窓会三条校歌横断幕を見ながら「校歌斉唱」参加者全員で声高らかに合唱しました。今回の支部総会開催に当たって、同窓会本部のご支援、ご指導誠にありがとうございます。深く感謝申し上げます。今回、出席できなかった見附支部の会員の皆様、次回の参加をお願いします。 --------------------------------------------- 「三条人は何故海を越えるか?」(2年度源泉より) 見附支部長 (高22回卒)池山 広喜 令和2年2月23日、見附市新町2丁目「グランドール四季亭」において、第18回見附支部総会が開催されました。(見附支部総会は2年毎に隔年で開催されています。) 当日は、野水同窓会長、中田校長先生のご出席を賜り盛大に開催させて頂きました。 懇親会では、高35回岩井直行さんが代表の、「ロス・チキート」と「きよ里」さんによるミニ演奏会で懇親会を大いに盛り上げて頂きました。 いま、「新型コロナウィルス」で世の中は大変な事になっています、「源泉」が発行される6月には、この事態が鎮静化していることを願うばかりです。 三条高校校歌2番に、「茫々百里蒲原の 広野を呑むや信濃川 来れ憂事逆巻きて 尚身の上に来たれかし いざやためさん我が力 琢磨は石を玉と化す」とあります。 まさに「新型コロナウィルス」への対応は、私たちが困難な状況に対して、正しい知見を持って、学術的思考で、冷静、沈着に国民全体が行動することが求められていると思います。 年金生活者となり、テレビのワイドショーをしばしば視聴していますが、専門家でもない素人コメンテーターが場当たり的で、大衆迎合的に国民の不安を煽る発言を繰り返しています。京都大学山中伸弥教授のように、国民の安全・安心を考え、正しい知見を第一に考えて見識ある情報発信が必要ではないかと考えます。 三条高校同窓会の皆様は、各組織・団体の中で、責任ある立場で活動されている方が多いと思います。今、国難と思えるような状況の中で、自分の持つ能力を発揮して、この困難な状況を切り拓いて頂けることをお願いしたいと思います。 本当に不安の日々が続きますが、明けない夜はないことを信じて同窓生一同の絆を繋いで頑張ってまいりましょう。 --------------------------------------------- 「見附支部総会報告」(30年度源泉より) 見附支部 事務局 宮島 一弘 2年に一皮の見附支部総会は、2月25日野嵜副会長、上杉校長をお迎えしグランドール四季亭において開催されました。2年間の事業報告、会計報告を行い会議は終了しました。 その後、参加者全員の記念撮影を行い懇親会が開催されました。懇親会では、三条出身で地元中心に活動している“ゆず” のカバーユニット サンシャインによるミニコンサートで盛り上げて頂きました。あっという間に閉会の時間を迎え、最後に声高らかに校歌を歌い名残惜しい中で終了しました。 次回支部総会は、2020年になると思いますが今まで参加されたことがない方も一人でも多く参加いただき、現役生徒へエールを送り支部として盛り上がっていければと思います。皆さんの参加お待ちしています。 --------------------------------------------- 「久し振り!元気ですか!」 見附支部長(高第22回卒) 池山 広喜 平成26年2月23日、「グランドール四季亭」を会場に見附支部総会が開催されました。当日は、渡邊同窓会長、佐藤教頭先生、小林源泉編集委員長より本部同窓会来賓としてご出席頂きました。 今回で、見附支部総会は15回目の開催となりました、これまで多くの先輩達のご理解ご協力により支部総会が継続していることに深く感謝したいと思います。今後も、若い人達の参加によって、見附支部が継続して行くように努力したいと考えています。当日、会場ロビーでは、同窓生の顔見知りの方々を見つけて、「久し振り!元気ですか!」と大きく弾む声が聞こえていました。 見附支部総会は、隔年開催となるため、毎回、夏か冬のオリンピックの開催年に当たることから、総会準備をする役員一同、オリンピック報道が始まると総会準備に取り掛からないと脳裏をかすめます。 総会懇親会では、高第36回卒岩井直行さんが率いる「ロス・チキートス」 の素敵な演奏を聴きながら、参加者全員で盛り上がることができました。 今回は、参加できなかった見附支部会員の皆様、「リオデジャネイロ」 オリンピックの年にお会えできることを楽しみにしています。 --------------------------------------------- 「平成23年度支部総会」 高第11回卒 木津 庄吉 平成に入って最高の豪雪に見舞われた、2月26日(日)、第14回見附支部総会をグランドール四季亭で開催。総会は隔年で実施しております。当日は本部より小林源泉委員長、加茂教頭先生をお迎えし、来賓の方も含め30名の出席を得て開催しました。 総会では支部活動の経過報告、会計報告、三条高校創立110周年記念事業について、議事は滞りなく終了しました。 恒例のアトラクションでは岩井直行氏(高35回卒)所属の「ロス・チキートス」の名曲によるジャズ演奏の流れの中で一同を魅了しました。演奏後岩井氏のあいさつの中で、聞いているより演奏している方が楽しいですと言われたのが心に残りました。 懇親会の席では、二年振りの再会を喜び合う風景も見られ、年代、職業、性別を超え、同窓という共通した青春を持つ者同士が、お互いに、三高時代のこと、職場のこと、地域のこと等情報交換を行い、外は雪でしたが、会場は暖かく盛り上がった会となりました。 恒例の三高校歌斉唱の後、高7回卒の宗村彰夫氏のユーモアあふれるスピーチ・万歳三唱の音頭で、二年後の再会を願いながら散会しました。 --------------------------------------------- 「平成21年度支部総会」 「第13回見附支部総会にあたり」 高第32回卒 事務局 宮島 一弘 去る2月28日(日)午後3時から見附市新町のグランドール四季亭で、ご来賓の渡漫同窓会長、小島校長、小林広報委員長をお迎えし見附支部の総会が開催されました。ご来賓の皆様には、お忙しい中ご出席いただき支部一同厚くお礼申し上げます。 見附支部では、二年に一回総会が行われるため、久しぶりに会う顔も多くあり、とても懐かしい思いがあります。そんな和やかな雰囲気の中、議事が進められ支部長の改選が行われ、前支部長の宮澤達也先輩(高3)から新支部長池山広喜先輩(高二十二) へと引き継がれました。(前支部長には、創立百周年事業・校舎移転・旧校舎跡地記念碑設置など多くの事業の見附における先導役をしていただきました。支部一同感謝と敬意を表します。) 総会終了後、記念撮影、会員の親交を深める懇親会は、アトラクションの生演奏とともに、楽しくにぎやかなひと時をご来賓とともに支部会員が過ごすことができました。 その中で、総会時の同窓会長のお話の内容、すばらしい学び舎にいたことにあらためて誇りを抱かせていただき、懇親会での校歌斉唱、詞に込められた意味を思い浮かべ、そして歌意に少しでも近づけるようにという熱い気持ちになりました。現役の生徒への支援はもちろんのこと、このようなところにも同窓会のすがたを感じました。 最後にこの書面をお借りして、支部活動に本部はじめ皆様のご理解を感謝しますとともに、支部会員の皆様には平素、支部運営に活動こ賞金ともにご支援ご協力をいただいておりますことに心から感謝申し上げます。 --------------------------------------------- 「平成19年度支部総会」 高第3回卒 支部長 宮渾 達弥 隔年実施の見附支部総会は、夏、冬のオリムピックの年に開催されることになります。 今年は2月17日(日)「グランドール四季亭で、中條同窓会長、荒木校長先生、竹井副会長をお迎えし、中42回卒の山宮洗霊先輩以下34名の参加で開催されました。 会長からは、その後の母校の学習環境の充実ぶりに加え、各界で活躍中の同窓を講師とする、対生徒進路別講座「燦光プラン(ようこそ先輩)」が同窓会事業として県下で注目されていると伺い、感銘を受けました。 校長先生からは、生徒諸君の文武両道での活動に次いで、新年度より実施される普通高校の、全県一区受検閲に触れられました。 旧学区下での見附市内中学校出身者は、特別枠で八名を数えましたが、新制度で12名の入学者があった由、今後の市内中学校の動向が気になるところでしょう。 総会では、活動報告、会計報告共に円滑に承認され任期を2年とする役員構成は、提案の結果、列記のように賛同を得ました。 支部長 高3 宮澤達弥 副支部長 中42 渡辺幸光 高11 木津庄吉 高19 和田文夫 高21 柴嶺哲 高22 池山広喜 顧問 中26 貫 博 中41 高橋 毅 高13 林 保弘 高13 山本俊一 事務局長 高32 宮島一弘 事務局 高15 原山祐輔 高15 山本俊子 高26 星野 隆 高35 岩井直行 会 計 高32 宮島一弘 高26 星野 隆 懇親会は、ピアノ生演奏で流れるジャズセッションの中で、旧交を温め、宴酣となるや、一同手を繋ぎあっての校歌応後歌で連帯を確かめ、高五回卒柳原武彦氏の音頭による万歳三唱で、二年後の再開を約しあいながら散会しました。 本部の御来賓に厚くお礼申し上げます。
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支部便り/白根支部
白根支部会員増強大作戦 (6年度源泉より) 白根支部事務局(高38回卒) 関根 功雄 平成元年に白根支部は結成されました。設立趣意書には以下のように記されております。 「同じ学び舎で激動の明治大正昭和、三時代の一時期を過ごし青春を謳歌した者同士が定期的に相寄り昔日を思い今后を語り合い、あわせて母校の弥栄を希う機会があってもよいのではないか」 設立当初の支部会員数は154名いらっしゃいました(平成4年白根支部名簿より)。令和6年4月時点での会員数は90名。体調不良により退会されたり、亡くなられた会員がいらっしゃる反面、新たな会員を中々増やせない状況にあります。 私は昨年5月1日に開催された同窓会に、初めて参加させていただきました。 新潟県内の政財界で活躍していらっしゃる先輩後輩方が大勢集っておられ、有能な人材を数多く輩出している三条高校の素晴らしさを感じられた瞬間でした。同窓会に参加することで年齢を問わず、様々な人脈を構築することができ、また自分自身の生業という観点だけでなく、人としての繋がりを深めることができる会であるということを強く感じました。 三条高校同窓会の良さを継続すべく、白根支部でも会員減少を食い止めようと、3月19日に開催された役員会で、会員増強に向けての具体的な行動指針を決定しました。 ・会員が、南区在住に関わらず、先ず自分の周囲の同窓生に声をかける。 ・60代会員の同年卒業生をターゲットに、会員のメッセージ付きで勧誘DMを送る。 役員会後早速行動に移し、7月13日開催予定の白根支部総会に、新たな会員候補者が参加して下さることになりました。少しずつですが、新たな会員が増えることにより白根支部の更なる繁栄と、会員同士の親睦を深め、新たな人脈の構築に繋げていけたらと思います。 --------------------------------------------------- 白根支部長を拝命しました (5年度源泉より) 白根支部長(高27回卒) 海津 正男 鈴木壽男先輩(高21回卒)に替りまして、この度白根支部長を拝命しました海津正男と申します。 新役員は左記の通りです。 支部長 海津正男(第27回・S50卒) 副支部長 知野成一(第19回・S42卒) 副支部長 阿部隆一(第33回・S56卒) 会計 吉田吉明(第29回・S52卒) 事務局 関根功雄(第38回・S61卒) 白根支部は平成元年に組織され早創立35年を迎えます。私で7代目の支部長です。現在約100名の会員を擁しています。鈴木前支部長とは事あるごとに酒を酌み交わしています。いつも私がササかっていって説教を食らう関係です。「しっかりせーよ、原理原則が大事だからな」という言葉が決まり文句です。しかしながら、鈴木先輩は、実は今年度ライオンズクラブのガバナー(新潟県のライオンズクラブで1番偉い人)になります 私は、株式会社コンフォルトという建築設計事務所に所属しており、代替わりをし、現在相談役になっています。病院、学校などを得意としており、最近の代表作品は県立新潟商業高校、県立巻高校などがあります。 白根支部のエリアは特異の学区で、かつては周辺市町村の全てが学区でした。ですので、一番学習ができる人は新潟高校に行きます。頭は悪くはないのですが勉強が嫌いな人が三条高校に行きます。そのような人達の集まりですので白根支部の結束力は滅法強く、行動力も抜群です。自営の業界を始め、地域の奉仕活動など、様々な団体で先頭を走っている人が多くいます。 白根支部の皆さんとお会いしていて思うことは、気兼ねや遠慮、相手のレベルを考えなくとも、どんな話題でも会話が成立することです。最もほっとするひと時です。 「かくて過ぎぬる今日も亦 我向上の我なるか」 三高バンザイ --------------------------------------------------- 白根支部の宝物 (4年度源泉より) (高22回卒) 市嶋 晴世 白根支部は平成元年十二月に設立され、早いもので今年で34年目になる。 私は平成十年の頃より支部の事務局として関わっているが、このコロナ禍にて二年連続で支部総会も開催できず気になっている。そんな中ではあるが、手前味噌ながら白根支部の自慢できるところを少しまとめてみた。 先ず最初に、白根支部は地区を越えて役員同士、常日頃の付き合いが大変深く、また地域の為、人の為と言う所謂「利他」の精神に溢れ、世話好きの先輩たちが多いことだ。商売はもちろん、地域のボランティア活動に関わる先輩も多い。そのようなことから、周年記念事業を企画する時でも必ずチャリティーとして企画し、その収益を社会福祉や日赤等に毎回寄付をさせていただいている。支部設立十周年、二十周年には地元出身のピアニスト小杉真二氏(高41回卒)に地元ホールで演奏会をお願いし、同時に地元同窓の会員による美術展を開催。 三十周年には縁あって柔道家で全日本の総監督であった井上康生氏を招き、地元の柔道愛好家や子供たちに素晴らしいお話をして頂いた。支部会員一丸となっての事業であるが、終えた後の充実感と祝杯の味は格別であった。 二つ目は、白根支部には「源泉しろね」という会報誌がある。関根正樹支部長(高7回卒)の発案で平成十九年六月に創刊。年に一度、支部総会の案内に合わせて発行している。昨年は支部総会も無く、発行も危ぶまれたが、ある会員の一声で、年末ぎりぎりで第15号を発行することができた。 内容はいつも会員に原稿をお願いしているが、皆な気持ち良く寄稿してもらっている。支部自前の会報誌であり利他の精神と共に、支部の歴史を刻める大事な情報源であり、自慢できる宝物である。今後もさらに宝物が輝くように支部一同力を合わせていきたいものだ。 さて、今年の七月には何とか工夫して支部総会を開催できるようしたい。白根支部も会員の減少、高齢化と問題もあるが、先輩が築いた白根支部の伝統を守りながら進めていきたいと考えている。 --------------------------------------------------- コロナ禍に学ぶこと (3年度源泉より) 幹事(高22回卒) 中村 宏泰 昨年のコロナ禍以降、市民生活が一変しました。様々なイベントや集会がとりやめとなりました。病院や介護施設では、身近な人にも面会できない事態になっています。人はなくしてみて、初めてその価値やありがたさを知るものですが、本当に大切なものが何なのか、考えさせられた一年でもありました。 一年一度の三条高校同窓会白根支部総会も、創立以来初めて中止となりました。まもなく古稀を迎える身になってみると、OB会やクラス会などが、自分にとって大変貴重な集まりであったことに今さらながら気付かされました。旧友と会い、酒を酌み交わして、たわいのない話しをする。いつも同じ話題であっても、いつも笑うことができる。それがいかに楽しくて、元気をもらえていたか。それは、青春時代へと遡れる大切な時間であったからだと思うのです。 いわゆる青春時代(特に高校、大学の七年間)は人間の成長段階のなかでも最も吸収力が強く、伸びていく力のある豊かな成長期です。その時代に出会ったことや学んだことが、生きる力の根底となって、その後の人生の指針になっているように思えるのです。 三条高校の自由闊達な校風にあって、個性豊かな人達に出会い、様々な影響を受けながら過ごした日々が、大学生活へと続く、私の青春の大きなターニングポイントであったことを、コロナ禍をきっかけに思い返しているところです。 今年になっても、まだ終息する目処はたっていません。予定がたてられない情況が依然として続いています。そんな中でこそ、なくしてはならない自らの大切なものをしっかりとみつめ続けること。動揺せず、健全な精神を保ち続けること。 そして、学び続けること。「我向上の我なるか。」これは、三条高校から学んだ私の永遠のテーマです。 --------------------------------------------------- 「The beginning of the decade」 (2年度源泉より) (高38回卒) 関根 功雄 平成三十年十一月十五日に、白根支部設立三十周年記念式典として、「井上康生講演会」を開催しました。実行委員長の阿部隆一先輩を先頭にして、私も実行委員として参画しました。三百名を超える入場者が集まり、チケット代の収益の一部を、西日本豪雨災害と北海道東部地震の義援金として寄付しました。 他校の同窓会組織がどのように活動していらっしゃるか存じ上げませんが、三高同窓会のように、まるでどこかの奉仕団体のような活動を行っている同窓会が他にあるでしょうか?このような力の源泉は一体何処にあるのか?ふと考えることがあります。三高同窓生は、日本の企業組織の中心的立場として、そして地元企業の経営者として活躍されている方々が沢山いらっしゃいます。私はただ単にそういった人材を多く輩出しているという理由だけでなく、伝統的に受け伝えられてきた「校風」に由来するのではないかと考えます。 三高の校風を一言で表せば、「自由」ではないでしょうか?自由とは「好き勝手」という意味ではなく、「規律」をベースとした自由です。代表的な例を挙げると、三高は制服を採用していません。制服廃止を学校側に認めさせるために、多くの先輩方がご苦労されたと聞きますが、学校側は三高生徒の持つ「規律」を信頼して、制服を廃止したのではないでしょうか?「規律」を守っているからこそ、「自由」を掴み取ることができたわけです。 「自由」な感性を持った三高同窓生だからこそ、様々なジャンルで活躍する人材を輩出することができるわけです。この「自由」という精神が、三高の力の源泉であると考えます。 十年後に白根支部は四十周年を迎えるわけですが、この「自由」な感性を持ち続け、新たな記念事業を実施していきたいと思います --------------------------------------------------- 「縁は異なもの乙なもの」 ~白根支部設立30周年記念式典を終えて~ (31年度源泉より) 30周年記念式典実行委員長 (高33回卒) 阿部 隆一 表題の「縁は異なもの乙なもの」は、盃を片手にしみじみと語る鈴木支部長のお得意のフレーズです。調べれば男女の出会い、恋愛の機微など、やはり多少色のある話なのですが、先輩のことですから親子や友人、取引先など広く人間関係を含めたお言葉だろうと解釈しています。含蓄と小粋さに溢れたmy favorite wordです。 さて、今回30周年記念実行委員長を引き受けたのも、10年、20年と関わった以上これも責任と腹を括っていたからです。 しかし実際はノープランで、一体何をやったら良いか皆目見当がつきません。どうしたものか思案の中、たまたま仕事の関係で廣川彰信君と出会いました。彼との最初の出会いは20年近く前に青年会議所の主催するわんぱく相撲の時でした。白根のキャプテンとして活躍していた彼のチームは、新潟代表まであと一歩のところで敗れました。今は東海大学体育学部武道学科井上研究室に勤務しており、夏休みで実家に帰省中とのことでした。「あの時は」と二人で同じフレーズを口にしながら近況報告をしつつ、同時に「井上康生」という思いもかけない人物が身近に迫った瞬間でありました。「何とか彰信君のツテで」「オリンピックに向けて合宿や試合で忙しい時期です」「お・ね・が・い・よ」と一気呵成に拝み倒しました。その後無事にスケジュールが決まりましたが、今度は会場が取れない。すでに予約が入っているため、万事休すと思われたある日「井上康生氏が来るのであれば」と先約の団体が予約を外してくれたのです。これは嬉しかった。また、協賛集めとチケット売りは諸先輩方の紙面には言い尽くせない尽力で想定以上の売上と収益を出すことが出来ました。事務方の市嶋先輩の時々の確認電話など、実にタイムリーで、さすが三高、参考になる、と感服もしました。 まさに「縁は異なもの乙なもの」を強く実感した周年事業でした。良い経験、良い出会いに感謝!です。 --------------------------------------------------- 「白根支部設立30周年!!」 (30年度源泉より) 事務局 市嶋 晴世(昭和45年卒) 平成30年12月、白根支部は設立30周年を迎えます。丁度平成の年号と共に歴史を刻んできました。本年、その記念事業として白根支部らしい記念事業を、実行委員会を立ち上げ計画しているところです。 設立に至るまでの経緯では、熱気は凄いものがあり、その気運に押されて短期間に100名を超える賛同者が集まったと聞いております。当時の支部役員の顔ぶれは、それこそバンカラの空気漂い、地域でもリーダー的な方々が揃っておりました。 初代支部長の故関根寛治氏(昭6年卒)、二代は故日野熊吉氏(昭15年卒)、三代は野沢吉朗氏(昭27年卒)、四代関根正樹氏(昭30年卒)、五代は現支部長の鈴木春男氏(昭44年卒)と続き、顧問にはダイニチ工業創業者故佐々木文雄氏(昭14年卒)や県議として活躍された故小野忍氏(昭27年卒)の存在も忘れることは出来ません。 また草創期には各界で活躍の先輩を講師に招き講演を頂いたり、総会やゴルフ・コンペなど、多彩な活動をおこなっていました。周年記念には、同窓のピアニスト小杉真二氏のご協力を 頂き、チャリティーコンサートを実施し、地域への社会貢献も行ってきました。振り返ると、多くの先輩や同窓の皆さんと楽しい交流があったと、感慨も新たにしております。 これからの白根支部は、電鉄が廃止になったこともあり、後輩の数も最近減っておりますが、まだ支部総会に一度も顔を出されたことのない同窓生も居られますので、30周年を機会に多くの参加を集め、支部総会が大いに盛り上がるよう、また知恵を出し合っていきたいと考えております。記念事業も、思い出に残る内容を検討中です。ご期待ください。 最後に30年間、ご支援いただきました同窓会本部の歴代役員のみなさまに感謝申し上げ、今後もご指導よろしくお願いいたします。ありがとうございました。 --------------------------------------------------- 「白根支部の歩み」 (29年度源泉より) 白根支部副支部長 知野 成一 高19回卒の私達は、入学した年 (昭和39年) の6月16日に新潟地震を経験し、グランドに避難した事を昨日の事のように思い出し、今でも忘れることができません。あれから早いもので、もう弱年も経過してしまいました。 私たちは団塊の世代といわれ、1学年550人で11クラスあり、教室は間仕切りしたような薄暗い木造校舎で、懐かしく思い出されます。 さて、私達の白根支部は年号が平成に改まった元年に創立しました。創立当時は約130人の会員を募り、総会には約70人の参加がありました。初代の支部長には関根寛治氏が選出され、現在の鈴木支部長で6代目になります。最近は会員も高齢化してきており、親しくしてもらっていた先輩方が毎年亡くなっていくのは、本当に淋し気持ちでいっぱいです。今日も支部事務局から高2回卒の田中幹人先生が亡くなられたという電話があり、田中先生との思い出が今、頭の中を駆け巡っているところです。 総会の参加者が毎年同じ顔触れになってきていることを心配していたところですが、最近支部長はじめ幹事さんの勧誘のおかげで、少しずつ若い人が参加するようになってきました。昨年の繚会も平成8年卒と平成18年卒の新会員が出席してくれました。やはり若い人がいると会場が明るくなったように感じます。 来年は白板支部創立30周年を迎えます。今まで10周年、20周年と節目ふし目に記念行事を行ってきました。前回の20周年の時は、我が白根の同窓でピアニストの小杉真二さんのチャリティーコンサートや、支部の会員による絵や書の作品展などをやりました。30周年にはどんな記念行事を行うか、これから役員会で考えていかなければと思っております。 私は今年の総会で先輩、後輩と一緒に肩を組んで校歌や応援歌を歌うのを楽しみにしております。是非大勢の会員の参加を期待しています --------------------------------------------------- 「同窓」を意識するころ (28年度源泉より) 白根支部事務局(昭45年卒) 市嶋 晴世 先日「源泉」の原稿依頼が来ているのを思い出し、何を書こうかと考えた時に何と三高を卒業してはや46年にもなっていることに気づかされ、改めて自分の年齢を客観的に意識して見ることにもなりました。同時に、世間で見られてるに相応しい年齢に自分がなっているのか、疑問も湧いてきましたが、しかし今更繕っても仕様が無いことも解ってはいるのですが…。 さて、当白根支部は現在会員が120名前後(年会費1.000円)で推移していますが、お蔭様で最近は鈴木支部長はじめ幹事の皆さんが同窓に声を掛けていただき、毎年総会時には新しい方が3~4人顔を出していただけるようになりました。事務局としては大変嬉しいことではあります。 しかしながら白根支部は電鉄の廃止やら学区の変更やらで三高を目指す学生が少なくなっているのも現実であり同窓生が増えていないことに多少の寂しさも有ります。 その中でも年に1回の支部総会で顔を合わせ、同じ地域の中での先輩後輩が肩肘張らずに楽しく飲みながら語り合えるのは三高同窓会ならではのひと時かと感じています。白根支部は創設(平成元年)時より他校の同窓会も羨むほど結束の固い伝統を持っていると思います。その自慢できる同窓会に今後も会員を増やしていけるよう粘り強く声をかけていきたいと思っています。 最近の若い世代は集団で行動したり組織に属すことが苦手と言われているようですが、三高の後輩にそのようなことは無いと思いますが、人恋しくなる年代を待たず早いうちに楽しい同窓会に引っ張り込むのも先輩の務めかと、事務局をしながら最近感じております。 --------------------------------------------------- 平成26年度支部総会 「魅力ある支部同窓会を!」 白根支部(昭39年卒) 上杉 昭芳 平成26年7月19日(土)の夕方6時より、恒例の支部納涼総会を地元サルナート (社長も同窓) にて盛会に開催されました。役員会で、今年は落語家の水都家艶笑師匠の口演で生ビールを飲みながらの始まりで楽しい納涼と交流になりました。二次会にも中堅諸氏のエネルギーを感じたところでした。 さて、支部発足当初の諸先輩方が人生を全うされたり、恩師も天に昇られたりの様相になりました。総会への出席率も少しずつ減り、支部役員として会員との役割を果たしておりますが、会費を集金させてもらっても総会への出席は現在半分以下の状況です。個々の諸事もあり、時代が変化して同窓生に若い人たちが減り、また中の口沿線の電鉄が廃止されたりで通学に不便になりました。 燕から弥彦線への乗り換えも懐かしいです。白根から北三条まで学割でも枚区の中では運賃も高く大変でありました。昭和38年の豪雪時は燕で一泊、白根まで歩いて帰宅したことを思い出します。当時は三高バスケットボール部は全国制覇、インターハイ等の輝かしい活躍を残して第二期黄金時代と言われた。良い思い出を残してくれた当時の選手達にエールを送ります。 校歌も人間味があって私は好きです。想えば、入学して間もなく校舎の屋上で応援歌の練習。時には上級生の指導も巌しかったこと、遠く守門の山が懐かしく思い出されます。「守門おろしの~雪の日に~」と今でも歌詞が出てきます。 さて、平成27年も2月中旬になり鈴木支部長を先頭に白根支部を盛り上げて参りた く存じます。先般2月14日(土) には小杉真二氏(高41回卒) と南雲竜太郎氏によるピアノ・デュオコンサートが地元白根で開催され、支部長が現会長である白根ライオンズクラブ主催でしたが支部共催といたし活動の一助とさせていただきました。収益金の一部を区内の施設等へ寄付されます。 「支部だより」にて近況の報告といたします。 --------------------------------------------------- 平成25年度支部総会 「徒然なるままに」 支部長(高44年卒)鈴木 壽男 明けましておめでとうございます。 本年も皆様にとって、素晴らしい年となることをお祈りいたします。 昨年の7月の文部総会には佐藤教頭先生、竹井副会長のご出席を賜り、37名が参加した、大いに盛り上がった支部総会になりました。一年に一度しか会うことのない、まさに七夕のような同窓会なのですが、それだけに、皆さん会えたことの喜びがなんとなく伝はって有意義なひとときでありました。最年長の万は、昭和30年卒、最年少の方は、平成8年卒という、実に幅広い、しかも織り姫様も交えた楽しい会となりました。同窓会に参加する度に、想うことですが、年をとるということは、こういうことなんだなと思はれます。年の差は勿論のこと、考え方や意見の違う人が集まる会を運営していくことの雉しさは、「違う」ということを認めて、なお且つ、ひとつの方向にまとめていくということではないかと思はれます。当たり前のことながら、自分と考えや意見が異なる人がいる、ということを前提として他人に対するということは、簡単のようでいて意外と難しいものです。昔から 「和して同ぜず」といはれますが、今なら、「ウィン・ウィンの関係」とでも言うのでしょうが、日本人のもっとも特質とするるところではないかと思はれます。どこかの国ではないですが、とかく自分と意見が異なる人を軽視してみたり、攻撃したりする傾向が最近目立ちますが、もって冥すべしではないでしょうか。 世の中には、白でも黒でもないこともあります。いわんや最近では、ブラック・スワンといはれるように、あり得ないと思はれていた事が現実として起きてしまうこともあるのです。同窓会を楽しく運営していくことも、人生の修行のひとつなのかなと思っている今日この頃であります。 --------------------------------------------------- 平成24年度支部総会 「気軽に集まって校歌を歌おう」 支部長(高44年卒)鈴木 壽男 昨年の支部総会で、新たに支部長に選任されました。よろしくお願い申し上げます。 役員構成は、 支部長 鈴木 育男(44年卒) 副支部長 知野 成一 (42年卒) 副支部長 海津 正男(50年卒) 会計 高橋 清英(36年卒) 事務局 市嶋 晴世(45年卒) であります。前支部長の関根正樹先輩には、6年間大変ご苦労様でした。これからも、ご指導ください。白根支部は、「源泉しろね」を発行しております。A4サイズ、2枚見開き、4ページ、カラー刷りであります。毎年7月に開催される支部総会に合わせ、6月に発行し、今年で第7号になります。事務局の苦労は、さぞや大変なものであろうと思われるのでありますが、一向に嫌がる気配を見せません。むしろ楽しんでやっているようにさえ思われるところが素晴らしい。実は編集会議と言いながら、居酒屋で飲むのが目的ではないのかと思います。支部総会の出席者は毎年35名位でありますが、最近は毎年のように新しい会員の顔が見え、喜ばしい限りであります。そもそも同窓会は、たまたま縁あって同じ校舎の門をくぐった、というだけのことであります。しかも時間を超えて。しかし、昔から「袖すり合うも多少の縁」といわれるように、また「縁は異なもの味なもの」ともいわれるように、お互い会ってみなければ、その価値はわかりません。毎年同じようなメンバーなのでありますが、顔を合わせるたびに、なぜかホッとします。同窓会は、年齢や立場を超えて、同じ縁で集まり、一緒になって校歌を歌う。私は、それだけで十分なのではないだろうかと思っております。今年もまた七月に会いましょう。そして、一緒に校歌を歌いましょう。 --------------------------------------------------- 平成23年度支部総会 「同窓の絆、より強く」 昭30卒支部長関 根 正 樹 三条高校同窓会白根支部長を、6年間勤めさせていただきました。名ばかりの支部長で会員のみなさまには大変ご迷惑をおかけいたし、申し訳なく思っております。支部役員のみなさんに、おんぶに抱っこで、会の運営等全てに助力いただきました。本当に有り難く思っております。年度総会、「源泉・しろね」の発行等々、一つ一つに思い出が甦ります。 毎年2、3回の本部での支部長会議や各種行事に出席させていただきました。恒例の5月1日の総会など、盛会で、充実感を味わうことができました。平成21年4月16日に行われました旧校舎跡地への記念碑建立、除幕式、記念祝賀パーーティーが印象に残っております。花冷えの午後でした。 毎回の支部長会議では、三条在住の理事このみなさまを中心に、真剣な討議が展開されました。母校への深い愛情を感じ、これぞ正に同窓の絆なりと思いに浸ったものでした。 白根支部では同窓会の若返りをと、切なる思いで役員改選に踏み切らせていただきました。下記の通りです。 ○平成24年度白根支部役員 ・支部長 鈴木 育男(44年卒) ・副支部長 知野 成一 (42年卒) ・副支部長 海津 正男(50年卒) ・会計 高橋 清英(36年卒) ・事務局 市嶋 晴世(45年卒) これからも、白根支部へのご指導、ご鞭捷をよろしくお願い申し上げます。 --------------------------------------------------- 「ある同窓会」 (23年度源泉より) 高第19回卒 藤 井 喜代志 日差しの柔らかいその日、全く突然にその男はオートバイに乗ってやって来た。 十数年ぶりの再会であったが、「ヨー」と言っただけで再会のことや新潟に帰って来たことなど全く触れず、Mという同級生がさる療養所で療養しているということだが、お前がその療養所に一番近いのだから、同級会の時は送り迎えさせようということだった。 私は少し躊躇したけれど、その男の勢いにのまれて引き受けてしまっていた。その男は高校時代からそんな風なやつだった。声はガラガラで、大きな声で、たいしたことをいうわけでもないのだが、出身中学の仲間が大勢いたせいか、おれたち少数派の白根もんからみると、少し威張っているように見えた。 その男は定年まで東京のテレビ局の関係の仕事をしていたようだ。独身だったため、さっさと東京とおさらばして新潟に帰って来たものらしい。 一年くらい自分勝手なことを適当にやっていたらしいが、ヨッパラになったため、高校時代の連中と会ってみたくなったのではないかと思われる。 数年前にやった同級会の時、幹事役を決めたのだったが、その幹事は今回何もせず、別の奴とその男が連携を組んでこの同級会を設定したものらしかった。 まあいろんなことはあるが、担任の先生も元気な姿を見せてオレたち以上に快気炎をあげていたし、連絡のとれた殆どの者たちが集った。 高校卒業以来初めて会った者も数人いた。見たこともない奴もいるなと思ったが、よく見ると確かに同級生だった。 それぞれ自分史のことや高校時代のおもしろかった出来事などを自分勝手にしゃべりまくり、飲みまくりしているうちに時間が来てまあまあ無事終わった。 ---------------------------------------------------- 平成21年度支部総会 「白根支部総会の楽しみ方」 高第33回卒 阿 部 隆 一 三条高校を卒業して早三十年余り経ちました。その間、人並みのことをさせていただきながら、今は高校生を筆頭とする子どもたちと共に、人生の意味について黙考する毎日を過ごしています。思えば、私も、三条高校時代は、学業や部活、友人について悶々影欝とした時間を過ごしていたことを思い出します。せめて、親が出来なかったことを子どもに託す、わけではないのですが、自分の反省を踏み台にして欲しいと願うのは、親の身勝手な思いでしょうか。 そのような悩み多き親の言い分を傾聴してくださる、三条高校白根支部の諸先輩には、本当に感謝しております。酒を酌み交わしながら、豊富な人生経験から得た知恵とウィットに富んだアドバイスを交えて話す姿に触れると、頼もしく、「この学校の卒業生で良かった」と思う瞬間であります。 先輩後輩と言える集いは、一瞬にして高校時代に戻ることが出来るタイムマシンのような場所です。時には大人になりきっていないあの時代に戻って、今の自分の状況を見つめ直す必要があるのでしょう。煮詰まってしまいがちな思考回路を打破するヒントやきっかけが、年に一回の支部総会での交流にあると感じています。これからも、多くの新人を誘い、先輩後輩の輪を広げて、一人でも多く支部総会を楽しんでもらいたいと願っています。 最後になりましたが、昨年の6月に、当三条高校白根支部の設立に尽力された小野忍先輩がお亡くなりになりました。いつも元気良く声を掛けていただき、三条高校白根支部を代表する立派な先輩でした。この紙面をお借りして、故小野忍先輩のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 ---------------------------------------------------- 平成20年度支部総会 「白根支部創立二十周年」 高第19回卒 副部会長 知 野 成 一 高第19回卒の私達は昭和39年の4月に入学をしました。入学して間も無く、6月16日のお昼休みに新潟地震がきました。木造校舎にいた私達一年生は大急ぎでグラウンドに避難をしたのですが、その時の事が昨日の事の様に思い出されます。 あれかられ45年が経過しましたが、その間には色々な事が有りました。どんな時でも私の心の支になっていたのが「風空嚢を翻し、節は愚人を驚かす」で始まる校歌であり、恩師であり、又良き先輩、同級生、後輩の存在でした。 年号が平成に改まった元年に、三高同窓会の白根支部を設立しようとの話が持ち上がり、準備委員会が開催されました。結果的には約130名の会員を募り、12月23日に設立総会が開催されました。その時の記念写真を見ますと68名の参加者がありました。 あれから20年もの月日が過ぎ、平成20年7月27日に創立20周年記念総会が開催されました。記念事業として「高第41回卒」のピアニスト小杉真二君のチャリティーコンサートと、同窓有志による美術展を「白根学習館ラスペックホール」にて行いました。十周年の時も小杉真二君のチャリティーコンサートを行っております。今回の収益金は十一ケ所の福祉施設に寄付をし、皆様から礼状を頂き、本当に喜んでいただいたものと思っております。 その後会場をサルナート吉運堂に移し、総会、そして懇親会と続き20周年を盛大にお祝いしました。最後には恒例の出席者全員(45人)で肩を組んで校歌を歌い、手を振り上げて応援歌を元気良く歌いました。皆さんの顔が高校時代に戻った様な表情になっていました。 これからも新会員を募り、30周年に向けて白根支部を盛り上げていきたいと思っております。 ---------------------------------------------------- 平成19年度支部総会 高第9回卒 副支部長 関根 利樹 平成20年は白根支部にとりまして支部創設「満二十才」となる節目の年であります。昨年7月、御多忙の中、母校から荒木校長先生、中務同窓会長様等をお迎えして19年度の支部総会が開催されましたが、総会後の懇親会の席でお互いの近況を語り合うと共に、来たる創設20周年には新たな仲間を募り、盛大に“祝おう”と誓い合っている声があちこちのテーブルから聞こえておりました。 ところで、設立当時市内には300名ほどの同窓がおられ、以前から支部設立の声が高まっていたそうです。 年号が平成に改まると是非「元年」にとの機運が高まり、さっそく準備委員会がもたれました。発起人の方々は各地区、各学年へと様々な手づるを得て趣旨説明をし、募った結果百三十令名が会員となり、第一回設立総会には約70名の参加者のもと元年12月に開催されたのであります。設立に御尽力され、総会開催まで汗を流された先輩の方々に新ためて敬意を表したいと存じます。 さて、昨年の総会後の10月に創設20周年となる記念すべき総会及び記念事業実施に向けての役員会が開かれ、概要が次のように決まりました。 1.二十周年記念総会は平成20年7月27日(日)、「サルナート吉運堂」で、2.記念事業としてピアニスト小杉真二氏(第四十二回卒)のチャリティーコンサート及び有志美術展を「白根学習館ラスペックホール」で、など。 なお、近々実行委員会を立ち上げて十分な準備のもと、盛大に楽しく二十周年をお祝いし懇親を深めたいと考えております。是非ご参加くださるようお願いいたします。 その他、会員の拡大については20周年を期に、特に若さあふれる後輩達や女性の方々の入会が得られるよう働きかけたいと考えております。 最後に、昨年創刊出来ました「源泉しろね」は、次回から広く編集委員を募りテーマやコーナーを設けるなど内容の充実を図り、更には新たな会員拡大に結びつく よう努めてまいりたいと考えております。 ---------------------------------------------------- 平成18年度支部総会 高第11回卒 副支部長 関根繁男 平成18年度支部総会は去る7月30日、中條同窓会長、荒本学校長を来賓に迎え開催されました。 総会では一般議事の他、長年白根支部を支えてこられた野沢支部長が退任され、新支部長に関根正樹氏(昭30年卒)が選任されました。野沢支部長に於かれましては長い間同窓会また支部の為ほんとうにご苦労様でした。今後共御指導の程宜しくお願い致します。 白根支部は平成元年に設立、その後18年を経過致しましたが、その間、新人会員も数人しかなく、会員そのものがそっくり18才年を取ったと言うのが実状です。毎年役員会では新会員の加入と若返りが話題となりますが、なんとなく18年が過ぎてしまいました。そこで平成20年の20周年総会までに新会員増強と若返りを目標に、色々と企画を立てております。 先ず十九年度総会までに十八年間の支部の歩み、支部総会の状況を会報誌にて、多くの地域同窓者に総会参加の呼びかけを兼ね配布したいと考えております。他の支部でも同じ悩みをお持ちと思いますが、妙案がありましたら「源泉」にてお聞かせいただければ幸いです。 同窓会は色々の方々とお会いしお話をする機会がありますが、普段到底会うことのできないような方と「同窓」という土俵の上だと色々のことが聞けたりお話もできます。「同窓」とは、言葉に言い表すことのできない時間を超えた特別の関係や思いができる所なのです。また校歌や応長歌は在学中は何とも感じないものですが、卒業して一堂に会して歌う時は格別に素晴らしいものです。大声で校歌や応長歌を一緒に歌ってみませんか。是非総会・支部会への参加をお待ちしております。 最後に白根支部総会は平成19年7月29日(日)に予定しています。白根・甲之口・月潟の電鉄組の皆さん、そして小須戸の皆さん是非参加をお待ちしております。
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支部便り/関西支部
関西支部の休会について(6年度源泉より) 関西支部長(高14回卒) 安中 亮二 先輩の方々が設立され、支部総会をはじめ諸活動を実施してまいりましたが支部長、役員スタッフの高齢化と体調不良の上に支部長の後継を担う人材がいなく、支部活動の継続が困難となり関西支部を休会することにいたしました。これまで関西支部に対してご支援ご協力を賜りました同窓会本部や支部会員の皆様に心より御礼申し上げます。 ---------------------------------------------- 京都の片田舎での所感(5年度源泉より) 支部長(高14年卒) 安中 亮二 今年、傘寿を迎えた。会社を定年後20年が経過した。 定年後の生活で住んでいる地域とのかかわりを振り返り所感を述べてみたい。 現在住んでいる京都府宇治田原町銘城台に転居して18年を迎える。 森林が70%を占める人口約9000人の京都の片田舎で日本緑茶発祥の地 緑あふれるお茶の町がキャッチフレーズである。 定年後に息子夫婦が同居しても良いとの同意をしてくれたので、大阪府枚方市より引越しをしたのである。京都の片田舎に手頃の2世帯住宅があった。 住居は閑静な新興住宅で妻と息子夫婦、孫の男と女の双子の高校生二人、小学生の女の子一人の計7人の2世帯で暮らしている。 銘城台の人口は約1000人、330世帯の規模で団地ができてから30年程経っている。昨今は私が60歳で定年した時代と異なり、年金の受給が65歳以降となり60歳定年後も働く人がほとんどで、悠々自適とはいかなくなっているようだ。 共働きの世帯が圧倒的に多く自家用車は2~3台所有している。 町には鉄道が通っていないので他の市町村に行くには路線バスを利用するしかなく自家用車がないと不便なのである。 そんな片田舎の京都府宇治田原町銘城台に転居し6年目に地元の町議会議員から銘城台の区長就任の要請があった。 6年しか暮らしていない地域なので引き受けるのに迷いがあった。故郷の加茂市で父親が地元の区長をやり兄は市議会議員だった。父親や兄と同じく奉仕の心で世の為人の為に尽くし、少しでも二人に肩を並べてみたい。今までと違う世界で活動するのも良いかなと思い区長を引き受けることにした。4月に銘城台自治会の定期総会で区長に選任された。任期は一期2年である。住みよい街づくりには問題点、課題はたくさんある。近所の数人しか顔見知りがいない状況で協働してくれる人が必要である。そこで縁あって銘城台に住みいろいろな分野で活躍されている男性の交流の場、男のサロンを創ることにした。会の名称を「銘友会」とし20名程度をリストアップし一人一人に声を掛けて回り賛同得て設立した。一人2000円の会費制で一杯のみながら情報交換、情報収集の場を創った。この銘友会は私にとって大いに機能したのである。お互い気心を知り合うことができ、絆が深まり地域の問題点、課題を共有することができた。 私にとって区長の職務を遂行する為の一つのベースとなった。 区長は地域の代表で行政とのパイプ役であり、これも一つの大きな職務であった。 ある日、妻と町内を散歩中にある女性に会った。妻にストレッチを教えている先生である。ユニチカのバスケットボールのOGであった。私も松下電器でバスケットボールをしていた関係ですぐに打ち解けた間柄になった。 この女性の推薦で宇治田原町スポーツ推進委員に就任することなり宇治田原町を深く知ることのできるもう一つのベースになった。人の出会いが人との出会いを生み輪が広がってきたのである。区長の職務で宇治田原町の補助金を活用し、カラスに困っていた19か所のごみステーションを鉄の籠に改良、交通安全のためカーブミラーの追加設置、交通安全啓発看板の設置、道路の補修等身近な課題の解決に取り組んだ。 宇治田原町は11 の地域があり町内で11銘城台自主防災会」を設立した。いつくるかわからない災害に対して自分たちの地域は自分たちで守る住民主体の防災向上の必要性を訴えて自主防災設立協議会で半年間程議論を重ねた上に自治会の定期総会で設置が決った。防災対策の基本の「自助・共助・公助」の体制ができた。これで町内11区に自主防災会が組織され町内全体の総合防災訓練ができるようになったのである。 新たな防災倉庫の建設や防災資機材の整備拡充は京都府と宇治田原町の地域活性化助成金を活用できた。防災訓練は避難訓練、初期消化訓練、炊き出し訓練、避難場所運営訓練等住民の隣保協働の精神で実施できた。 「地域の子供は地域が守り育てる」銘城台の交差点で子供たちの登校時に事故のないように見守り活動を実施、こころある住民のボランティア精神を発揮してもらった。 子供会、女性会、老人会、PTA地域委員と連携をして夏休みのラジオ体操、流しソーメン、餅つき大会等のイベントを企画実施して世代間交流の推進を図ってもらった。 区長の困り事は人事である。宇治田原町から各種の委員就任の要請がある。 例えば民生児童委員、青少年を守る会、開発審議委員、環境審議会委員、社会福祉協議会の委員、広報モニター等の選出の人事である。人脈が広く深くないと適任者を見つける事ができない。銘友会のメンバーや自治会の役員の協力を得る事ができて大いに助かった。区長は三期6年間であった。後任の人選に苦労したが区長としての仕事は自分なりにやり切った感はある。区長以外に開発審議委員6年、学校評議員7年、スポーツ推進委員14年、少しは社会に貢献できたと思っている。物事を実施するときは、できない理由をさがすよりはどうしたらできるかを考え必ずできる、必ず実行するとの強い気持ちを持ち人を巻き込んで推進することが大切であった。 「熱意は人を動かし決意は自らを動かす」のである。 リーダーは「創造と挑戦」「リーダシップの発揮」「率先垂範」である。傘寿を迎え肉体的に衰えを感じるが老人会の会長を引き受けた。コロナ禍、人との交流やつながりが失われた。コミュニケーションがなくなると名前を忘れてしまう。「青春とは心の若さである」松下幸之助の言葉である。 「心の若さ」で地域の絆の再構築に向けてもうひと踏ん張り、持てる能力を発揮して老人会の発展に貢献していく所存である。 ---------------------------------------------- 今の自分が在る(3年度源泉より) 支部長(高14年卒) 安中 亮二 コロナ禍で令和2年度の関西支部総会を中止した。 令和3年度はコロナ収束が前提で11月27日(土)を予定している。 不要不急の外出を控え巣ごもりの生活が続く中、若い頃を思い出し古い資料の三条高校バスケットボール部 部史(編集者塩原俊平先生)をひもといた。 布施征之(三条二中)荒井喜勝(若宮中)水科建夫(三条二中)峯島登(燕中)安中亮二(若宮中)は三条高校で昭和34年・昭和35年・昭和36年の3年間バスケットボールで同じ釜の飯を食べた同期生である布施征之、荒井喜勝と峯島登は残念だが今は天国にいる。 この5人は昭和35年の2年生当初より、上級生がいない関係でレギュラーの地位を余儀なくされた。気が合い仲もよかった。 技術的にも優れていたと思う。関東大会予選、インターハイ予選、国体予選、NHK杯、新潟県高校総合大会など新潟県で優勝した。関東大会、インターハイは2年連続出場を果たした。しかし、関東大会は2年時2回戦敗退、3年時準決勝敗退3位、インターハイは2年時1回戦敗退、3年時3回戦敗退、国体は2年時2回戦敗退、3年時は北信越予選3回戦敗退で国体は出場できなかった。 身長に恵まれず小型選手であったが、プレスデフェンスからの速攻がチームの特徴であった。技術的には近年になく優れているといわれていたが残念ながら周りの期待を裏切ってしまった。 せめての慰めは2年間県内無敗の記録だ。 名門三条高校はその後、後輩が昭和38年・39年インターハイで優勝し第3期黄金時代を築いている。「三条に中村あり」と云われた名コーチの中村重治先生の献身的で温かい中にも厳しいご指導と後援会、地元関係各位のご理解とご支援など、恵まれた環境でバスケットボールができた事に感謝したい。 戦績は悪かったが猛練習に耐え、共に苦しみ共に泣き共に喜び合った有意義で貴重な三年間だった。高校、大学、会社とバスケットボールを通じてきつかった事、苦しんだ事、つらかった事などは、今までの人生にどれだけ役に立ったか計り知れない。 あれだけ激しく厳しい練習をやってきたのだから、乗り越えられない事はないと仕事に対しても強い精神力を発揮できた場面もあった。 たくさんの人との出会いとステージがあった。 高校時代に対戦した選手と同じ大学や同じ会社でチームメートとして一緒にプレイをする時代もあった。 周りの優秀なメンバーに恵まれて明治大学ではインターカレッジで優勝、松下電器では第1回日本リーグで優勝の経験もした。 60歳以上がメンバーの神戸の「シルバーキッズ」に参加して全国大会に出場した事もあった。会社を定年後は京都府宇治田原町で世の為人の為、地域活動や地元中学校でバスケットボールを教えたりして昨年元気で喜寿を迎えた。原点とも云える三条高校でバスケットボールをやって良かった。 だから「今の自分が在る」 ---------------------------------------------- 「2019年度三条高校同窓会関西支部総会の報告」 (2年度源泉より) 支部長(高37年卒) 安中 亮二 2019年11月23 日大阪梅田にて、関西支部総会を開催、来賓として同窓会本部 野水重明会長、三条高校 中田亮一校長、東海支部大橋副支部長にご出席いただき、総勢22名の支部総会となりました。 諏訪前支部長より、活動報告、会計報告の後、会則変更の提議があり、利便性、迅速性、経済性から支部・会員間のネットによる情報交換を推進するため特命担当のサポーターの設置、会員名簿、メールアドレスの管理、個人情報の保全等の条項を会則に追加することになりました。 次年度以降の課題として取り組むことになります。 2020年度の支部役員体制は、支部総会の参加者を増やし盛大に開催することをめざして、役員幹事に新たに4名を加え8名体制とし、担当職務を明確にし運営することになりました。 懇親会は元支部長の森田悌司さんの乾杯で始まり、野水会長、中田校長、東海支部の大橋副支部長よりご挨拶をいただき、会員の近況報告、校歌斉唱でお開きとなりました。 今回のビックニュースは平成12年卒業の女性の会員が参加されたことです。参加者全員大変な喜びでありました。 平成卒業の会員が今後たくさん参加されるように推進したいと思います。 ---------------------------------------------- 「関西支部」(31年度源泉より) 支部長(高36年卒) 諏訪 輝昭 平成三十年十一月二十四日京都四条東華菜館にて関西支部総会を開催。 来賓として同窓会本部野嵜喜一郎三条支部長、三条高校中田亮一学校長、東海支部赤塚輝元副支部長にご出席いただき、総勢二十五名の総会となりました。総会開始に際して、川崎先生を始めこの年物故された同窓生のご冥福を祈って出席者全員で黙祷を捧げました。 平成三十年六月、関西のみならず全国的に著名な建築家である川崎清先生(昭和二十六年卒、京大名誉教授)が逝去されました。川崎先生は三条高校の学舎の設計者であり、関西支部設立時より総会には必ず出席戴き、支部の精神的支柱として貢献戴いてきました。今回の総会において、川崎先生の一年後輩である飯山嘉昭関西支部初代支部長より、「川崎先生を偲んで」と題して、学生時代から今日までの長い交流についてお話を戴きました。特に、新学舎計画から完成までの川崎先生と飯山さんを中心とした支部の云わず語らずの物心両面での協力と貢献を感慨深く伺った次第です。 川崎先生は関西建築界の重鎮として、現在の京都駅の設計コンペの審査委員長を担われましたが、最近亡くなられた梅原猛や安藤忠雄等著名人が反対する中で,如何にして現在の京都駅の設計を選定されたのか、そのご苦労を伺って見たかったと残念に思います。 もう一人、ご紹介したい同窓生で、近江八幡市在住の岩原侑さん(昭和二十八年卒)が平成三十年十月に逝去されました。「メンターム」の近江兄弟社社長として会社の再生に多大な尽力をされ、近江八幡市の商工会議所会頭として地域社会に貢献された方です。関西支部の総会には一度だけ参加戴きましたが、以後体調不良で参加いただけないまま、逝去されました。キリスト教に帰依し、新潟大学卒業後、伝道師で著名な建築家、帰化米国人であるW.M.ヴォーリス設立の現在の「メンターム」販売会社である近江兄弟社に入社、後年、同社が倒産、「メンソレータム」の商標権を失い、再建途上で社長に就任、ユニークな経営手法で多額の負債を完済し、見事に再生させました。近江商人発祥のこの地で、新潟県出身のキリスト教徒が優れた経営者として高く評価されていることは驚くべきことかも知れません。 本総会では、何人かの比較的に若手の同窓生が、人事改選のある今年末には、役員・幹事として、支部を盛り上げたいとの特筆すべき提案がありました。今後の関西支部発展のため、大いに期待したいと考えます。 以上 ---------------------------------------------- 「関西支部だより」(30年度源泉より) 関西支部 支部長(高36年卒) 諏 訪 輝 昭 平成29年11月25日大阪梅田にて関西支部総会を開催、同窓会本部より山井太会長、三条高校上杉肇校長、東海支部より若狭修三支部長、大橋幹事が出席され、総勢27名の総会となりました。 今回初めて関西支部緻会に出席頂いた山井会長よりは、本部の新たな試み全般につき説明頂きましたが、何よりも、積極的な若手幹部の登用等括目すべき改革に感服いたしました。上杉校長よりは、社会の変化は大きな時間差を経ず三高にも表れ、本年より女子生徒数が男子生徒数を越えているとのお話でした。 本総会での新しい試みとして、関西地域で多様な分野で活躍される同窓会月を紹介、講話をお願いする企画です。泉佐野市野上病院泌尿器科常勤医として活躍される梅原雅子(うめはらみやこ、昭60年卒)先生にお願いし「おしっこあれこれ」と題して講演を頂き、出席者の多数を占める適齢期の聴衆は切実な問題として大いに興味を持って傾聴された次第です。 懇親会は、前支部長森田悌司さんの乾杯発唱で開始、支部創世期の支部長飯山嘉昭さん、今回支部長を退任される吉原文治さんのスピーチが続き、三条高校バスケットボール第1回目の全国制覇の時主将を務められた田中宏(昭28年卒)さんがお話され、往時の話に盛りました。 次回平成30年度総会は11月24日(土)京都開催で決定。賑やかな懇親会の後、次回の再会を約して散会となりました。 同窓会の有り様も関西支部20余年の問に大きく変化した様に思われ、再検討の必要があります。支部創世期は大先輩である川崎先生を中心に飯山さん、森田さん達が集まり、京都での総会開催時、皆さんが嵐山の河畔を散策する姿は旧制高校の同窓会の様な趣きがありました。然し、時代が変わるにつれて、多様な会員が、多様なものを求め、必ずしも、一律では御しできない様に思われます。遅まきながらもそれが何か、会員との対話を通じて模索せねばなりません。 今後、支部会報誌の発行、企業・施設見学会、先輩方の講話等のささやかな機会を作り、会員同士の対話を通じて獲得したいと考えております。 以上 ---------------------------------------------- 「関西支部だより、次は女性軍の参画増だ」(29年度源泉より) 支部長(高5回卒) 吉原 文治 先般の我が支部稔会は昨年11月末の土曜日、場所は京都のド最ん中、修学旅行に馴染みの四条大橋西話の「いづもや」で開催。しかし、参加者は前回比で3名増のみ。それでも、賀茂川の流れを眼下に盃を交わし、「風空襲を」を歌い、三条高校時代に想いを馳せ、今を生きる夫々の生き甲斐などをさりげなく語り合った。出席された方々は、明日からは越後人の粘り腰でやってみるかとの思いを懐いて帰られた筈。となれば、総会を主催した私として喜ばしいのですが、まだまだ参加者数の嵩上げが足りないと考えます。 この残念な現状を踏え、我が関西支部は、次の日月25日に予定の支部総会に向け早く始動。懸案の女性会員への総会出席勧誘です。3年前から女性会月の総会会費を五百円安としているのですが、やはり「呼び掛け誘い掛け」を分担して進めることが必要で、それが最善と考えるに至りました。遅ればせ乍ら、当然とも言える取組みです。 そこで、キッカケ作り、と考えたのが次のプランです。それが具体的に動き出すのは、この6月です。その頃に予定の泉田玉堂老師(三高S36年) の庵への当支部有志による訪問です。その際のリーダーが当支部副支部長の石田 (S35年) さん。彼女にはその機会を活用、我が関西支部総会への積極参加に繋ぐことを期待しているところです。 実は近年、三高OB/OGの関西方面への就職定住者の数が近年ほヾ半減しており、我が支部の存在基盤も安泰ではありません。しかし、さる5月1日に催された本部総会の動力動員力。暗く寂れた三条市街の中でひときわ輝いていたことを思い、私共も、と思い改めました。 ---------------------------------------------- 「関西支部新体制の発足 おもしろくて為にもなる場作り目指して」(28年度源泉より) 支部長(高5回卒) 吉原 文治 去るH27・04・01、私ども関西支部では支部長に吉原文治(S28)が就任。その8ケ月後H27・12・05に本年2回目の支部総会を、前回を6名上廻る22名(来賓を除く)出席のもと新阪急ホテルで開催。支部長を支える役員人事を次の通り決めました。 まず副支部長に石田礼子(S33)、諏訪輝昭(S36)、支部総会活性化の為新設する参事会の代表に安中亮二(S37) の各氏を充て、事務局長は岡田忠吉が引続き担当し、その支え役を野崎善弘(S41)が担うことになりました。 このように新支部長決定から、当支部の体制が整うまで8ケ月も要したのは、先の当支部総会の出席者数が16名(来賓を除く)と大変少なく、何とかせねばの声が上がり、新執行部は発足早々からこの課題に取組んで来た為です。その検討会は3名程の少数から10名規模まで5~6回集まりました。手弁当で。この課程で我が支部役員が自ずと定まって行きました。その諸会合の中でハッとさせられたのは、某先輩の名前がインターネットで出ていました。との或る女性の発言でした。 通常、同窓会では卒業年次差があり、同じテーブルに座っても、初対面となることが多く、「初めまして私は何年卒の…」となってお互い打ち解けにくい事があります。 申し訳ないと言うべきか、先程の女性会員が話題にしたかったと思われる様な人物は我が三条高の先輩方の中には見つけにくい。人寄せパンダの様な人物、所謂有名人は少ないのが現状です。 そこで先般の支部総会で私は出席者各位に次のお願いをしました。その狙いは我々の同窓会に参加する若い後輩達の多くが参考になる苦労話が聴けた。元気づけられた、何よりも話し手の熱気が伝わって来たと言ってもらう事です。例えば 合併/被合併の渦の中で、異国でのお仕事の中で、第二/第三の職場などでのご心労の中から得られた自信、その各自の大きな財産をさりげなく。 ---------------------------------------------- 「平成26年度支部総会」 支部長(高5回卒) 吉 原 文 治 今年は当地関西でも、春の訪れは遅い。三高同窓会関西支部が総会を催した3月29日も、京都嵐山では桂川の水面 (ミナモ)は鈍く映り、岸辺の草も殆んどが未だ眠ったままで、桜並木の枝に小さな菅が見られる程度。 そうした冷え冷えとした気候の中で、本部渡邊会長、名古屋支部長外の2名、計3名の方々を、嵐山対岸の 「弁慶」 で関西支部の森田支部長、川崎特別顧問ほか会員の13名が暖かい思いでお迎えして、計16名(うち女性は地元からの1名) の参集で正午から総会がスタート。 森田関西支部長の司会進行の下、1年振りの再会の機会に予て用意?の近況などを夫々が熱く語られ、多くの出席者が往時の面影とその後刻まれた年輪や経絡の深さに聴き入った。 終りに、森田支部長の発議で本人の支部長辞任と、新支部長への吉原文治氏の就任が提議され、出席者支部員に異議無く、この4月1日附で新支部長に吉原文治氏が就任することとなった。 ---------------------------------------------- 「平成25年度支部総会」 支部長(高4回卒)森田 悌司 此度、関西支部では待望の横断幕ができましたので、顧問の京大名誉教授川崎清先生による除幕式で披露されました。川崎先生の設計による三高の校舎の全景図が主体となっていますので、ざっと教室などの配置について色々とご説明していただきました。そのうち二階にプールを設置された事などに色々質問がありましたのが印象的でした。 その横断幕の前で、ご多忙中遠路ご出席して下さった平澤校長先生、渡邊同窓会長を囲んでの記念写真を撮りました。 第19回関西支部総会は3月30日、「嵐山弁慶」 で開催されたのですが、実は昨年の18号の台風襲来の所、渡月橋の槁桁が洪水により危険な状態となったので、渡橋禁止の措置がとられた由テレビで報道されましたので、果して本年の会場「嵐山弁慶」の被害は如何ばかりかと心痛していたのですが、幸い高台に建っていたので、さしたる被害がなかったとのことでした。会は例年通り岡田事務局長の司会で開会、渡邊同窓会長の力強いご挨拶、校長先生からは今年の卒業生の進学者、国公立大学への合格者の数は県下第3位だったこと、又仙崖和尚の話など有難うございました。そして飯山顧問の音頭で乾杯のあと、出席者が夫々自己紹介を兼ねての三高時代での思い出話で花を咲かせていました。そのうち、渡辺操六さんがバスケットボールの選手だった時、インターハイで全国制覇した時の部の顧問の先生が国漢の磯野先生だった由。大変懐かしい名前でした。 元広島商科大で教授、現福山女子短大で非常勤講師の江部隆さんが、広島円通寺で若き良寛さんが修業されていた当時の銅像の写真などご披露していただきました。又今年も藤原陽子さん近藤公子さんの紅二点、会場を華やかにしていただき有難うございました。 ---------------------------------------------- 「平成24年度支部総会」 支部長(高4回卒)森田 悌司 京都の景勝地、嵐山の桜は私達関西支部の総会を祝って満開となりました。会場の「嵐山弁慶」は京懐石の老舗の料亭。保津峡の川下りの遊覧船の船着場の近くで、少し早めに到着された方には嵐山温泉の湯で旅の疲れを癒やしてくださいとのこと。私達がこの会場を選んだ理由の一つには時間に束縛されない点。更に今年はじめて出席される平澤校長、及び渡邊同窓会長、倉藤東海支部長、若狭副支部長の各位に長時間の旅の疲れを少しでも眺望の良さで癒やしていただきたいとの願いを込めてあります。 会は岡田事務局長の司会で開会宣言。支部長から、多忙中ご参加くださった方々への感謝の言葉。次に型通りの会務報告。5月1日の三高同窓会総会には支部長が出席。又新年度の総会には出来る限り多くの方々のご参加をお願いしました。24年度は幸いにも6月に東海支部が名古屋で発足。設立総会には関西支部から支部長と岡田事務局長が出席し大変お世話になりました。更に母校は創立110周年記念を10月に式典を挙行。24年度の活動は殆ど寄附金募集のPRに終始しましたが、おかげ様で皆様方の温いご支援を賜り無事お祝いすることができました。有難うございました。 平澤校長先生、渡邊同窓会長さん、倉藤東海支部長さんの貴重なご挨拶の後、飯山顧問の音頭で乾杯しました。 さて私共の懇親会では出席者が夫々自己紹介を兼ねて、三高時代の思い出をお話していただいていますが、今年も矢張りバスケット部のインターハイでの全国制覇の思い出に話題が集中した模様でした。高校生活という青春の一駒。若き血潮のたぎっていた時代を思い出すことで、明日へ頑張るための起爆剤としたいものです。 ---------------------------------------------- 「平成23年度支部総会」 高第4回卒 森田 悌司 平成23年は東日本大震災や福島原発の事故、それに加えて台風12号、15号による紀伊半島の豪雨による災害で、実に暗澄たる状態でしたが、11月3日、私達関西支部の先輩川崎清先生が、瑞宝中授章の叙勲という朗報に、にわかに明るい話題を得たことは大変嬉しいことでした。 此度、4月1日の三高同窓会関西支部の総会、懇親会では渡邊同窓会長を迎えて、河崎清先生のお祝いをすることになりました。京都大学名誉教授としての川崎先生を京都新聞で次の様に掲載されていますので、ご紹介します。 「建築デザインを理論面から研究する一方、大阪万博で万国博美術館を設計、会場計画の立案にも携わった。みやこめっせ(京都市左京区)や相国寺承´閣美術館(上京区)といった市民になじみ深い建築を手がけ、数々の賞を受けている。場所の特性や人のつながりを重視。「建築は敷地の中だけでなく、外部との関係が重要。新しい情報が加わると建物が進化する。」といい「一本の線を引くため、百本の線を引く覚悟を」と後進たちを指導、高松伸・京大教授ら多く の建築家を育てた。現在も京都市内で建築デザイングループを主主宰。「大変名誉で光栄なこと」とと受賞を喜びながらも「理論を社会にどう役立てていくかと考え続けている」と。叙勲に至る経緯を身近にお開さして、社会に貢献する仕事の大切さを改めて考えさせられました。 さて、渡邊同窓会長から母校が今年創立110周年を迎えるに当り、10月に記念式典を開催するので、事業基金についての協力の要請がありました。皆様宜しくお願いいたします。 また、東京から高橋廣吉さんがご参加。座を明るく盛り上げて下さいました。更に旧英語の田中先生の娘さん米田さんと同期の石田さんの紅二点の方が華を添えていただいて、誠に感謝に耐えません。ご出席の皆さん三高在学時の思出話を有難うございました。これを活力にしてお互い又頑張りたいと存じます。 ---------------------------------------------- 「平成22年度支部総会」 高第4回卒 支部長 森 田 悌 司 今年は例年にない寒さが立春以降続いていますが、皆様のご体調如何ですか。3月11日の宮城県息のM9を超える地震、火災、津波そして福島県の原発事故。ご被害に会われた方々に心よりお見舞い申し上げます。 関西支部は総会懇親会を4月3日京都嵐山「弁慶」に於いて開催しましたので、ここにご報告申し上げます。 開会に先立ち此の度の東日本大震災により亡くなられた方、及び同窓会の物故者に対する黙祷を全員で捧げました。司会は岡田事務局長。 来賓の渡邊同窓会長さんからは、原発事故により南相馬市から三条市に避難された方が約5百人居られ、高校としての受け入れの為忙しいので校長先生がこの総会に来る事が出来なかったとの報告と、今年5月1日の同窓会は懇親会を中止して、会場を三条高校に変更して開催することになった由、出来るだけ多くの方々のご出席を要請されました。 支部長より先ずご多忙中誤算かいただいた、渡邊会長さんと皆様への感謝を申し上げ、1年間の同窓会活動の参加状況を次の通りご報告致しました。5月1日の総会には支部長森田と、かつて三高の理科の教諭をされた有本先生のご子息も有本さんが出席。7月の母校三高での「伽灰燼講話」には講師として滋賀県近江八幡市に在住されて居る近江兄弟社社会福祉事業団の岩原理事長さんが参加されました。10月の定時制閉課程に伴う記念碑の除幕式典には岡田事務局長が参加、式後の感謝の会では日本舞踊を披露し好評。 乾杯の音頭は飯山前支部長。続いて出席者各位による自己紹介と高校時代の思い出や近況報告など、和気あいあいでした。今年は特に若い方と女性の方が増えたことは嬉しい事です。 明日の活力の為に、高校時代の思い出話を大いに語り合いたい ものです。更に会場では嵐山温泉の湯で心から温めて頂いたことを感謝申し上げます。 ---------------------------------------------- 「平成21年度支部総会」 高第四回卒 支部長 森田 悌司 四月四日、阪急電車河原町の地下の駅を上ると、そこは木屋町通りで高瀬川の両岸の桜がちょうど満開のときでした。 その東側、、四条大橋の手前、京都先斗町のいずも屋が平成二十二年の三高同窓会関西支部総会の会場で、かつて幕末の頃勤皇の若き志士が往来し、飲み、歌い、議論を活発に交わした由緒ある所でした。 先ず、岡田事務局長の開会宣言のあと、支部長から、ご多忙中ご参集下さった方々ヘの感謝の言葉と、今年度の主な行事、五月一日のハミングプラザVTIP三条での総会への出席の勧誘。七月の社会人講話に講師としての参加への要請。 又本年度事業の一つである定時制課程の廃止に伴なう記念碑建立のための浄財募集へのご協力をお願いしました。 本年はじめて出席していただいた渡邉同窓会長のご挨拶の中では、マルソー運輸の会長としての職務を全うしながら今年大学院に進学して勉学にも励んでいる事を話されたのが印象的でした。 小島校長先生は、お話の中で、定時制課程廃止に伴なう記念碑の建立について、定時制の卒業生だけでなく、同窓会全体の事業として推進していることについて謝意を表され、十月二日校庭内に「ここに働学の地ありき」の記念碑除幕式挙行の予定と話されたことが印象に残りました。 京大名誉教授の川崎清顧問の音頭で乾杯の後、出席者全員から順番に自己紹介を兼ねて近況やら高校時代の思い出などをご披露していただきました。三高バスケット部で全国制覇をなし遂げられた渡辺(操)さん他の皆さん、紅一点初参加の米田さん、又来年も元気で参加して下さる様お願いします。 最後に校歌斉唱して散会。青春の思い出を語ることは元気回復の源です。益々のご健勝をお祈り申し上げます。 ---------------------------------------------- 「平成20年度支部総会」 高第4回卒 支部長 森 田 悌 司 桜の開花宣言の後、急な寒波の襲来によって大変寒い日が続きました。暖かい日があっただけにこの寒暖の差で、体調を悪くされた方も多かったのではないか、と心配される三月の最終日曜日。中條会長を迎えて関西支部総会を開催。大阪のお初天神社前の老舗料亭がんこ曽根崎本店でなごやかな温和な会だったことを報告致します。NHKの朝の連ドラ「だんだん」の舞台が祇園だった為、一躍観光ブームとなり今年は京都での開催は無理との理由からでした。 岡田事務局長の司会で開会宣言。支部長からは、多忙中遠路ご参加下さった中條会長への感謝の言葉についで一応型通りの事務報告。 まず同窓会総会が5月1日、例年通り三条で開催されるので「総会でおめにかかれるのを楽しみにしています」を合言葉に多勢の出席をお願いしました。次いで毎年七月第一金曜日に予定されている「社会人講話」の講師としての参加の要請を行いました。平成二十年の講師には大阪市立大学大学院教授として現役でご活躍の山倉拓夫先生が講師として参加して下さったことをご報告しました。山倉先生は三高四〇回卒で、和歌山県の橋本市にお住まいの方で、地球環境に精通されている方。私たち関西支部にとっては京大名誉教授の川清先生(三高三回卒)と共に大変誇りに思っています。 旧三高校舎跡地に記念碑が浄財により建立され、4月16日に除幕式が挙行されることが決定されたので、出席者全員のご賛同を得て、関西支部として金一封寄附致しました。 さて、私共の懇親会では出席者が夫々自己紹介を兼ねて三高時代の思い出と現状を語りましたが、特にバスケットボールの全国大会で優勝した時の栄光の思い出には話題が集中していました。青春、それは明日の為の起爆剤としたいものです。 ---------------------------------------------- 「平成19年度支部総会」 高第4回卒 支部長 森田 悌司 昨年に続いて今年も観光地京都で、同窓会関西支部の総会を関催しましたので、ご報告申しあげます。時は三月最後の日曜日、所は言て日本の経済成長期に大ヒットした「お座敷小唄」で有名な先斗町の「いずも屋」。 司会者は岡田事務局長に担当していただき、先ず支部長から遠路はるばるご出席下さった、中備同窓会長殿、荒木三高校長殿、竹井副会長殿、小嶋副会長(源泉編集長)殿各位に対する謝意と、あいにくの雨の中をご参加くださった方々に心から感謝の言葉を棒げました。 中條会長からは、同窓会の今年の活動方針、5月1日の同窓会総会の記念コンサートとして、小杉真二のピアノリサイタル、水桶康子のオペラ歌唱を企画して準備中との由。7月第1金曜日では社会人講話を予定しているので関西支部から講師を、と要請されました。また荒木校長先生からは、今年の卒業式の様子と、進学状況。等々ご挨拶としてお話がありました。 飯山顧問による乾杯の音頭から和やかな会が始まりました。その中で、出席者全員から順番に自己紹介を兼ねて近況をご披露して戴き、最後は小嶋沼会長の軽妙な中〆ののち全員で校歌の斉唱。 二次会は希望者全員で祇園花見小路のスナック「ふじの」に移勤し、カラオケ等で楽しんだ後夕食。そしてハ坂神社に参詣。円山公園の満開の桜を眺め乍ら高台寺へ行きました。高台寺は太閤秀吉の奥方寧々の縁りの寺なのですが、庭園の満開のしだれ桜がライトアップで浮かぶ姿は、実に幻想的な美しさでした。 私共関西支部の総会は、できるだけ楽しく且つ思い出として残る様なものにしたいと考えて居ります。どうか来年も皆様お元気でご参加下さる様願って居ります。 ---------------------------------------------- 「平成18年度支部総会」 高第四回卒 支部長 森田悌司 私共の関西支部の総会は、毎年ご出席さる方々のお住まいが、北は滋賀県から西は岡山県と広範囲にわたっている為、その中間の大阪の駅周辺が、交通の使からも最も集まり易いのではないか、という判断からここ数年総会を大阪で関催して参った次第なのですが、今年は観光地として最も魅力的な京都での開催となりましたことを、先ず第一にご報告申し上げます。 4月1日、京都の景勝地、「紅葉の高尾」と並び称される「花の嵐山」で、京料理の老舗として名高い「嵐山弁慶」に於いて、中條同窓会長、荒木校長先生、熊倉副会長、竹井副会長のご参加をいただき川崎清先生の「健康と回窓会の益々のご発展を祈る」乾杯のご発声により和気藹々たる会が始まりました。 井上氏の司会進行により出席者全員が自己紹介かたがた高校三年間に情熱を燃やした事などをご披露いたしました。 その中で特に印象深かったことは、化学の有本先生のご子息が三高の旧校庭が幼き日の遊び場たった由、なつかしい思い出話をされていました。又卒寿を越えておられる佐藤先輩は今年も元気に出席されていました。 荒本校長のお話の中では、今年、東大・京大各二名の合格をはじめ北大・東北大・新潟大などの国公立大学への進学卒が高かった由。進学校として県下でもトップクラスに入るのではないかと大いに誇らしく感じられたものです。 第二の報告事項として昨年7月6日、新校舎に於ける第三回社会人講話に森田が出向き、生物グループの生徒たちを対象に、第一種冷凍空調技士として社会に貢献するに至った経緯、国立大学工学部受験への高校生活を如何に過ごしたか、等を講演させて貰いました。